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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
魔人のアネモネ
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7-4.メイドは屋敷へと帰る

 カエデとティーは屋敷へと報告のために戻ってきた。

 太陽が昇っている時間だというのに屋敷の中は暗い。

 2人が歩きなれた廊下を歩いていると、彼女たちを待っていたかのように壁に背を預け、口の端に煙管を加えたメイドが立っている。


「よお、カエデ」


 鋭い目つきと肉食獣を思わせる大きな口をしたメイドが壁から背を離し、2人と対面するように立ちふさがった。


「こんにちは、ベス」

「どうだい、調子の方は?」

「こっちは変わってほしいくらい暇よ。ところで、私は博士に報告に行きたいのだけど、茶飲み話なら後でいいかしら?」

「ティー置いてけよ。たまには同期で話もしたいんでね」

「あら、用事はティーの方だったの?」


 カエデは隣で菓子を貪っている小柄な少女に目をやり、報告にはいてもいなくても同じか、と判断し首を縦に振った。


「どうぞ。この子がついていくかは知らないけど」

「ああ」


 カエデは1人、ベスを横切り博士の元へ向かった。

 廊下を曲がり、完全にカエデの姿が見えなくなったところでベスは露骨に嫌悪感を出した。


「いけ好かねぇな」

「なに?」


 ティーの方に向き直り、今度は打って変わって笑みを見せるベス。

 しかし、口の端を大きく歪ませた笑いは悪意を含んだ嫌らしいものだった。


「ちょっと面貸せよ。菓子もケーキもあるぜ」


 ベスに連れられティーがやってきたのは、メイドたちが休憩に使用する部屋だった。

 扉を開けるとすでに4人のメイドが部屋におり、ベスとティーの姿を確認すると口角を上げる。


「連れてきたぜー」


 ベスは近くの椅子に腰かけ、近くにいた気の弱そうなメイドを足で小突く。


「茶」

「は、はい……」


 気の弱そうなメイドはパタパタと小さな歩幅で部屋を駆け、お茶と菓子の用意を始めた。


「座れよ」


 ベスに促されティーも適当な椅子を選んだ。

 他のメイドはティーを囲むように座っており、視線を彼女だけに注ぐ。


「なに?」

「お前があの女と組んでどれくらいだ?」


 あの女、カエデのことを示していた。

 ティーは普段通り起伏の乏しい表情で答える。


「1年」

「1年組んでどうよ?」

「質問の意図が分からない」

「まあ、簡単に言うとムカつかねえか? って話よ」


 ベスは部屋にいる、ティーを取り囲んだメイドたちに視線を移していく。


「ここにいるのはあの女がNo2だってのに異議がある連中なわけさ」

「博士の意向に不満?」

「博士に盾突く気なんてさらさらねぇよ。

 ただ、もしかしたら博士にも間違いってあるんじゃねぇかって、仕えている身としては心配なんだよ。わかる?」


 ジッと、ティーはベスの顔から視線を逸らさない。彼女の言動、所作、表情の変化から指の動き、隅々まで考察する。


「あ、あの……」


 そこで2人の間に淹れたばかりで湯気が立つティーカップが置かれる。


「お茶とお菓子、用意しました……」


 おどおどしながら先ほどの気の弱そうなメイドが2人の間に配膳を始めたが、ベスは苛立った様子で足を上げ、そのままお菓子を持ったメイドの腹を蹴り飛ばした。

 小柄なメイドは床を転がり、蹴られた場所を抑え悶絶する。息もできず、脂汗を額に浮かばせ、声も出せずに苦しんでいた。

 その姿をベスは冷酷に見下ろす。


「今話してんだろーが!」

「ず、ずみば、せん……」


 絶え絶えの声で蹲るメイドが謝ると、ベスはティーへと視線を戻した。


「悪いな、新人が使えなくて教育の最中なんだわ。えーっと、どこまで話したっけか?」

「カエデがNo2であることに異議がある、と言ってた」

「あー、そうそう、それに加えてポップとか言う先輩よ。突然戻ってきてNo1と来たもんだ。あの女も甘んじてNo2に降りるし、これってどうなの? って、ここにいる連中で話したわけよ」

「めんどくさい。端的に言って」

「No1とNo2が気に食わねぇから殺そうぜ?」


 ベスの声が耳元で聞こえた。

 彼女とティーの間にはテーブルがあり、身を乗り出しただけでは近づくことはできない距離だ。

 しかし、ベスの首が蛇へと変形することで、テーブルを乗り越えてティーの元まで届いていた。

 生暖かなベスの吐息がティーの頬に当たる。


「お前が手伝ってくれたら手間がいくつも省けて楽なんだよ。なーに、直接ヤるのはこっちでやるからよ、お前はあの女呼び出すだけでいいんだわ」

「5人で実行するの?」

「4人だな。そこで転がっているのは手伝い」


 チロチロと二股に分かれた蛇の舌が小刻みに揺れる。


「なあ、協力してくれるよな?」


 他のメイドたちはティーが逃げられないように囲い込みを狭める。


「あとよ、お前知ってる? あの女、能力開発の影響で少女にしか興奮しない変態なんだってよ。きっと、お前もそういう風に見られてんだよ、マジキモイよな?」


 無表情のまま運ばれてきたお茶を口に含んだ後にティーは口を開いた。


「きっと失敗する」

「あん?」

「お前らはここで死ぬから」



「以上で報告を終わります」

「ああ、ご苦労だった」


 車いすに座った老人がカエデの話を聞き終え、視線を彼女から窓へ移した。

 窓には鉛色の空が見え、今にも一雨来そうな天気だった。


「やはり、調整したとは言え魔物程度では敵わぬか」

「メリッサとメイプルを倒したのはまぐれではなかった、ということですね」

「直接の戦闘ではこちらの被害も大きい。有効な能力の発現、必要な人員の確保、今は準備の段階だ。

 それに予想よりも大きな収穫になりそうだ。取り漏らしがないよう入念に進める」

「承知いたしました。つきましてはご相談したいことがっ……!?」


 屋敷が軋むほどの衝撃と音が轟いた。


「博士、お怪我は?」

「ない。使用人室の方か」

「私が見てまいります」


 少し上品ではないが、カエデはスカートの裾を掴み廊下を走る。

 階を降り、爆発があった近くまで来ると2人のメイドが廊下を歩いているのが見えた。


「ティー!?」


 全身を血に塗れた姿のティーが同じくらいの背丈のメイドの手を引いていた。


「どうしたの、その血?」

「ただ返り血」

「誰の……って、その子は?」


 ベスに腹を蹴られていた気弱なメイドが放心状態で立っている。

 彼女は服をお菓子で汚しているがパッと見は無傷の用だった。


「ルーシー。ベスに虐められてた」

「そういえば、そのベスは?」

「死んだ」


 ティーが空いている方の腕を持ち上げると、手には断面から血が溢れ、濁った瞳と虚ろな表情をしたベスの首が握られている。

 カエデが見たことを確認するとティーは適当に廊下へ投げ捨てる。


「ベスが裏切ろうとしてたから殺した。他に3人仲間がいたから殺した」

「その仲間は誰?」

「シンディ、ローラ、ジュディ」

「ふーん、まあ、その4人なら別にいいか」


 カエデは捨てられたベスの首に興味を示さないどころか視線すら向けない。

 代わりに足元に転がってきたベスに驚いたルーシーが小さく悲鳴を上げる。


「あわわわ……」


 意識を取り戻したルーシーは目を白黒させた。

 目の前で人があっさりと死んだことに動揺し、平然としているカエデとティーの態度にひどく困惑した。


「あなた、もしかしてメイドになってまだ日が浅いの?」

「あ、あの、あの」

「大丈夫」


 うまく言葉を出せないルーシーの手を強く握り、ティーが耳元で囁く。


「カエデは蹴らない」


 それを聞いて少し落ち着きを取り戻し、一拍置いてゆっくりと頷いた。


「は、はい」

「そう。とりあえず博士にご報告しないとね。2人とも一緒についてきてもらえる?」


 カエデは自身同様、異変を見に来たメイドに部屋の後片付けを指示し、2人と共に博士の部屋へ戻る。

 廊下を歩いている際、カエデは1つルーシーに尋ねた。


「あなた、世話係だったのってベスでいいかしら?」

「は、はい」

「なら、丁度いいわ。人手が欲しかったの。明日から私元で働いてちょうだい。博士には私から進言しておくわね」

「え? あ、はい?」

「次の世話係はティーで良いわよね?」

「ん」


 ティーは短く頷く。

 彼女の手はルーシーの手をしっかりと握ったままだ。

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