10-12.vsズタ袋のメイド(ミラ)②
美しかった自然公園は無残な光景になっていた。
豊かな緑や公園を代表する池は爆風によって巻き上げられた土た砂利によって埋め尽くされ、巻き込まれた魔物たちの死体が転がっている。
「あうさdんdkslk」
うめき声を上げながらミラは歩く。
本来ならば死んでいても不思議ではない状態で彼女は動いていた。
「jdksmxhヴぉrkすあ」
片方の腕は千切れ、原形を留めていない頭部、身体を支える脚部は皮膚がなくなり筋肉と脂肪と骨が覗いている。
ゆっくりと土を被った魔物の死骸に近づき、残った腕でその死骸を掴む。
魔物の肉体はミラの炭化した指が触れている箇所が融解し、彼女の身体へと取り込まれていく。そして、その分だけ体積を増やした。
これがミラの能力、融合と蓄積を兼ね揃えた『一心同体』。ミラが触れたモノは取込まれ、生命力はストックされる。彼女が怪我を負うとストックされた生命力を使い治癒が始まる。
生物以外は取込めず、生きている生物はミラの魔力で抑え込める範囲でなければ取込めない、という制約も存在する。
しかし、死体であれば別だ。生物は死んだ直後なら魔力を体内に残しており、その状態ならばミラの能力で取込みストックに変わる。
ミラは近くに落ちていた魔物の死体で急場を凌ぐ。全快とは程遠いが問題ない。何故なら死体はそこら中に落ちている。
残りの分も拾ってしまおうとある死体の下へ歩む。
「……っ」
『それ』は起き上った。
ミラはストックしていたミノタウロス20頭分の生命力を消費して仕留めたと思っていた。
黒い鎧は砕け、肌は血と土色に染まり、ハルバードは見当たらない、亡者のようにただ立っているのみ。
しかし、ミラはヴァルサガの姿を見て足を止めた。失われた感情と命令のみを遂行する思考が共に危険だと囁く。
「……ぁ」
『それ』は声なのか吐息なのかわからない曖昧なものを口から零すと同時に動いた。
死に体とは思えない踏み込みによりミラとの距離は縮まる。
「bsだあおvんksd!」
ミラがトドメを指そうと腕を振り落とすと『それ』は応戦するように拳を突き出す。
「だsbdv!?」
拳同士のぶつかり合いにミラの腕はひしゃげ、骨が腕を突き破って露出する。
「あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”!!」
『それ』、ヴァルサガは吠えた。
彼女の身体からは魔力が湯気のように昇り、獰猛な野獣のように牙を覗かせる。
ミラは砕かれた腕の修復しながら両腕をヴァルサガへ叩きつけた。
「んsdjdsps!」
「キ、かん!」
ミラの両腕をヴァルサガも両手で受け止め、衝撃により地面に亀裂が生まれる。
攻撃を受け止めたヴァルサガは指に力を入れ掴んでいるミラの腕を握りつぶす。
そして、強引にミラの腕を広げ、がら空きになっている胴体へ蹴りを放つ。
「んds!?」
大砲に撃たれたように腹部に衝撃を受けるとミラの身体は彼女の意志に反して後退していく。
踏ん張ることができずに背中は地面にぶつかり青い空が見えた。体勢を立て直す前に跳躍していたヴァルサガの靴底が迫る。
「んどんdk!?」
踏みつけられミラの身体は地面へとめり込む。
反撃を試みようにも両腕は蹴られた拍子に千切れており、馬乗りになったヴァルサガを振り払うことができなかった。
「シ、ね!」
ヴァルサガの拳がミラの鼻を潰した。続けて拳を振るう。何度も、何度も、何度も。
拳が振り下ろされるたびに衝撃によって粉塵と轟音が舞う。
「あ”あ”ぁ”!!」
最後に大きな一撃を与えると、ミラのストックしていた生命力が尽き物言わぬ死体と成り果てた。
「はぁ……、はぁ……」
肩で息をするヴァルサガ以外に動くものはいなかった。
「はぁ……、ふぅ……。終わった、か……」
髪をかきあげ、泥と血で汚れた顔を上げる。
表情はすでに平時のものに戻り、先ほどまでの獰猛な姿は影を潜めていた。
「チッ……」
自分が倒したミラの姿を見て思わず舌打ちが出た。
「不完全燃焼もいい所だ」
負傷した身体で立ち上がり、ハルバードを拾うと町へと向かうのであった。
「物足りん……町で暴れる残党でも狩るとするか」
先祖返り。
代を重ねるごとに血が薄れ消えていく血統を由来とした能力が唐突に蘇る現象を指す言葉である。
ヴァルサガはヘラクレス族と呼ばれる種族の先祖返りだった。彼らはすでに滅んでしまっているが彼女の血の中には確かに存在する。
平均身長が2メートルの強靭な肉体を持ち、約500kgはある馬を肩で担いだ、など怪力的な規則を幾つも残している種族だ。
ヴァルサガがハルバートを軽々と振り、大の男でも叶わない身体能力を有しているのはこの血による影響が大きいだろう。
そして、窮地に追い込まれた時には意識を血に飲み込まれ、『狂化』して人間を超えた戦闘能力を引き出すことができる。
傭兵時代に『狂戦士』の2つ名を与えられたのもこれに由来する。
だが、ヴァルサガは自分の奥の手とも言える『狂化』をイマイチ気に入っていない。
何故なら『狂化』の最中は記憶が曖昧になり、意識を取り戻すとすでに戦いは終わっているのだ。
武人として記憶から外れた戦闘で得られた勝利など虚しいものにしか過ぎない。
彼女は公園を去る前にもう1度ミラを見る。
「チッ」
せっかくの強敵との死闘が満足できなかったことに2度目の舌打ちを鳴らし、今度こそ彼女は公園を去ったのだった。
☆
屋敷の1室に3人のメイドが居た。
「うっ……」
1人のメイドが頭を押さえ、ふらり、と倒れそうになった。
咄嗟に後ろにいた別のメイドが優しく抱き留めた。
「ミラが倒されたみたいね」
同僚の身体を支えながら、ポップは囁いた。
「はい……」
顔色を悪くしたメイドはよろめきながら立ち上がる。
「クレアは成功、ミラは失敗、さてサクラはどうかしら。イシュミール、少し休んだ方がいいかしら?」
イシュミールと呼ばれたメイドはまだ青い顔のまま、ポップの問いに首を横に振った。
「はい、大丈夫です。ただ、サクラってあの目を縫い付けた子ですよね?」
「ええ、でも大丈夫よ。あの子は能力で『見えて』いるから」
「そうですか。でしたら、チャンネルを合わせるので少々お待ちください」
そう言うとイシュミールは目を閉じて瞑想を始める。
彼女の能力は『第3の瞳』。他人の視界を共有することができる。
魔力の波長を同化させることができれば視界同調が可能であり、この波長のことをイシュミールはチャンネルと呼称している。
ポップは彼女が波長を合わせている間、気配を消しているもう1人のメイドへ顔を向ける。
「フランシーヌ」
前髪で顔を隠し、猫背によって俯き加減になっているメイドが名前を呼ばれて立ち上がる。
「どうして部屋の端でしゃがんでいるの。こっちにいらっしゃい」
無言のままポップに近づくと、フランシーヌはおずおずとした様子のまま口を開こうとしない。
『部屋の……真ん中って落ち着かなくて……』
ポップの頭の中に直接声が響いた。
「そんな事言っても貴女は私の指示を飛ばす大事な役割を持っているでしょう?」
『うう……どうして私がこんな能力を持ってしまったのでしょう……』
「人見知りで口下手で他人の視線が怖い癖に人一倍寂しがり屋の貴女にピッタリじゃない」
『さ、寂しがり屋じゃないです……そんなことないです……』
フランシーヌの能力は『念話』。思考を声にせず、直接他者へ届ける能力である。
彼女の魔力が込められた物を持つことで会員になれ、会員はフランシーヌの声を遠隔でも受信・発信できる。
会員以外ではフランシーヌの姿が見える範囲までしか念話は届かないが、メイドたちは全員会員となり彼女との交信が可能だ。
「ポップさん、チャンネルが合いま……って、何これっ!?」
「どうかしたの?」
「なんて言うか、全部見えるんです……周りの景色が360度全部っ!」
目を瞑って困惑するイシュミールをポップを笑みを浮かべながら見ている。
「ふふ、どんな風に見えてるのかしら。目を瞑って見る景色って」
「説明しにくいですね……、あ、サクラは病院の近くにいますね」
「あら、随分すんなり町の奥まで行ったのね」
「魔物が白銀の騎士と交戦しているのを遠くから見ています」
「お人形の3人は魔力量が多い者を探しているはずだから、きっと病院の中にいるのね」
ポップの能力『隷属契約証明書』は、ある条件を叶えると対象の人間を操作できる。
その条件とは、操作したい人間に『貸し』を作ること。『借り』を作ってしまった者はどのような命令でも従う。
その命令は強力で記憶や自我さえも彼女の思うままに操作できる。
「フランシーヌ、サクラに命令しなさい」
『なんて言えば?』
「殺してもいい、って言えばいいのよ」
『わ、わかりました』
ポップは予めクレア、ミラ、サクラの3名にフランシーヌの言葉に従え、と能力を使い命令している。
そのため、彼女は屋敷に居ながらイシュミールの能力で遠隔で状況を監視し、フランシーヌの能力で命令を出していた。
「さて、サクラは成功するかしら?」
ゲームを楽しむように、ポップは自分にしか聞こえない声量で囁いた。
ああ……小説のストックがなくて毎週書いて投稿してます……。
できれば見直し期間とか添削期間をもっと取りたいのですが、ままならないものです……。
がんばって週1更新は続けていきたいと思います。




