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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
剣士のヘンディ
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8-1.秘境

 ロゥが商業都市サウスに着き、冒険者として活動を始めた頃。

 一人の旅人が目的地へと到着していた。


「ふぅ……着いた」


 旅人が目深に被ったフードを外し、その相貌をあらわにした。

 少しくすんだ色の肩までかかる長髪、目鼻立ちが整った二枚目な男だ。

 彼の名はヘンディ=ゴートン。元トラジェスティン家に雇われた護衛の剣士であり、自身の身に根付いた呪いを解く為、孤独の旅をしている。


「ここが『秘境』か」


 これまで彼が歩んできたのは木も草もない、ただただ広い荒野だった。

 幾里も同じような空と地面が続き、景色の変化を探すのに苦心する日々を過ごしてきた。

 そして、ようやく大きな変化が現れた。

 水気を失いひび割れ、乾ききった大地から城壁のように隆起した大地がヘンディの前にそびえたつ。

 ここはかつて帝国領の最西端に位置する『秘境』と呼ばれる場所だ。


「本当にこんなところに人が住んでいるのだろうか?」


 ヘンディは改めて周囲を見渡す。

 一面茶色い地面に覆われ、雑草1本生えてすらいない不毛の地。

 人間が生きていくには過酷すぎる環境で彼はある人物を訪ねるべくここまでやってきた。

 ヘンディは岩壁を左手にし、周囲をぐるりと回ることにした。


「この岩壁に沿うように歩けば見つかる、と言っていたな」


 少し前に彼の仕えるトロワ=トラジェスティンが後継者争いにより命を狙われ、身を隠すためヘンディともう1人侍女を連れて帝国最南にある森へ訪れた。

 事態はトロワ派の尽力により、状況が好転し自領へ戻れることになったトロワだった。

 しかし、騒動の最中にヘンディが敵の魔術師から精神操作を受けていたことが発覚した。

 ヘンディは自身の潔白を証明するため、その身に潜む呪いを解くために騒動の後に1人旅に出た。


「待っていてください、トロワ様……」


 彼は森から西方に進んだ。

 目的地は『魔術都市ウェス』。

 商業都市サウスと並ぶ国の4大都市の1つに数えられ、魔術の研究が盛んに行われている。

 ウェスであれば呪いを解く手立てがあるかと思った。

 しかし、ウェスに到着して発覚したのは非常に残念な事実だった。

 彼の身に降りかかっている呪いは普段は小康状態にあるため、呪いの解析を行うどころか言われるまで魔術の痕跡があることに気が付かないほど見事に隠蔽されていた。

 わずかな魔術の痕跡を頼りに呪いの解析を行おうとしても隠蔽の出来が良すぎることに加え、高度な術式によって生まれた呪いのため魔術都市の呪術の専門家では何もできない。

 肩を落としたが、1人の魔術師が『秘境』には凄腕の魔術師が住んでいる、と言う。

 その魔術師はすべての魔術に精通し、300年前に研究されていた古式魔術までも熟知しておりヘンディにかかった呪いを解呪できるかもしれないという話だった。

 ヘンディは歓喜した。

 トロワとの約束を守るためならどのような試練にも挑むつもりであった。

 どうしようもない状況から、わずかでも可能性があるのならそれは希望に繋がると信じた。

 過酷な旅を耐え、秘境までたどり着いた。

 そして、ついにヘンディの視界に人工的な建造物が映り込んだ。


「あった……あったぞ!」


 屋根が見え、思わず走った。

 岩の壁に埋もれるように家があったのだ。


「ごめんください! 『秘境の魔女』殿を訪ねてまいりました!」


 扉をノックし声を張ってみるものの、反応はない。

 もしかして無人なのか、と考えていると扉が自動的に開いた。

 あまり手入れがされていないのか、キィィィっと軋みながらゆっくりと動く。


「入ってこい、ということか」


 ヘンディは躊躇せずに足を踏み入れた。

 家は薄暗かった。窓はカーテンによって陽の光を遮られており、燭台の蝋燭だけで部屋の全容を確認する事が難しい。

 だが、ヘンディにとってはどうでもよいことだ。

 今、彼の視線は部屋の真ん中で椅子に座って足を組んでいる黒衣の美女に奪われているのだから。


「……貴女が『秘境の魔女』殿でしょうか?」

「その名前は好きじゃないわ。自分から名乗ったわけではないし、キリリアという名があるのでそう呼んでもらえる?」

「キリリア殿、名乗り遅れて申し訳ありません。僕はヘンディ、貴女にお願いしたいことがありまして無礼を承知で伺いました」


 キリリアの名乗る黒衣の美女は蠱惑的な美貌を持ちながらも排他的な視線をヘンディへと向け、口を開く。


「秘境まで足を運んで運んできたところ悪いのだけれど手が離せないの。他を当たって頂戴」

「押しかけてしまったことはお詫びいたします。しかし、僕も後に引けないのです! まずはこちらを見てください!」


 ヘンディは背負っていたリュックを下ろし中から瓶を取り出した。

 その瞬間、キリリアの表情が微かに動くのをヘンディは見逃さなかった。


「海上都市イスト産のラム酒と葡萄の産地で有名なコルデアロス領産の葡萄酒です」


 命を落としかねない旅の荷物とは到底思えない代物だ。

 旅は身軽なほど身動きがとりやすくなり快適になるが、生きていく上で食料や寝袋と言った荷物を持たなければいけない。

 旅人は自分が持てる荷物の量と相談しながら持ち運ぶ荷物の内容を決める。

 たかが酒瓶2本ではあるが、危険な旅路で絶対に必要なわけではないものを持ち運ぶということは相当の苦労を強いられる。

 なぜヘンディがそのような苦労をしてでも酒瓶を2本も持っていたかといえば、『秘境の魔女』は無類の酒好きだと聞いたからだった。


「イストとコルデアロスの……!」


 腰を少し浮かせ、今にも酒瓶に飛びつきそうな状態だ。

 ヘンディは酒瓶をリュックに戻すと、キリリアは明らかに残念そうな表情になった。


「私の話、聞いていただけますか?」

「まあ、大方検討はつくのだけれど。その体に宿る呪いのことかしら?」

「わかるのですか!?」


 今までにヘンディが訪ねた魔術師は全員、彼から説明を受けた上で体を調査しない限り気が付くことができなかった。

 中には呪いを見つけることができず、彼を虚言付きとまで疑った者までいる始末だ。


「魔術を修める者として、その程度を看破できないようでは二流……いえ、三流かしら。農具を手にして畑でも耕していた方が性に合っているでしょうね」

「そ、そうですか……」


 そうなると天下の魔術都市に住む者は皆農家にならなくてはいけなくなる。

 彼女の辛辣な言葉にヘンディは思わず閉口しかけるが、ここにやってきた目的を果たそうと一歩前へ出た。


「そこまでお分かりなら率直に申し上げます。私の身に纏うこの呪いを解除して頂きたい。先ほどの酒とは別に報酬は用意しました。どうかお願いします」

「わかったわ」

「本当ですか! では、さっそく!」

「待って、せかす男は嫌われるわよ」

「す、すみません……何か準備が必要とかですか?」

「私はさっき手が離せないと言ったでしょう? 私は今この秘境を調査している最中なの。貴方には助手として働いて貰うわ。ここにいる間は衣食住を保証するし、呪いも解除する。どうかしら?」

「呪いさえ解いてくださるのならいくらでも協力します!」

「交渉成立ね。ついてきなさい」


 キリリアは椅子から立ち上がり、同時に部屋の中が明るくなった。

 壁に付けられた燭台の蝋燭に独りでに火が灯ったのだ。

 暗かった室内が明るくなり、ヘンディの視界に入ってきた部屋の全貌が映った。

 ごく一般的な家だ。1階は彼らがいるリビングといくつかの扉があり、2階へと続く階段がへの端にある。


「まずは部屋に案内するわ」

「あ、はい」


 酒瓶をリュックに戻し、急いで彼女の後に続いた。

 リビングにある扉を1つ開くとまっすぐ延びた廊下があり、左右に2つずつと突き当りに1つ、計5つの扉があった。

 キリリア右手のリビングよりの扉を開け、ヘンディに中に入るように促す。


「どうぞ。一応、寝泊まりするには十分の家具を置いてあるけど問題ないかしら?」

「おお、すごい。こんな荒野しかないところで家を見つけて、ベッドにまでお目にかかれるなんて……」


 ヘンディは旅でベッドで寝た日の方が少なかった。

 それほどこの秘境までの道のりは険しいものだったのだ。


「気に入ってくれたようでなによりね。私の部屋は2階だけど、女性の部屋に用もないのに訪ねてきちゃだめよ、色男さん?」

「あ、はい。わかりました」


 色気のある言い方で窘められ、その気がなくとも心乱されてしまう。


「では、また明日」

「はい、おやすみなさい」


 今日からヘンディの『秘境の魔女の助手』としての生活がスタートした。

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