10-6.vs巨大トレント①
黒金騎士団のジュリア隊が正面からの攻撃を開始した。
「各位、それではパターン1の陣形で行きますわよ」
「つまり各自で適当に行動せぇっちゅうことやでー」
「言い方ってものがあるでしょうに!」
ジュリアの指示を隣を並走する訛り口調の男が意訳して黒金騎士団の面々に伝達し、各自が好きなように行動する。
その光景を見ていた冒険者たちは舌を巻く。
「すげぇ、馬と同じ速さで走ってるぞ。噂は本当だったんだな……」
「てか、隊列もくそもないな……みんなバラバラにトレントに向かってるし」
瞬く間に黒金騎士団の面々は冒険者たちと距離が離れ、トレントの攻撃圏内へ侵入する。
「てやぁあ!」
気合と共にジュリアが手に持っていた鎖に力を込め、鎖の先端についている巨大な鉄球を容易く振り回す。
上空から降り注ぐ巨大種子をまとめて2つ、横薙ぎに払った鎖と鉄球によって粉砕した。
「我らも負けておられんぞぉ!」
他の騎士たちも士気が高く、各個人で巨大種子の対処を行っている。
ある者はジュリア同様、真っ向から攻撃によって種子を破壊し、ある者は巧みな歩術により難なく避けている。
1人1人の実力が高く、戦いのスペシャリストが集ったのが黒金騎士団という戦闘集団であった。
「ジュリア隊の一番槍! 『蛮勇』のコスタリオ参る!」
その中でも1人の騎士が早くも巨大トレントの巨大種子の攻撃圏内を通り過ぎ、本体まで到達する。
槍と形容するには大きすぎる、もはや柱や丸太と言っても差し支えないほどの鉄の塊を突き出しながら、これまた人と形容するには大きすぎる巌のような男が突出した。
「受けるがいい! 我が対城槍『仁王立ち』の一撃ィ!」
槍がトレントの幹に突き刺さると、先端部分が回転を始めた。
鉄の塊を柱のように形成した物を槍と呼んでよいのならば、巌のような男は驚異的な膂力によって槍をトレントの幹に目がけて投擲した。
冗談のように、鉄の塊が一直線に飛び、その光景を見れば結果がどうなるかなど火を見るよりも明らかである。
馬鹿げた重量の槍はトレントの幹を削り、木片を撒き散らして行った。
彼に続き、次々に黒金騎士団の面々は我先にと自分の獲物をトレントへと叩きこむ。
「コスタリオ殿ばかりに手柄は譲らぬ。『影縫い』のソソギも参るぞ!」
他の騎士は体を覆うように鎧を纏っているのに対し、ソソギと名乗った女騎士は最低限の胸当てと脛当てしか身につけず、細身の肢体が浮き彫りになっていた。
黒髪、黒目、黒い装束と黒い鎧によって黒ずくめにも関わらず雪のように白い肌が時折覗く。
彼女は軽業師のように木の幹を駆けあがる。
「食らえ『陽炎』!」
影が伸びた。
まるで紙の上に墨を流したようにソソギの影は流動的にトレントの幹に広がり、
「爆!」
人差し指と中指を天に向けると、影から爆炎が生じ、トレントの幹が大きく欠けた。
「むむ、やりおるなソソギ」
ソソギが華麗に着地すると自慢の槍を拾い終えたコスタリオが歯を見せて笑った。
「コスタリオ殿も変わらぬ腕前」
「ええなぁ、2人とも仲良さそうで」
いつの間にか飄々とした訛り口調の男が2人の側に立っている。
「おや、マルス副隊長。ジュリア隊長の護衛は良いのですか?」
「んん~? いや、ほらアレ見てみ」
マルスと呼ばれた訛り口調の男が指さした先にはジュリアがトレントの幹に鉄球をたたき込む姿が見られた。
華奢な彼女からは想像もつかない力によって、鉄球は繋がれた鎖を振ることで回転し、自在に操られている。
しかし、彼女の周りは嵐のごとく鉄球が吹き荒れ、下手に近づこうものなら巻き添えを食らいかねない危険地域と化していた。
「僕が近くにいたら邪魔だからって追い払われてもうた」
「さすがジュリア隊長、勇猛果敢な戦いぶりよのう」
カッカッカ、と景気の良い笑い声をあげるコスタリオ。
「我ら含め黒金四天王、より一層の働きを見せましょうぞ」
ソソギも首肯し表情を引き締めた。
「四天王? 何それ?」
「マルス殿はご存じないのですか? 巷ではジュリア殿、コスタリオ殿、マルス殿、私の4人で黒金四天王と呼ばれているのですよ」
「うむ、良い響きである。黒金の豪傑が名乗るにふさわしいと言えよう!」
気を良くしている2人を他所にマルスは顔を顰め、率直な感想を述べる。
「え……ダサくない?」
その言葉に内心かなり気に入っていた2人がショックを顔へと露わにすると同時に巨大鉄球が3人のすぐ近くの地面にめり込んだ。あまりにも大きな衝撃によって、3人は一瞬わずかに地面から浮いてしまうほどであった。
「何無駄口叩いてますの! 手を動かしなさい!」
ジュリアが闘争本能をむき出しに3人を睨みつけた。
「しょ、承知にございまする!」
「ゆ、行くぞ『仁王立ち』!」
コスタリオとソソギが冷や汗を飛ばしながら駆け出す。
「マルス、貴方もそろそろ働きなさい!」
「はぁ、僕はどっちかて言うと直接的な戦闘は不向きなんやけどなぁ」
ボヤキながら彼は腰の鞘から剣を引き抜き、真っ黒な刀身が姿を見せる。
少し湾曲した刀身は帝国主流の両刃の剣ではなく、片刃のククリ刀と呼ばれるものだった。
ククリ刀からはにじみ出た魔力がうっすらと視認できる。
「起きて『ン・ゾッテ・グウ』」
マルスの呼び声に反応するように刀身から漏れる魔力の量が増え、ついには刃から煙が上がっているように見えるほどとなった。
「よしよし、じゃあ、一杯食ってええよ!」
トレントへ向かい駆け、振り上げたククリ刀を幹へと振り下ろす。
刀身が吸い込まれるように幹へ侵入し、マルスが振り切ると刃こぼれ一つせずに再び刀身が姿を現した。
先ほどよりも更に魔力が刀に宿り、煙の用だった魔力が燃え盛る火の如く輝きを放っている。
「お利口さんや」
彼の刀が通過したのにも関わらず幹に傷1つない。
代わりに刃が通ったであろう箇所が黒ずむ。内出血用に赤黒い、ともすれば紫のような色合いへと変色し始めている。
「そらそら! 『サイクロン・リッパー』」
刀身に貯まった魔力を斬撃と言う目には見えない形で放出し、トレントの幹へかまいたちのように傷を付けていった。
「皆、気張り! 見っともないとこ見せると隊長がスチームポットみたいに真っ赤になって追いかけまわされるで!」
「一言多いですわ!」




