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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
冒険者のトーマたち
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9-2.vsイリュージョン・シープ

「よし、それじゃあ、しゅっぱーつ!」


 トーマたちはイリュージョン・シープの討伐依頼を受け、ロゥを加えた5人のパーティでの依頼をスタートさせた。

 目的地に移動するため、乗合馬車が出ている厩舎きゅうしゃへ行くと多くの人が列を作っていた。

 ロゥたち同様に冒険者の姿もあれば、旅人や家族連れなど町の人々が厩舎に訪れてきていた。


「馬車で街道を走れば盗賊に襲われる心配も少ないから、需要が大きいんだよ」


 ロゥが乗合馬車が盛況なことを不思議がっていたらリュークがそう説明してくれた。


「なんで盗賊は襲わないの?」

「街道は騎士団の管轄だからね。いくら腕っぷしに自信があっても騎士団に無暗に喧嘩を売るのは盗賊でも避けると思うよ」

「なるほどー。あ、でも、僕この町に来るときに盗賊に襲われたよ?」

「え、本当かい? それは災難だったね、本来は滅多にないことなんだけど……」

「簡単にやっつけられたから盗賊になりたての人たちだったのかな?」

「……それはロゥくんの方が強かっただけだと思うよ」


 リュークはロゥの戦闘力知っているため、彼が盗賊を倒したのは納得した。

 彼が気になったのは、盗賊たちの動機である。

 盗賊を行うようなアウトローの人間は騎士やその土地の自警団などの動向を気にかけるのが普通である。

 故に盗賊たちにどのような思惑があったのかが好奇心旺盛なリュークは気になった。


「誰かに雇われて襲った? でも、狙うにしても目的があるはずだし、客にしろ積荷にしろ御者しか積んでいるものを把握していないだろうから、もしかして本当に無作為に馬車を襲っただけ?」

「リューク、みんな行っちゃうよ?」


 トーマが御者に先払いで賃金を払い、パーティは荷台へと昇った。

 湖へ向かうのは商人や湖で商売をしている者の家族ばかりで冒険者はトーマ一行だけであった。


「冒険者が一緒だと魔物が出た時に頼もしいな」


 御者の男性はトーマたち若い冒険者に笑いながらそう言った。

 そして、ちゃっかりトーマは道中の護衛を引き受けることで賃金の値下げに成功してメンバーに鼻高々に自慢する。


「どうだ? いい案だろ?」


 御者の隣にトーマとリュークが交代で座り、荷台の後部はロゥ、カレン、オルテシアが見張りを担当することになった。


「ちぇ、道中は寝てようと思ってたのに」


 と、言うのはカレンでだった。

 不満そうに荷台から足を投げ出しプラプラと揺らしている。


「こういう依頼以外で御者や商人の人と交流して名前を覚えてもらうのも冒険者の仕事の内だってトーマが言ってたよ」


 後方の見張りは2人態勢を取り、現在のペアであるロゥがカレンの隣に座っている。


「ロゥくんは真面目すぎ。ちょっとくらい手を抜くことを覚えないと」

「うーん、そうかな?」

「そうだよ。薬草採りや職人の手伝いだってもう少し手を抜いたってバレやしないんだから」

「そうかなー?」

「カレンはサボりすぎてよく怒られてた」


 カレンとロゥの会話にオルテシアが混ざる。

 彼女は今休憩の時間だが、ロゥと背中合わせになるように座って本を読んでいる。


「オルテシア、あんたなんでそんなところにいるの?」

「ここ日陰。でも、暖かい場所だから」


 オルテシアはロゥを日差し避けにしながら、彼の体温で温まっていた。


「あー、あんた直射日光苦手だもんね。ロゥくん、この子鬱陶しかったら蹴っ飛ばしていいからね」

「大丈夫だよ」


 特に何ともない風に答えるロゥだった。


「真面目ねぇ。私だったら速攻で蹴っ飛ばしているけど」

「だからこっちにしたの」


 そうしている内に湖までの約1日、見張りの甲斐なく何も起きずに目的地に到着してしまった。



 湖の周りには旅の途中で立ち寄った人々が大勢いた。

 そして、旅人に物を売るために商人が湖に店を構え、小さな町へと発展したのが『湖の町コハン』。

 トーマたちはコハンの中でも冒険者に人気な安くて広い宿屋に部屋を取った。


「はい、このカーテンからこっちは私たちの領地です。勝手に入ってきたら不可侵条約を破棄したと見て攻勢に移るのであしからず」

「なんで、女子の方が少ないのに部屋が半分ずつなんだよ。男子が多いんだから少し広めに取らせろって!」


 トーマの意見は無視され、無情にもカーテンが彼らを隔てる。


「まあまあ、トーマ。半分ずつにしても3人なら十分なスペースじゃないか」

「僕、寝る場所窓際が良いんだけど」


 リュークとロゥは女子の意見に腹を立てることもなく自分たちの荷物を解いていた。


「お前らもなんか言えよ……」


 肩を落とし、トーマも諦めて荷物を解いた。

 5人は節約のために大きな部屋を全員で使うことになった。

 部屋には何もない。ベッドさえもない。

 金のない冒険者のためにわざと家具を置かず、部屋を広々と使うために賃金が安いのだ。

 季節的にも凍えることはないので、床にそのまま雑魚寝である。


「準備したらさっさと行こうぜ」


 拠点としている町から離れ、遠方で活動する際に荷物は2つに分ける。

 旅をする上で必要な物を入れた荷物と冒険をする上で最低限のもので押さえた荷物だ。

 冒険用の荷物を持ち、残りは宿屋に預け、トーマ一行はイリュージョン・シープがいるであろうポイントへ移動する。


「草原って言っても勾配があって視界はそこまでよくないな」

「サウスの周りは比較的平坦だけど、こっちは泥濘ぬかるみもあるし同じように考えない方が良いかもね」


 トーマとリュークが地形の変化について話しているとカレンが新調したガントレットの拳を叩き合わせ闘志を燃やしながら草原を見渡す。


「で、イリュージョン・シープってのはどこにいるわけ? シープなんて言うからどうせ弱いでしょ。幻惑される前に倒しちゃえばいいんだし」

「カレン、前から言ってるけど油断は禁物だからな」

「オッケー、オッケー」


 リュークの助言も闘志をむき出しにしたカレンにはあまり効果がない。


「はぁ……なら、やる気十分のカレンに先陣を切ってもらおう。ロゥくんはカレンについて先陣兼サポートでお願い。僕とオルテシアは後方からの支援。トーマは僕ら後衛組についてくれ。もしかしたら他の魔物が出たり、イリュージョン・シープが思わぬ攻撃に出たりするかもしれないから」

「任せろ」

「もちろんよ」

「了解」

「はーい」


 リュークがメンバーの性格と職種を考慮した作戦を立案すると、トーマ、カレン、オルテシア、ロゥは了承する。

 ひと際急な傾斜の勾配を登りきると草原が一望できた。

 見渡す限り緑、緑、緑、そして、どこまでも広がる青空。


「あ、いた」


 目の良いロゥが一番先に雄大な自然に紛れ込む紫色の魔物を捕らえた。

 全身を紫色の綿毛で覆い、綿毛には目のような模様が描かれている普通の羊とさほど大きさの変わらないイリュージョン・シープが一向の前方で草を食んでいた。


「頂きぃ!」

「うわ!?」


 カレンが地面を蹴った。彼女が踏みしめた土が後方にいるメンバーに降りかかり小さな悲鳴が聞こえるが、本人は目的に向かって猪突猛進だ。

 カレンに続きロゥも草原を駆ける。彼はカレンと異なりしなやかな動きで土が舞うことはなかった。


「早え! じゃなくて……おい! 討伐証明の毛をできるだけ傷つけるなよ!」

「お、オルテシア、魔術の準備を」

「……了解」


 仲間たちが驚くほどの速度、カレンとロゥは常人の3歩を1歩で済ませ、馬と並べるほどの速度で草原を掛けた。

 足に魔力を込めて同時に歩術を用いることで実現した高速移動だった。


「修行の成果、見せてあげるわ! 『キック・スライサー』!」


 今まで以上に魔力を足に込め、飛び蹴りを放つ。

 爆発的な踏み込みによる推進力で、イリュージョン・シープの胴体へ一撃必殺の蹴りを加えた。


「あれ!?」


 ように見えた。

 カレンは確かに直前までいたイリュージョン・シープを素通りし地面を抉った。


「カレン、後ろ!」


 ロゥの声に反応し、後ろを振り返るとイリュージョン・シープが逃走している。

 後ろ姿かでも紫色の毛に描かれた瞳模様がこちらを向いて見える。


「嘘、絶対当たったと思ったのに!」

「『エア・スマッシュ』!」


 憤慨するカレンの頭を飛び越え、ロゥは腕から魔力を放出する。

 拳から放たれた魔力はイリュージョン・シープの前方に着弾し、大型魔術による大爆発にも引けを取らない衝撃を生んだ。

 イリュージョン・シープは目の前の地面が盛大に吹き飛ばされ、たまったものではないと逃走経路を変更する。


「……相変わらずバカげた威力ね」


 直撃すれば討伐部位どころではなくなってしまうため、わざと外したのだ。

 お陰でイリュージョン・シープはトーマたちのいる方向に移動する。


「『流星群』!」

「『チェーン・バインド』!」


 リュークの放った1本の弓は幾重にも分身し、オルテシアの魔術は鎖状の拘束専用の魔術だ。

 広範囲の技が二重になってイリュージョン・シープへ襲い掛かる。

 しかし。


「消えた!?」


 数多の弓と迫る鎖がイリュージョン・シープを覆うも直前で霞のように消えてしまう。


「あっち」


 いち早くオルテシアが指をさした方向は、ロゥやカレンの方向であり、彼らよりも遠くの方に走っていくイリュージョン・シープの姿だった。

 勾配を登り切り、標的の姿が見えなくなると誰かがぽつりと声を零した。


「……逃げられた」

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