07:親愛なる――
親愛なるお父様、お母様、ヘクトールお兄様、そして屋敷のみんなへ――
こんにちは、フリーダよ。みんな変わりなく過ごしている?
私はとてもいいことがありました。心も体も元気に、毎日過ごしているわ。
そろそろ冬支度を始めているかしら。学院でも毎日下級生が鼻の頭を真っ黒にしているわ。懐かしい。
今年の薪割りは、テッドの代わりにエミディオがやってあげてね。隠していたようですが、腰痛に無理は禁物よ。
庭の銀杏は落葉し始めたかしら。
落ち葉と言えば。ひとつ謝っておきます。小さな頃、リーヌスが落ち葉で芋を焼いていたところを見つけて、どうしてもと言って食べさせてもらったことがあったの。もう時効よね?
お父様は食べたことがあって? まだなら今度リーヌスに頼んでみるといいわ。あれは本当にほっぺが落ちそうなほど美味しいのよ。痛い目を見たくなければ、割るのはおとなしくリーヌスにしてもらうべきね。
そうそう、夏の間にお母様に譲っていただいたハンドクリーム。ナタリエがとても気に入っていたわ。彼女の肌に合うものはあまり売られていないんですって。もしまた手に入れる機会があれば教えてほしいと、彼女が言っていたわ。
学院では歌劇祭の準備が始まろうとしています。
演劇部からまたお誘いを受けているけれど、今年も出るつもりはありません。
だから、見に来る必要はないわ。
もう行かないと。寮長に呼ばれてるみたい。
慌ただしくてごめんなさい。
――みんなへ、愛を込めて。
フリーダ
***
「フリーダ……これ、またアイゼン・バーレから?」
ベッドの上一面に所狭しと広げられた品物を見て、ナタリエがひくりと頬を引きつらせた。
シュトラール学院の寄宿舎は男女で離れた場所に建てられている。厳重な管理下の元、当たり前だが男女で簡単に互いに行き来できるような造りにはなっていない。
そんな寄宿舎の一室で、フリーダのルームメイトでもあるナタリエは腕を組んでいた。彼女らしいフリルの少ないネグリジェは、動きやすいように腕まくりされている。彼女の濃茶色の髪が、真っ白なネグリジェに垂れ下がっていた。
「そうなの。こんなにいただくと、さすがに悪い気がするわ……それに、何処へ置こうかしら。前回のもまだ仕舞いきっていなかったのに」
「もらえるもんはもらっちゃえばいいと思うけど、さすがに多いよねえ……。あ、これ。新作の練り香水だ」
フリーダの周りに敷き詰められているプレゼントを一つ手に取ると、ナタリエは羨ましそうな声を出す。
「これもバーレが? 人気すぎてすぐ売り切れるって聞いたのに……っは! あいつが買い占めてるのが諸悪の根源じゃ?!」
「ナタリエ落ち着いて。アイゼンにそんな権限はないわ」
「だ、だよねえ。まだ学生だしねえ」
ぶつぶつと言いつつ、ナタリエは次の品に如才なく目をやる。
「このリボンもいいじゃん! 淡い色がフリーダの髪によく合いそう。この間のブランケットもよく似合ってたし……くそう……あやつのセンスだけは認めてやる……」
どれも校則を破らない程度の贅沢品だ。アイゼンの審美眼に舌を巻くナタリエの隣で、フリーダもどうしてよいものか参っていた。
「仕舞うところがない、と伝えれば今度は行李をよこしそうね」
「あり得るわそれ!」
ナタリエが思わずといった風に吹き出す。
「しっかし、バーレってこんなに恋人に尽くす男だったなんて知らなかったな。それとも、フリーダが特別なのか……いやでもまだ認めたわけじゃないけど!」
一人で騒いでいるナタリエを見てくすくすとフリーダは笑った。
ナタリエの言うとおり、アイゼンにとってフリーダは特別だ。なにしろ、契約という確かな仲で繋がっている。
だからこそ、普通の恋人同士のような繋ぎ止めるためのプレゼントなんて、必要ないはずなのに。
フリーダが彼からの山のようなプレゼントに戸惑う理由は、そこにもあった。
そもそも、フリーダはすでに彼に対価をもらっている。
これ以上アイゼンが負担する必要はないのだが――何故プレゼントを贈ってくるのか、フリーダはわからなかった。かといって男性に贈り物の意図を尋ねるなどという無作法な真似が出来るはずもなく、受け取るがままになっている。
会う時には必ずプレゼントされた品物を身につけ、お礼を告げているのだが――こうも頻繁に贈られてくると、アイゼンに会う時は必ず、彼から贈られた物を何かしら、身につけていることになる。
愛し合う恋人同士ならば、彼色に染まる……などと詩の一つでも浮かびそうなものだが、この偽りの関係に何故そんな物が必要なのか、フリーダは理解できていなかった。
とは言え、必要や意味のないことは、しそうにない男である。
加えて、自分が満足するための努力は惜しまない男だと、フリーダはこの数日で気づいていた。
これも彼にとっては意味のあることなのだろうと、最近アイゼンを見ていて気づいたフリーダは一人で納得した。
オーガンジーを花弁のように重ねた、小ぶりな百合の髪飾りを手に取ると、フリーダは耳の横に当てた。
「どう? 似合うかしら」
「とびっきり」
親指を立てて自信満々に頷くナタリエに、フリーダは微笑んで礼を言った。
伯爵家とは言え、王都からは遠く離れたさほど需要のない領地の娘。娘の望むままに贅沢をするような力はない。
フリーダ自身もそんなことを望んでいたわけではないが、年頃の娘らしく装飾品や美しさには興味があった。彼からの贈り物に戸惑いながらも、その質に喜んでいたのは確かだ。
アイゼンの趣味はいい。
フリーダが今まで身につけなかったデザインも多くあったが、そのどれもが彼女に似合うだろうと思わせた。
「いつだったっけ……なんかこんな山の贈りものを見たことある気が……」
「そうなの?」
「うーん……ああ! 思い出した! 父の浮気がバレて母に謝ってたときだわ! きっと浮気してるのよバーレ! よし、別れましょ?!」
「付き合い始めてまだ数日よ。そうでないことを祈るわ」
ナタリエの名推理にふふふと笑うと、フリーダは割り当てられているクローゼットを広げた。
「……さて。どう入れようかしらね」
「次会ったとき、バーレに言っといた方がいいわよ。クローゼットのサイズを測ってから出直してこいって」
フリーダは肩をすくめて、同意した。




