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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
冒険者のトーマたち
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9-3.ムードメーカー

「反省会をします」


 トーマたちパーティ一行は草原の真ん中で円になる様、みんなが向かい合って座っていた。

 食事がてら美味くもない携帯食を片手に先ほどのイリュージョン・シープとの一戦を振り返っている。


「カレンが攻撃した時点ですでに幻覚だったんだよな?」

「手ごたえは一切なかったから間違いないわ」


 パーティの先陣を切り、先制攻撃を行ったカレンがトーマの問いに頷いた。


「そのあと、ロゥが牽制して、リュークとオルテシアが死なせない程度の攻撃をしたけど、これも幻覚」

「うん」「そう」


 ロゥの攻撃では威力が強すぎるため、彼はあえて攻撃を外しイリュージョン・シープが味方のいる方へ逃げるように誘導した。

 彼の目論見通り、仲間の方へ逃げたイリュージョン・シープに向けてリュークは分身する弓矢、オルテシアは殺傷能力の低い拘束系魔術を繰り出したが当たったと思われた瞬間に標的が消え、気づけば一行とは反対方向に逃げていった姿を目撃することになった。


「たぶん、カレンの攻撃の時点で僕らが見ていたイリュージョン・シープは全部幻覚だっただろうね」

「攻撃の前からすでに俺たちを欺いていたのか……」

「問題はどうやって幻覚を受けずにイリュージョン・シープを倒すかだけど……誰か思いつく?」


 リュークの問いかけに全員が黙る。

 経験の足りない若い冒険者では及びもつかない話だった。

 この中でも知識が豊富なリュークやオルテシアさえ攻略の糸口は見つけられていない。


「やっぱ、広範囲攻撃?」

「持ち帰らなきゃいけない毛ごと吹き飛ばしてしまう可能性があるね」

「オルテシアは幻覚を見破ったり、解除する魔術とかないの?」

「ない」


 カレンを腕を組んで眉間にしわを寄せ、黙る。

 そして、


「無理じゃん!」


 カレンの声が草原に響く。


「ロゥくんには分かる匂いとか音とかなかったの?」

「なかったよ」

「ふうむ」


 リュークも獣人であるロゥの感覚に頼ろうとするも良い返事は返って来ない。


「幻覚が見えている最中の本体ってどうなってんだろうね」


 みんなが黙りこくる中、ふと生まれた疑問を口にしたロゥ。


「そりゃ、見えなくなってるんじゃね?」

「それは幻覚が消えるまで?」

「たぶんな。さっきの戦いでもイリュージョン・シープは1体ずつしか見えなかっただろ」

「ふーん、じゃあ、幻覚が見えていて本体が見えていない時に本体がどこにいるかを見つけなきゃいけないんだ」

「俺らの今の能力的に無理そうって感じだけどな」

「オルテシアってどんな魔術が使えるの?」

「私は土系統に属する魔術が得意」

「んーそっか。あ、砂は出せる?」

「魔術で出せる量はあまり多くないけど、この辺りの砂を動かすなら結構な量を操作できる」

「なるほど」

「さっきから妙な質問ばっかりだな」


 ロゥとオルテシアの会話を聞いていたトーマが首を傾げる。


「何か思いついたの?」


 カレンの問いにロゥは首肯した。


「えーっとね、昔、川で魚がいる位置を見つける時に使った方法の応用なんだけど」


 ロゥ立案の作戦を皆に説明するのであった。



「いた」


 草原を探索するとイリュージョン・シープはあっさり見つかった。

 先ほど戦闘を行った場所からそんなに離れていないところで草を食んでいる。


「警戒心にかけるわね。さっき襲われたばかりなのに」

「それほど逃げるのに自信があるんじゃないかな?」

「腹立つわー。羊の分際で」

「その羊に一杯食わされたばかりだろ。気を引き締めてけよ」

「トーマに言われなくてもわかってるわよ」

「ほら、2人ともそろそろ始めるよ。オルテシアお願い」

「ん」


 オルテシアは杖を構え、魔力を練る。


「母なる大地に眠りし子らよ、我が呼びかけに答え、その姿を清流の如くせせらげ! 『クイックサンド』」


 彼女の魔力は足元へ流れ、揺るぎなくそこにあり続けている大地を一時的に自在に操ることができる。

 大地がまるで液体のように流れ動き、オルテシアを上流と見立て、イリュージョン・シープのいる下流へと液状化した大地が進み始めた。

 その流れは速く、小川が流れるのと大差のないものであり、あっという間にイリュージョン・シープのいる場所まで到達した。


「見ろ、イリュージョン・シープの周りの地面は普通に流れている」

「なるほど、ロゥくんが言ったとおりだったね」


 ロゥが提案した方法は砂などの軽いものを流し、イリュージョン・シープの居場所を探し出すというものだった。

 もしも幻影ならぶつかった流体は変化が起きず、見えなくなっていた本体の部分は流体がぶつかり流れに変化が生じると考えたからだ。

 これはかつて森で暮らしていたロゥが村の人間に魚を探すときは水の中を見るのではなく、水の流れを見ると良いというアドバイスを貰ったのが着想の原点だ。

 結果として、その読みは正しかった。


「あそこ!」


 動体視力の良いロゥが真っ先に見つけた。

 何もぞんざいしないところで動いている大地が不自然に別れていた。


「見つけたわよぉ!」


 標的を見つけ、カレンがまたもや真っ先に飛び出した。

 流れる大地は幻覚ではないため、流砂は彼女にも影響を与えるのだが我武者羅に突き進んでいく。


「おりゃあああ! 『フィスト・エクステンド』!」


 突き出した拳を中心に放射線状に魔力の衝撃が広がった。

 流砂のお陰で大体の場所は分かるが、未だ視認ができないために効果範囲の大きい技で威力よりも命中させる事を目的としていた。

 猪突猛進ながらも冷静な判断によって、その攻撃は不可視だったイリュージョン・シープへと届く。


「めええええ!」


 悲鳴を上げ姿を現したイリュージョン・シープ。その姿は幻影とは異なり、馬よりも巨体で渦を巻いた角が雄々しさを表している。

 体格や角の有無はどうであれ、紫色の体毛に目玉のような模様があるのは幻影と同じであった。


「でか!」


 間近で見たカレンが幻影とのギャップに思わず言葉が出た。

 それは遠巻きに見ていた他のパーティメンバーも同じ感想を抱いていた。


「……羊つーよりガゼルとかバッファローに近いな」

「ユニークか。通りで1匹だけで行動していた訳だ」

「さっきの逃げてる姿も幻影だったっぽいね」

「もう流砂止めていい?」


 トーマ、リューク、ロゥ、オルテシアが各々の感想を語り攻勢へと移る。


「めえええええええ!」


 幻影を見破られた事か、または殴られた事か、イリュージョン・シープは凶悪な角でカレンに襲い掛かる。


「これよ、これ! こういう戦いを待っていた訳よ!」


 突進してくるイリュージョン・シープ。

 カレンは真っ向から受けて立った。


「ふんんんん!」


 頭部にある2つの角を手で掴み、力比べが始まった。

 カレンの足は地面を抉りながら後退するが、両者の体格差を考えれば彼女は健闘していた。


「おりゃああああ!」


 カレンが膝をイリュージョン・シープの顔面へ叩きつけた。

 分の悪かった力比べを捨て、体勢が崩れるのを恐れずに攻撃を繰り出したのだった。


「めええ!?」


 顔面を蹴られたイリュージョン・シープが頭を振りながらカレンと距離を取ろうと一歩、二歩下がる。

 両者の間に距離が生まれ、後衛がその隙に援護する。


「『五月雨』!」

「『クレイ・ハンド』」


 リュークは天に向かい矢を放つと、先ほどの攻撃同様魔力によって質量のある分身を作り出した。

 オルテシアは流砂によって流れた土を再利用し、泥の手をイリュージョン・シープの巨体へと絡ませる。

 身動きの取れなくなったところに屋の雨が降り注ぎ、イリュージョン・シープは全身を血の色で染める。


「『ガードブレイクシュート』!」


 とどめと言わんばかりにカレンのつま先がイリュージョン・シープの首元に突き刺さった。


「め、っか…………」


 喉から空気が抜けるような悲鳴を上げ、イリュージョン・シープは昏倒した。


「よっしゃー! あたしの勝ちー!」


 ガッツポーズを掲げるカレンの元に仲間たちが駆け寄る。


「どうよ、私にかかればこんなものね!」

「やったね!」


 あまり発育していない胸を張る彼女に賛辞を与えるロゥ。

 他のメンバーはカレンが調子に乗りやすいのを熟知しているために関与せず、気を失っているだけのイリュージョン・シープにナイフでとどめを刺した。


「これでよし」

「毛も無事だから依頼主も文句言わねーだろ」

「ロゥくん、力貸して」


 ロゥは魔力で巨大化させた腕でイリュージョン・シープを湖の町コハンまで運んだ。



「いやー、報酬の他に御馳走までして貰ってラッキーだったな!」


 帰りの乗合馬車でトーマは上機嫌に依頼を振り返っていた。

 イリュージョン・シープを討伐した日の夜、依頼主の計らいにより祝いの席が設けられたのだ。

 依頼主が受けていた損失は思ったより大きく、そろそろ報酬を吊り上げてでも実力のある冒険者を呼び込むつもりだったらしい。


「どうせなら報酬が上がってから受ければよかったのに」

「報酬が高くなってたら僕らに依頼が回ってこなかっただろうし、結果としては良かったんじゃないかな」


 カレンが勿体なさそうにぼやくが、リュークがフォローを入れた。


「準備のために使った資金を差し引いても銀貨17枚くらいが利益だろ? 上々だせ!」


 サウスに戻り受け取れる報酬の額を思い浮かべるだけでトーマの顔はにやけていた。


「てか、トーマ依頼の間何もしてなくない?」

「は? 依頼取ってきたり、乗合馬車の手配したり、依頼人に報告したりしてただろ!」

「いやいや、あんた剣士なのに剣使ってなくない? 戦ったの私らじゃん」

「……確かに、戦いで活躍はしななかった様な気がしないでもない、けど」

「ってことは報酬を純粋に5等分ってフェアじゃないわ」


 報酬の分配に関する話に広がりトーマの顔色が変わる。


「ちょっと、待てよ! それはたまたま俺の剣さばきを見せる機会はなかったけど、俺だってパーティのために働いたぜ? なあ、リューク?」

「トーマはリーダーとしてパーティのことをよく考えてくれてたと思うよ。戦いでは何もしてないけど」

「お前、それフォローになってないだろ!?」


 リュークの発言に目を向いて驚き、代わりにオルテシアに視線を向け助けを求めた。


「なあ、オルテシア。お前も、カレンと同じこと言わないよな?」

「依頼の受注やその他諸々の手配も大切な仕事」

「ほらあああ! この美少女様はお分かりになっていらっしゃるだろおお!」

「誰にでもできる仕事だけど」

「こんのブスがぁあああああああああ!」


 上げて落とされ奇声じみた叫び声をあげる。

 とうとう最後の砦、ロゥに縋り付く。


「なぁ、ロゥ……お前は違うよな? 俺、ちゃんと仕事してたよな?」

「うん、トーマはパーティにいなくちゃいけない存在だよ」

「見ろ! この純真無垢な姿! お前ら見習え!」


 カレンがロゥに訪ねた。


「たとえばどんなところが?」

「え、あ、うん? えーっと、ムードメーカー? なところ!」


 悩んだ後にどうにか出した答えがムードメーカーという言葉だったのがトーマを除くパーティメンバーのツボに入り笑いが生まれる。


「あひゃひゃひゃ、ムードメーカー! 良かったわね、トーマ! ムードメーカーだって! ひゃひゃひゃ」

「ふふ、悪意がない分、一番効き目が強いかもね」

「ロゥくんナイス」

「そりゃないぜ……」


 カレン、リューク、オルテシアが膝をついて落ち込んでいるトーマを見ながら腹を抱えて笑った。


「? ? ?」


 そして、1人だけ状況を理解できずに首を傾げるロゥであった。

ちょうど今日で1周年です。

去年の大晦日から投稿をはじめ1年続けられました。

これからも細々とですが週1更新を続けていきたいと思います。

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