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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
魔人のアネモネ
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7-3.今日はお勉強をしましょうか

 クラリスは病院の一室、主に休憩で使用される小さな部屋にアネモネを連れて入室した。

 普段はお昼休みに食事をとったり、仕事終わりにお茶をしたりする目的で使われる場所だ。

 繁忙時間は過ぎたが、他の職員は職務にあたっているために見当たらない。


「今日はお勉強をしましょうか」


 向かい合って座るアネモネとクラリス、手元には紙と鉛筆、紅茶が置かれている。


「お勉強ですか?」


 首を傾げるアネモネにクラリスは頷く。


「ええ、これからアネモネちゃんには回復系の魔術を覚えてもらいます。

 回復魔術は主に教会が収めているノウハウですが、医療の現場でも使用することがあります。

 さて、問題です。医療の現場ではいつ回復魔術を使用するでしょうか」

「怪我した人を治療する時じゃないですか?」

「もっと厳密に言うと?」

「……ん~? わかりません」

「はい、正解は『医者や看護師が負傷した時』でした」

「医者や看護師が負傷した時?」


 アネモネは首を傾げた。


「魔術による治療は確かに効果的だけど、回復魔術は習得がすごく難しくて誰でも覚えられるものではないの。

 才能を必要とする魔術とは違って医学は人間がこれまでに培ってきた技術や知識を使ったものなの。

 国は医学の発展も魔術の発展と同じくらい重要視しているわ。

 病院ではね、施術や服薬で怪我・病気を治そうって方針なの。

 でも、不測の事態が起きて医者や看護師が足りなくなるのを防ぐため回復魔術を覚えられる人は覚えることにしているのよ。

 例えば、医者は切り傷を負うと感染症を防ぐために手術ができないけど、魔術で治してしまえば一瞬でしょ? そうすれば医者は手術ができて、患者は命を落とさずに済むから」

「なんだか矛盾してますね。医療の現場では使わない魔術を医者には使うだなんて」

「そうね、医者のジレンマと呼ばれているわ」


 クラリスは困ったように笑い、気を取り直すように手を叩いた。


「さて、本題に入りましょう。アネモネちゃん、魔術はできる?」

「自己流なので、できれば1から教えていただきたいです」

「なるほど。魔術はね、魔力を燃料、術式を設計図にして行使する技術のことね。

 まず使用したい魔術がどんな仕組みで動いているのかを理解する必要があるの。理解することで体内で生成される魔力を行使するための術式が作れるようになるのよ」


 クラリスは立ち上がると部屋に備え付けられた棚から1冊の本を取り出す。

 他の本より薄く、かなり使用感が出ている古いものだ。


「これは『魔術入門の書』。魔術研究所が発行しているものなんだけど、はじめはこれを見ながら練習しましょう」


 1ページめくると、見開きに魔術の説明が記載されている。絵と文字で構成されており、この本1冊には簡単な魔術が一通り記されていた。


「それじゃあ、1ページ目の魔術……と言うような立派なモノでもないんだけど、これをやってみましょう」

「『系統診断』?」


 クラリスは用意していた紙に鉛筆で本に書かれている陣を書いた。


「この陣はこれ自体が術式の役割を持っているの。ここに魔力を流し込んで発行した色によってその魔力の持ち主がどの系統の魔力を秘めているかわかるってものよ」


 試しにクラリスが魔力を流すと眩く青色に陣が発行した。


「私は真っ青に変色したから水の系統ね」

「系統って何ですか?」

「自然界には、火、水、地、光、闇の5つの大精霊が存在していて、この5体がいるからこの世界は成り立っているの。生物はいずれかの大精霊の加護を受けていて、それが生まれ持っての特性になるってわけ」

「なるほど、やってみます」


 アネモネが紙を持ち魔力を込めると、夜闇に浮かぶ月のように淡い白色に発行した。


「白……でしょうか? これはどの系統なんですか?」

「……驚いた。それは光系統よ。光と闇は特別でね、出自が特殊だったり、生まれ育った環境によって本来持っていた系統が変化したり、と特別な要因がないとならない系統なの。アネモネちゃんってもしかして高貴な生まれ?」

「まさか。森の中にある小さな村の生まれです」


 体の前で両手を振って否定する。


「そうなの? なら、元からの資質か遠い先祖に特殊な能力を持った人がいた、とか? まあ、確かめようがないので話を戻すと光系統は癒しの系統と呼ばれていて回復魔術にとても相性がいいの、ほら」


 クラリスは『系統診断』が書かれているページをめくると、各系統の長所やどのような魔術に向いているかが記載されていた。


「えーっと、光系統は生命を司り、けがの治療やアンデットへ高い抵抗がある」

「もし回復魔術に髙い資質が見られるようなら教会の方に所属した方が良いかもしれないわね」

「教会ですか?」

「ええ、教会は回復魔術を修めた人々が集まっているの。教会の修道院は才能ある子供たちが通う学校みたいなものだから、今度編入試験を受けてもいいかもね」

「そうですか、教会……」


 アネモネは町にやってきた日を思い出す。

 脳裏には教会で見た天井まで届きそうなほど大きな女性像、神の御使いの像が浮かび上がる。


「もし病院が休みの日が暇だったら教会のお手伝いでもしてみる?」

「私と初めて出会った時もクラリスさんは教会のお手伝いをしていたんですよね?」

「そうよ。教会でのお手伝いはとても学ぶことが多くてね」

「考えてみます」


 その言葉に笑みを浮かべ、クラリスは本に視線を戻しアネモネもそれに倣った。


「では、系統の話を理解したところで次のページに行ってみましょう」


 クラリスは本のページをめくり、アネモネがそこに書かれている文字に目を通す。


「『系統別魔術と固有魔術について』ですか」

「魔術には2つの種類があります。1つは系統別魔術と言って、さっき『系統診断』でわかった自分の生まれ持っての系統ごとに存在する魔術。

 この魔術は入門、初級、中級、上級と難易度で段階が用意されていて、この本にはすべての系統の入門魔術が書かれているわ」


 パラパラとページをめくると系統ごとの入門魔術が記載されており、内容はわざわざ魔術を行使してやるようなことではないものばかりだ。


「光系統は『体温を少し上げる』?」

「最初の段階だとそのくらいの内容なのよ。私の水系統は『乾いた土を湿らせる』だったの。

 術式は様々な意味を持つものを組み合わせて魔術として構築するんだけど、使う術式の数が少ないと、ここに書かれているような何の役に立つかわからないものばかりになってしまうの。

 でも、使う術式を増やした初級になると火系統なら『ろうそくに火を灯す』、水属性なら『ガラスに水滴をつける』って感じでそれっぽい感じになるわね」

「この詠唱って何ですか?」


 アネモネが本を指さすと詠唱という欄があり、光系統のページには『慈愛の光に包まれよ』と書かれている。


「詠唱は術式に深い関わりがあってね。頭で理解したものごとを実際に発現するために言葉にすることで魔術の完成度を上げるの。慣れれば無詠唱で発動できる人もいるけど、いわゆる一部の天才な人たちね。

 魔術の暴発や失敗を避けるために詠唱はできるならやった方が良いと思う」

「慈愛の光に包まれよ!」


 虚空に手をかざし、詠唱を唱えてみるものの魔力の欠片も放出されなかった。

 体内で生成した魔力が行き場をなくし、身体中から霧のように散っていくのが分かった。


「……何も起きません。才能ないのでしょうか私」


 言葉尻が弱くなり、魔術の失敗に落ち込むアネモネだった。

 クラリスは彼女の手を握り、アネモネは握られた手から伝わるヒンヤリとした心地よい冷たさを感じた。


「光系統は命の系統。ただ虚空に向かって魔術を使っても効果はないわ。さあ、私に魔術をかけてみて?」

「慈愛の光に包まれよ!」


 詠唱と共にアネモネの体内から魔力が淡い光となり放出される。

 体から放たれた魔力は術式によりクラリスの体を包み、彼女の体温をほんのりと上げていく。

 握っているクラリスの手が徐々に熱を帯び、彼女の血流が感じられるようなほど暖かくなっていった。


「すごいわ、アネモネちゃん!」


 自分のことのように喜ぶクラリスを見て、アネモネも自然と笑みを浮かべるのであった。


「順調に進めてるわ。

 系統別魔術の入門は申し分なかったし、これなら初級も簡単に覚えられると思うから今度試してみましょう。

 さて、次は『固有魔術』の説明をします」


 そこに書かれているのは短い説明と、様々な例が挿絵付きで載っていた。


「『固有魔術』とは、各個人が生まれ持った資質と生きてきた環境、それにより育まれた感性が魔術という形となって発言した事象である……?」

「いまいちわからない?」

「はい、ちょっと系統別魔術のようにはすんなり理解はできませんでした」

「簡単に言うと、固有魔術はその人のオリジナルの魔術ってことね」

「オリジナル……自分で魔術を作るってことですか?」

「作るという表現は半分正解で半分間違い。この挿絵の例を見てみて」


 クラリスの白い指が本の挿絵の1つを示す。

 促されたアネモネはその挿絵と脇につけられた説明文を目でなぞる。


『固有魔術の説明に用いるのに適した存在は『勇者と魔王』であるだろう。

 彼らは光と闇の対になる存在であり、世界の理を覆すような固有能力を発現して来た者たちだ。

 かの有名な勇者アーノルド=バルカスは闇の瘴気により魔物へと姿を変えていた獣を元の姿へと戻す能力を生まれながらにして持っていた。

 彼はその力を存分に発揮し、歴史的厄災と呼ばれている『隠者の塔』を攻略し人々に平穏と安寧をもたらした。』


 これはアネモネも知っている。

 この話はロゥの家にも置かれており、彼がアネモネから文字を習い一番に読み耽った本でもある。

 それほど世間に浸透した冒険譚とされ、冒険者の原点ともされているおとぎ話だ。

 勇者アーノルドは魔物を元の獣に戻しながら冒険をし、中には聖獣と呼ばれる高位の存在を仲間にして『隠者の塔』を登っていった。

 そして、見事塔の最上階で待ち構えていた隠者との戦いに勝ち、英雄となって祖国へと帰っていったのだ。


『現在に確認されている魔王は誰もが強力な固有魔術を持ち、我々人間を苦しめていった。

 最も記憶に新しいのは、数年前まで魔族を率いて我々人間と争っていた智将マルコシアス。

 彼の恐ろしい能力は配下の108名の眷属に能力を付与できる点である。

 翼なき者に翼を与え、脆弱なものにいくつもの命を与え、火の加護を持つものに灼熱の肌を与えた。

 能力を生む能力、これほど素晴らしく、魔王の手中にあったが故に恐ろしい固有魔術を当魔術研究所は知りはしない。』


 勇者の挿絵の隣には、黒い鎧を身につけた男が背後に異形の魔物を何体も率いている挿絵が横に描かれていた。

 アネモネは魔王マルコシアスの姿形は知らないが、この絵で大体のイメージが持てる。


「誰でもこんなすごい『固有魔術』を覚えられるわけではなないけれど、その人自身が強く反映される魔術だから世界中で1人しか使えない特別な魔術なの。

 『固有魔術』を得るには膨大な修練か能力が開花する特別な出来事がなければ中々身に付くものではないから、アネモネちゃんは系統別魔術をしっかり練習しましょうね」

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