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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
生贄のアネモネ
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2-4.友達でしょ?

「さて、今日は右の方に行ってみよう!」


 やる気に満ちた声を出し、ロゥは昨日と同じように川辺を歩いていた。

 その少し後ろにアネモネがいるが表情は少し暗い。


「ロゥくん、右の方に進むのはいいけれど川を渡る方法がないよ?」


 アネモネの浮かない表情の原因はそれだった。

 ロゥたちが渡ろうとしている位置の流れはそこまで急ではないが、川幅が広く深い箇所もある。子供が渡りきるのは難しく思えた。


「私、その、あまり泳ぎに自信がないから…………」

「大丈夫、僕に任せて!」


 元気のないアネモネとは反対にロゥは楽しそうに笑う。

 昨日は滝まで行くのに半日かかり、帰ったのが夜になってしまった。

 もしも1日で着かない場合のことを考え、今回はバックパックを背負い野宿ができる準備をしていた。

 この探索を冒険として彼は楽しんでいた。


「何か方法があるの?」

「うん、たぶん大丈夫!」

「たぶんなんだ……」


 返事だけは力強かった。

 件の分岐点、川が左右に分かれているところに今日は太陽が一番高いところに届く前に到着できた。


「さてと」


 ロゥは川から数歩下がり、ゆっくりとまた川へと近づいていく。足元をよく見て、何歩使うかを確認している。


「ロゥくん?」

「よし、お待たせ。じゃあ、渡ろうか」

「渡るってどうや」


 アネモネは言葉を途中でやめてしまった。なぜならロゥの腕が瞬く間に変化していったからだ。

 ロゥの黒い魔力が両腕を包み巨大になる。その大きさは森に生える木の幹よりも太く、成人男性の身長よりも長かった。

 口をぱくぱくと動かし、言葉が出てこないアネモネをその黒い腕がゆっくりと包み込む。

 悠々と片手の手のひらの中に納まり頭だけが外にむき出しになった。


「じゃあ、いくよー」


 助走をつけ、川へ向かって走り出すロゥ。

 川に入りそうな寸でのタイミングで空いているもう片方の黒い腕を地面へと叩き付けて大跳躍を行った。

 ロゥとアネモネは木よりも高い位置まで昇った。いつもは木によって遮られていた小さな空が今は果てしないほどどこまでも青い大空となっていた。

 眼下には川があり、緑色の絨毯が広がる。アネモネはその光景に息をのみ、言葉を失った。


「ほら、アネモネ。すごく高いよ」


 ロゥがつぶやく声が聞こえた。

 アネモネはロゥの横顔を見て、笑みをこぼして言った。


「うん。すごい・・・・・・とても綺麗」


 ほんのつかの間の空中浮遊は次第に重力に引かれ、終わりを迎えた。

 内臓が浮く感覚が地面へと落ちていることを実感させた。

 ロゥは慌てることなく、空いている黒い腕を振りかぶりタイミングを合わせて地面へと拳をぶつけた。

 その威力はすさまじく、轟音と共に土と砂利が水しぶきのように放射線状に飛び散り、小さなクレーターが出来上がっていた。


「ロゥくん、魔法使えたんだね」


 ロゥの腕に同化している黒い魔力の腕を見て、アネモネが感嘆の声を漏らす。

 魔力を解除し黒い魔力が霧散していくと、ロゥ本来の腕に戻っていった。


「すごいなぁ。私にもできるかな?」

「できるよ! こう、お腹にぐっと力を入れて腕にぎゅいいんって移動させれば簡単にできるよ!」

「えっと、もうちょっと具体的には?」

「え? 具体的に? 今ので全部だよ」

「そっかぁ……」


 自分には習得はできないと感じるアネモネだった。



 反対の岸へ渡り、上流へ進むと森の緑は深くなっていった。砂利道はなくなり、土と木がどこまでも続いた。

 川の幅はそれほど変化はないが緩やかな斜度の道が続くため、流れは少し早くなる。

 蛇行を繰り返す川は進む先の景色が見えず、いったいどれほどまで川が続いているかが一見してわからない。

 太陽の傾きが昼と夕方の間辺りになると、疲労が目に見えてくるようにわかった。

 アネモネは額の汗を拭い、上がった息を整え、立ち止まって足の痛みをごまかそうとするが効果は薄い。

 ロゥは腰かけるのにちょうど良さそうな岩を指さす。


「少し休もうか」

「……うん」


 緩やかとは言え、足場の悪い坂道は運動を得意としないアネモネから体力を奪っていった。

 それに加え、途中から足に痛みを感じていた。


「足、見せて」


 岩に二人で腰かけ、ずっと違和感を感じていた足を診ることになった。

 靴を脱ぐと指先と踵が赤く腫れ、靴擦れを起こしていた。

 ロゥはハンカチを川の水で濡らし、赤く腫れた箇所を冷やす。


「んっ……!」


 アネモネが眉を顰める。

 傷口から滲みる痛みで微かに吐息を漏らすが、口をきゅっと閉じて必死に耐えていた。


「ふうん……!」


 ロゥが家から持ってきたペースト状の傷薬を塗ると、冷水に触れた時に似た冷やりとした感覚に驚き声を出してしまう。

 実際に温度が下がったわけではなく、冷感を引き起こす成分が薬に含まれているからだ。

 患部に塗るたびにアネモネから痛そうな反応があるが、ロゥは手を止めることなく傷を覆うように薬を丹念に塗っていった。

 ここでしっかりと処置をしておくのが大事だと知っていたからだ。

 森の中で傷を作ると化膿し、最悪の場合は細菌が入り破傷風などの病気にかかり命を落とす可能性がある。

 それにこの後も足元の悪い森を進まなければいけない。

 早い段階で処置が行えたことは不幸中の幸いと言える。


「よし、おしまい」

「うん……ありがとう、ロゥくん」

「どういたしまして」


 ロゥは包帯を巻き終えると薬や余った包帯を片付ける。

 アネモネは靴を履き、岩の周りを歩いてみる。

 少しの痛みは感じるがだいぶ軽減され、歩くことに支障はなくなっていた。


「ロゥくん、歩けるようになったよ」


 嬉しそうにロゥに歩く姿を見せ、ロゥもそれを見て安心して笑う。


「安静にしてて。今日はここで野宿しよう」

「まだ日は高いけどもう野宿する準備始めるの?」

「うん。暗くなってから寝床を探すと危ないから、日が昇っているうちに寝る場所を決めるんだって。昔隣に住んでいたおじいちゃんが言ってた」


 二人は手分けして準備を行うことにした。

 ロゥは食料となりそうなものを探しに行き、火おこしをアネモネが担当した。

 アネモネは川辺の丸石を集め土台を作り、枯れ葉や薪を集め火打ち石でたき火を用意した。

 火が起きた頃にはロゥが服の裾を持ち、風呂敷代わりにしてたくさんの果物やキノコを持ってきた。

 細い枝を串にしてキノコに刺したき火で炙り、果物は川で洗ってそのまま食す。

 食事を終える頃には日は暮れ、厚い雲が月を覆っているためたき火が照らす以外に光源がなかった。

 交代でたき火の面倒を見るため、最初にアネモネが横になっていた。

 家から持ってきた小さなタオルケットを敷き、その上に寝そべっている。


「ねぇ、ロゥくん」

「うん?」


 ロゥが寝ているアネモネに視線を移すと、彼女は空を見ながら独り言のように話し始めた。


「私ね。生贄なの」

「いけにえ?」

「私の村は何十年かに1度、山の神様に生贄をささげて村を守ってもらうことにしているの。

 それでね、神様は私たちの住んでいる場所とは違うことろに住んでいるから、生贄の私は神様がいるところに行かないといけないんだって」


 幼いロゥでもその意味は分かった。

 そして、どうしてアネモネが川を流れていたのかも察しがついてしまった。


「村に帰るのが怖い?」

「うん。私はどんな顔をして帰ればいいんだろうって、そう思うととても怖い」


 最後に見た父と母の顔を思い出す。二人は感情のない表情でアネモネのことを見ていた。

 悲しんでいて欲しかった。自分がそうだったから。

 しかし、アネモネは両親がどのような感情を持っていたのかを知るのが怖かった。

 もしも自分が思っているような感情ではなかったら、そう考えると本当のことを知るのが怖くなってしまった。


「もしも、行くところがなくなったら僕の村においでよ」

「……うん」

「アネモネ、手を出して」

「手?」


 アネモネは仰向けからロゥの方へ体を向きなおし、手を差し出した。


「お守りだよ」


 そう言ってロゥが渡したのは真っ黒な結晶だった。川を越える時に見たロゥの魔力に非常に似ている色だ。

 たき火の光が当たり幻想的な輝きを灯している。


「すごい綺麗だね」

「これは友だちにあげるものなんだ」

「友だちに?」

「うん、僕たちは友だちでしょ?」

「……うん」


 お互いの顔は頼りないたき火の光で見えにくい。

 しかし、二人はお互いが笑っていることがなんとなくわかった。

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