10-11.vsズタ袋のメイド(ミラ)①
今回、長くなってしまった……
冒険者とトラジェスティン家私兵団が担当していた西側のトレントが討伐された頃、ほぼ同じ時刻にヴァルサガ率いる黒金騎士団は東側に出現していたトレントの討伐を成功させていた。
「状況報告」
ヴァルサガの指示により、白銀と黒金、双方の取りまとめ役が報告を上げる。
『白銀、6名重症、3名軽傷。損耗は軽微です。町への被害は外壁の損傷多数と幾つかの種子が壁を越えて家屋を破壊しましたが死者はありません』
「黒金は殉死2名ですわ」
「想定内だな」
報告の内容には、所属している団のカラーが出る。
白銀は秩序や統率を重んじるために細部にわたり報告をしているが、黒金は結果主義なために生きていれば良し、として死者の数だけを報告する。
「ロザリア、こちら東側担当指揮官ヴァルサガだ。トレントの討伐が終わった。必要なら西側へ応援に行くぞ」
『こちら作戦本部、まだ報告はありませんが本部からはトレントの姿は見なく--』
『報告します! サウス中心に魔物が出現! 繰り返します、サウス中心に魔物が出現!』
『こちら西側担当伝手。冒険者たちが襲撃を受けた模様。これより、西側第一小隊と第三支援隊が救援に向かいます』
≪群雄の喝采≫は混線を防ぐために1対1の通話が優先されるが、例外として非常事態における緊急回線は最優先で展開される。
「どないしたんです?」
ヴァルサガの小さな表情の変化にマルスが首を傾げた。
「一度切るぞ」
『……はい』
ロザリアとの通信を終え、ヴァルサガはその場にいた騎士たちへ得られた情報の共有を図った。
「……最初からこれが狙いみたいやね」
マルスの言葉に他の者も沈黙によって肯定する。
「しかし、明確な狙いが分からんぞ。町を攻め落とすのが狙いか?」
「コスタリオ殿、それでは我らがすぐ戻れるような近場でトレントと戦闘を行わせる理由が思いつかぬ」
「うむ……そうであるな。被害は出るが攻め落とすには難しかろう」
「はいはい、そこまでですわ」
コスタリオとソソギが首を捻るが、ジュリアが視線を向けるように手を叩いて促した。
「我らは黒金。どのような敵でも相手取るのが信条ですわ」
「特攻しか能がないからなぁ」
「貴方は黙ってらっしゃい……おほん」
ジュリアは一旦咳払いし、仕切り直す。
「ここで考えても被害は増える一方ですわ。ヴァルサガ隊長、ご指示を」
「これより町へ戻り対応を行う。白銀所属の者はロザリア指揮の下、住民の避難誘導と各避難所の防衛に当たれ。黒金は2人1組で討伐を行う」
「「「おおおお!」」」
騎士たちが町に向かい駆けだした中、1人、ソソギだけがヴァルサガの元に残っていた。
「ソソギ」
「はい。私は敵の正体を探ります」
「魔物を使役している奴を見つけたら捕獲しろ。最悪、殺しても構わん」
「承知しました」
ソソギが霞のように消えるのを見届け、ヴァルサガも町へと駆けた。
☆
町は戦場と化していた。
家屋は破壊され、至る所に魔物が跋扈している。誰のものかわからない血があちらこちらに付着し、惨劇が起こったという事実を見せつける。
「ふん!」
ハルバードのひと薙ぎでミノタウロスの胴が上下に分かれて地面を転がった。
同時にヴァルサガの背後から2体の魔物が襲い掛かる。
犬に似た2頭の獣オルトロス。集団や群を築く魔物は数多くいるが、その中でも飛びぬけて統率が取れたことで有名だ。
1体あたりの戦闘力は新米冒険者でも対処ができるが集団となったらベテランの冒険者が逃げの一択を選ぶほどのものである。
「はあ!」
ヴァルサガは振り返りざまの一振りでオルトロスを1体吹き飛ばし、残った1体を彼女の喉を噛みちぎろうと迫るも喉元を空いた片手で掴んだ。
そのまま常人離れした握力により喉を握りつぶし、口から血を吐き出すとともに絶命したオルトロスを投げ捨てる。
「(通常の個体よりも強いな。それと連携が取れすぎているあたり人為的なものを感じる)」
魔物を群を成す際に司令塔となる存在が現れる。
その種族の上位種や下位の魔物を支配するユニークなどがいるが、町にはそのようなものは見当たらない。
さらに町の中という見晴らしの悪い場所では司令塔的存在がいなければ魔物の連携など瓦解するハズだ。
つまり魔物を操る根源、人間の介入が予想できた。
「(敵の目的を判明させるか司令塔の発見が急務。しかし、町に魔物を放ち混乱を作るという妨害がついて回る)」
オルトロスの集団を対処しながらヴァルサガは町を走る。
路地から飛び出てきたものを出会い頭に殴って致命傷を与え、後ろを追って来るものはハルバートの一撃のもとに退ける。
「(それに加えて魔物の発生源を突き止めねばならない。外壁に囲まれ厳重に門を閉めていたにも関わらず、これほどの魔物が溢れるということは司令塔の他に移動系能力者が必ずいる。
どちらかしか取れない場合、優先度が高いのは移動系能力者。野放しにしては再び襲撃されるというリスクが残る)」
魔物の数は増え続けている。
故にまだヴァルサガは町の中に移動系能力者が残っている事を確信する。
町を走り回り、その能力者を探し出す。魔物が来る方を進むと住宅地から一変、視界が開けた。
「(サウス自然公園……ここが魔物の発生源か?)」
豊かな自然と多くの池があり余暇を楽しむスポットとして人気だ。
しかし、今は魔物が現れ美しかった自然公園は木々が倒され、土が捲られ、血と死体が点在し、魔物が溢れている。
「どけ」
迫り来る魔物を物ともせず、ヴァルサガは公園の中心、噴水広場へとやってきた。
そこには1人のメイドが噴水の設置されている自然公園の中でも最大の池に立っていた。
「見つけたぞ」
「あらあら、残念」
それほど残念そうでもない声でメイド、カエデは笑った。
そして、彼女の足元、池の中から魔物が姿を現した。
「貴様が移動系の能力者か」
「ご明察ですわ。私の能力は『水門』。水を触媒に門を作り、門を潜った物を移動させるものです」
「ほう、種明かしにしては早いな。観念したということか?」
「いえいえ」
柔和だったカエデの表情は嘲笑うようなものへと変わる。
「死に逝く騎士様への手向けです」
「ほざけ!」
ヴァルサガが地面を蹴る。
カエデの首を落とそうと一瞬にして距離を詰めるが、池の中から人影が現れハルバードを弾いた。
「新手か」
距離を取り、池から這い上がった人影、ズタ袋を被った長身のメイドを睨みつける。
「じゃあ、あとは任せたわ。えーっと、ミラ?」
カエデはそう言い残すと池の中へ沈み始める。
ヴァルサガは逃すまいと再び地面を蹴るがミラと呼ばれたズタ袋を被ったメイドに再度邪魔をされる。
「チッ!」
池の中にカエデの姿が消えると、ヴァルサガはミラと対峙することになった。
火で炙られたような殺気。
互いに距離を取りながら出方を伺う。
肌に突き刺さるミラの殺気。ここまでの道のりで相手して来た魔物とはわけが違う。そう判断したヴァルサガは全身全霊を持ってハルバートを構えた。
「ふっ!」
踏み込みからの突き。
並の戦士では上半身が泣き別れたことにも気が付けずに死にゆくだろう。
それほどの一撃をミラは難なく受け止める。
「ほう……」
ハルバートの先端を素手で掴み、刃が肉に食い込み血が流れるが掴んで離さない。
みしり、と全身の筋肉を躍動させヴァルサガはハルバートの切っ先を持ち上げようとするが微動だにしなかった。
「(この私が力比べで負けるか)」
「jkばvsdlなv」
理解できない言葉を漏らしながら、今度はミラがヴァルサガの顔面を拳で叩いた。
大砲にでも撃たれたような衝撃が間一髪、顔と拳の間に滑り込ませた手に伝わる。
「くくく」
鼻が折れて血が流れ、口の中には血の味が充満しながらもヴァルサガは歓喜の表情に変わる。
「やってくれたな木偶! 『回嵐刃』!」
握るハルバートへ魔力を込め、ゼロ距離で突きを放つ。
魔力が刃となり放出され、ミラの半身を吹き飛ばすつもりだったが実際には手首から先が失われる程度にとどまった。
しかし、余波によってわき腹や腕に無数の傷が生まれ鮮血を滴らせている。
「『処断』」
振り下ろされたハルバートが地面を裂いた。
ミラは地面を蹴り転がり致命傷を避けるが残ったもう1本の腕を切り落とされることとなった。
「デカい癖に素早いではないか」
「あおbさどjvdkpk」
ミラは怨嗟を歌いながら失った両腕を振り回す。
「トドメ!」
生まれた隙を逃すほどヴァルサガはお人よしではない。首を切り落とすために横なぎにハルバードを振るう。
しかし、
「……っく!」
がぎん、と金属が打たれる音がするとヴァルサガは双眸を開き、驚愕する。
ズタ袋を切り裂いたハルバードはメイドの首を切り落とす前に受け止められた。
歯によって。
「んdwぶv!」
攻撃を受け止められたヴァルサガが今度は隙を作ってしまう。
彼女は胴体に強い衝撃を感じると意識がブレ、気が付けば後方の噴水に激突していた。
「がっ、はぁ……!」
肺の空気がすべてなくなり、胃の中がひっくり返されそうになりながらも、一命は取り留めている。
ミラを見ると失われたはずの腕が再生していた。それによってヴァルサガは反撃を受けたのだと認識する。
ミラはハルバードを口から離し、破けたズタ袋を顔から外した。
「異形か……」
ズタ袋の下は人と呼ぶには憚られるものだった。眼球は4つあり、鼻は削ぎ落され、口が歪に変形し牙が見える。
正気を保ってはいない事は目を見ればすぐにわかるほど人間の形相とは思えない有様だった。
「dvびおdkv」
ミラの身体が隆起する。
筋肉が膨張し皮膚が裂けるがすぐに再生する。
切断されていたもう片腕も筋肉が溢れ、骨や神経が再生し、最後には皮膚を纏う。
「……自己再生能力持ちか」
「おふぁsv;jばvjb」
ミラが動いた。巨体に見合わないほどの速度でヴァルサガへと迫り、腕を振るう。
腰を落とし、冷静に相手の攻撃を見極めつつ紙一重の差で避けるとヴァルサガは握った拳をミラのわき腹へ放った。
「(利いてないな。再生、いや、膨張すると攻防力が増すのか)」
ヴァルサガは一歩後ろに跳び追撃を再び躱す。
丸太のようなミラの足を踏み台にし、絡め取ろうとする腕を掻い潜りながら肩を足場にし跳躍する。
ミラとの距離が離れ、ハルバートを拾い切っ先をミラへと向けた。
「ならば……『剛天』!」
魔力をハルバートだけではなく、自身にも纏いヴァルサガ自身が一つの槍となってミラの心臓目がけて突進する。
ミノタウロスやオーガ程度ならば上半身は原型をとどめない程の威力であるはずだったが、ハルバードは先端部がミラの身体に食い込んだ程度で勢いを失ってしまう。
だが、ヴァルサガの想定の範疇だ。彼女は掴んだ柄に力と魔力を込める。
「『天陣廻炎』!」
ハルバードを中心に炎が渦を巻きながらミラの身体を焼き始めた。
目、口、鼻からは炎が溢れ、屈強な肉体からは不快な臭いが立ち込める。
「ぅtじゃmぢおmcps!」
斬撃、打撃が利かないのならば次の1手として火を選んだ。
再生力の強い魔物を相手にする時にも火は有効である。再生するたびに焼かれ、焼かれたら再生する。永遠と苦しめられるのだ。
もがき苦しむミラの断末魔に似た絶叫が自然公園に響き渡る。
衰えることのない炎がミラの全身を覆った時だった。
「あ”あ”あ”!!」
絶叫と共にミラの身体が今までの比ではないほど、すさまじい速さで膨張した。
ヴァルサガはこの危険性を瞬時に理解する。
「(まず--)」
膨張したミラの身体は臨界点を超えると音を置き去りにした衝撃を生み、自然公園を全壊させる大爆発を起こした。
音と光、衝撃の三重奏が鳴りやむと自然公園の姿は奇麗になくなりクレーターとなり、立っていた者はいなかった。




