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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
研究者のラインバッハ
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10-4.お人形さん遊び

 薄暗い室内で老人が窓の外を眺めていた。

 窓から見える景色は霞みがかり白色に支配された空間だった。

 面白味の欠ける窓の外を熱心に眺め、メイドに声をかけられるまで続けられた。


「博士」


 彼はメイドの方に振り返り、深い皴が刻まれた口元を動かした。


「リディアか」

「今はポップで通してます」

「そうだったな」

「準備が整いましたわ」


 博士と呼ばれた老人は皺の刻まれた顔に笑みを浮かべる。

 彼が笑う姿など仕えてきてから長年一度たりとも見たことがないメイドだった。

 彼女には博士が何を考えているかは計り知れない。知ろうともしない。ただ主に付き従うのみであった。


「アレらを連れてこい」


 博士の言葉に頷き、ハンドベルを鳴らすと3人のメイドが入室した。

 1人は車いすに座る病的なまでに肌の白い者。

 1人は顔をずた袋で覆い、見えている肌には無数の傷跡が残る者。

 1人は目を縫い付けられた盲目の者。


「これまで幾体もの失敗作ができ上がり、幾十の生命を消費した。

 それでも私の理想とした結果には至らず今日こんにちまで至る。

 しかし、私は止まることはない、止まることを許せるわけないのだ!」


 見る見るうちに彼の表情が憤怒に彩られていく、それでもなお博士は言葉を紡ごうと口を開いた。


「無知蒙昧な者たちは魔術の探求を諦め、己の価値観で作り上げた偶像のような倫理を信じ私の研究を糾弾した!

 人の歴史を紐解けば医療、化学、建築、冒険、何においても犠牲は起こりえた。人の死によって人類は次の段階へと昇華していたにも関わらず!」


 息を荒げ、顔を赤黒く変色させ、命を削って弁を振るう。


「故に、教えてやろう! 私の研究を! これまでのすべては犠牲ではなく対価だということを!」


 対峙する3人と横に佇む1人が博士の言葉に深々と頭を下げた。



「貴女たちの出番は3日後からよ」


 先頭を歩くポップが前を向いたまま、後ろの3人に告げた。


「…………」

「…………」

「…………」


 返事はない。


「それまでゆっくり休まないとね」


 またしても廊下に響くのは彼女らの足音と車いすの車輪が回る音であった。

 ポップは返事がないのは当然だと認識していた。


「お人形さん遊びなんていつくらいかしら? 返事がない事は分かっていても話しかけてしまうのって、案外、大人になっても楽しいものなのね」


 独り言にしては大きすぎる声で彼女は続ける。


「色々弄繰り回されたんですってね? どうだった?

 私の時はそれは酷いものだった。まだ博士の研究が始まった頃だから、適用者が少なくてね、一列に並ばされたメイドが端から順に血と悲鳴をまき散らして倒れていったわ。

 その日、並ばされたメイドで生きていたのは私ともう2人だけ。30人くらいいたのに」


 屋敷の一室にたどり着き、扉を開けた。後ろの3人が彼女に続く。


「今じゃ適用できそうな人間の選定も博士の研究も向上して、ほとんど失敗作ができないそうよ」


 3人が席に着くとポップは彼女らの前にティーカップを置いた。

 ただし、そのカップは空だった。

 反応がない3人と空のカップ、その組み合わせはまるで彼女が言う『お人形さん遊び』の光景そのものもだった。


「ふふ」


 ひとしきりお人形さん遊びに満足するとポップはエプロンを外し、着替え始めた。

 ここは彼女の私室だ。メイドは本来数名で大部屋を宛がわれているが、彼女は特例として1人で1部屋を使えるのだった。

 ポップは丈の長いワンピースを脱ぎ捨て、下着姿になる。

 白く滑らかな彼女の背中には一面文字が刻まれており、その文字はナイフで刺し掘られたかのようだった。


「ああ、これね、私の能力に起因しているの」


 3人のメイドに彼女は聞こえるように話す。


「昔は生き残っても能力が低かったり、発動に条件が厳しかったり、とそれはもう大変だったわ」


 ポップの能力は『隷属契約証明書スレイブ・スクロール』。

 他者へ恩義を売り、彼女と他者との間で貸し借りが発生した場合、借りてしまた者はどのような命令でも引き受けてしまう、というものだった。


「私なんて特に限られた使い道がなくて、副作用も強かったの」


 能力を開花させたメイドは副作用が生じる。

 メリッサは感情の希薄化と自己嫌悪の増長、カエデは同性への性的興味、ティーは絶え間ない空腹など、その副作用は開花する能力同様多岐にわたる。

 ポップは中でも命に関わる副作用を持っていた。


「新陳代謝の促進、それに伴って成長というか老化の進行が早くてね。能力が目覚めてからすぐにおばあちゃんみたいになってしまったの」


 瑞々しい肌を晒しながら彼女はクローゼットの中を探る。


「でも、同期の1人がね、他人の姿を変える能力だったの。お陰で私は若い女の子に変身して事なきを得たんだけど、これがまた若い姿なものだから博士にスパイとして近隣の貴族に奉公に出ることになっちゃったのよ」


 クローゼットから取り出したのは丈長で深緑色のワンピースだった。これは屋敷の標準的なもので席についている3人も同じ物を着用している。


「懐かしい。これを最後に着たのはいつだったかしら」


 ワンピースを体の前面に当てながら、鏡の前で角度を変えて様子を見ている。

 彼女はしばらくの間、下着姿のままクローゼットの中から同じように服を選んでは鏡で着用した時のイメージを膨らませる事を繰り返した。


「やっぱり、これからしら」


 それは彼女がこの屋敷に戻ってきた際に身につけていたものだった。

 ポップと名乗り近隣の貴族へ仕えた日々を共に過ごしたメイド服に袖を通し、さんざん散らかした他の服をクローゼット仕舞った。

 きっちりメイド服を身につけ、長いスカートをなびかせながらポップは3人の居るテーブルまで歩み寄る。


「そう言えば、名前決めてなかったわね」


 博士がメイドに名前を付ける、それは実験の成功を意味した。

 失敗作と彼が呼ぶ者たちは自我か命を失い、名付けてもすぐに死ぬのならば、と実験の成功後に名称を与えることになっていた。

 元々の名前はこの屋敷に来た時点で捨てさせられる。

 名前のように個人を認識付けする要因は魔術の行使において毒にも薬にもなりうる。

 例えば、水龍を祀る一族は龍の力の一片でも授かろうと自分の子供に水龍にまつわる名前を付け、まじないの時に高い成果を上げるという記録があった。

 このようにある種の指向性を名前なり装飾品などで付けることで魔術の質を大きく向上させる事が可能である。

 しかし、博士の研究は誰でも魔術が使えるようになる『魔術の汎用化』が目的であり、できうる限り実験の被験者には魔術の指向性を持たせることを良しとしなかった。

 加えて、子を宿す女性の方が魔術の器としての性質に長けており、博士を除けば屋敷にはメイドしかいないのはそういった理由からである。


「私が付けてしまおうかしら」


 1人1人の顔を見ながら、名前を模索していくが中々良い案が出ない。

 ふと目に留まったのがアンティークの人形であった。

 自室に長らく飾られていた、その古びた人形はメイドになったばかりの頃に戯れで同期と町で買ったものだ。

 人形を一瞥するとポップは微笑しながら3人へ視線を戻した。


「クレア、ミラ、サクラにしましょう」


 かつて共に過ごし、共に屋敷へやってきて、死に別れた友の名前と捨てたはずの自分の名前だった。

 車いすのメイドはクレア、ずた袋を被ったメイドはミラ、盲目のメイドはサクラという名前が付けらた。


「ふふ、捨ててしまう物であっても有効活用しなければね」

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