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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
剣士のヘンディ
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8-3.次の魔王

 高度が上がるに連れ、空気は薄く冷たくなっていく。

 常人ならば意識を落としかねない状況であったが、キリリアは風の加護を受け踊るように空を飛翔していた。


「地図を作る時にも上から見下ろしいたわね」

『あの時は今よりもずっと低い場所だったけどね』


 キリリアとシルフは眼下に広がる秘境の大地を一瞥し、上を見上げる。

 澄み渡る空に雲はなく、大海のような空に太陽が輝いている。


「もっと上かしら?」

『索敵中……、見つけたよ』

「どこ?」

『もう少し上に登って西に行ったところだ』


 彼女らは身を翻し、空を泳いだ。

 シルフの感知したものは肉眼でも確認できる位置に近づいていた。


「見つけたわ、師匠」


 秘境のほぼ中心に位置する上空。

 そこには漆黒の髪と白い肌をした女性がおとぎ話の魔女のように鍔付き帽子と体の線が分かりにくいローブを身に纏って眠っている。

 キリリアの煽情的な服装とは真逆の格好と言える。

 女性は周囲を球体状の結界で覆い肉体の損傷も劣化も腐敗も進んでいなかった。


「見つけた……」

『よかったね、キリリア』

「ええ、この時をどれだけ待ち望んだか……。これでやっと」


 キリリアは結界へ触れようと手を伸ばす。

 あと少しで触れられそうな時だった。


『キリリア!』

「っ!?」


 シルフの声に辛うじて反応し、身体に負荷がかかろうとも構わずその場から飛び退いた。

 もしもキリリアがあと少し避けるのが遅ければ身体を貫通するほどの傷を負ったであろう。

 キリリアが視線を戻すと結界には断頭用の処刑刀が突き刺さっていた。


「誰!」


 剣がやってきたであろう方向を睨むと、そこには顔色の悪い男が浮いていた。

 男は人間と同じく五体を持つが、病的なほど青白い肌に尖った耳、何より背中から生えた蝙蝠のような翼が人間ではない事を物語っている。


『亜人種……、いや、この魔力は魔族!』


 シルフは嫌悪感を隠すことなく男へと敵意を含んだ視線を向けた。


「やぁ、こんにちは。秘境の魔女と風の大精霊」


 掠れた声で男が言った。


「君らのお陰で悲願に近づけた。感謝するよ」


 言葉に反して男の態度は友好的ではなかった。

 両手に持った処刑刀をキリリアとシルフにそれぞれ投げつける。


「『エア・ストライク』!」


 迫り来る凶刃を風の魔術で叩き落とすも、意思があるかのように弾かれた剣は旋回しながら再びキリリアへと刃を向けた。


「ならば! 『ウィンディ・シックル』!」


 鉄をも切断するかまいたちが処刑刀を包み、瞬く間にただの鉄片へと変えていく。


「『アトモ……っなあ!?」


 処刑刀を無効化し、攻勢へ転じようと術式を構築する最中、背中に熱を感じた。

 背中に深々と処刑刀の刃が埋まり、鮮血が空に零れる。


「最初の……」


 結界に突き刺さっていた処刑刀がなくなっている。

 投げつけた方は背中側から意識を逸らすためのブラフ、本命は最初から1刀目だったのだ。


『キリリア!』


 シルフも処刑刀を無効化し彼女のもとへと駆けつける。


『大丈夫かい、キリリア!?』

「ええ……命には別状ないと思うわ」


 深々と食い込んだ刃を引き抜き、シルフは憎らし気に魔術で処刑刀をバラバラにした。


『早く治療を』

「そんな暇ないわ、師匠を……!」


 キリリアが再び結界の方に視線を戻すと男がローブの女性に触れる寸前のところだった。


「させない!」


 シルフの制止を振り切り、痛みを無視して男の元へ飛んだ。

 しかし、男の手は彼女の到達を待つことなくローブの女性に触れた。触れたと同時に結界は完全に崩れ、ローブの女性からは魔力があふれ出る。

 その魔力はすべてを呑み込む闇夜と同じ純粋たる黒。可視化を越え、質量を持つにまで凝縮された魔力は結晶となり、男の手の中で陽の光を受け幻想的に輝く。


「はは、残念だったね」


 男は嘲笑い、用済みとなったローブの女性をキリリアへと投げつけた。

 彼女は咄嗟にそのローブの女性を抱き留める。

 体温はなく、体重と呼べるようなものさえほとんど感じない。

 だが、それでもキリリアの胸からは慈しむ感情が溢れる。


「師匠……」


 愛おしいその冷たい顔に手を触れ、涙が出るのを堪える。


「悲しいね。もう、お別れの時間だ」


 耳障りな掠れた男の声が非常な現実を突きつけた。

 ローブの女性の身体が手先、つま先などの末端から燃え尽きた灰の様に崩れていく。


「……」


 身体がすべて灰へと変わるまで、キリリアは目を逸らさなかった。最後まで愛しい人を見つめていたかったから。

 ローブの女性が腕の中からいなくなり、彼女はゆっくりと顔を上げた。

 対峙する男には、彼女の少し腫れた目元と敵意の籠った瞳が見て取れる。


「さて、僕は御暇おいとましようと思うんだけどね」

「永遠の御暇おいとまを差し上げるわ。シルフ!」

『はいよ』


 シルフは自身の身体を構成している風の元素と魔力を分解しキリリアの身体を包み再構築を始めた。

 黒衣の姿から羽衣をなびかせた清廉な天女の衣装へと変わり、さらに魔力にも変化が生じた。


「ほう、それが古式魔術、俗に魔法って呼ばれているものか」

『あら、よく勉強しているのね。今なら『それ』を返せば命まで奪わないけど、如何かしら?』


 男は手に持った漆黒の結晶に一度視線を向け、次にキリリアに戻した。


「君程度が僕に勝つつもりかい? 冗談だろ? ははっ!」


 その挑発的な嘲笑が引き金となった。



 地上でキリリアの帰りを待つヘンディは何か変化がないかと空を見続けていた。

 そのかいあって、空から地上に向かって真っ直ぐに落ちてくる何かが遠目に見えた。


「キリリアさんかな? そこまで遠くないし、行ってみるか」


 近くで餌を頬張っていた地竜の手綱を取り、落下地点へと急いだ。

 1か月も調査をしていれば、何もない秘境の地でも目測で大まかな距離と到達時間が導き出せる。


「思ったより近い」


 地竜に少し速度を上げさせ、頬に当たる向かい風が強まった。

 落下予想地点は地面が放射線状にひび割れ、小さなクレーターができていた。

 その中心にはヘンディが見慣れていた黒衣ではなく、純白の服を身に纏ったキリリアが横たわっていた。


「キリリアさん!?」


 地竜から飛び降り、クレーターの中心まで駆け寄ると彼女は全身に傷を負っているのが分かる。

 中でもバッサリと斬られている背中からは粘度の強い血が流れ、傷自体は致命的ではないが出血が多く油断できない状態だった。


『はぁ……はぁ……』



 出血に加え消耗が激しく、大きく胸を上下させ呼吸するのもやっとの状態だった。


「どうしてこんな……」


 急いで家に戻って治療をしようと彼女を抱きかかえた時、彼らに影が覆いかぶさる。

 人より高いものなんて秘境にはないはず、と不思議に思いヘンディが見上げると翼を生やした顔色の悪い男が宙に浮かんでいた。


「中々楽しめたよ、秘境の魔女」


 掠れた声が男の口から聞こえる。


『返せ……』


 重体を押して立ち上がろうとするキリリアだったが、フラリと体制を崩しヘンディに支えられてしまう。


「無理するなよ。君には感謝しているんだ。お陰で僕が次の『魔王』になれるんだからね」


 男が腕を持ち上げると、黒い魔力がその手に集まり、大木ほどの腕には鋭利な爪を持った三又の指が出来上がる。


「な……」


 細身の男に異様なまでの大きさの腕、シルエットは異形そのもの。

 そして、彼はかつて同じような能力を持った少年を見たことがあった。


「今楽にしてやる」


 そう言うと男は異形の腕を振り下ろした。

 魔力を使い、変幻自在となった腕はヘンディとキリリアをまとめて叩き潰しても余りあるほど膨張し、地面に深々と突き刺さった。

 爆発のような轟音と衝撃がキリリアの落下で作られたクレーターを呑み込み、さらに大きな陥没を生み出した。


「いいねぇ! たった少し『力』を使っただけでこれだ! ははっ!」


 自身の作り出した破壊跡に気を良くした男は笑いだす。


「はは、はっはっはっはっは! これから忙しくなるぞ! はーっはっはっは!」


 空へ舞い上がり、翼を羽ばたかせ彼方へと飛び立った。

 残されたのはたった1手によって破壊尽くされた秘境だった。

今回の8章はここで終了です。

かなり短めでしたが、ロゥくん出て来ないのであまり長くしてもしょうがないかなってことで駆け足気味になってしまいました。

12月29日、30日、31日に連続投稿するために現在頑張ってますので年末もよかったら読んでください!

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