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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
冒険者のロゥ
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6-5.商業都市サウス

 視界一杯に緑色が広がる広大な草原。

 その草原のど真ん中、前後左右見渡しても人も魔物も見当たらない場所にピクニックシートを広げてお茶会をしているメイドが2人いた。


「はい、ティー。次はスコーンよ」

「ん」


 長身のメイド、カエデが手に持ったスコーンを相棒の小柄なメイド、ティーの口元へ運ぶ。

 ティーは促されるままスコーンを頬張り、まだ飲み込まないうちに次のスコーンに手を伸ばす。

 みるみる内にスコーンが収まったバスケットは空になり、カエデは空のバスケットをどかした。

 彼女たちの周りにはいくつもの空のバスケットが転がっている。


「待って、新しいの出すわ」


 カエデは席を立つと、ピクニックシートからすぐ近くにできている水たまりまで歩いた。

 彼女は水たまりへ手を浸け、濡れることはお構いなしにさらに手を奥へと沈める。

 そこまで深くはないはずの水たまりに肘まで水たまりに浸かる異様な光景だった。

 彼女が腕を持ち上げると何も持っていなかった手にはスコーンが収まったバスケットが握られている。

 そして、一滴たりとも濡れていなかった。


「はい、新しいのよ。どうかしたの、ティー?」


 食べ物に反応を示さない同僚を不思議に思い、カエデは疑問口調で相棒の名前を呼んだ。

 呼ばれた本人は草原の一方をジッと見つめている。視線は草原の地平線よりも向こうの遠くに注がれている。


「失敗した」

「あらあら、残念」


 ティーの短い言葉の中から意味を理解したカエデはちっとも残念そうな様子もなく、バスケットを持ってティーの側に腰を下ろした。


「あの盗賊たち、あれだけ丁寧に情報を流してあげたのにどこに失敗する要素があったのかしら?」

「普通に殴られてた」

「はぁ。所詮は野蛮な猿、男なんてみんなバカなのね。人質を取ったりする知恵はないのかしら」


 それに引き換え、と口の中でつぶやき、いつまでも草原の彼方を見ているティーの頬にカエデは手を添えた。

 ティーが彼女の方に振り向くと、愛おしいそうに自分を見ているカエデが目に映る。


「おなか減った」

「うふふ、どうぞ。あーん」


 どんどんスコーンを口に詰め、ハムスターのようになっている相棒を眺めながらカエデは口元に笑みを作る。

 いくら見ていても飽きない、とうっとりした表情を浮かべている。


「次、なにするの?」

「まあ、あの盗賊たちのお陰でターゲットの目的地はおおよそ推測できたから次はそこね」

「騎士団の南東支部がある町?」

「ええ、食べたら行きましょ」



 道中、盗賊の一味は反抗することもなく無事に『商業都市サウス』へと到着した。


「助かったよ坊や。少ないけどこれお礼だよ」


 ロゥたちの乗っていた乗合馬車の馭者ぎょしゃが金銭の入った袋をロゥへと渡した。

 その重さは控えめに言っても多い。


「いいの? たぶん、馬車に乗ったお金よりも多いよ?」

「ああ、みんなでカンパし合ってね」


 そう言って馭者の後ろを見ると乗員乗客の人々が笑顔で頷いていた。


「わぁ、ありがとー!」

「それじゃ、俺たちはこれから門にいる騎士へ被害報告とコイツらを引き渡しに行くよ。またのご利用お待ちしてます」

「またねおじさん!」


 旅を共にした人々と別れ、ロゥたちは早速騎士団南東支部へと向かう。

 国の中でも商業の起点とされる町だけあり、周囲には石壁が建築され出入りには東西南北に存在する門を通らなければならない。

 加えて、戦後の混乱期には様々な事件やトラブルが多発したため身分証の提示が義務付けられている。

 身分を証明できない者は入ることができない。身分証を別の町で発行するか、町にコネクションを持つ有権者に紹介状を書いてもらうしかない。

 ロゥたちはロザリアからの紹介状を門番に見せるとすぐに町へと入れてもらうことができた。


「ほへー」


 ロゥは一番高い建造物、騎士団南東支部の高さに驚き声を漏らす。


「あんな大きな建物は初めて見るよ」

「森じゃ見られないよね」


 お上りさんのロゥとアネモネは町の大きさに圧倒される。


「まずはロザリア様の紹介状を見せて住居の手続きを致しましょう」


 町の中央に聳える騎士団南東支部。

 1階には人々が陳情するための受付が設けられ、日中は扉が解放され誰でも中に入ることができる。

 整理番号が書かれた紙を受け取り待つこと10分、3人はカウンターへ案内された。


「お待たせしました。生活相談課移住福祉係のプラムと申します。紹介状を拝見し、森からの移住希望者の方ですね」


 小柄な女性職員プラムがメリッサを相手に手続きを進めていく。

 彼女はロザリアたちが着用していた服とはまた違う、非戦闘団員の制服を身につけている。制服には階級章がなく、剣も携帯していなかった。


「まず当面の間は手当が出されます。

 成人されているメリッサさんは私たちの方で職を斡旋できますね。

 未成年の方々はまずは希望頂ければ職業訓練や学校へ通うことができるので将来どのような職に就くかを考えて進む道をお選びいただくのがよろしいかと思います。

 現時点で皆様のご希望はございますか?」

「私は通いでメイドの仕事がありましたら斡旋をお願いします」

「僕は冒険者になりたい」

「私は回復魔術を使えるので病院か教会で見習いをしたいと思います」


 プラムは3人の希望を書類へ記載し、大きな紙束を取り出して手慣れた様子でめくり始めた。


「メリッサさんはこちらなんかいかがでしょうか。集合住宅通りの清掃ですね。

 1週間に1回ここの通りにある建物を清掃する仕事です。建物の数が多いので7分割して、その分割した区画を1日掃除するのをローテーションすれば無理なくできると思います。お給金も通いでメイドをするよりは高いので支給される手当と合わせれば安定した生活はできると思います」

「質問をよろしいでしょうか?」

「はいどうぞ」

「もしも、その清掃が早く終わった場合、余った時間は別の仕事を斡旋して頂けるのでしょうか?」

「可能です。でも、本当に建物が多いのであまり無理しない方がいいかもしれません」

「わかりました。一応、お聞きしておきたかっただけですので」


 メリッサは2枚の紙を受け取った。

 1枚は雇用条件や支給される賃金などが書かれたもの、もう1枚は騎士団から発行された斡旋状だ。


「これを持って依頼主を訪ねてください。仕事はいつから始めますか?」

「明日からお願いします」

「はい、依頼主には明日訪問することを伝えておきますね」


 手元の書類に記載を済まし、再び大きな紙束をめくる。


「アネモネさんは回復魔術をどの程度使えるんでしょうか?」

「えーっと、比べる人がいなかったので程度がわかりませんが、少しの怪我ならすぐ治せます」

「ふむふむ、かなり優秀ですね。かすり傷を治癒できるまで1年以上の修練が必要なんですけど、その歳でもう怪我を治せるとなると将来は期待できますね」

「そ、そうですか……」


 アネモネは内心焦った。

 自分の能力はロゥのためだけにある。ゆえに回復魔術を提供するのは人々の中に溶け込むためにしょうがなく行っているのだ。

 もしも、自分の魔術が社会に貢献し、注目を浴び、自分の意志で使用できないような状況に置かれることは避けたかった。

 あくまでロゥが優先。目の前で幼子が怪我をしようが老人が危篤に入ろうが国王が死にかけようが、ロゥと天秤にかけなければいけない状況になったら間違いなく、迷いなくロゥを優先するのがアネモネの掟だ。

 自分がロゥを優先した結果、ロゥがこの国にいれなくなってしまったり、ロゥに剣が向けられることは避けなければいけない。

 自分と言う存在がロゥの足かせになってしまうのは絶対にありえてはいけないのだ。

 その最悪の事態を回避するためアネモネは自分の能力を平凡か平均以下に偽るつもりだったのだが、のっけから危うい状況になりかけており冷や汗が背中を伝う。


「で、できれば見習いや雑用から始めさせてください。今の魔術は自己流で間違ったところもあるかもしれないので、1から習得して正しい方法を身につけた方が良いと思うんです。なので、さっきの自己評価は忘れてください…………」

「ふんふん、謙虚で勤勉。これはますます将来有望ですね!」

「あぁ……」


 頭を抱えたくなった。

 自分の意志とは裏腹に国に仕える騎士団の一員に高評価を得てしまった。

 穏便に平穏に平凡に! ただそう願っているのにも関わらず思い通りになってくれないのは人生の難しいところである、と幼いながらにアネモネは痛感する。


「この町で一番大きな病院をご紹介しますね。こちらを持って病院を訪ねてください」

「……はい、ありがとうございます」


 プラムは分厚い紙束をしまい、代わりに一枚の紙を取り出した。


「はい、冒険者になる前に必要なものを揃えてね。ギルドに行くと優しく教えてくれるから」


 ロゥに手渡された紙には「はじめての冒険の前に」と題された子供向けのパンフレットだ。

 冒険をする前に準備する物の一覧、実際に冒険で気を付けることが書かれ、加えて必要な物が売られている焦点の位置が明記されてあった。


「以上で手続きは完了となります。また町で困ったことなどがありましたら生活相談課を訪ねてください。いつでもお待ちしております」

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