10-14.vs盲目のメイド(サクラ)②
サクラの視野は360度ある。
しかし、それは能力の副次的なものでしかなく、彼女の力は視界に漂う十の『手』であった。
『手』はサクラにしか見えず、『手』は物に触れることができた。
非力な女性の身では動かすことのできない巨大な瓦礫を『手』は易々と持ち上げ、サクラの進む道を確保している。
「見つかりません」
サクラの視界を通してイシュミールは廃墟となった町を見渡しながら標的の姿がどこにもない事をポップへ伝えた。
「上手く隠れたみたいね」
「アレを使った方が良いのではないでしょうか?」
「そうね。勿体ない気もするけど今回の標的は大物だからしょうがないわ。
フランシーヌ、サクラに『誘惑の紫水晶』を使わせなさい」
『わかりました……』
サクラは視界に浮かぶ『手』の1つが彼女の顔の前に移動し、握っていた物を彼女へ渡した。
それは紫色の石だ。一度溶けて固まったようなケロイド状の表面は石と言うよりは生物の一部のようなグロテスクさがあった。
『魅惑の紫水晶』へ魔力を注ぐと、瞬く間に石は破裂、破片は霧散し紫色の粒子となって周囲へ広がった。
辺りに散布された粒子は濃淡が生まれ、サクラの前にある倒壊した家屋の方は黒に近いほど濃い紫色に染まっていた。
「見つかった?」
「はい、すぐ近くの廃墟の中に隠れています」
「一気にカタを付けてしまいましょう。フランシーヌ」
フランシーヌの伝令により、サクラは視界に浮かぶ『手』を動かした。
大量の粉塵と破壊音をまき散らし、瓦礫と言う瓦礫が左右に分かれてサクラのための道ができ、アネモネとメリッサの姿が確認できた。
「居ました。標的とメリ……あ!」
イシュミールがアネモネを庇うように立つメリッサの姿を見た時だった。
サクラの視界には、濁流のように押し寄せる炎が広がった。
☆
「やりましたか?」
アネモネがメリッサの後ろ姿へ話しかけるが、首を横に振られてしまう。
「いいえ、上手く回避されたようです」
紅蓮の炎によって、瓦礫で埋め尽くされていた住宅地の通りは一掃された。
人が飲み込まれれば灰も残らないほどの炎だったが、彼女らが視線を上げると、そこには宙に浮かぶ瓦礫を足場にこちらを見下ろすサクラの姿があった。
身に纏うロングスカートのメイド服は煤け、火の煽りを受けて服が幾らかは燃やされていたがサクラ自身は無事だ。
「相手もさすがにあの量の炎は避けざる負えないようですね。私の花びらに対応できて、メリッサさんの炎はダメだとすると形のないものは遠隔で操れないのでしょうか?」
「どちらにせよ、私の魔術との相性は悪いように見えます。
アネモネ様はお下がりください。巻き込んでしまいそうです」
「そうしまーす」
アネモネが物陰に隠れ、メリッサの視界から消えると同時に彼女は前へ駆けた。
その進行をさせまいと、瓦礫の雨が降り注ぐ。
「『ブラック・スポット』」
メリッサの右手に真っ黒な球体が生成され、彼女を中心にした空間が高温に支配される。
迫る瓦礫は彼女に届く前に発火し、燃え尽きていった。
しかし、その絶対的な空間は束の間であった。
黒い球体が徐々に小さくなり、完全になくなると高温になっていたメリッサの周辺は元の温度へ戻る。
サクラはその隙を見逃さない。メリッサへ全方向から一斉に瓦礫や食器が迫る。
「ぐふっ……」
砕けた屋根の破片が腹部に突き刺さり、骨の砕ける音が鈍い音が聞こえる。
立て続けに頭部、背中、腕、わき腹、足と全身を絶え間なくそこらに転がっていた瓦礫や食器、何かの破片がが彼女の身体を破壊する。
服が裂けて赤いものが零れ落ちる。血のように真っ赤な花弁である。
「……っ!」
それを見た瞬間、サクラが後ろに飛び退いた。
一瞬のうちに傷が癒えたメリッサはさらに前へ足を進めた。
「『プロミネンス』」
紅の炎が広がる。鳥が羽を広げたように扇状に炎が翼のように羽ばたいた。
炎がサクラを飲み込もうとした瞬間、彼女は『手』を使いいくつもの瓦礫を自分の体へ叩きつけた。
メリッサを攻撃した時とは異なり瓦礫をすべて同じ方向から自分の体にぶつけることで強引な回避を行ったのだ。
「っ……!」
メリッサの炎から自分の体を傷つけながらも逃れることに成功するが、加減を一切せずに自分の体を瓦礫で弾き飛ばしたせいで地面に落ちても勢いが止まらずに無抵抗に転がる。
「(どうやら同時に操れる数は10個前後、瓦礫や食器を利用していることから直接人体に対して何かできるわけではなさそうですね。ならば、このまま距離を詰め……焼き払います!)」
サクラの周囲の瓦礫が彼女の身体を持ち上げる。
自分の力で立つこともままならないことを悟り、好機と見たメリッサは離れてしまったサクラとの距離を詰めようとする。
「逃がしません」
力の入らない身体でありながら、サクラは頭だけをぎこちなく持ち上げメリッサを『睨んだ』。
「(目が開いている!)」
縫い付けられたサクラの片目が開かれ、瞼の下には硝子の義眼が納まっていた。
「なっ!」
地鳴りと共に周囲の家屋や廃墟が動き出す。
まるで巨大な『手』を閉じるように、左右から瓦礫の波が音を立てて押し寄せてきたのだ。
瓦礫はメリッサとサクラを隔ててしまう。
「取り逃がしましたか……」
口惜しそうにメリッサが呟き、振り返るとアネモネが物影から出てきていた。
「いやぁ、すごい敵でしたね」
「ええ、最後のは奥の手でしょう。やはり、一筋縄ではいかない相手でした」
「アレだけの敵を簡単に追い払ったのですから、メリッサさんは強いんですね」
「いえ、アネモネ様のサポートがあったからです」
「治ると言っても痛覚は普通にあるから敵の攻撃をわざと受けるようなマネは普通できないと思いますけど」
「これくらいは問題ありません。メイドですから」
「答えになってないような?」
☆
「……どうにか逃げることができました」
『すみません、危なそうだから目を1つ使ってしまいました……』
イシュミールとフランシーヌの報告を受けポップは問題ない、と首を横に振る。
「いいえ、上出来よ。ミラを失っているし、これ以上の戦力ダウンは洒落にならないわ。
しかし、まさかあそこでメリッサが能力を使えるだなんて、おとぎ話かしら?」
「博士の話では能力を失ったと聞いていましたので、私たちも油断していました」
「あのレベルの標的を取り逃がしたのはちょっと未練が残るけど、本命はこっちの手中にあるから良しとしましょう」




