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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
冒険者のロゥ
43/79

6-7.教会にて

 アネモネは冒険者ギルドからほど近い教会へ足を運んでいた。

 ロゥとメリッサは今頃冒険者ギルドにいる頃だろう。

 2人はアネモネに付き合うと言っていたが、彼女はそれを断りひとりで教会へとやってきていた。


「人は、少ないのね」


 教会、もしくは信仰は捨てたはずの過去を嫌でも思い出させた。

 彼女の村にあった教会と呼べる建造物は屋根の付いた小屋にご神体を収め、祭壇を設けてそこに供物を捧げているような小さなものだった。

 この町にあるのは比較にならないほど大きい。騎士団南東支部はこの街で最も大きい建造物だが、この教会は最も歴史が深い建造物だ。

 ステンドグラスから日の光が差し込み、床には多彩な色合いが広がっている。

 見上げれば首が痛くなるほど高い天井、多くの礼拝客を収納できる講堂、森では見ることのない大きな建造物にアネモネは息を飲む。


「大きい……」


 思わず零れた言葉に自分では気が付かない。

 扉から一直線に講堂の奥、祭壇に続き、左右には長椅子が均等に並べられている。

 今は礼拝の時間から外れており、人影はぽつりぽつりとしかおらず、がらんとしているがこの席がすべて埋まったら圧巻だろうとアネモネは思った。


「これが、この国の神様……?」


 祭壇まで進むと、そこには石膏で作られた天井に届きそうな大きさの女性像が鎮座している。扉を潜って真っ先に目についたものでもある。

 信仰深い村で生れ育ち、生贄にされそうになったアネモネは自然とこの国の信仰に興味を持った。

 自分の暮らしていた場所以外では、どのようにして神は祭られ人々は祈っているのかを知りたかった。

 なぜかは分からない。

 もし、この国の信仰が素晴らしいものだったら?

 もし、自分が生まれた村がこの国と同じ神を崇めていたら?

 もし、生贄という風習が存在しなかったら?

 『もしかしたら』の可能性を自分は求めているのだろうか。

 今の彼女にはそれは分からない。

 ロゥのため生きることに苦はない。

 ロゥのために死ぬことになっても構わない。

 後悔も未練も持っていないはずなのに、なぜ『もしかしたら』を考えてしまうのだろうか。

 この街に来てやるべきことはそれを見つけること、女性像を眺めながら自然とそう思い浮かんだ。


「それは神様じゃないわ」


 鈴のように綺麗な声が聞こえ、アネモネはその方へと顔を向ける。


「こんにちは。小さな仔羊さん」


 白いブラウスに黒い丈の長いスカートを履いた女性が笑みを浮かべる。

 この女性像のモデルなのか、と一瞬考えたほど女性は清廉としていた。


「この女性はね、神様の御使いなの」

「御使い?」

「そう。人が神様に願いを掛けると、この女性がそれを神様に届けるの」

「神様が直接聞かないんですか?」

「ええ、神様はとても大きな蛇だと言われていてね。人前に姿を見せない。

 人々は神様に願いや供物を渡すために人と神との橋渡しを担う者を選んだの」

「それがこの女性なんですか?」


 女性は首肯する。

 アネモネは再び女性像を見据え、まるで自分とは正反対だ、と思う。

 像の女性は人に願われ御使いとなり、自分は人に願われながらも供物という役目から逃げた。

 像の女性は死してなお神に使え、自分は生き延びて信仰を捨てた。

 これほどまでに綺麗に正反対になってしまうとは、自分自身の人生を『奇妙』だと思う。当事者であるはずの彼女はまるで他人事のようにそう感じた。


「私はクラリス。休日はこの教会でお手伝いをしているの。お名前を伺ってもいいかしら?」

「アネモネです。今日この街に着いたばかりです」


 にこにことクラリスはアネモネを見つめる。

 対してアネモネは愛想笑いもすることなく、それをジッと見返す。


「私は休日にはここにいると思うから、またお話ししましょう」

「はぁ、そうですね。お見掛けしたら声を掛けます」


 本当はそんな気は一切ないのだが、一応当たり障りのないように返した。

 クラリスは嬉しそうに笑い、手を振りながらその場を離れる。


「それじゃあ、私は戻るわ。またねアネモネちゃん、お話しできて楽しかったわ」

「さようなら」


 愛想笑いすらしなかった自分と話して何が楽しかったのだろうか。

 そう疑問に思うが、そういう部分がこの女性像と既視感を抱かせる所以だろう、と一人納得するアネモネだった。


「いけない、早く戻らなきゃ」


 そうして彼女も教会を後にした。



 ロゥの冒険者登録が完了し、アネモネも教会から戻り3人は街の中を歩いている。


「ロゥ様の装備と生活必需品を買いに行きましょう」

「生活ひじゅじゅひん」「生活ひちゅちゅひん」


 街の活気あふれるマーケットにやってきた。

 大きな街ともなるとメイドもおり、メリッサも晴れてメイド服で外を歩ける。


「街によってお店の雰囲気とか違うんだねー」

「この町は商人の通り道、と呼ばれるほど多くの人が訪れ物品の仕入れや交換などが行われています。東へ行けば海、南へ行けば山なので特に食品が一番集まりやすい街でしょう」

「海ってなーに?」

「平たく言えば大きな塩水の池です。その規模は広く、草原のようにどこまでも続いていきます」

「へぇ、いつか見てみたいなぁ」

「冒険者になるのなら機会はいくつもあると思います」


 3人はマーケットを進み、ある区画へと足を踏み入れると客層も店の雰囲気も途端に変わった。


「ここが冒険者の装備を扱うお店が立ち並ぶ通りです」

「おお! 冒険者の人がいっぱいだ!」


 顔を晴れ模様にしてロゥは通りにいる老若男女の冒険者、彼らを相手に自分の商品がいかにすごいか熱弁する店の店主たちに目を輝かせる。

 各店先には自慢の武器、防具を並べ客足を引き寄せようとしている。

 その中でも一番客引きに成功しているの店にはたくさんの冒険者の人だかりができていた。


「さぁ、御立合い! この剣はミスリルを含んだ合金で作られた一品! こちらの槍は世界樹を使った良く撓って耐久性が高い!」


 大柄な店主が両手に武器を掲げている。

 彼が商品を取り出すたびに観客たちは目を光らせる。

 時には即座に購入を決め、その光景によって他の客も購買意欲を上げていく。


「やあ、坊やも冒険者かい?」


 店主がロゥに目を付け、周りに聞こえるように問いかけた。


「そうだよ!」

「それなら、これはどうだ? ドワーフの職人が龍の息吹で鍛えた短剣だ! 小柄なお子様なら十分な性能で成長しても腰に差しておけばいざっていうときに役に立つ!」


 店主はロゥに件の短剣を渡す。

 鞘に収まった短剣を引き抜くと黒塗りの刃が太陽の光を反射した。


「でも、これ軽いよ?」


 子供のロゥが軽々扱っている。店主は予想通りの反応に口元に笑みを作った。


「そう! そうなんだ! この刃渡りの割には重さは皆無! 女性にもお勧めだよ! どうだい坊や、買ってみないかい?」

「こんな軽くてすぐ折れたりしないの?」

「だーっはははは! もし坊やがその短剣を曲げられたら代わりにもっといい短剣をタダであげちゃうぞ!」

「ほんと!」

「ああ、もちろんさ! 商人は嘘ついたら廃業だ!」

「それ」


 ぐに。

 飴細工のように短剣の刃が湾曲した。


「ほげぇ……っ!!」


 その光景に店主の目は零れ落ちそうなほど見開かれ、空いていた口は脱臼しかける。

 周囲の客たちにもざわめきが生まれ波のように広がっていく。


「曲がったよ!」


 店主に見せびらかすように波を打っている短剣を掲げた。

 ロゥを子供だと侮り迂闊なことを言ってしまったのが商人の運のつきであった。魔力を纏うだけで岩をも砕く力を出せるロゥにとって薄く延ばされた鉄の刃物は粘土も同然だ。


「…………はは、ははは。すごいねぇ…………、じゃあ、これ…………どうぞ」


 店主は店頭で一番目立つ棚に飾っていた短剣をロゥへ差し出だす。

 その顔は力なく笑みを作り、そこはかとなく全身が真っ白に燃え尽きた灰の如く生気が霧散していた。


「やったー! ありがとう、おじさん!」


 ロゥは嬉しそうに短剣を胸に抱え、軽やかな足取りでその場を後にした。



 新居は街の一般的な住宅街の一角だ。

 遠くからは商店の立ち並ぶ通りの賑わいが聞こえてくる。


「ここが今日から僕たちの家なんだね」

「はい。町の暮らしに馴染みやすいよう、平均的な住居となっています」


 ロゥたちの新居に並ぶ住宅はどれも似たような作りで、レンガ造りの2階建てだ。

 生家が木造だったこともあり、ロゥとアネモネは珍しそうに新居の中を眺めていた。


「1階はリビングとキッチンに寝室が1部屋。2階は部屋が3つですね。どの部屋を使いますか?」

「じゃあ、2階の一番左の部屋にしようかな」

「やっぱり、部屋は3人別々なのかな?」


 アネモネが肩を落とす。


「アネモネ、1人で寝るのがさみしいの?」

「え、うん。さみしくなったらロゥくんのお部屋に行ってもいい?」

「いいよー、また読むくなるまでお話ししようよ」


 ロゥの言葉に笑みを浮かべ、アネモネは暗かった表情が一転し上機嫌になる。


「じゃあ、私は2階の真ん中、ロゥくんの隣の部屋にする」

「メリッサお姉さんは2階の右でいい?」

「私は1階の部屋にしようと思います。メイドの仕事をするのにキッチンが近い方がよいので」

「わかった」

「では、荷物の整理をしてご夕食を用意します」


 その日は街への移住祝い、そしてこれから街で楽しく過ごしていく祈願を込め、普段よりも豪勢な夕飯となった。

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