6-3.vsブレイン・ドラゴン
物語の中に幾度も現れる魔物の生態系の中で上位に位置する種族ドラゴン。
その姿は雄々しく猛々しい。鋼のような鱗、容易く岩壁を削る爪、空の王者としての象徴である翼。そして何より喉元に輝く1枚の逆鱗がその魔物がドラゴンであることを証明していた。
「ヒト」
ドラゴンは魔物の中でも有数の知能を誇る種族だ。
言語を理解し、意思の疎通が可能な個体も存在する。
「しゃべったー!」
ロゥは感動のあまり声をあげた。
万人の冒険者が憧れ億人の人が恐れる存在、その威風堂々とした風体は雄大なる自然界に君臨する生物の頂点に相応しい姿だった。
「これは、大物が出ましたねぇ」
シトロンはメリッサたちが使った爆竹に似た赤い筒を取り出した。
何個も小さな火薬袋が連結した爆竹とは異なり1つの筒で、彼が握り潰すと破れた包装の隙間から白い煙が立ちこめた。
狼煙だ。白い煙が女性3人に対し退去を知らせるための手段である。
「ロゥくん、彼女たちが逃げるまで時間を稼ぎますよ」
「はーい」
ドラゴンは2人を見据え、飛翔するわけでもなく羽を広げた。
「ヒト コロス」
ドラゴン・マンイーターを率いたドラゴンはブレイン・ドラゴンという種類だ。
魔物は同じ種族で群を作るが、ブレイン・ドラゴンは他の種族を配下にして縄張りを形成する特徴がある。
「ナワバリ アラス コロス」
ブレイン・ドラゴンは小さな山ほどもある巨体を捻り、腕を振るう。
即座にロゥとシトロンはその場を離れた。ブレイン・ドラゴンの爪により地面がひっくり返り、一撃によって地形を変えてしまう。
「『アイアン・フィスト』!」
魔力の密度を限界まで集約させた拳をブレイン・ドラゴンの巨体へ叩き込む。
さしものドラゴンでもロゥの一撃にその巨体を揺るがせた。
「コシャク!」
怒りのままにブレイン・ドラゴンは腕を振るうと地面が抉れ、岩を砕き、砂埃が舞い、腹の底に響く重い破壊音が岩山を包み込む。
ブレイン・ドラゴンの一挙一動が周りの環境を変えるほどの威力があった。
「うわ、あぶな!」
飛来する礫が風を切って通り過ぎて行く。
これに当たれば致命傷は避けられず、掠っただけれでも大怪我を負うだろう。
シトロンは一定の間合いを保ちながらブレイン・ドラゴンを考察する。
「(あの腕に当たれば即死、良くて致命傷、それに加えて余波による石や土による中距離攻撃。近くことすら困難のこの状況ですが……)」
昨晩、メリッサとの会話を回想する。
『シトロンさんはロゥ様と距離を置いて戦ってください。
シトロンさんの『黒帯』、通常状態では体に纏い鎧や筋力の増強が目的だと思いますが、その気になれば伸ばして敵を拘束することも可能なはず。
魔力が篭った物の形や性質が変わったりするということはおそらく地系統の能力、ほかの系統よりも搦め手が得意であり修練を積んでいれば火系統の出力にも負けないバランスの良い系統。
ロゥ様が攻撃役でシトロンさんが撹乱などの補助役に別れて戦うのが効率的でしょう。
ドラゴン・マンイーターを統率する魔物が大型の同種族だった場合でも撤退するための時間を稼ぐには十分かと思います』
シトロンが彼女へ話した自身の能力に関する能力の情報は『形を自由にかえることのできる『黒帯』を使う』という点のみだった。
他に彼女が知り得るとするなら、森でヘンディの攻撃を正面から受け切った、という話だけだ。
その話からシトロンの系統を言い当て、『黒帯』の使用方法を推察したメリッサの洞察力をシトロンは高く買っている。
事実、ドラゴン・マンイーターの対策は的確であり、ブレイン・ドラゴンに対して彼女が考えた戦略は有効だ。
それを証明するためにシトロンは袖から伸びた『黒帯』が振り上げられたブレイン・ドラゴンの腕に絡まり行動を静止する。
「ジャマダ!」
振りほどこうとするも絡まった『黒帯』は解けず、シトロンは足が地面にめり込むまで踏ん張り隙を作った。
ブレイン・ドラゴンは体を回転させ尻尾で彼を轢殺しようとするが、ロゥが邪魔を挟む。
「もう一度『アイアン・フィスト』!」
ガラ空きになっていた顔面にロゥの拳が命中し、ブレイン・ドラゴンが揺れた。倒れこそしなかったものの、動きが鈍くなりダメージが通っていることがわかる。
「(通用しますね。だが、調子の良い時ほど慎重になった方がいい。欲張らず、撤退できそうになったら引きますか……? 悩みどころですね)」
「うりゃりゃりゃ!」
均衡していた攻防が崩れ、ロゥはさらに攻撃を加える。
連続攻撃にブレイン・ドラゴンは防戦一方となり、次第に追い込まれていく。
「うりゃ!」
強めの一発を顔面に叩き込み、ついにブレイン・ドラゴンは地面を転がった。
ブレイン・ドラゴンが体を起こすと巨大な体躯からは石や砂が零れ落ち、鋼のように美しかった鱗は血と砂が混じった泥で汚れていた。
縄張りを荒らされ、低級な存在の人に地を舐めさせられる屈辱に憤怒する。
「オノレ!」
翼をはためかせ辺りに突風が吹き荒れる。同時に体にこびり付いた血や砂が剥がれ、風に乗って散っていく。
気をつけなければ飛んでしまいそうな風圧がロゥとシトロンに襲いかかる。
「ハナレロ!」
未だに腕にまとわりつく『黒帯』を強引にシトロンごと払い、体を宙に放り出された彼は弧を描いて遠くの岩に激突した。
あまりの衝撃にぶつかった岩が砕け、シトロンは土埃の中に消えていった。
「ツギィ!」
ロゥを跡形もなく砕き散らそうと腕を振るうが、彼は体を包んでいた魔力を膨張させ、ドーム状の魔力に包まれる。
押し寄せるブレイン・ドラゴンの腕が魔力のドームに命中するもビクともしない。
「行くぞ!」
黒い魔力は霧散し、中からロゥが飛び出す。
その姿は『擬獣化』により変化した右腕と背中から生えた尾によって半身が獣の姿となっていた。
『擬獣化』は体を魔力によって獣へと変貌させる能力であり加えて、人を超えたロゥの拳は先と同じ技であっても比較にならないほど威力が上昇する。
「『パイル』……」
「ムダ!」
ブレイン・ドラゴンはロゥの腕に先ほどまでとは比べ物にならないほどの魔力が集まっているのに気づき、翼を広げ空へ逃げようとした。
「いけませんねぇ」
身体中を砂や泥で汚したシトロンが身の丈以上もある岩を担いでいた。
その岩を助走をつけて渾身の力で投げ放った。
「ナニ!?」
今まさに飛び立つ瞬間に、放物線を描くことなく一直線に突き進む岩がブレイン・ドラゴンへ命中した。
「コシャク!」
「ロゥくん、首にある色の違う鱗を狙ってください! 弱点です!」
ロゥは好機を逃すまいと魔力の尻尾を地面に叩きつけ推進力を生み、腕に纏った魔力を放出する。
「『バンカー』!」
狙い通り逆鱗に拳が当たりブレイン・ドラゴンの首は引きちぎれた。
砕けた鱗と真っ赤な鮮血が空に舞い勝利の狼煙となる。
☆
「ドラゴンは捨てるところなし、と言われるほど体のどこを取っても利用価値があります。
鱗は防具や装飾品にもなり、骨と角は武器、牙は武器以外に家屋の一部、肝は万能薬として知られ、特に心臓は滋養強壮効果が高く貴族が大金を積んだりします」
メリッサが巨大なドラゴンの死体を前に説明した。
「ロゥ様、そのまま真っ直ぐお腹を割いてください」
ロゥはメリッサの指示に従い、魔力によって強化された腕で解体包丁を用いてドラゴンの解体をしていた。
ドラゴンは皮膚が固く骨や筋肉も丈夫なため、並の職人には難易度は高いのだがロゥは力技で解体を進める。
「多少雑になっても素早く処理をしましょう」
一方、アネモネ、シトロン、トロワは穴を掘っている。
ドラゴンから素材をはぎ取った後に死骸を埋葬するためのものだ。
「結局、また、私は、なんの、役にも、立ちませんでしたね!」
一人穴掘りを熱心にやっているアネモネは気合と共にスコップを振るい、その姿にトロワは関心を覚える。
「アネモネちゃん、まだ小さいのに一生懸命働いて…………私も負けてられませんね!」
3人で穴を掘っているがドラゴンを埋めるだけの穴となるとかなりの重労働だ。
解体が終わり次第ロゥが手伝う手筈となっている。
「いや、勿体ないですねぇ。低級とは言えドラゴンなら全身売れば小金持ちにはなりますからねぇ」
「私たちだけだと運べる量も少ないですし、目立つのを避けるならこの町じゃ売れませんから」
「ですよねぇ」
死骸に魔物が寄ってこないようにだいぶ深めに穴を掘り、アンデッド防止に残った部位は火で焼いて灰にした。この時、骨は丈夫で簡単に灰にはならないのでロゥが拳骨で砕く。
「魔物がいなくなったので、あと数日もすれば道が使えるようになるでしょう」
「それまでは宿で待ちながら必要なものを買い揃えて置きましょうか」
日が暮れる頃にようやくすべての作業が終了した。
「よーし、終わった! ん?」
「どうしたのロゥくん?」
ロゥはブレイン・ドラゴンの死骸を埋め終えると、1匹の魔物に気がついた。
「あれスライムかな?」
透明な体に浮かぶ2つの感知器官を持つ魔物、スライムだった。
丸い2つの感覚器官は透明な胴体の中を漂いロゥとアネモネを『見て』いた。
初めて見たスライムに興味を持ったロゥはおもむろに近づき距離を縮めていく。
「ぴぴ」
透明で丸い体にある2つの感知器官がくりくりと動き、まるで目のようだ。
感知器官を目と思えるようになると次第に愛嬌がある生物に思えてくる。
「ほら、おいでー」
ロゥはあと1歩ほどの距離で手招きすると、スライムは彼の言葉に応じるかのように近寄ってきた。
「ぴぴ」
ジェル状の体が指に触れるとヒンヤリとしていた。
ロゥに抱えられるもスライムは大人しく彼の腕に納まる。ぷるぷるとした肌触りが気持ちよく、つい頬ずりをしてしまう。
「きもちー」
「気持ちいいの?」
アネモネが恐る恐るスライムを触ろうとする。
スライムはアネモネが伸ばす指を2つの感覚器官で見つめ、ジェル状の体を変形させて絡みついた。
「うひゃあ!」
突然指に纏わりつかれ驚いて変な声を出しながら指をひっこめた。慌てて彼女は自分の指を確かめるがなんともない。
「はは、アネモネ驚きすぎだよ」
「お待たせしました。そろそろ夜になりますので帰りま……それは?」
メリッサはロゥの抱えるスライムを見ると首を傾げる。
「スライムのスーちゃんだよ」
「……名前付けたんだ」
ロゥの差し出すスライムを不思議そうに見つめるメリッサ。
「これは、元からいた魔物でしょうか?」
「そのようですねぇ」
スコップを肩に担いだシトロンも話に加わる。
「ブレイン・ドラゴンのように他種族を支配下に置く魔物はその土地の生態系を変えてしまうんですよ。
そのスライムも追い出された口でしょう。ロゥくんがブレイン・ドラゴンを倒したのを見てお礼をしたかったのではないでしょうか」
「そうなの?」
「ぴぴ」
ロゥはスライムの鳴き声がどことなく、肯定しているような気がした。
「へへ、どういたしましてー」
「ぴぴぴ」
頭(?)を撫でるとスライムは気持ちよさそうに体を左右に揺らす。
「それでは町へ帰りましょう」
「はーい」
「スライムは置いていきましょう」
「え、ダメなの?」
「はい。町に魔物を入れてはいけません」
残念そうにスライムを見つめる。
「じゃあ、逃がしてくる……」
出会った場所まで歩きスライムを手放す。
スライムはロゥを見つめ、2つの感覚器官がぱちぱちと瞬きをしているようだった。
「そんな顔で見ないでよ……あ、そうだ」
ロゥは魔力を手に込め、吸い込まれそうなほど黒い結晶を生成した。
「はい、これ。友達の証だよ、スーちゃん」
「ぴぴ?」
黒い結晶をスライムの頭(?)の上に置くと、器用に体をよじり2つの感覚器官で眺めている。
「ばいばい」
名残惜しそうに手を振るとロゥはその場から立ち去る。
「ぴぴ?」
黒い結晶がスライムの中へと侵入し、スライムは自分の中に異物が入ってきたことに驚いて鳴き声をあげる。
どこか心地よい感覚が体を通り過ぎ、気が付くと体内に侵入していた黒い結晶はどこかへ消えていた。
「ぴぴ…………ろぅ、くん」
スライムはロゥが歩いて行った方をジッと見つめていた。
本来なら土曜更新分と今回の話は1話にするつもりだったのですが、未熟ゆえ1話では長すぎ、2話だと短すぎだったので短い期間で連続投稿にしました。
多分、来週の月曜も同じことします……。




