10-16.1対2の攻防
遅れてすみません。
先週は投稿できずにすみませんでした。
できるだけ毎週更新をがんばります。
正面からロゥが車いすのメイド、クレアへ突進した。
『擬獣化』によって異形の姿へと変貌した彼は鋭利な牙が並ぶ口でクレアへ噛みついた。
「あれ?」
しかし、ロゥの口は閉じない。
彼の口を閉じれないように押さえる巨大な黒い足が見えた。
「うわ!? ぺっぺっぺ!」
自分が噛んだものの正体に気づいたロゥは『擬獣化』によって作られた口にも関わらず、思わず嫌悪感を抱くものだった。
それは蜘蛛、4対の脚と袋状の腹部があり、クレアの胴体が本来蜘蛛の頭部と胸部のある位置に癒着していた。
「(蜘蛛……。さっきの蜂やワームといい、車いすのお姉さんは虫に関係する能力か)」
気を失う前の光景と今目の前で起きている出来事を踏まえクレアの能力を推測した。
魔術師が生物を使役することは珍しくない。
もっともメジャーな使い方は使い魔だ。
主な役割は偵察や伝令、それ以外にも留守番から戦闘まで幅広い。
だが、クレアのように魔力資源をすべて虫の行使に割り当てているような者は非常に珍しい。
「(魔術師は自分の魔術に多かれ少なかれ自信を持っている。だから、使い魔はあくまでサポート。
自分の魔術を成立させるためか日常生活が便利にする程度の存在……って、オルテシアが言ってたっけ)」
クレアが動いた。8本の足を使い地面を疾走する。
先ほど同様、正面からのぶつかり合いだ
「ぐっ!」
クレアの下半身、蜘蛛の部分は大きく、背の高さや全長が馬ほどもある。
病的な印象を持たせるクレア本体とは裏腹にロゥと互角に力比べができるほどだった。
さらに追い打ちをかけるようにサクラが彼女にしか見えない『手』を動かした。
「痛っ!」
胴体に作り出した目を使いロゥは離れているサクラに視線を向ける。
彼女の周りには人間大もある岩が宙に浮き、今まさにその1つが高速で打ち出された。
「うわっ!?」
一度クレアから身を離し、岩を避けるもクレアはそれを許さない。
蜘蛛本来の顔の位置にある鋏状の上顎が開かれロゥへ噛みつく。
彼の纏っている『擬獣化』の魔力が毟り取られ本体の一部が露出する。
「(あの蜘蛛の口はマズイ、身体が露出したところに毒を貰ったらさっきの二の舞だ! ここは一旦距離を……)うぐ!?」
サクラが追加の岩を射出し、ロゥへ直撃する。
大砲のような威力に彼の身体が揺さぶられ、その隙に再びクレアが接近する。
「(ヤバイ!)」
再び上顎によって身体を毟られると思ったロゥは回避ではなく、自ら覆いかぶさるようにクレアへ向かった。
あえて自分からクレアに接触することで上顎に身体を覆う魔力を毟られずに済んだが、状況はよろしくない。
「(むむむ、蜘蛛のお姉さんに近づけば噛まれちゃうし離れると岩が飛んでくる。
毟られた部分を直すにも『擬獣化』を維持したままだとすごく時間かかるし……どうしよう)」
ロゥは魔力の細かな操作が苦手だった。
森でヴァルサガに稽古をつけて貰っていた頃から強弱をつけることも苦手だったが、2つのことを同時に行うのも同様だった。
そのため、一度『擬獣化』によって魔力を形作ると形を変えたり、欠損した部分を修復するのにとても時間がかかってしまう弱点が存在した。
「(この蜘蛛のお姉さんと密着している時間はとっても貴重だ。何時までもつか分からないけど、この2人の連携をどう攻略するか考えないと)」
ロゥとクレアが近すぎれば味方に当たる可能性があるためにサクラは岩を放てない。
一方、クレアは8本の足を忙しく動かしロゥとの距離を取ろうと暴れまわる。
隙あらば噛みつかれかねないこの状況でロゥも必死にクレアを抑えつけ続けている。
「(攻撃をするにしても蜘蛛のお姉さんのパワーだとタメを作らないといけない。遠くにいるボロボロのお姉さんを倒そうとしても遠すぎるし……うーん)」
そして、ついにクレアがロゥを振り払った。
「(一か八かだけど、やるっきゃない!)」
間髪入れずに放たれた岩をロゥは長くしなやかな尾を鞭のようにしならせて弾く。
同時に猛然とクレアが上顎を開く姿が目に映った。
「(くらえ!)」
『威圧咆哮』。
ロゥが『擬獣化』で身体に纏っている魔力をすべて消費する大技であり、もろ刃の剣でもあるがこの音の波に飲まれた者は身体を硬直させ隙を生む。
クレアも例外ではなく、上顎を開いた状態で止まっている。
「てりゃああ!」
魔力を練り、腕に纏った拳を突き出し地面を蹴った。
ヴァルサガから言いつけられ、森を出てからの半年間、毎日休むことなく繰り返してきた動作は一切の無駄を排斥した見事な一撃をクレアの腹部に入れた。
「……っ!!」
クレアは人間の部分と蜘蛛の部分を分断されて言葉にならない悲鳴を上げた。
彼女が地面に落ちるよりも早く、ロゥは踵を返しサクラの方へと走った。
岩による迎撃が待ち構えていたが、彼からすればただ的がでかいだけだ。
「ふん!」
拳を前に出せば岩程度は容易に砕け散る。
幾数、幾十の岩を絶え間なく射出するサクラだがロゥは確実に前へ進み、ついには彼の腕が振れるほどにまで近づかれてしまう。
「終わりだ!」
丸太ほどの腕が振るわれサクラの身体が馬車に引かれたように吹き飛んだ。
2人のメイドが動かなくなったのを確認するとロゥは深く息を吐き、安堵するのだった。
「あ、危なかったぁ……良かった勝てて」
『威圧咆哮』を人に試すのが今回が初めてであった。
さらに言えば、一度破れた相手に対し堅牢な『擬獣化』を解くこともとてもリスクが伴う行為だった。
綱渡りを無事に渡り終え、極度の緊張が抜けて内臓が浮いているような脱力感がロゥを包んだ。
「でも、ヴァルサガお姉さん的にはダメ出しポイント多いよねきっと……」
しばらく会っていない師の性格を鑑みて、今回の自分はまだまだであると思い知らされたロゥだった。




