良くんの留守番日記
電話で話しているまゆリンの表情が驚きから喜びに変わった。なんだか嫌な予感がする。電話を終えたまゆリンが僕を抱え上げた。
「良くん、日下部さんに誘われちゃった」
そんなに嬉しそうに言われたって、僕だってまゆリンが大好きなんだよ。そう思ってはみたものの僕の言葉はまゆリンには伝わらない。僕はまゆリンの頬をペロペロなめた。僕にしてみれば、それが精いっぱいの愛情表現だったのに…。
その日の朝はまゆリン、とてもご機嫌だった。僕の朝ごはんも特別な日にだけ貰える高級缶詰。
『そっか、今日がデートの日なんだね』
身支度を整えたまゆリンが物置からバスケットを取り出した。
『おっ! もしかして僕も一緒に?』
僕をバスケットに入れたまゆリンはルンルン気分で家を出た。
途中でまゆリンが寄ったのはネコ友の香穂里さんち。
「香穂里さん、良くんをヨロシクね」
「まゆまゆの頼みじゃしょうがないわね。後でりったんも呼んでネコパーティーでもやろうかしら」
「わあー、それ楽しそうですね。私も参加しよっかな」
「何言っているの?今日は日下部さんとデートでしょう?りったんが聞いたらたいへんよ」
「うっ…」
「今のは冗談、りったんには内緒にしておくから」
「恩にきます。お土産買ってきますから。それじゃあ、良くん、いい子にしていてね」
そう言うと、まゆリンは僕を置いて行っちゃった…。
「良くん、ヨロシクね」
香穂里さんはそう言って僕をバスケットから出してくれた。そこへやって来たのはネコにゃん。“ねこニャン”という名前のネコ。飼い主の香穂里さんとは似ても似つかない性格のネコ。ちなみにさっき、話に上がったりったんと言うのはまゆリンが僕を飼うきっかけになった人で、彼女のところにもりょう君と言うネコが居る。あ、僕は良くんだから。同じマンチカンでややこしいけど、ま、そういう事で。
『久しぶりだにゃん』
『せ、先輩…』
『先に言っておくがカオリンのおっぱいは僕のものにゃん』
『はい、わかってます…』
言ったそばから香穂里さんが僕を抱え上げて胸にムギューッとした。
「良くん、久しぶりね」
下で見上げるねこニャンの視線が突き刺さる。
『まゆリン、早く帰って来て-』
香穂里さんは僕にとても優しくしてくれたのだけれど、ねこニャンに気を遣いつつ過ごす時間はけっこう疲れる。
翌日の夕方。香穂里に電話があった。やっとまゆリンが迎えに来てくれるのかな…。これでお家に帰れるよ。
「良くん、まゆまゆ、もう一泊することになったんですって」
『な、なんだって!』
『どうやら、お前の買主はお前より男を選んだみたいだな』
ざまーみあがれと言わんばかりにねこニャンが言う。
『えーい! こうなったらやけくそだ』
僕は香穂里さんの胸に飛び込んだ。香穂里さんは僕をムギューッと抱きしめてくれた
「よしよし、まゆまゆが居ない間は私が可愛がってあげるからね」
その夜、僕は香穂里さんのベッドで気持ち良く寝かせてもらったのさ。
翌朝、ようやくまゆリンが迎えに来てくれた。
『まゆリン、待ってたよー』
僕はまゆリンの胸に飛び込んだ…。が、僕より一瞬早くねこニャンがまゆリンの胸に飛び込んだのだ。
「ねこニャン、良くんと仲良くしててくれた?」
まゆリンに抱きしめられて、ねこニャンはスケベ丸出しでスリスリしている。僕に『どうだ!』と言わんばかりに。そこにやって来た香穂里さん。
「お帰り。まゆまゆ。良くん、とてもいい子にしていたわよ」
「よかった。カオリンありがとう。おかげでとても素敵な誕生日を過ごせたわ」
まゆリンは香穂里さんにお礼を言ってお土産を渡した。
「さあ、良くん、帰りましょうね」
やっぱり、我が家は居心地がいいなあ。まゆリンの膝の上は最高だ。そう思っていたらまゆリンの携帯電話がなった。
『まさか、また…』
けれど、それは杞憂に終わった。電話の相手はどうやらりったんみたいだった。でも、まゆリンは冷や汗を流しながら話している。
「りったん。どうしたの?」
「鉄人と一緒にホテルに泊まったんだって? しかも、二泊も!」
「あ、それは誕生日に日下部さんが…。それに、部屋は別々だったし…」
「泊まったのは事実なのね!」
「はい…」
「わかったわ。ありがとう」
「えっ? ありかとう?」
りったんはそれだけ言うと電話を切ったみたい。まゆリンも電話を切った後、首をかしげていた。
りったんからの謎の電話は未だに意味不明なんだけど、僕はまゆリンとの幸せな日常が戻って大満足。そんなある日、りったんからまゆリン宛に一通の手紙が届いたんだ。中身を見てまゆリンが呆然としていた。まゆリンの手から滑り落ちた紙に書かれていたのは…。
《請求書。桂まゆ様。但し、鉄人リース料。一金、四萬四千円也》
1時間千円か…。ちょっとぼったくりじゃね?