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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
魔人のアネモネ
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7-6.全力の鬼ごっこ

 アネモネは重たい目を擦り体を起こした。

 外からは人々が生活を営む音が聞こえ、窓から入る気持ちの良い日差しが起きろと彼女をせっついた。

 まだ半分眠っている体で自室を出るとまず向かった先は階下のリビング、ではなく隣のロゥの部屋だった。

 2人の部屋は同じ作りをしているがサウスでの生活を過ごしている内に違いが現れていた。アネモネは本や衣服が部屋の端に少しあるだけに対しロゥの部屋は冒険で使う道具や手に入れた戦利品が所狭しと床に置かれている。

 ふらふらと夢遊病のようにおぼつかない足取りだが、目的としている場所へ着実に前へ進んでいる。


「ゴール。ふふ、いい匂い」


 ロゥが眠っていたベッドに飛び込む、うつ伏せに寝転ぶ。

 深く息を吸い、ベッドやシーツ、枕といった物からロゥの匂いを嗅ぎとる。

 若干残っている彼の温もりを感じ、ゆっくりと時間が経つ。

 どれくらい堪能したのか、アネモネ自身数えていたわけではないが彼女の体温がベッドに移る頃には目も冴えていた。


「ふぅ〜、今日も一日頑張れそう」


 それからリビングに足を運んだ。

 家の中に人気はない。

 ロゥは毎朝早くから冒険者としてギルドに出向き夕方まで依頼をこなしている。

 メリッサは必要な家事を前日にはすでに終わらせ、今日は通いの清掃の仕事に行っていた。

 つまり、家にはアネモネしかいない。

 テーブルの上にはメリッサの用意した朝食が置かれている。

 自分1人の為にお湯を沸かす気にはなれず、カップに水を注いで席に着き朝食にありつくことにした。


「はむ……はむ……」


 フォークで野菜をつつき、スプーンは煮豆をすくう。

 少し濃いめにつけられた味は冷めても美味しく、パンをちぎって一緒に口へ運ぶと食が進む。

 好き嫌いせずに完食でき、きっとメリッサも喜ぶことだろう。

 食器を流しに置き、自室に戻って仕事に出かける準備をしようとして思い出した。


「あ、今日はお休みだ」


 病院の勤務はシフト制になっており、決まった曜日に休みがあるわけではない。

 そのため、ロゥやメリッサが出かけている平日だとしてもアネモネは休みの日だったりする。

 休みと言えば日々の労働で蓄積した疲労を解消したり、溜めていた家事を済ましたり、恋人とデートをしたりするものであるが、残念なことにアネモネはそのどれもする必要がなかった。

 そうなれば趣味に時間を割こうとするが手持ちの本はだいぶ前から繰り返し読むようになってしまい新鮮味がない。

 つまり家にいてもすることがなかった。


「どうしよう……」


 時間がゆっくり過ぎる家の中で椅子に腰かけ足を揺らしながら思案する。

 商店へ出向き本を物色しようか、と決めかけた時に1つ思い出した。


「クラリスさんも今日、お休みだったっけ」


 行き先が決まった。

 今日は教会に行くことにした。



「こんにちは」

「あら、こんにちは。来てくれたのね」


 アネモネが教会の門を潜り、大きな女性像の前にいたクラリスへ声を掛けたら嬉しそうに彼女は挨拶を返した。

 普段の仕事服とは違い、クラリスは私服だ。少し地味なベージュ色のスカートに白いブラウスだったが、彼女が身につけることで貞淑な雰囲気を出していた。


「今日はお祈りしにきたの?」

「いえ、時間ができて暇だったので何かお手伝いができればと思いまして」


 アネモネに祈る対象ないなかった。祈るとするならロゥだが、彼は信仰を求めているわけではない。

 故にアネモネは村を出てから1度も祈ったことはなかった。


「うれしいわ。それじゃあ、一緒に来てちょうだい」


 彼女について教会の奥に設置された扉を通ると教会の本棟に繋がっている。

 他の建造物と似たような作りになっており、教会職員やクラリスのようなお手伝いの人間が普通に歩いていた。

 教会本棟から一度外へと出る。

 正門ではなく裏口から出たので路地に面しており、表通りの活気が遠くに聞こえる。

 路地を挟んで向かい側には家と呼ぶには少々大き目の建物が立っており、広い庭には子供が遊ぶ遊具が置いてある。今も元気よく子供たちが庭で遊んでいる。


「孤児院よ。アネモネちゃんは子供たちのお世話をお願いしようかしら」

「え」


 アネモネは狼狽える。子供の世話どころか同年代の友達がいなかった彼女はどうして良いかわからない。

 そんなアネモネの内心を他所にクラリスは孤児院の中に慣れた感じで入り、子供たちに大きな声と動作で注目を促した。


「みんなー、今日はこのお姉ちゃんが遊んでくれるよー!」

「「「わー!!!」」」


 地鳴りのような音、子供たちの足音がいくつも重なった音がアネモネの耳に届くと360度全方位を子供たちに囲まれてしまう。


「小さいお姉ちゃんだー!」「こんにちわー」「何して遊ぶの?」「おっぱいちいせー」「鬼ごっこ? 鬼ごっこ?」「おままごとがいい!」


 窮地に追い込まれアネモネは子供たちにもみくちゃにされつつクラリスの姿を探した。

 しかし、無慈悲に彼女は笑顔で手を振りながら孤児院の建物の中に入っていった。


「ああ……行っちゃった」

「早く遊ぼうよー!」

「え、ちょっと引っ張らないできゃぁああ!」


 子供の無限とも呼べる体力と遠慮のない力加減で日が暮れる頃には満身創痍の重体に陥ることになった。



 孤児院の建物は年季が現れ、所々修繕した後が見られる。昔の名残を残した部分もあり、改築などで手が加えられていないところは木造の作りだ。

 子供たちのいたずらや落書き、それを消した跡がいたるところにあり多くの生活感に溢れている。

 その中で唯一子供たちの魔の手から逃れている一室、来客用の部屋でアネモネとクラリスは椅子に座って休憩に入っていた。


「はい、お疲れ様」


 クラリスはティーカップを差し出した。

 カップのお茶を嵐の中を駆け抜けてきたような状態のアネモネが口に含み、盛大に息を吐き出した。


「はぁ~……」

「ふふ、子供の世話って大変でしょう?」

「わかっていてやらせたんですか?」


 ジト目でクラリスを見つめるが、涼しい顔で受け流される。


「でも、楽しかったでしょう? 全力の鬼ごっこ」

「もう2度としたくありません」


 アネモネは最初当たり障りのない遊びでもしようとしたが、いたずら小僧がミミズを見せ彼女が悲鳴を上げたのが鬼ごっこの始まりだった。

 やんちゃな男の子たちはミミズや気色の悪い虫を手で掴みアネモネを追いかけ、他の子供たちは彼女を逃がさないように連携を組んで進路を妨害したり、身体に纏わりついて機動力を削いだりしていた。

 そして夕方となり、アネモネ対子供たちの壮絶な鬼ごっこは終わった。


「今、子供たちは何しているんですか?」

「夕食を作ったり、小さい子たちはそれを手伝ったりね」

「へぇ、自分たちのことは自分でやっているんですね」

「ここの方針だからね。15歳になったら嫌でも自立しなければいけないから、今のうちに色々と覚えさせているみたい」


 戦後多くの孤児が出たため、どこの孤児院もパンク寸前まで子供たちを抱えている。

 孤児院に入れない子供はスラムの住人となり、犯罪に手を染め、逆に犯罪に巻き込まれたりもする。

 疲弊した国では孤児院をこれ以上増やせず、スラムに流れた子供たちは治安を悪くし、さらに国が力を失っていく悪循環だ。

 他にも問題はあり、孤児院を出ても就職先がない子供がいる。

 そういった子供は悪質な雇い主によって使い潰される危険があり、そのような危険を避けるために冒険者になる者がここ数年増えてきた。

 しかし、冒険とは常に危険が隣り合わせだ。冒険者になったとしても安定した収入を得られるわけではない。

 冒険者の人口が増えたことでギルドに持ちかけられる依頼の争奪戦が起こり、早朝から多くの冒険者がギルド前に大挙することにもなった。

 そのため、現在国は未開拓エリアを開発を中心に国民へ仕事を作ることに奔走していた。食料自給率を上げるための国営農場の改築、食糧を買い付けるための貿易交渉、国外から職人を召喚し技術の提供を受ける、などだ。


「ここの子たちを見ていると私も頑張らないとって思うの」

「そうですね」

「だから、また子供たちのお世話をお願いするわね」


 クラリスは穏やかにほほ笑む。

 アネモネも同じように笑い、言った。


「嫌です♪」

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