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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
冒険者のロゥ
45/79

6-9.vsゴブリン・バーサーカー

 進むたびに森に漂う『悪い感じ』が強くなり、道しるべのように残るそれを辿りながらロゥは駆けている。


「近い」


 木の密集した場所を迂回すると、視界が開けた。

 脳が目に映った映像を理解するよりも早く本能が体を1歩動かし、ロゥの耳に鋭い風切り音が聞こえる。


「!」


 彼の後方で木に刃物が突き刺さった。

 前方には小さな鬼が腕を振りかぶり、殺意の篭った刃がロゥの眉間を正確に狙う。

 首を動かし最小限に回避すると再び耳元で風を切る音がなり、後方の木へとぶつかった。


「ぎししし」


 ゴブリン。

 冒険者なら誰もが知っている魔物。ロゥも本や人の話から存在は知っていた。

 人間の子供ほどの身長の人型の異形。集団で行動し、狡猾で残忍な性格をしており、作物から人間まで様々なものを食べる雑食。

 繁殖力が高く、2匹の番がいれば1月で群を作れるほど増える。

 しかし、このゴブリンは1匹。


「げげげ」


 手を叩き、何度も音を立てる。

 ロゥが投擲されたナイフを2回も避けたことに拍手をしているようだった。


「お前、今朝の……」


 ゴブリンの後ろには2人の少年と少女がいる。

 剣士風の少年と魔術師風の少女、今朝ロゥに声をかけてきたパーティの2人だ。

 魔術師風の少女は頭から血を流し地面に座り込んでおり、それを庇うように剣士風の少年が剣を構えていた。


「他の2人は?」


 ゴブリンを挟みつつも、ロゥは2人に声を投げた。


「……いる、あっちだ」


 リーダーの剣士風の少年が顎を横に揺らし、ロゥはその方向に視線を動かすと弓兵風の少年と拳闘士風の少女がそれぞれの武器を構えていた。


「全員無事だね」

「気を付けろ、そいつはゴブリン・バーサーカーだ」


 はぐれゴブリンと呼ばれる群れから出た個体は問題視されている。それは突然変異へ至る可能性がとてつもなく高いからだ。

 魔物が突然変異になる条件は未だ解明されていないが、ゴブリンは最も変異を起こしやすい魔物だった。

 はぐれゴブリンは群を追われた経験を自身へ還元し進化する。

 ユニークへと変異したゴブリンは新たに群を作りボスに君臨する。その群は並の群とは一線を画す危険度にまで育つ。

 ユニークは弱いから徒党を組んでいるのではない、より効率よく蹂躙できるから群を形成しているのだ。


「ゴブリンだと思うな、そいつはヤバい!」


 剣士風の少年が叫ぶとゴブリン・バーサーカーは新たなナイフを取り出した。

 次の狙いは、血を流している魔術師風の少女だ。


「ぐげげげ」


 踊り出すような軽やかな動きでゴブリン・バーサーカーは2人への距離を詰める。


「っく」


 剣士風の少年は剣を構え迎え撃とうとするが腰が引けている。恐怖に飲まれそうになっていた。

 ゴブリンよりも先に別の人影が彼らの前へたどり着く。


「は、早い……」


 弓兵風の少年が思わず口に出すほどの速さでロゥはゴブリン・バーサーカーを追い越した。


「それ」

「げぐ!」


 ロゥの突き出した拳がゴブリン・バーサーカーに迫る。

 手にしたナイフの腹で拳を受けるが常人離れした膂力がゴブリン・バーサーカーを吹き飛ばした。

 地面を転がるがすぐに体制を整えナイフをロゥに向ける。


「がが!?」


 手にしたナイフは殴られた衝撃で見事に曲がっていた。

 ゴブリン・バーサーカーはナイフを捨てて次のナイフを取り出す。今度は両手だ。


「げごげげ!」


 完全に狙いをロゥのみに定め、ゴブリン・バーサーカーとロゥの視線が交わり、同時に動いた。

 互いに正面からの攻撃。

 ロゥの拳は片方のナイフで防がれ、首を狙ったゴブリン・バーサーカーのナイフは厚く纏った黒い魔力が刃を止めた。

 次にロゥが蹴りを放つ。足は脇腹へ触れるもののゴブリン・バーサーカー自ら飛び退くことで大したダメージにはならず、蹴りと飛び退きの勢いで木の幹に着地した。

 身軽さを生かしそのまま跳ぶと、空中から飛来したゴブリン・バーサーカーはロゥの首を落とそうとナイフを振るうがロゥも真似て飛び退き、木の幹へ足をつけた。

 そこからは両者空中戦へ移行する。

 木から木へ飛び移りながら空中で激突し合う。

 その攻防は目まぐるしく、観戦している少年少女たちは目で追うこともできない。

 暴風雨のようにロゥとゴブリン・バーサーカーは交錯し合い、足場になっている木が削られ、パラパラと舞い散る。

 次元の違う戦闘に少年少女たちは目が離せない。

 彼らの目には互角に渡り合っているように映っているが、時間が経つにつれ明確な優劣がつき始める。


「ぐえ!?」


 ゴブリン・バーサーカーは地面へ逃れるように転がった。

 手にしたナイフは2本ともボロボロになり、身体中には痣ができて息も上がっていた。

 対するロゥは木の幹を魔力で形成した爪で掴み、ゴブリン・バーサーカーを見下ろしている。魔力によって攻撃を防ぎ、驚異的な体力で息1つ乱れていない。

 しかし、ロゥは攻めあぐねている。早い戦闘展開は威力を高めるのに必要な溜めを作れなかった。

 それに加え、周りには少年少女たちがいる。周囲を巻き込む大きな技は使えず、ゴブリン・バーサーカーがいつ彼らを狙うとも限らない。


「(今までの戦いと全然違う)」


 ただ敵を倒すだけの戦いではない。移り変わる戦況に応じて幾重も存在する選択肢の中から自分で考え、次の一手を選ぶ。

 これまでの自分と敵の戦いから、戦いの種類が変わったことに戸惑いを覚え、それ以上に高揚感が体を支配していた。


「(これが冒険者なんだね!)」


 ロゥは木の幹を叩きゴブリン・バーサーカーの共へ跳んだ。

 体が接触する直前まで防御、反撃、回避のどれかを見極めたが、ゴブリン・バーサーカーの取った手段は、逃走だった。


「あれ?」


 標的が居なくなり、ただ地面に着地するだけとなってしまった。

 背中を見せ、持ち前の俊足でゴブリン・バーサーカーは森の中へ姿を消そうとしていた。

 拮抗した戦況が一転する。

 悪手、そう言わざるを得ない選択を敗走する魔物は取ってしまった。


「残念。終わりだよ、ゴブリン」


 力を溜める。

 体内から魔力を捻出し、脚部へ行き渡らせる。そのままでは放出し霧散してしまう無形の魔力を操作して体の周りに維持する。

 量を増やし膨張しながら逃れようとする魔力を抑え込む。その外へ向かう力と抑え込む内への力が『溜め』となり、解放した時にその『溜め』が力を発揮する。

 大砲が撃ち込まれたような衝撃が地面に伝わり、ロゥが魔力を解放したことにより前方へと大跳躍をする。

 あっという間にゴブリン・バーサーカーの背後まで接近した。


「げががあ!」


 ゴブリン・バーサーカーが振り返り見たものは、ロゥが木の幹ほどもある巨大な腕を振り下ろす瞬間だった。

 再び森の中に大音響が流れた。爆発でも起きた轟音だったが煙や焦げた臭いは一切ない。

 音からしばらくしてロゥが少年少女たちの元へ姿を現した。


「大丈夫ー?」


 少年少女たちは負傷したメンバーの治療に入っている。


「ああ、命に別状はないと思う」


 治療していた弓兵風の少年が胸をなでおろした。


「悪い、助かった。あと、みんな、ごめん」


 リーダーの少年がロゥとパーティメンバーに頭を下げる。

 彼の顔は今朝のような活発さはなりを潜め、沈痛な面持ちだった。


「俺がもっと警戒していればこんなことにならなかった。助けがなければ俺たちは死んでいたと思う。本当にごめん」


 沈黙。5人の息遣いだけが聞こえ、そんな静寂を破ったのは魔術師風の少女だ。


「そんなことない。これはパーティみんなの責任」

「うん」「そうね」


 弓兵風の少年も拳闘士風の少女は頷いた。


「でも、ゴブリンを狩ろうって言ったのは俺で」

「同意したのは僕たちが自分の意志だよ」

「そうそう、だからリーダー1人が責任感じないでよ」


 仲間の言葉にリーダーの少年は目じりに涙を浮かべる。


「みんな、ありが」


 ぐ~、と腹がなった。

 その場の全員がロゥの方へ視線を向ける。


「あ、ごめん。続けて?」


 おなかを手で音が鳴らないように抑えるが、抵抗むなしく再び音が鳴った。


「ぷ」


 思わず誰からが吹き出した。

 そして、それはその場の全員に伝播する。5人の少年少女たちの笑い声が森に木霊した。


「あー、笑った笑った」


 何の涙だからわからなくなった涙を拭い、リーダーの少年は息を大きく吸う。


「本当に助かったよ、えーっと」

「ロゥだよ」

「ロゥ、ありがとう。俺はトーマだ」

「私はカレン」

「僕はリューク」

「オルテシア」


 リーダーの剣士風の少年、拳闘士風の少女、弓兵風の少年、魔術師風の少女がそれぞれ名前を告げた。


「今日の仮は絶対返す、約束だ」

「うん」


 握手し2人の冒険者は誓いを立てた。



「死んだ」

「あら、残念」


 言葉とは裏腹にカエデはまったく残念そうでない。


「どこで死んだの?」

「あっちの森」


 ティーが指さした方には小さく森が見える。

 同じような森は草原のあちこちに点在しており、該当の森は街に最も近い場所だった。


「ずいぶん早かったわね。子供が襲われて、ギルドに知らせが行って、大人の冒険者が討伐するならもう少しかかると思ったんだけど」

「ターゲット?」

「そうかもね。子供の冒険者でアレを倒せるのは中々いないと思うわ」

「気づかれたかもしれないよ」

「いいのよ。私たちの存在に気が付かれても行動の制限や誘導がしやすくなるし、それに博士が言うには暗殺なんて面倒な方法は使わないって話だし」

「おなか減った」

「はいはい、サンドイッチあるわよ」


 そよ風が髪を撫で心地いよい。

 ピクニックシートの上でのんびりと2人のメイドが街を眺めている。


「暇ねぇ」


 おもちゃを失ったカエデがぽつりとつぶやいた。

6章最後のお話でした。

月曜に幕間載せて、来週土曜からは7章スタート予定です。

この予約投稿をしている時点ではまだ書ききれてないので不安いっぱい。

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