2-1.また川で拾う
ここから2章です。
「XXXXX」
名前を呼ばれた。生まれたときから呼ばれ続けた名前だ。
その少女は自分の名前を呼んだ男を見据える。
真夜中の森に松明の火が光源となっているが、少女からはその男は見にくかった。
「神様にお祈りしなさい」
父と呼んでいたその男の言葉に従い、少女は両手を組んで膝を付いた。
少女を囲むように数人の人間がおり、全員が彼女を見下ろしている。
「さて、行くぞ」
この場で一番年を取った男が促し、少女は人々に囲まれながら森を歩いた。
夜の森は不気味に広がり、松明の炎が揺れるたびに魔物の様な影が木々に映っていた。
足場も悪く、昼間に森へ入っている人間でも気を抜くと転びそうになるほどだ。
「XXXXX」
また名前を呼ばれた。今度は女の声だった。
「これを」
女が差し出したものを少女は受け取る。
手渡されたのは1輪の花だ。真っ赤な花弁を咲かせた姿が美しい花だった。
これは少女が世話をしている思い入れのあるものだった。
花言葉は「はかない夢」「薄れゆく希望」など、美しい姿とは裏腹に切ない言葉が宿っていた。
彼女はその可憐な見た目と花言葉が気に入り、両親からの許しを得て育てていた。
受け取った花を大事そうに手で包み、胸に当てた。
そして場所は森をようやく抜け、視界が開けた。
月明かりが照らされ、松明がなくてもあたりを見ることができた。
風の音と川が流れる音が混ざり、足元から聞こえてくる。
少女は人々から離れ、一人月明かりに照らされた地を進む。
そして、立ち止まった。
「っ」
思わず息を飲む。
足場がないことに気が付いたのだ。
足元に広がるのは深い深い暗闇。
月明かりが届かないほど深い谷底、聞こえてくる風と川の音は反響し合い、魔物の唸り声のようにいつまでも響いていた。
「さようなら」
少女の耳に女の声、かつて母と呼んでいた者の言葉が聞こえると同時に背中に衝撃が伝わってきた。
か細い少女の体ではその力に抵抗することもできず、暗闇へと飲み込まれて行く。
☆
ロゥは首を傾げた。
森に住む彼は今日も糧を得るため森に入っていた。
いつも勝手気ままに森を闊歩し、その時の気分で散策する場所を決める。
今日は川辺を探索しようと思い立ち、川へと足を運んで見ると何やら漂流物を見つけた。
雨が降った日の後は増水してよく漂流物を見かけることはあった。木片や果物、動物の死骸が流れていることはあったが今日はとても珍しいものが流れている。
「女の子?」
ここ最近は雨も降っていない。それにかつて人間が川から流れてくることは見たことも聞いたこともなかった。
ロゥは不思議な現象に首を傾げていたが、ひとまず少女を引き上げることにした。
「よいしょ!」
即座に腕へ魔力を流し、その腕で地面を叩くことで自分の足では到底届かない距離まで大跳躍して見せた。
広い川幅の中央を流れている少女に近い場所へ大きな水柱を立てて着水した。
それほど急ではない川をすいすい進み少女のそばまで泳いだ。
少女は大きな木片にしがみ付いていたが意識はない。死んでいるように目を閉じ、青白い顔をしている。
ロゥは耳を彼女の口元に近づけ息があるか確認する。
「お、生きてる」
微かに呼吸音が聞こえ生きていることがわかった。しかし、体は冷え切っており息も浅い。
急いで岸まで連れていくことにした。
魔力を纏っていない方の手で少女を抱え、口で衣服を噛みしっかりと少女を自分へと固定する。
残った方の腕と足を使って泳いだ。
巨大な腕によって水をかくとあっという間に岸へとたどり着くことができた。
「ぷはぁ」
水を吸った衣服は重く、川から上げることが一番の重労働だ。
少女を抱え砂利が敷き詰められた岸へと移動しロゥは一息ついた。
「へくちっ!」
思わずくしゃみが出た。
全身ずぶ濡れの状態で体が冷たくなっている。
このままでは風邪を引いてしまうのでロゥは暖をとる方法を考えた。
「こういう時はたき火……えーっと、まずは薪を拾ってこなくちゃ」
ロゥは少女を川辺に横たわらせ、森へと駆けて行った。
落ちている枝を薪にするためだ。薪は細く乾燥している枝を選ぶ。
「このくらいでいいかな?」
腕の中一杯になるまで集まると少女の元へ戻った。
集めた枝を空気が入りやすいように隙間ができるように重ね、周りを川辺に落ちていた石で囲む。
「そーれ!」
次に川辺に落ちていた石を二つぶつけ合い、火花を起こし火種とする。
石は一つは金属の混ざったものともう一方は普通の石だ。
普段はちゃんとした火打ち石を用いて火を起こすが道具がない時はその場にあるものを活用する。
自然の中で生きていく中で身につけた知恵だ。
火種が薪へと移り、空気を送り火を大きくする。ロゥは魔力で腕を大きくし、手のひらで扇いで空気を送り火を安定させる。
「よし、じゃあ服を乾かそうっと」
ずぶ濡れの服を脱ごうとするが肌に張り付き思うように行かず四苦八苦する。
「んしょ、んしょ」
やっとの思いで脱ぎ終わるとずっしりとした重さが服から伝わってくる。
水を吸った服は普段の何倍もの重さになっており、一度絞ると水が音を立てて滴る。
上下の服と下着を絞ってからたき火が移らない程度の距離において乾かす頃には少女が目を覚ました。
☆
「う、ん…………」
少女は吐息を漏らし、薄れていた意識を徐々に取り戻す。
体が重い。それにところどころが痛い。
疲労と筋肉痛、体中にできた痣に切り傷が起き上がることすら困難にさせた。
どうにか体を起こし、顔に付着する水気を手で拭い払い瞼を開ける。
「あ、起きた?」
可愛らしい声が聞こえた。まだ変声期が訪れていない子供の声だとすぐに少女は気がつく。
声のした方へ視線を向けると目を丸くした。
「あなたは……どうして裸なの?」
声の主、獣人の少年ロゥは全裸でたき火で暖を取っていた。
少女は気になることはいくつかあったがそれらを忘れさせるほど、目の前に裸の少年がいることはインパクトが大きかった。
「ずぶ濡れだったからね。君も服を乾かさないと風邪ひくよ」
ロゥが着ていた服がたき火の近く、燃えない程度の距離に置いてあった。
平然とした表情でロゥは一矢纏わぬ姿でたき火で暖まっている。
「え、っと、その」
少女は羞恥心から服を脱ぐことに戸惑いを覚える。
人前に肌を晒すことに抵抗を感じる少女だったが、自分が全身を水に浸けていたせいで体温が低くなっている状況も理解していた。
服を脱いで少年のように暖を取りながら服を乾かすのがベストなのだろう。
しかし、今初めて出会った同世代のロゥの前で裸になるのは恥ずかしい、と言う気持ちも持ち合わせていた。
「(・・・・・・この子はなんで恥ずかしくないのかな?)」
濡れた服をいつまでも着ている少女を不思議そうに見つめるロゥ。
そのせいで少女が自分の考えや羞恥心がむしろおかしいのではないか、と錯覚し始めた。
「くしゅん!」
寒さに抵抗できずくしゃみが出た。
ぞくぞくとした感覚が背中を通り、自分の体温がかなり低くなっていることを自覚する。
少女は意を決め服に手をかけた。
だが、肌にぴったりとくっついて、水を吸った服は脱ぎにくい。
「んしょ、んしょ」
体力の減った細腕の少女には服を脱ぐだけでも大変な作業だ。
ロゥは少女が服を脱ぐのに苦戦していることに気が付き、手伝うことにした。
「万歳して」
「え?」
「はい、ばんざーい」
「ば、ばんざーい」
「よいしょ!」
ロゥは少女が着ているワンピースの裾を持ち、一気に上に引っ張った。
戸惑う少女はあっという間に服を脱がされ、ポカンとしている。
それをよそに少女の服を自分の服の隣に並べ、ロゥは彼女へ向き直る。
「パンツは自分で脱いでね」