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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
研究者のラインバッハ
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10-9.vs巨大トレント④

『指揮官各位に報告いたします。北側トレントの討伐が完了。これより二手に分かれ防衛に当たっている東西の騎士団と合流致します』

「ようやくか」


 ヴァルサガは明朝の時よりも近づいてきたトレントを睨みつけながら、口角を上げた。

 獰猛に犬歯を覗かせ、目の前の獲物に狙いを定めた肉食獣のように爛々とした眼光になっている。


「各位に告ぐ。これより第2次防衛編成に移行」

「え、中尉、予定より早くないでしょうか? まだ黒金の増援は」

「やかましい」


 副隊長格の兜を軽く小突き陥没させ黙殺する。


「以降は副隊長が代任で指揮を取る。全員、最後まで気を引き締めろ」


 それだけ言うと≪群雄の喝采≫の礼装魔術を切り、ハルバートを2、3振り回す。


「中尉……」


 顔面部分が凹んだ副隊長が肩を落としながら、しぶしぶ告げる。


「ご武運を……」

「うむ」


 町をぐるりと囲む城壁の上からヴァルサガは跳んだ。


「せぇい!」


 トレントから射出された巨大な種子をハルバードの一振りで薙ぎ払う。

 切り捨てられた種子は地面に落下し土をまき散らしながら転がっていく。


「ふん、他愛無い」


 ヴァルサガも着地し、地面を凹ませるほどの衝撃を生みながらも彼女自身はその反動にビクともしていない。

 後方を見れば、外壁下で隊列を組んでいる騎士が障壁を形成し、飛来する巨大種子を防いでいた。


「私がいなくとも陣形に問題はないな。では……私も楽しむとしようか!」


 前方、巨大トレントへ狙いを定めハルバートを背負いながら地を駆けた。



 アネモネとメリッサの2人は病院へ避難していた。

 この病院はアネモネが勤めている場所であり、町の中でも有数の大きな建造物であるために避難の際であるために近隣の住人を収容できるようになっている。

 2人は志願してロビーに作られた物資支給用の受付で避難民へ毛布や食料などを配る奉仕活動に従事していた。


「これ」


 不愛想な中年の男が割符と呼ばれる引き換え券をメリッサへ放り投げた。

 割符を受け取った彼女はそこに記されている通りに物資を男へ渡す。


「どうぞ、こちらが支給品になります」

「うち、この間子供が生まれたばかりなんだ」


 男が唐突に話し始めた。

 その意図を理解できないでいるメリッサがなんと返せばよいか思案していると、男はしびれを切らしたような強い口調で続ける。


「だから、子供がいるんだからもう少し食料を増やしてくれ」

「お渡しした支給品はお子様の分まで含まれています。足りなくなるような事はありません」

「いいから食料を渡せよ!」


 掴みかかりそうな勢いで男は声を荒げ、その様子に列に並ぶ住人や周囲の人は眉をひそめ、恐怖や怒りなど感情の波紋が伝播する。


「申し訳ございませんが、支給できるのは割符に書かれている数のみとなっています」


 メリッサは表情を変えることなく、腰を折って頭を下げた。

 冷静なその反応が男の顔色はますます赤さを増していく。


「お前はただ黙って渡せばいいんだよ! それしか能がないだろう! 女の分際で! 早くしろ!」


 もはや恫喝の域まで達した声だ。


「何をしている」


 警備を担当している騎士が騒ぎを聞きつけやってきた。

 騎士の装備は有事を表す完全装備だ。フルフェイス型の兜に肌を一片たりとも出していない鎧姿は威圧感を生み、わめき散らした男が途端に萎縮するほどだった。


「……いや、その……」

「今度、騒ぎを起こしたらつまみ出す。今はそういう時だと言うことを理解しろ」


 有無を言わさない発言に男は声をなくし、支給品を奪うように受け取ると足早に去っていった。


「すまない、来るのが遅れたようだ」

「いえ、助かりました。ありがとうございます」


 先ほど男に下げた頭をさらに下げ感謝の意を示すメリッサ。


「また何かあったら呼んでくれ」

「はい。騎士様もどうかお体にはお気を付けください」


 騎士が去りると引き続き、残りの避難民に支給品を渡していく。


「怖かったねぇ。でも、負けちゃダメだよ」

「何かあったら呼んでくれ。力仕事には慣れてるんだ」

「ありがとうメイドのお姉ちゃん」


 先ほどの騒ぎを見ていた住民はメリッサへ次々と声をかける。

 彼女もその1つ1つに頭を下げ、最後の1人まで支給品を配り終えるのだった。

 隣で成り行きを見ていたアネモネはメリッサにしか聞こえない程度の声量で話しかける。


「お疲れ様でした。大変でしたね」

「いえ、皆、不安になっています。それが善意にしろ悪意にしろ表に出てきてしまっているのでしょう」

「根っこはあの男の人やそれ以外の人たちは一緒ってことですか」


 アネモネは男の暴走を思い出し嘆息する。


「まぁ、元は博士が原因なので、町の人もいい迷惑ですよね」

「ここまで大事になったのは予想外ですが、概ね状況はロゥ様とアネモネ様に味方しています。

 ロゥ様はおそらく冒険者の方々とトレント討伐に参加し、集団で行動しているので博士は手が出しにくいでしょう。

 この避難所にいれば騎士団が警備に当たっていますし、アネモネ様は混乱に乗じて逃げることも可能です」


 今の話の中にメリッサ自身の名前が含まれていない。

 彼女は自分を犠牲にしてまでもここにいる人々を逃がそうとしているのだろうとアネモネは確信めいていた。


「(それがメリッサさんが考えた、自分にできる償い方、というわけでしょうか)」


 メリッサは森で一命を取り留めた時に自分でできる償い方を探すと決めた。

 彼女はたとえ自分の身がどうなろうとも、自身に課したルールを貫いて見せようとしている。

 それは同類であるアネモネだからわかった。

 アネモネもロゥに救われた時から自分で掟を決め、それを守るためなら命など惜しくない。


「(他の人から見たら不器用でいびつで頑なでしょうけど……私にとって、メリッサさんにとっては命より大事なこと)」


 故にアネモネはメリッサの考えに気が付いたとしても言及しない。止めもしない。なぜならアネモネもメリッサが胸に秘めた想いの強さを知っているから。

 これにはアネモネは奇妙な絆のようなものを感じていた。


「トレントを倒してすんなり終わりだと思いますか?」


 メリッサは顎に手を当て2息程考えると、口を開いた。


「……いいえ。もしもトレントで町を落とすつもりなら3日と言う猶予を与えるのは不自然です。次の手があると思います」

「次の手、検討つきます?」

「わかりません。巨大トレント3体を用意するには私が知っているメイドたちの能力をほとんど使うと思います。消耗はかなりのものでしょう。再起不能になったメイドがいてもおかしくありません」

「つまり、次の一手を用意するための人材がいないはず、と?」


 アネモネの問いにメリッサは首肯する。


「ただ、私の知らないメイドが新たに現れたなら話は変わります」

「でも、新参者が主軸となるような作戦ってどうなんですか? 私もお仕事してみて分かりましたけど、現場での空気って言うんでしょうか、実際にやってみないとわからない事って多いと思うんですよ。

 だから、新しく入ってきたメイドの人にこんな大掛かりな作戦の責任を任せるだなんて博士っ人からしたら博打に近いんじゃないですか?」

「おっしゃる通りです。だから私も次の手がどのようなものなのか想像できないのでいるのです。

 なので、ひとまず私たちはまだ様子見、それといつでも対応できるように備えて置くのがよろしいかと思います」

「わかりました」



「トレント死んだ」

「あら、残念」


 ピザを加えながらティーが告げると、さほど残念でもなさそうにカエデが返答した。


「ふえぇ……」


 新参者のルーシーはあわあわと落ち着きがない。


「ここまで予定通りね」


 カエデは紅茶の入ったカップを口にして一息つくと、オペラグラスで町の方を観察する。


「北でトレントを討伐していた面々は2手に分かれたようね。ここからじゃ西のトレントの様子は見れないし、そっちの監視は任せるわよティー?」


 こくり、と伸びるチーズを追いかけながらティーが頷いた。


「ふえぇ……」

「さっきから落ち着きがないわねルーシー? 何か気になることでもあるかしら?」


 ルーシーはおびえた様子でピクニックシートの周りに『置いてある物』に視線を向けるが、


「うひゃっ……」


 すぐに自分の足元に目を向ける。


「お2人は平気なんですか……?」

「ああ、これに怯えていたのね。大丈夫よ、死んでるんだから」


 彼女たちの周りをぐるりと囲むように置かれているのは大量の魔物の死体であった。

 ミノタウロス、オーガ、オーク、オルトロス、凶暴で知られている魔物たちが息絶えた姿で地面に横たわっているのだった。


「ご命令通り、カードから元に戻しましたけど……気味が悪いですぅ」


 尻すぼみな声を上げ、今にも泣きそうな彼女をカエデは抱きよせ頭をなでる。


「大丈夫、大丈夫。私たちと居れば大丈夫からね」

「ふえぇ……」

「ふふ、大丈夫よ、ふふふ」


 カエデは赤子をあやすようにルーシーの背中や頭をまんべんなく触る。

 その表情は下心を含んだ、やや邪なものであったがルーシーは気づく様子もなく身をゆだねている。


「…………」


 ティーはただその光景を興味なさ気に一瞥すると、新しいピザを一切れ口に運ぶのだった。

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