1-幕間.夢の中で
ロゥは夢を見ていた。
真っ暗な空間に自分だけがぽつんと立っている。
この空間に上下の間隔はなく、この暗闇はどこまで続いているのかも分からない。
「よお、坊主。なかなか見事なパンチだったじゃあねえか」
そんな孤独な世界に突如声がした。
ロゥが辺りを見渡すと先ほどまでは誰もいなかった空間に二人の人物が現れた。
一人は壮年の男性で落ち着いた雰囲気をしており、もう一人は獣人の大男であり獰猛な印象を与える。
先ほどと同じ声で獣人の男が愉快そうに笑う。
「初陣にしてはまずまずの出来だな」
獅子の獣人である男はたてがみの様な髭を撫でながらそう言った。
その言葉に壮年の男性は頷いた。
「前に教えた通りちゃんと魔力を形にできていたね、えらいぞロゥくん」
「えへへ」
二人に褒められ、嬉しそうにロゥは笑った。
「魔王のおじちゃんが言った通り、動物の腕や爪をイメージしたらうまくできたよ」
魔王。
遥か昔から存在している強大な『力』を持った者たちだ。
ある魔王はすべての種族を支配しようと戦いを起こす。
またある魔王は力とは何かと考え、そして追い求めてただ一人世界を放浪した。
同じ世代に複数の魔王は存在せず、唯一無二の存在であった。
彼らの目的、種族、性別、年齢は異なっていたが、ただ一つ共通するのは全員が闇を司る能力を持っていたことだ。
「自分の能力がうまく使えたのなら次は魔人を作るのがいいだろう」
壮年の男性、先代魔王マルコシアスが言った。
魔人とは魔王の力を分け与えた配下であり、絶対服従の関係となる。
魔人の話題となり獣人の大男、先々代魔王ライオネルが首をひねる。
「魔人か。作れる数には個人差があるからなぁ。ワシの場合は一人しか作れんかった」
「ライオネル様はご自身が十分お強かったので必要なかったんでしょうね」
「そうは言っても、お前さんの108人は異常だわい」
「私自身はそこまで強くなかったですからね、勇者ですらない人間に負けてしまいましたし」
マルコシアスは自分の手を見ながら苦笑した。しかし、すぐに表情を戻しロゥに語る。
「では、ロゥくん。今回は魔人の作り方を教えよう」
「はーい」
ロゥは手を挙げながらマルコシアスの話に耳を傾けた。
「私が君に魔王の核を渡した時の事を思い出してくれ。あの時は私の魔力すべてを使い核を生み出したのだが、魔人の時も要領は似ている」
マルコシアスはできるだけわかりやすい説明を心掛けた。それに応えるようにロゥも真剣な表情で聞いている。
「魔王の核から魔力を放出し、精製を行う。精製は結晶化するまで続け、出来上がったものは魔人の核となり、君が魔人にしたい者に渡すと良いだろう。さて、ここまでで質問はあるかい?」
「えーっと、よくわからなかった!」
ロゥは真剣な顔で答えると、マルコシアスは困ったように眉尻を下げてしまった。
「つまりだな、坊主」
それを見かねたライオネルが身振り手振りを添えてマルコシアスの言葉に足りない部分を補おうとした。
「胸のあたりから魔力をばぁーって出して、それをぎゅっぎゅっ! っと固めるんだ」
擬音を多用した感覚重視の説明にマルコシアスはさらに困った様子になった。
「ライオネル様、さすがにそれでは伝わら」
「できた!」
「……」
ロゥの小さな手のひらの中には4つの黒い結晶が浮かんでいた。
吸い込まれそうなほど黒く、しかし視線を奪う蠱惑的な輝きを放つ漆黒の塊だった。
「4つか、多いのか少ないのかわからないのう」
「私とライオネル様は極端な例過ぎましたからね」
「まあ、考えてもしかなかろう。坊主、それを気に入った奴に渡せば晴れてお前の魔人になるわけだ」
「ここまでで質問はあるかい?」
マルコシアスの問いにロゥはずっと疑問に思っていたことを聞いた。
「うーんとね、魔人ってなに?」
その問いかけにマルコシアスとライオネルは唖然とする。
「坊主、お前今まで魔人が何か知らずに話を聞いてたのか……」
「えーっとね、ロゥくん。魔人と言うのは魔王の配下のことで」
「配下?」
「あーっと、配下というのは魔王に隷属する部下みたいなもので」
「隷属? 部下?」
「んー、その……」
マルコシアスは困り果て、ライオネルの顔を見た。
理路整然と話しても子供には伝わりにくいと感じ、ライオネルに助け船を求めたのだ。
「そんな顔でこちらを見るんじゃあない……。まあ、そのなんだ。坊主、魔人っていうのは一生付き合っていく盟友みたいなものだ。そいつのことを信じ、そいつもお前を信じる関係ってやつだ」
「つまり、友だちってこと?」
「ちょー簡単に言うとそうだ」
「じゃあ、じゃあ、この石を上げるとその人は友だちになってくれるの?」
「めちゃくちゃ簡単に言うとその通りだ」
「わーい! やったー! 友だちだー!」
満面の笑みで喜ぶロゥ。それを見てマルコシアスとライオネルは一先ずほっとすることになった。
人間たちが名前を聞くだけでも恐れおののいた《賢王マルコシアス》と《百獣王ライオネル》と謳われた二人だが、生涯独身だったため子供相手に四苦八苦している姿は誰に言っても信じて貰えないだろう。