27:乞う瞳
毛糸を通した太い針が、縫い上がったマフラーを纏ってゆく。
隣に座ったアイゼンの黒い瞳が、興味深そうにフリーダの手を覗き込む。
「目に刺さっちゃうわよ」
「気をつけてるさ」
言外に「見るな」と伝えても何処吹く風。
アイゼンはその端正な顔にほんの少しの喜色を滲ませて、深緑色のマフラーを見つめ続けている。
「その瞼を縫い付けた方が早いかしら」
「どうぞ、ご随意に。お姫様」
冬空の下、寒さなど一片も滲ませない弾んだ声だ。
これ以上は勝てないと知ると、フリーダは黙々と作業を進めた。
何でも持っているアイゼンが、こんな品を心待ちにしていることがフリーダにとっては不思議だった。こんな素人仕事のマフラー、もらってくれるかどうかも不安だったのに、これほど楽しみにしてくれているなんて。
心がもぞもぞと浮き立つ。表情に表れやしないかと、必死に顔面に力を入れた。
「出来たわ」
処理した毛糸を、ぱちんと糸切りばさみで切る。
縦に伸ばせば、アイゼンの身長と同じほどありそうな長さだ。ほつれがないかを確認して、フリーダがアイゼンに差し出す。
アイゼンが口角を上げた。
「ん」
口元に笑みを浮かべ、瞳を閉じたアイゼンがフリーダに首を差し出す。マフラーを持ったままフリーダは固まってしまった。
「……え?」
「巻いてくれよ」
僅かばかり目を開いたアイゼンが、真っ直ぐにフリーダを見つめてそう言う。フリーダが唖然としている間に、アイゼンは再び目をつむった。
「……」
「ん」
きっとなにも、おかしいことは無い。触れ合いなんてこれ以上のことをたくさんしてきたし、フリーダから彼に触れたことも一度や二度ではない。
フリーダはアイゼンの顔を見つめ、喉を見つめ、自分の手元にあるマフラーを見つめた。アイゼンが瞳を閉じてくれているのは好都合だった。まず間違いなく、情けない顔をしているだろうから。
唇をきゅっと引き結ぶと、覚悟を決めてフリーダはマフラーを広げた。
アイゼンはじっと待っている。首に巻けば、それで終わりだ。
広げたマフラーを半分に折って片手に持つと、そっと手を伸ばす。
立っていると随分と身長差を感じるが、今はお互い座っているためかとても近い。彼が身を寄せてくれているおかげもあるだろう。
彼の首の後ろに手を伸ばせば、必然的に体の距離が縮まる。何度も抱きついたくせに、いたたまれない。いつも抱きしめられるときは、彼の胸に顔を当てるからかもしれない。
気付けば、頬が触れあいそうなほど、吐息が混ざり合いそうなほど、顔が近い。
少し身じろぎすれば、口づけを強請ってしまいそうなほど。
フリーダはカッと頬に朱を刺すと、慌ててマフラーを両手で持った。そのまま、彼の長い首に垂らす。呼吸を整えながら体を離した。
「できたわ」
「ん」
アイゼンは瞼を開くと、首にただ垂れ下がっただけのマフラーを手に取る。肌触りや、色合いを見ているようだ。それほどまじまじ見ないで欲しい。気持ちだけは込めたが、もし不備があれば……とフリーダはそわそわしてしまう。
「ありがとな」
真剣な顔でマフラーを見つめ終えたアイゼンが、フリーダの腰を抱いた。途端に触れるぬくもりに、先ほどの自分の邪な考えが脳裏を過ぎる。
「大事にする」
耳に吹き込まれる声に、悲鳴を上げて逃げ去りたくなった。彼への恋心を自覚してからというもの、彼のこうした接触に猛烈に反応してしまう自分がいやだった。何をされても、何処に触れられても、粟立つほどの喜びに苛まれる。
あわや泣き出してしまいそうなほどの喜びを押しとどめるため、フリーダは一瞬反応に遅れた。
気持ちを立て直してアイゼンを見つめると、耳元に唇を寄せていたはずの彼は、なぜか真顔でこちらを見つめていた。
呆気にとられそうになる気持ちを奮い立たせ、微笑む。
「ありがとう、嬉しい」
きちんと笑えていたはずだ。
なのに、まるで商品を値踏みするかのように――熱心に見つめていた彼の瞳を恐れて、フリーダはそっと目を伏せた。
***
「あ」
「どうしたの」
「……琥珀が」
いつものように寝る前に瓶を覗き込むと、アイゼンからもらった樹液の塊が割れて崩れていた。残念な面持ちで、瓶をつまむ。
「ありゃりゃ……割れやすいって話だったもんね」
「そうね……」
窓辺に行き、月の光に翳す。
静かな光を吸い込み、粉々に砕けた樹液の破片がキラリと光る。
フリーダはそれを綺麗だと思った。そして儚いとも。
「壊れてしまったなら……もう元には戻らないわね」
ぽつりと呟く。
絆で繋がり合っているわけでも、愛で引き留め合っているわけでも無い。
どれだけ大切にしていても、どれだけ愛を持って眺めていても、壊れれば、それで終わりなのだ。
この琥珀のように。
フリーダは瓶を窓辺に置いた。
月明かりを集めながら、琥珀は静かにたたずんでいた。




