6-6.冒険者ギルドにて
冒険者ギルドは酒場と併設し、依頼を終えてすぐに酒が飲めるようになっている。
「すみません」
「はーい」
カウンター越しに子供の声が聞こえた。
冒険者ギルドには子供の冒険者も在籍しており、小遣い稼ぎに採集や職人の手伝いを請け負うことはよくあることだ。
この日もどこかの子供冒険者がそんな依頼を壁から剥がしてやって来たと思い受付嬢はカウンターから顔を出した。
「あら、初めてのお客さんね」
「冒険者登録と魔物の素材の買取をお願いします」
カウンターには獣人の少年がちょこんと立っていた。
彼の手には買取してもらう素材が入っていると思しき袋が握られている。
慣れた感じで受付嬢はすんなりと手続きの準備を始めた。
「はい、じゃあ、お名前かけるかな?」
「うん」
獣人の少年はペンを渡され、書類に名前を書く。
そこには『ロゥ』という名前が記される。
「ロゥくんね。じゃあ、これが冒険者の証よ。首からかけておいてね」
鎖に繋がった小さな金属の板を渡され、言われるまま首にかける。
金属の板には魔法陣に使われる妖精文字が使用されており、ロゥには読めなかった。
「冒険者ギルドの説明するね」
「はーい」
受付嬢は子供が分かりやすいようにかみ砕いた言い回しで説明を始めた。
ギルドの壁に貼られた依頼書を受付まで持っていけば依頼を受領でき、壁の依頼書はどのランクでも受けることができる。
仮に魔物の討伐を子供が受けることは可能だが受付で再三に渡り警告をされるので実際に受ける人間はそうはいない。
子供は基本的に採集や職人のお手伝いを中心に活動しており、身体が成長すると下位の魔物の討伐や熟練冒険者に交じって高位の依頼を経験するのが通例だ。
倒した魔物の討伐部位を持ち帰れば討伐系の依頼は完了となる。魔物には買取できる部位が存在し、討伐部位以外にも持ち帰る冒険者は多い。
「持ってきた魔物の素材って依頼を受けてない魔物なんだけど買取してもらえるの?」
「ええ、できるわ。たまにだけど偶然手に入れたりしたのを持ってくる人だっているわ」
「そっか、なら良かった」
ロゥは持参した素材が買い取ってもらえることに安堵する。
「ギルドの説明が終わったら見るからね」
「はーい」
ここまでの説明は中級冒険者までの話だった。
上位の冒険者になると名が知れ渡り、実力も信頼できるものになっている。
そうなると壁の依頼書ではなく、ギルドからその冒険者に声がかかる。ギルドは高難易度の依頼書は壁には貼らず、手隙や適任の冒険者にその依頼を斡旋していた。
ギルドから高難易度の依頼を斡旋してもらうことで一流の冒険者として認められる風潮にある。
例外として適任者が特殊な依頼を斡旋してもらう場合もある。死霊系の魔物の討伐にシャーマン一族出身の冒険者に声がかかる、等の事例が過去にあった。
ギルドから声がかかるのはギルド内と冒険者間での知名度や話題性が大きい。名を上げなければ実力があってもギルドから声がかかることはないのだ。
そのため、冒険者たちは自分の活躍を声高々に話し合い、有力な人間と組みたい冒険者は他者の情報を積極的に聞く情報交換がギルドや酒場では盛んにおこなわれていた。
「ロゥくんはまず採集とかお手伝いから初めて、大きくなったら魔物の討伐に連れてってもらうといいわね」
「うん」
「命を優先してね? お姉さんとの約束よ?」
「はーい、約束するー」
ギルドの説明が終わり、次に魔物の素材の鑑定に移った。
受付嬢の隣には鑑定士の女性が並び、鑑定と査定を同時に行う。
「はい、じゃあ、僕、魔物素材を見せてもらえる?」
鑑定士に促されロゥは持参した袋をテーブルの上に置いた。
袋の中身を見ると鑑定士の動きがピタリと止まる。
「先輩、どうしたんですか?」
受付嬢が不思議そうに鑑定士の方を見ていると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……僕、この素材どこで手に入れたの?」
「道を塞いでたから倒したんだよ」
「え、倒した?」
「うん、魔術でぼかーんって」
ロゥは自身の細腕で殴るしぐさをする。
「そう、なんだ?」
「……まあ、いいわ。鑑定を進めましょう」
2人は確認する術がないのでひとまず鑑定を進めることにした。
鑑定士はそういうと素材を並べ、横に買取一覧表と魔物の生態を記載した本を置いた。
ロゥが持ってきた素材は基本的に肝系だ。
肝臓、心臓を乾燥させた薬の材料になるもの、魔物体内に発生する結石は龍涎香と呼ばれ高級香水の元になる。
どちらもドラゴン種からしか採れず、なおかつ適切な処置を行わなければすぐにダメになるものだった。
鑑定士がひと匙あたりの価値を提示し、受付嬢が計りで何匙分なのかを計算する。
計算が進むにつれて受付嬢の顔色がどんどん青くなり、最終的には白くなった。横にいた鑑定士も額に汗を浮かべ本のページをめくっていく。
「金貨39枚と銀貨91枚に銅貨8枚…………ほぼ金貨40枚ね」
「それってすごいの?」
「……鍛冶屋で一番高い剣と盾と鎧が買える上に血統種付きの馬も付けられるわ」
ロゥは「ふぅん?」と、生返事をしており、あまり価値がわかっていなかった。
おおよそ銀貨一枚はこの国では平均的な日当であり、金貨1枚は銀貨100枚の価値と等しいので、年収は金貨3枚と銀貨50枚が相場になっている。
つまり、ロゥは一般的な職業についている人間の年収11年分を手にしたことになる。
貨幣の価値をまだ理解していないロゥには目の前に積まれた金銭が多いのかすらの判断ができないでいる。
ちなみに銅貨10枚で銀貨1枚の価値だ。
「あのね、お父さんかお母さんを連れてきてくれないかな?」
子供に持たせる金額ではないため保護者に渡そうと考えた受付嬢だが、ロゥは首を横に振った。
「お父さんもお母さんもいないよ」
「え……あ、ごめんなさい……」
思わぬ事実に面食らう受付嬢。鑑定士は彼女のわき腹をカウンターの陰から突っつき、目で「怯むな」と訴えかける。
「うぅ、えーっと、知り合いの大人の人っているかな?」
「メリッサお姉さんならいるよ!」
「その、メリッサお姉さん? に一緒に来てもらえるかな?」
「うん」
ロゥが入口の方に向かい手を振ると雑踏の中からメイド服を着た女性がカウンターまで近づいてきた。
「どういたしました?」
「受付のお姉さんが大人の人を呼んでって」
「そうでしたか。ロゥ様のメイドをしているメリッサと申します。ご用件を伺います」
「メイドさんだ……」「……メイド」
受付嬢と鑑定士はメイドの出現に驚き、ハッとした様子で業務に意識を傾けた。
「えーっと、持ち込まれた魔物の素材を換金した結果これくらいになりまして……」
「そうですか」
提示された数字は熟練冒険者でも1回の依頼で手に入れられる金額ではない。
それこそギルドからの特別依頼を受けて、命を懸けで貰える報酬でなければ得られることはできないものだ。
その金額を目にしてロゥ共々メリッサと呼ばれたメイドの反応は淡白なものだった。
「そうですかって、これだけの大金なんですよ?」
「ロゥ様も私も金銭に興味はありませんので、必要最低限の金額だけ受け取り、あとはギルドへ預けることは可能でしょうか?」
「は、はぁ……。お預けいただくのは大丈夫です、と言うかその方がいいと思います……」
「よろしくお願いします」
恭しく頭を下げ、ロゥとメリッサはカウンターを後にした。
残された2人は肩の荷が下り、ドッと疲れが押し寄せてきて椅子に深く腰掛けた。
「つ、疲れた……」
「なんなのよ、あの2人。しばらく遊んで暮らせそうな金額目にして興味ない感じで……」
「実はどこかの王族とか?」
「あー、国を追われて命からがら跡継ぎと御付きのメイドだけ逃げ延びて、復権のための旅をしている的な感じですか」
「そうそう、それで逃げる前に有能メイドが路銀になりそうなものを宝物庫から持ち出していてここで換金した、みたいな」
「あるあるーって、いやないですよ(笑)」
「そうよねー(笑)」
その後、ロゥたちの身の上の妄想に花が咲いているところを上司に見つかり2日残る拳骨を落とされた2人だった。




