2-2.イジワルの実
ロゥと少女はしばらく火にあたり暖を取っていた。
お互いになにも話そうとしない。
ロゥは眠たそうにぼーっと焚き火をを眺めている。少女はそんなロゥを気づかれないように見ていた。
「ふぁ~」
「・・・・・・・・・・・・」
彼女は大人達から最近まで戦争があったことを聞かされてる。
その戦争の敵国には体の一部に獣の特徴を持っている獣人が含まれていた。
狼の牙とつ目を持つウェアウルフ、両腕が羽になっているハーピィ、ドラゴンを先祖に持つドラグーンなどが有名な獣人だ。
「(・・・・・・もしかして逃げ延びたウェアウルフかな?)」
少女の目の前にいるロゥは頭に狼の耳のようなものがあることに不安を抱く。
彼女の不安も余所にロゥは欠伸を噛みしめる。
「あ、そうだ」
突然、ロゥが思い出したように声を出す。
自分の服をひっくり返し、ポケットの中に手を突っ込んだ。
中から出てきたのは小さな果物だった。大豆ほどの小さな実で色は薄い赤。それがロゥの小さな手の中にたくさん乗っていた。
「はい」
ロゥから差し出された果物を見て少女は首を傾げる。
「なに、これ?」
少女は見たことがない果物だった。
「イジワルの実だよ」
「……いじわるのみ?」
「ちゃんとした名前は知らないけど、昔村のおじいちゃんに教えてもらったんだ。意地悪な味だからイジワルの実」
「意地悪な味?」
そう言うとロゥは一つを口に放り込んだ。
少女はロゥの手の中から果物を一つ摘み上げ、口に運ぶ。
「うひゃ!?」
すっぱかった。
実を噛んだ瞬間、口の中が痛くなるほどの唾液が出てくるほどすっぱく、そしてしばらくすると今まで食べたことのない甘みが遅れてやってきた。
最初はすっぱすぎて唾液腺が痛かったが、甘くなった途端に噛むことに夢中になる。
隣のロゥもものすごいすっぱそうな顔になり口の動きが止まるが、次第に表情が和らいでいった。
「びっくりした?」
「うん、すっぱくて涙出ちゃいそうだった」
「でも、甘くなったでしょ?」
「うん」
「イジワルの実はね最初だけすごくすっぱいんだけど、その後はどんな果物より甘いんだ」
そう言ってロゥはもう一ついじわるの実を口に入れた。今度はすっぱそうな顔にはならずにおいしそうに食べていた。
「最初にちょっと意地悪をするからイジワルの実なんだって。はい、2つ目からは平気だよ」
少女は2つ目となる実を口に放り込んだ。
今度は最初から甘さが口の中で広がり、飲み込んでしまうのがもったいないと思えるほど美味しいものだった。
「ふふ、美味しい」
少女がようやく笑顔を見せる。胸の中にあった不安はなくなっていた。
果物を食べ終わることには二人の服は少し水気が残っているが着ることができた。
「そろそろ移動しようか」
「うん」
「どうして川で流れていたの?」
たき火を消しながらロゥが尋ねた。
少女は服を着ながら答える。
「えっと、足を滑らせてしまったの……」
「ふぅん」
少女は伏し目がちに答え、ロゥはそれ以上聞くことはしなかった。
二人が服を着終わり、改めて向き合う。
「おうちはどこなの?」
「わからない……、でもここよりもっと上流だと思う。こんなに川幅が広くて、流れがゆっくりなのは初めて見たから」
「そっかぁ、上流か」
森は広大だ。
ロゥの生活圏は四方を川に囲まれている言わば大きな中州だった。
小さいころからロゥは川を渡ると魔物が出て危険だということ言い付けられて育っているため川を渡った先は行ったことがない。
「じゃあ、帰り道がわかるまで僕の家に来る?」
「え?」
「だって、お家の場所わからないんでしょ?」
少女は驚き目を見開いた。
見ず知らずの少年、ロゥは純粋な目で少女に問いかけている。
「迷惑だよ……」
「迷惑なんかじゃないよ」
「か、家族の人がなんていうか……」
「僕しか住んでないんだ」
「わ、わ、私、えーっと、えーっと……」
彼女は困惑していた。
生まれてから彼女は孤独だった。父も母も必要以上に接することがなかった。村でも腫れ物のように扱われ、彼女は内向的な性格となってしまう。
「大丈夫だよ」
だが、ロゥはそんな彼女の不安を一言で片づけてしまった。
多くの言葉を使わずに簡単にそれだけ言った。根拠はない。納得のいく説明もない。
しかし、少女そんな簡単な善意さえも与えられたことのなかった。
初めて受ける善意に少女は身のうちに感じていた孤独から解放される。
「……じゃあ、お邪魔してもいい?」
「うん」
少女は安堵し、ロゥと一緒に笑った。
「そういえば、まだ名前言ってなかったね。僕はロゥだよ」
「私は……その……」
名前の話に少女は言葉に詰まる。
ロゥは少女が言いよどんでいるのを不思議そうに見つめる。
「名前は……」
せわしなく視線だけ動かし動揺を隠せないでいる少女。
その時、自分の衣服隙間に挟まっている1枚の花弁を見つけた。
「(あ……)」
指でその花弁をつまみ、見つめた。
それは彼女が世話をすることを日課とし、ただそれが自分の生きがいだった花だ。
孤独な生活の中で唯一自分が自分でいられた時の記憶を思い出した。
「アネモネ」
「あねもね?」
「うん、私の名前はアネモネよ」
少女はアネモネと名乗る。
美しさに魅了され、儚げな花言葉にどこか自分を重ねた花と同じ名前だ。
「いい名前だね」
「ありがとう、お気に入りなの」
☆
「おじゃまします」
ロゥに招き入れられ、木造りの家へ足を踏み込んだアネモネ。
窓から心地よい日差しが入り込み家の中は暖かい。
「部屋は好きなところ使っていいよ」
ロゥは戸棚からポットとカップを取り出しお茶の準備を始めた。
火打ち石で火を起こしかまどの中に火が灯された。今回は家に常備されたものを使用した。
「ロゥくんは私とあまり歳が変わらないのにすごい働き者だね」
アネモネが慣れた様子のロゥを見て呟いた。
彼女の生まれ育った村では遊び盛りの子供たちは親の手伝いを放り出して森や川で仲間たちと遊んでいた。
「この村は僕一人しか住んでないからね。自分のことは自分でやらなくちゃ」
「え、一人? 家にじゃなくて、村で一人なの?」
「うん。だいぶ前にみんな死んじゃった」
アネモネは思わず窓の外に視線を移した。
ロゥの家と同じように木造りの家が並んでいる。
人の声は聞こえず、火を起こした時に出る煙もない、ただの無人の建物が並んでいるだけだった。
「いつから一人なの?」
「んー、確か冬が2回くらいかなぁ」
「そんなに……」
この世界は季節が存在する。
穏やかな気候の春、気温が高くなる夏、収穫の季節の秋、寒くなる冬。
この4つの季節を過ぎると1年という暦が過ぎたことになる。
おおよそ2年の間ロゥが一人でこの家で生活していたことを知りアネモネは驚きを隠せないでいた。
「冬は森で食料がほとんど取れないのに、どうやって冬を越したの?」
秋を過ぎれば果物や野草はなくなる。
アネモネの村では小麦を育て、冬場に使用する分は村で貯蓄し管理していた。
大人の男は森に入り鹿や狐を狩るが、そううまいこと成功しない。
限られた食料で生きていくために人々は冬を越すために日々働いていると言ってもいいほど冬は過酷だった。
「おじさんに教わったんだ。冬でも食料が取れる方法」
「おじさん?」
「おじさんは森で倒れてて少しの間一緒に暮らしてんだ。だいぶ前に死んじゃったけど。
そのおじさんに罠で狩りをする方法を教えてもらったから冬を越せたんだよ」
「そうなんだ。ロゥくん年下だと思ってたけど、私なんかより全然すごいんだね」
「そうかな? 果物を探したり、罠を作ることは一度やってみると覚えるよ」
アネモネは自分が同じ状況なったら一人で生きていけるとは思えなかった。
森に入り食糧を集めるということを彼女は今までに一度がない。ずっと家で本を読み、花の手入れをするだけの人生を過ごしてきた。
それが自分の役割だった。外へは出れず、仕事をすることもない、ただ時間が過ぎていくだけの生活だった。
「いいなぁ。私もロゥくんみたいに一人で生きていけるようになりたい」
「教えてあげるよ」
「え? いいの?」
「うん」
ロゥは温まったお湯を茶葉と一緒にポットへ入れよくかき回す。そして、お茶をカップへと注いでいく。
アネモネの前にはお茶が置かれ、湯気が登り落ち着く香りが鼻腔をくすぐる。
「森に住む人とは助け合いなさいってお母さんが言ってたからね」
「助け合う・・・・・・」
アネモネは考えた。
自分ができることでこの少年、ロゥの助けになることはないか、と。
今まで過ごしてきた記憶を遡る。
「(何か、何か私にできること。ロゥ君の役に立てること・・・・・・)」
温かなカップを握り、自分の顔が写ったお茶をジッと見つめる。
自分と対峙し、自分を見つめる。
その中で一つの提案を思いついた。
「あのね、ロゥ君。私に考えがあるんだ」