表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海尊曰く  作者: 高坂喬一郎
第1部
1/32

僕の話 1


「座右の銘は、満足な豚であるより、不満足な豚でいることです」


 高校1年の春。僕の眼前に座る岩水寺雄索がんすいじゆうさくは自己紹介でそう言い放った。おそらく笑いと取るために言ったその言葉は、緊張の抜けきらない教室内ではまだ受け入れられなかった。周囲にただ強烈な印象だけを与え、彼は席に着いた。


 雄索は贅肉ぜいにくが椅子からはみ出すほどの巨漢であったけれど、そのせいで相手に不快感を与えるようなことはなく、よく見るとむしろ可愛げがあった。しかし、よく見ないとその可愛げを見つけることも難しかった。


 席が前後ということもあって、会話する機会も多く、それゆえに仲良くなるのも早かった。最初の自己紹介の様子からおおよそ察してはいたが、節々に奇天烈な面が見え隠れした。しかし、それすらも愛嬌と思わせるほど人情味溢れる性格が彼の魅力だった。


「最初のあれの元ネタは満足な豚であるより、不満足な人間である方がよいとかじゃなかったか」


 僕がそう尋ねた時、彼は驚いた顔をした。


「よく分かりましたね。元の言葉を知っていたのなら面白さも二倍だったでしょうに」


 なぜ笑わなかったんですか、雄索が僕に聞き返した。


「笑いよりも驚きの感情が強かったんだろうな。笑えなくて申し訳ない」


 雄索は何か考えるような素振りを見せた後「なるほど、もう少し場を温めてから放った方が良かったんですね」と言った。真面目な顔でそんなことを言うのだから僕は笑ってしまう。


 思えば、雄索と友達になろうと思ったのはその時かもしれない。



 新しい環境に浮かれる気持ちも落ち着き始め、各々が段々と順応し始める四月下旬、僕は雄索と二人、弁当を食べようとしていた。


 雄策はいつものように大きめの弁当箱を鞄から取り出す。彼の弁当箱の中にはいつもバラエティーに富んだおかずがこれでもかと詰め込まれていた。これが毎日のことであるから、そこに母の愛の深さが見える。


「母親が過保護なんですよ。俺のことを絶滅危惧種か何かと勘違いしているじゃないですかね」


 僕がそのことを指摘すると彼はそう返した。何十回と会話して分かった彼の癖が一つある。照れくさい時、雄索はいつも軽口を叩く。


「もしかしたら、太らせて食うつもりなのかもな」僕もそう軽口で返した。


「だとしたら作成は上手くいってますね。これほど脂ののった肉が不味いはずがないじゃないですか」


 そう言って自らの贅肉をぽよぽよと揺らす。


「見た所A5ランクの極上ものだな。その時は僕もご相伴しょうばんにあずかるとしよう」


「カニバリズムに躊躇ちゅうちょがないとは、驚きですね。もしもそんな機会があったら発馬はつまにもおすそ分けしますよ」


「ロースとバラとカルビをもらうとして、あとはミノとタンももらえるとありがたいな」


 指折り数えて食べたい部位を挙げる。


「それにしたって躊躇しなさすぎでしょう」


 僕らは二人して笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ