僕の話 1
「座右の銘は、満足な豚であるより、不満足な豚でいることです」
高校1年の春。僕の眼前に座る岩水寺雄索は自己紹介でそう言い放った。おそらく笑いと取るために言ったその言葉は、緊張の抜けきらない教室内ではまだ受け入れられなかった。周囲にただ強烈な印象だけを与え、彼は席に着いた。
雄索は贅肉が椅子からはみ出すほどの巨漢であったけれど、そのせいで相手に不快感を与えるようなことはなく、よく見るとむしろ可愛げがあった。しかし、よく見ないとその可愛げを見つけることも難しかった。
席が前後ということもあって、会話する機会も多く、それゆえに仲良くなるのも早かった。最初の自己紹介の様子からおおよそ察してはいたが、節々に奇天烈な面が見え隠れした。しかし、それすらも愛嬌と思わせるほど人情味溢れる性格が彼の魅力だった。
「最初のあれの元ネタは満足な豚であるより、不満足な人間である方がよいとかじゃなかったか」
僕がそう尋ねた時、彼は驚いた顔をした。
「よく分かりましたね。元の言葉を知っていたのなら面白さも二倍だったでしょうに」
なぜ笑わなかったんですか、雄索が僕に聞き返した。
「笑いよりも驚きの感情が強かったんだろうな。笑えなくて申し訳ない」
雄索は何か考えるような素振りを見せた後「なるほど、もう少し場を温めてから放った方が良かったんですね」と言った。真面目な顔でそんなことを言うのだから僕は笑ってしまう。
思えば、雄索と友達になろうと思ったのはその時かもしれない。
新しい環境に浮かれる気持ちも落ち着き始め、各々が段々と順応し始める四月下旬、僕は雄索と二人、弁当を食べようとしていた。
雄策はいつものように大きめの弁当箱を鞄から取り出す。彼の弁当箱の中にはいつもバラエティーに富んだおかずがこれでもかと詰め込まれていた。これが毎日のことであるから、そこに母の愛の深さが見える。
「母親が過保護なんですよ。俺のことを絶滅危惧種か何かと勘違いしているじゃないですかね」
僕がそのことを指摘すると彼はそう返した。何十回と会話して分かった彼の癖が一つある。照れくさい時、雄索はいつも軽口を叩く。
「もしかしたら、太らせて食うつもりなのかもな」僕もそう軽口で返した。
「だとしたら作成は上手くいってますね。これほど脂ののった肉が不味いはずがないじゃないですか」
そう言って自らの贅肉をぽよぽよと揺らす。
「見た所A5ランクの極上ものだな。その時は僕もご相伴にあずかるとしよう」
「カニバリズムに躊躇がないとは、驚きですね。もしもそんな機会があったら発馬にもおすそ分けしますよ」
「ロースとバラとカルビをもらうとして、あとはミノとタンももらえるとありがたいな」
指折り数えて食べたい部位を挙げる。
「それにしたって躊躇しなさすぎでしょう」
僕らは二人して笑った。