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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
研究者のラインバッハ
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10-1.動き出した野望

「なんだアレ?」


 まず先に気が付いたのはトーマだった。

 乗合馬車の護衛を買って出た彼は御者の隣に座りながら前方の警戒をしていたところ、異変に気が付いた。


「あんな木、行くときにあったか?」

「どれのことだい?」


 馬車なの中で休んでいたリュークが顔を出し、トーマが見据える先にある巨大な樹木に彼同様首を傾げることになる。


「なんだろう、アレ」

「だよな。行くときはなかっただろ?」

「うん。街道沿いにあんなものがあれば忘れることはまずないだろうし」


 馬車の進行方向、街道にから少し離れた場所にそこらの木よりも何倍も大きな樹木が聳えていた。


「なになに?」


 後ろの方で警戒をしていたカレンが興味津々といった感じで前の方へとやってきた。


「お前、後ろの方どうしたんだよ?」

「ロゥくんに代わって貰ったの。それより何アレ、超デカくない?」


 樹木の大きさはサウス最大の建造物である騎士団南東支部ほどもある。つまり、そこらの家よりも高く太いのだ。


「誰か魔術でも使ったのかな?」

「でも、なんのために?」

「知らないわよ。私、魔術師じゃないし」

「さようで……」


 カレンとリュークが不毛な会話をしている中、トーマが双眼鏡で道先の状況を確認する。


「街道に近いな。何もないといいんだけ……ど?」


 トーマが大樹を見ていると『目が合った』。


「あ?」

「トーマ、どうしたの?」


 トーマが素っ頓狂な声を上げ、リュークは怪訝な顔をした。

 リュークは前方にある大樹と双眼鏡を覗き込んだままのトーマを交互に見る。


「あの大樹に何かあったのかい?」

「顔……がある」

「は?」


 今度はリュークが素っ頓狂な声を上げた。


「木の幹に顔があるぞ」

「…………何を、あ!」


 リュークは友人の気が確かなのか疑いをかけようとした時、気づいてしまう。


「おじさん、引き返してください!」


 リュークが御者の男に叫ぶ。

 状況がいまいちわからない御者の男とカレンが同時に首を傾げた。


「今度はリューク? どうしたの?」

「何か忘れ物かい?」

「あれはトレント、魔物です!」


 リュークが大樹に指を刺すと、その大樹が動いた。


「やべえ! 何か飛んでくるぞ!」


 双眼鏡を見ていたトーマが叫ぶ。

 地震と間違うほどの揺れが訪れ馬車の中から悲鳴が上がり、御者の男は馬を止めた。

 リュークは急いで馬車と周りの状況を確認すると数メートル横の地面が陥没し、人間大ほどもある卵型の大岩に似た何かだった。

 遠くに見える大樹から飛んできたそれは、間一髪で馬車に命中するところだった。

 そして、命中すれば間違いなく馬車は多くの死傷者を出して崩壊しただろう。


「おじさん、引き返してください!」

「わ、わかった!」


 手綱を捌き、馬を操り、来た道を引き返そうとするが馬車をすぐに方向転換させるのは難しい。


「また来た!」


 トーマが大樹から投擲された物体を確認し、


「やばい! 今度は当たる!」


 その軌道が自分たちへ真っ直ぐ向かっていることに気が付いてしまう。

 双眼鏡を持たない者でも飛来物が目視できる距離に迫り、一同は目に入る映像がゆっくりになる。

 刻一刻と迫る飛来物。

 逃げたくても体が言うことを聞かない。

 自分だけが世界と切り離された感覚。

 その場にいた誰もが一瞬を永遠と錯覚してしまいそうになっていた。

 それは恐怖が作り出した脳の錯覚である。

 追いつめられた生物が危機を打開しようと脳を最大限まで回転させた結果、脳による情報の処理が早まり刹那的に時間の流れが遅くなったように思える現象だ。

 そんな時間も終わりを迎える。


「『アイアン・インパクト』!」


 馬車から人影が飛び出し、飛来する物体に拳を叩きこむ。

 人間大もある飛来物は破壊音と共に砕け散った。


「ロゥ……!」


 トーマが呆けた声で彼の名前を呼んだ。


「飛んでくるのは落とすから、早く馬車の向き変えて」


 ロゥは背中越しにトーマたちへ指示を出す。

 そうしている間にも飛来物が馬車から離れたところに落ちた。


「早くね」

「わ、わかった! みんな、馬車を押すぞ!」


 トーマのパーティーメンバーは馬車から下り、馬や馬車を方向転換させ始める。


「『アイアン・インパクト』!」


 魔力を腕に集中させ、拳がぶつかる時に集約させた魔力を膨張することで威力を増幅する。

 その威力は飛来する物体を容易に破壊していく。

 いくつかの飛来物を叩き落すとトーマが大声で叫ぶ。


「ロゥ! いいぞ! お前も乗れ!」

「わかった!」


 ロゥは一番最初に飛んできた飛来物を巨大化させた腕で握ると、


「お返しだ!」


 大きく踏み込んでから大樹へ投げた。

 そして、すぐさま馬車へと駆け飛び乗ると、御者の男が手綱を振るい猛スピードで馬車が発進するのだった。



 大樹の根本に2人のメイドがランチシートを広げてお茶をしている。

 クッキーを口いっぱいに頬張っているメイド、ティーがロゥたちの馬車が遠ざかっている方向を指さし、


「逃げた」


 と、告げる。


「そう。それは残念」


 それに対して、残念そうでもない声でもう1人のメイド、カエデがティーポットからお茶をカップへ注ぐ。


「あと、いつまで隠れてるのかしら?」


 少し離れた場所、大樹の根が地面を這っている。

 騎士団の南東支部と同等の大きさを誇る大樹の根は大きく、人が1人隠れるには十分な大きさだ。

 木の根からは小柄なメイドが怯えた様子で顔を出す。


「あ、あの、大丈夫なんです……か?」

「ええ、大丈夫よ。だから、貴女もこっちに来てお茶にしましょう、ルーシー」


 ルーシーと呼ばれた3人目のメイドは恐る恐る自分がいた大樹の幹を見上げる。


「ひえぇぇ……」


 そこにはロゥが投げ返した飛来物が深々とめり込んでいた。

 飛来物、トレントの種子が人間の手によって投げ返されたのを想像しルーシーの顔色が青くなる。


「ビックフッドでもいるんでしょうか……」

「あれを投げ返してくるだなんて思わないものね。でも大丈夫よ、私たちが守ってあげるから。さ、お茶が入ったわ」

「は、はい……」


 カエデに促され、彼女はピクニックシートに腰を下ろす。


「ルーシーはどんなお茶が好きなのかしら?」

「そ、そんな、私なんて水でいいんです」

「ふふ、謙虚なのね。ウバでいいかしら?」

「高級茶じゃないですか……私が飲んでもいいんですか?」

「いいのよ。さあ、召し上がれ」

「お、おいしいです」


 ルーシーは自分に自信を持てない。

 それは今まで虐げられ、自分でも自身の事を否定する癖がついてしまったからだ。


「ビスケットもあるから一緒に食べましょ?」

「は、はい」


 心も体も傷ついた彼女を癒す方法は虐げた者の排除、そして、側に寄り添い続けることである。

 カエデはルーシーの小柄な体を抱き寄せ、


「あ、あの……?」


 驚く彼女に優しく笑みを向ける。

 ルーシーもその笑顔に安心したのか、そのまま抗うことなく身をゆだねた。


「うふふ」


 カエデは笑う。ルーシーの見えない角度で先ほどとは違う、少々下心を含んだ笑顔だった。

 ティーはそんな2人を視界の端で捉えつつも、我関せずといった様子でビスケットを貪るのだった。

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