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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
剣士のヘンディ
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8-2.探し物の場所

 明朝。

 ヘンディは朝日と共に起きた。


「天井だ……」


 感動したような声が彼の意志とは関係なしに口から出てしまった。

 久方ぶりのベッドでの就寝起床。

 体には砂粒は付かないし、服のたるみに変な虫が忍び込んでいない。

 常に奇襲に備えて剣を握り、座りながら浅い眠りをしなくてよい。

 昨日まで全身を大きな包み紙で覆われていたような倦怠感も綺麗になくなっていた。


「素晴らしい……これが人間らしい生活だ」


 正午、2階への階段を上ると扉は一つしかなかった。

 ちょうどヘンディの使う部屋の真上に位置し、大きさ的には2階が丸々キリリアの部屋となっているようだった。

 ノックをすると、この家に訪れた時の様に自動で扉が開いた。


「失礼します」


 部屋に足を踏み入れると、まず壁という壁がすべて本棚となっていることに目を奪われた。

 前後左右すべてを本に囲まれ、天井にまで届くほどの大きな本棚には梯子が付いており一番上の本を取るにはだいぶ苦労しそうだった。

 部屋の中央には立派な机に幾つもの本や紙を広げ、それを眺めているキリリアがいた。

 口には煙管を加え、少し甘い独特な香りが部屋中に漂っていた。


「どう、ゆっくり休めた?」


 ヘンディを一瞥すると、キリリアは手招きをした。

 それに従い、机まで歩み寄るとすぐに彼が入ってきた扉が開かれた。


「ええ、久しぶりに人間らしい暮らしに触れられて感動しましたよ」

「それは何より」


 ルージュの乗った唇をカップに添え、少しばかり喉を潤すと煙管を加え直しヘンディへ視線を向ける。


「さて、色々と説明しましょうか」

「お願いします」

「昨日、私はここで調査を行っていると言ったけれど、正確にはある探し物をしているの」

「その探し物というのがこの秘境のどこかにあると?」


 キリリアは首肯する。

 そして、机の上に一枚の紙を広げ2人の視線が下に向く。


「これは私が作成した秘境の地図よ」

「何もないですね」

「そうね」


 のっぺりとした地図であった。

 山や川、町などの特徴が一切ない、ただの荒野を地図にするとほぼ白紙になっていた。

 キリリアはその白紙に近い地図に、荒野に存在するわずかな変化と距離を測るための方眼紙のようなマス目が等間隔で書かれていた。

 そのため、初見のヘンディでも秘境と呼ばれる荒野を横断するのに約3日もあれば足りる距離だという事が分かった。


「何もなかったわ。何年もかけてこの地を巡り、地図を作ったけれど見つけられるものは何もなかった。得られたのは『秘境の魔女』という異名と貴方の様に時折訪れる旅人が報酬代わりに置いていった金品や趣向品くらいね」


 不毛の土地に住み、人と関わりを持たずに何もない荒野を調査する日々をキリリアがどのような心境で過ごしたのかはヘンディには分からない。

 だが、彼女の覚悟は生半可なものではない、と言うことは伝わってきた。


「その探し物というのは?」

「秘密」

「そうですか……」


 ぷっくりとした唇に指を当て、艶やかな笑みを浮かべる。

 詮索するな、という遠まわしな表現だろうとヘンディは納得する。


「さて、前口上はこのくらいにしようかしら」


 キリリアは机の上に広げられた地図に幾つかの盤上遊戯用の駒を置いた。


「何もないように見える土地だけど、地脈に根付く魔力は微弱ながら生きているわ。その魔力が比較的濃い場所に行って調査、鉱石や草、水などのサンプルを回収するのが調査。

 貴方には私と手分けして、この広い秘境を走り回ってほしいの」

「わかりました」



 風が髪をなびかせ、頬に当たると少々痛い。しかし、通り過ぎる景色と耳に残る風切り音は爽快感を覚える。

 ヘンディの視界にキリリアの家が入った。


「よし、もう一息」


 風音で自分にすら聞こえない独り言を口ずさみ、彼は自分を乗せている地竜に速度を上げるように指示を出した。


「ふう、到着」


 風よけのゴーグルを外し、蒸れた衣服に空気を入れるためにボタンをいくつか外す。

 地竜から降りた後に労いとして頭を撫でてやった。


「ぐるるるる」


 嬉しそうに首を振る地竜から荷物を外し、室内へと入った。

 2階へ直行し、ヘンディが扉の前に立つと勝手に開いた。


「ただいま帰りました」

「あら、おかえりなさい」


 たくさんの本に囲まれた部屋。中央には大きな机が1つ有り、キリリアはそこにいた。

 本と机以外は何もなく、研究のために作った書斎だ。


「これ、集めたサンプルです」


 ビーカーに溶液と一緒に入れた石だったり、わずかに残った水源から汲んできた水だったりとヘンディにはどんな用途に使用するかわからないものばかり詰まったカバンを机に置いた。


「ありがとう」


 キリリアは机上の地図に記しを付けた。それはヘンディが調査に行った場所であった。


「これで予想していた場所はすべて出向いたことになるわね」

「これと言った成果がないままですね」


 同じ景色が広がる荒野を駆けまわり、各地点の石や土をサンプルで回収したが、これと言った手がかりになりはしなかった。

 だいぶ前から2人は手詰まりを感じていたが、今回の調査でとうとう直視しなければいけない状況へ陥った。


『座れ。飲め』


 2人して地図を眺め、唸っていると全身を鎧に包んだ偉丈夫がティーセットを持って現れた。

 鎧の偉丈夫はヘンディにお茶の入ったティーカップを差し出し、椅子に座ることを促した。


「ありがとう、ノーム」


 ノームと呼ばれた偉丈夫は人間ではない。

 魔力を消費することで人の目に触れることができるようになった精霊であった。

 普段は人間の目には映らないが、世界中に精霊は存在する。

 キリリアの家で扉が自動で開いたのも、独りでに蝋燭に火が灯ったのもすべて彼女に従える精霊よるものだ。

 キリリアはヘンディに精霊の説明をした際に「種を明かしてしまえばどうってことはないでしょう?」と、何の気なしにそう言った。

 しかし、精霊との交流方法は何十年も前に失われている。

 現代に残る数少ない古式魔術と呼ばれる技術を持つ彼女だからこそ精霊たちを使役できているわけであり、仕組みを知ったからと言って余人が簡単に使えるものではなかった。


「ふう、落ち着きますね」


 最初こそ精霊の存在や精霊を従える彼女の能力に驚愕したヘンディだったが、調査を開始してひと月経った今では感覚も麻痺して受け入れてしまった。


「さて、1か月の調査でも進展がないということは、目に見える場所に目的の物はないのでしょうか?」

「見えている場所にはない、という事は地中? それとも本体はここになくて次の目的地を示す鍵のようなものがどこかにある?」


 キリリアは眉間に指を当て、目をつむってしまう。これは彼女が熟考する際にするポーズだ。

 2人は自分の世界に入ってしまったキリリアをそっとしておく。考えているキリリアの邪魔をするとすごく怒られるからだ。


『どうだ剣士よ。何かひらめくか?』


 ノームはヘンディに話しかける。

 キリリアの説明によれば、排他的な精霊も存在するがおとぎ話に出てくるように自ら人間に関わろうとするものは多いらしい。

 ノームは人間と積極的に交友を持とうとするタイプの精霊であった。


「いや、力になれる事はありそうにないよ。実は地図が苦手で、ここまで一人で旅をするのも、地図を見ることが最初に躓いたことなんだから」


 ヘンディも友好的な分には歓迎、という考えでノームとの会話を楽しんでいた。


『土をあちこち掘り返してみるか』

「それ僕の寿命が尽きる前に終わるかな? できれば生きているうちに終わらせたいんだけど。探し物の手がかり的なものは残っていないのかい?」

『この土地に眠る、というのはわかっている』


 ヘンディは地図に顔を近づけるが、どうにも目が滑りすぐに視線を外してしまう。


「やっぱり苦手だ。こう、平面だと距離感と言うか実際の様子が想像しにくくてね。山とかは地図の上に飛び出さないかなぁ」

『児童向けの絵本のようだな』

「ああ、ページを開くと家とかが飛び出して立体的になるギミックのやつだろう? ウェスの市場でも売っていたよ。何でもあの町はなりたい職業一位が魔術師で、親も知育学習のために幼いころから絵本もそういった普通とは違うものを買い与えるそうだ」

「平面、飛び出す、立体的、…………そうか、わかった」


 キリリアが立ち上がり、2人を置いて部屋を出て行こうとする。

 ヘンディは慌てて彼女のあとを追いながら声をかける。


「キリリアさん、どこへ?」

「私たちは平面でしか物事を捉えてなかった。もっと多角的に考えればすぐにでも答えに辿りつけたのに……」


 独り言をつぶやきながら、彼女は階段を降り、リビングに2つある扉の内、ヘンディの部屋がある奥の方へ進んだ。

 扉を開けると廊下があり左右に2つずつ、突き当りに1つの扉がありキリリアは直進する。

 突き当りの扉を開けると、壁の岩で隔てられていた秘境の内側へと出る。


「ぐるるる?」


 先ほどヘンディを乗せた地竜がご飯の時間と勘違いして2人の方を見るが、手には餌箱がなかったので興味を失った。


「わかった……、実にあなたらしい解ね師匠……」


 キリリアは空を見上げ目を細めた。

 その姿をヘンディは後ろから見つめる。


「師匠……?」

「ヘンディ、貴方のおかげよ。すべてわかったわ」

「え、あ、はい、どうも」


 突然話しかけられ、返答に困ったヘンディだったが、振り返った彼女の顔はこの1か月間見たいつもの表情だった。


「じゃあ、ちょっと取ってくるわね」

「え、探し物をですか?」

「もちろん、私はそのためにここにいるの」


 周囲の魔力が動き出す。


「っ!?」


 ヘンディはキリリアからあふれ出す膨大な魔力を目の当たりにし硬直した。

 火山の火口から流れ出る溶岩流のような圧倒的な存在感。


「力を貸して、シルフ」


 彼女の周りに魔力が渦巻き、風が集まって行く。魔力と風が混ざり合い、可視化できるほどの濃度となり徐々に人型になっていった。

 人型は子供の姿となり、宙に浮かびキリリアを見下ろしている。


『やあ、キリリア。風と自由を司りしシルフ、召喚に応じてはせ参じたよ』


 舌足らずながらも威厳を持った態度でキリリアに話しかけた。

 少年の周りには常に濃い密度の風系統の魔力が集まり、精霊であることがヘンディにも理解できた。

 キリリアは一歩前へ歩みだす。その足は大地を踏むことなく、空中を闊歩する。


「う、浮かんだ……」

「ヘンディ、下から覗いてはダメよ?」


 黒いストッキングに包まれた肉感的な脚、それに加え体の線が分かりやすい服なために形の良いお尻が下から観察できてしまう。


「あ、はい……」


 魅惑の身体から目を逸らしながら、取りつくるように話を進める。


「あの、探し物のある場所って……」

「ええ、お察しの通り空ね。ちょっと取ってくるわ」


 キリリアはシルフを伴い、秘境の空へと躍り出た。

 姿はすぐに小さくなり、あっという間に彼方へと行ってしまった。


「はぁ、すごいな……」

「ぐるる?」


 1人残されたヘンディの声が地竜にだけ聞こえた。

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