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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
研究者のラインバッハ
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10-3.町の外と中で

「よし、いいかよく聞け。さっきも言ったけど、町の外に3体の巨大トレントが現れた。騎士団は明言してなかったけど、たぶん人為的なものだ」

「やっぱり」


 オルテシアが誰にも聞こえない声で囁く。


「だから迂闊に町にいる戦力を出すと手薄になったところを叩かれかねないから防衛に回ることにした」


 そこでリュークが手を上げる。


「質問いいですか?」

「いいぞ」

「今のところ町に被害はあったんですか?」

「トレントの近くを通った人たちがあの大きな岩、植物に詳しいやつの話だと種子らしいんだが、アレを投げられて怪我や馬車を壊されたりしたが、今のところ死人は出ていないな。でも、ゆっくりではあるが町に向かっている。早くて3日で町と接触する」

「3日……」


 リュークは残りのリミットに顔が強張る。


「その間、ただ巨大トレントが来るのを待っているわけにはいかないから、俺たちみたいな少数の冒険者が各地に救援や援助の依頼をしに町から出たってわけさ」

「危険を承知で……さすがベテラン冒険者ですね」

「ははっ、まぁな! これでも色々潜り抜けてきたからな。でも、人手だけはそうも言ってられねぇ。実力のある者やベテランはできるだけ防衛に回したいから、外へ出れる人間が限られてくる。

 しかし、俺たちは運がよかった。こんなところで期待の新人たちに出会えたからな」


 そう言ってジョージはトーマたちを一人ずつ順番に視線を向け、笑みをこぼした。


「ここで出会えたのも神の御導きってやつかな。

 俺たちはこれからコハンを経由して、少し遠くの町に嘆願書を届けに行く。

 今は多くの町や領地に救援を頼みたいから人手が欲しくてな。お前たちにはコハンから1日ほどの領地に嘆願書を持って行って欲しいんだが頼めるか?」

「もちろん!」


 トーマが力強くうなずいた。当然のように彼のパーティメンバーは誰も反対する者はない。

 彼らの返事を聞いてジョージは嬉しそうに頷いた。


「さすがだな、もう立派な冒険者だ。地図は持ってるだろ? 詳しい場所と領主への掛け合うやり方を教えてやろう」



「どうなってんのか説明しろって言ってんだよ!」


 騎士団南東支部の1階、一般開放されたフロアでその怒号は火山のように噴火した。

 背丈を2メートルを優に越しているであろう大男が小柄な騎士団役員の女性に詰め寄っていた。

 女性の名はプラム、非戦闘員の腕章を付けた非力な彼女は顔を強張らせ、涙目でその男に本日三度目の同じ内容をつげる。


「で、ですから、正式発表、まで少し、時間が」

「待てるかぁ!」


 大男の叫び声は周囲の人々を震え上がらせるだけでなく、物理的にも1階の窓ガラスを振動させていた。

 大木のような腕に岩のような顔つき、上半身は肥大化した筋肉で大柄でバランスを取るために下半身は太く短い。

 恐らくジャイアント族の血が流れているであろう大男は自身の体格を振りかざし非力な者へ強く当たる。


「俺は今教えろと言ったんだ! お前はつべこべ言わずに答えればいいんだよ!」


 周囲の人間から顰蹙ひんしゅくを買っていることなど一切構わず、己のことを第一に考えた行為である。

 力の世界である冒険者に彼のような横暴な態度をする人物は存外少なくない。

 ただし、このような行いの後はお決まりのような流れがある。


「騒がしいぞ、なんの騒ぎだ」

「うるせえ、引っ込んでろ!」


 後ろからかけられた声に感情のまま腕を振るった。

 大木のような剛腕が声の主に命中するが、大男の求めた感触とは異なる。


「あぁん!」


 声の主、黒金騎士団ヴァルサガ=アレクセイ中尉が大男の腕をホコリでも払うかのようにいなした。


「やれやれ、ここはいつから見世物小屋になったのだ。早くこのオークを檻に戻してこい」

「っだと、このアマがぁ!」


 今度は両手で掴みかかろうとするが彼女は涼しい顔で再び大男の腕を払い、彼の頭を鷲掴みにして床へと叩きつけ、おまけに腕の1本を持ち上げ関節を決めた。


「っぼぉ!?」


 石造りの床が割れ、大男の無残な悲鳴が上がる。

 大男は必死に抵抗するが、ヴァルサガの膂力にかなわず、床に伏せた状態でジタバタと動くだけであった。


「てめぇ、俺を誰だとっば!?」


 大男が話している最中にヴァルサガは一度頭を持ち上げ、床に再び床に叩きつけた。

 そして、手に持った男の肩関節を容赦なく外した。

 悲鳴に交じって聞こえるくぐもった音は骨が外れた時に奏でられるものだった。


「足りん、そんなんでは足りんぞ」

「な、なにが……」


 激痛によって舌が回らない男。

 そんな彼に獰猛な捕食者としての笑みを浮かべたヴァルサガが言い放つ。


「命乞いにしては悲鳴が、抵抗にしては力が足りん。もっと私を楽しませろ三下ァ!」

「っひ……」


 威勢は消え去り、ヴァルサガの眼光に恐れをなした男は視線を床に戻し、消え入りそうな声を漏らす。


「す、すみませんでしたぁ……勘弁してくださいぃ……」

「ッチ、とっとと帰って畑でも耕していろデクが」

「はいぃぃぃ!」


 大男はヴァルサガからの拘束が外れると脱兎のごとく立ち去った。


「他にも何か物申す者がいれば私が聞こう。遠慮は無用だ」


 そう言うと近くに転がっていた椅子にどっしり座り、戦場の総大将のような威風堂々とした姿を陳情や苦情、不安のはけ口を探しに来た者に告げた。

 騎士団南東支部に集まった人々はそそくさとその場から立ち去り、溢れかえっていた1階はあっという間に人が少なくなった。


「ありがとうございます、中尉。私怖くて怖くてぇ!」


 涙目のプラムが体を折りたたむかのようにお辞儀とお礼を繰り返す。


「ふん、有事の際にこの手の輩が現れるのはゴブリンが群れるかの如しだな。1階を警護していた府抜けた連中はどこだ、私が活を入れてやる」

「そ、それが同じように暴れてた人を連れ出して丁度持ち場からいなくなってしまっていて……」

「こんな時に騒ぎ立てるような輩に数人必要など言語道断。再訓練決定だ」

「そんなことできるのヴァルサガ中尉だけですよぉ……」


 町では巨大トレントの出現により町民の不安が高まっていた。

 乗合馬車や商人、旅人、冒険者は町の外へ出ることを規正され、不満が募りピリピリとした空気が蔓延している。

 他にも不安によって様々な噂・デマが飛び交い、何が正しい情報なのかがわからなくなっていた。

 騎士団は混乱した町を走り回り各所で起きているトラブルの対処に追われていたのだった。


「ヴァルサガ中尉、ここにいたのですね」


 上階から降りてきたロザリアがヴァルサガに声をかけるが、彼女はつまらなそうな顔で首を回した。


「何か進展はあったのか?」

「有志の冒険者が調べたところ、巨大トレントは3体とも町に向かってゆっくりと進行しているそうです。移動速度から約3日で町に接触するでしょう」

「それで?」

「何名かの冒険者が馬で近郊の町や領主に救援を出して貰うよう掛け合ってくれています。討伐するための増援と町の外で帰れなくなっている者たちを保護などが主な要請ですね」

「それで?」


 そんな話は興味ない、と言わんばかりのヴァルサガにロザリアは苦笑を挟み、彼女が聞きたいであろう内容を話す。


「先の会議で決まった通り、町は防衛に専念します。3日後の接触まではヴァルサガ中尉の出番はなさそうです」

「はぁ~……」


 デカいため息だった。

 誰のもかは言うまでもない。

 狂戦士と二つ名まで持つ歴戦の勇士は天を仰ぎながら、背も足りに体重を預けるのだった。

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