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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
貴族のトロワ
35/79

5-8.2人の約束

◇◆◇お知らせ◇◆◇

7月中に1章〜4章のサブタイトルとあらすじを変更しました。

本文の修正は行ってませんので、これまでのお話に変化はありません。

これからも本作品をよろしくお願いします。

 ポップは姿を消し、ヘンディは騎士団拠点へと担ぎ込まれた。

 翌朝になってもヘンディは立つことすらできなかった。魔力切れの症状である頭痛、虚脱感、慢性的な喉の渇きに常に苛まれている。

 トロワはそんな彼に付きっ切りで看病し、朝になる頃には彼女の目の下には大きなクマができており、ほとんど睡眠をとっていないことがわかる。


「少し休んだらどうだい?」


 朝食の場でロザリアは疲労困憊の彼女に言うが、トロワは首を横に振った。


「いえ、ジッとしていると返って気が滅入ってしまいそうなので……」


 ポップの裏切りは彼女に深い傷を残した。生まれてからずっと姉のように接し多忙な両親よりも顔を合わせていた存在を失い、胸に大きな穴ができた気分だった。

 しかし、それでも彼女は気丈に振舞い続けられるのは兄のように想っていたヘンディが一命を取り留めたからだった。


「3日後には搬入業者が来るだろう」


 朝食の場にはロゥたち3人、トロワとシトロンを加えた計5名が集められていた。

 ロザリアは彼らに業者への説明と依頼金は騎士団の方で保証すること、業者の日程と行先、ロゥたちが都に着いた後の段取りに関しての説明する。


「トロワ嬢たちはどうする?」

「私たちはロゥくんたちと途中の町までは一緒に行きます。そこから別の乗合馬車を使って帰ろうと思います」

「暗殺の失敗に陰謀の証拠まで捕まれトロワさんの地盤は盤石。大手を振るって帰れるわけですねぇ」


 シトロンは表向きはトロワを屋敷まで連れ戻す依頼を受けていた。

 暗殺者という裏家業の人間を拠点へ置くことに難色を示す団員が数名存在していたが、シトロンがカバンから大量の酒類を取り出したことで満場一致で可決されている。


「ロゥくんたちは騎士団の南東支部でプラムという女性を訪ねてくれ。私の書いた紹介状を見せれば森からの移住者ということでスムーズに住居の手配が行われるだろう」

「うん、わかった。ありがとう、ロザリアお姉さん」


 時間はあっという間に過ぎていった。

 前日にはささやかながらロゥたちのお別れ会が催された。

 一同がシトロンの持ってきた酒に酔いしれ、メリッサの拵えた料理を堪能している。

 そんな喧噪の中、数人の騎士たちがメリッサに花束を渡した。

 彼らはメイド同好会の同志一同だ。森でのむさ苦しい生活の中に現れた清涼剤的存在のメリッサの門出を残念に思いつつも祝おうと全員で考え、花束を贈呈することになったのだ。

 メリッサは花束を受け取り、代表の男が照れくさそうに語る。


「俺たち花のことはわからなかったけど、精一杯選んだですよ」

「ありがとうございます。良い花です」


 苦労が報われ、メリッサ本人からのお礼を貰い男たちは浮足立つ。

 だが、メリッサは恋愛のいろはどころか、仕事以外で人間の心の機微を察することは壊滅的に下手だったのがこの騎士たちにとっては不幸だった。


「これは良い非常食になります」

「え?」


 代表の男は人生で最も間抜けな顔になった。それは後ろに控えたメイド同好会の同志たちも一緒だった。


「この花は毒性がなく、花弁、茎、葉、根までも食せる大変すばらしいものです。塩漬けにすれば長く持ちます。旅立つ前にこのような手土産を頂きありがとうございます」


 彼らにとって垂涎もののメイドによる優雅かつ上品なお礼が目の前で行われるも、メイド同好会の同志たちは顔面の筋肉を総動員して笑顔を取り繕ってそれどころではなかった。


「ど、どういたしまして!」


 代表の男の声は裏返っていた。

 そのすぐ近くではアネモネが体をゆらゆらと揺らしながらロゥの隣の席までやってきた。


「ロゥくん!」


 珍しく声を強めたアネモネがロゥに詰め寄る。口の中に料理を詰め込んだ状態のロゥは何事かと彼女の方を見やる。


「最近、なんで構ってくれないの!」

「アネモネ酔っぱらってる?」

「ねえ、聞いてるの? 聞いてよ! 私のこと構ってよ!」


 胡乱な表情に白い肌は赤く上気している。鼻の良いロゥは彼女から微かに酒の匂いを感じ取った。そして、彼女の持つ容器からは吐息と同じ匂いがした。


「私はロゥくんが幸せならいいの! でも、でもでも! ちょっとは構って欲しいの! ね? ね? 構って!」


 酔った勢いで積極的になった彼女は普段は表に出さない心の内をロゥへと吐露した。


「あ、うん。どうしてほしいの?」

「唾ちょうだい」

「え? なんで?」

「だって、ロゥくんの唾が私の中に入ってきたらずうっと一緒にいられるってことでしょ? ずっと構ってもらえるってことだよ?」

「ん? うん? そうかな?」

「そうなの! はい、あーん」


 アネモネはひな鳥が親から餌をもらうように口を開き待ち構えている。彼女の謎の説得力にロゥは屈し、望まれるまま彼女の小さな唇へ自分のものを近づけようとする。


「当て身」

「ぴ」


 アネモネの首筋に手刀が決まる。鳥のような声を上げてアネモネの意識は断絶された。ぐったりと力の抜けた彼女はロゥに抱き着く形で体を支えられている。


「あ、ししょー」


 手刀の主はヴァルサガだった。他の団員同様、彼女も酒瓶を持っているが顔色に変化は微塵もない。シトロンが持参したものは彼女にとって酔えるほど強い酒ではなかったのだ。


「ジュースと間違えたか。それにしても酒癖の悪い奴だ」


 幸せそうに眠るアネモネを見下ろしながら、彼女は呆れた様子で酒に口を付ける。

 大人が揃って口にし、アネモネが普段とはかけ離れた行動をする原因になったものにロゥは興味を覚えた。


「お酒っておいしいの?」

「飲むか?」


 ヴァルサガは酒瓶をロゥに渡す。


「舐めるだけにしておけ。お前が『ああ』なったら止めるのが厄介だ」


 彼女が指さした先には上半身裸になり殴り合いを始めている騎士だちがいた。その周りの人間は殴り合いを止めるどころからはやし立て、盛り上がっている始末であった。


「ぺろ……にがっ」


 ほんのひと匙程度の量を口に含みロゥは顔を歪めた。アルコール独特の渋みとも苦みとも感じる味に彼は不快感を示した。

 ロゥから酒瓶を取り上げ、ヴァルサガは再び酒をあおる。


「子供にこの味は理解できんか」

「大人になるとそんな苦いものが好きになるの?」

「私は成人前には飲んでいたけどな」

「えー、僕はたぶん好きにならないよ」


 大人たちは酒に執心しているため、あまり料理の数は減っていなかった。誰も興味を持っていないメインディッシュである肉をここぞとばかりに頬張り口直しをする。


「都に行っても鍛錬を忘れるな」


 ヴァルサガはロゥの隣に腰を下ろし、ギリギリ聞こえる程度の声で彼に告げた。


「うん、次はししょーに勝つよ」

「ふっ、10年早い」


 別の席ではロザリアとシトロンが酒を飲み交わしていた。

 互いに節度がわかる性分のため、他のテーブルよりも落ち着いた雰囲気になっている。


「ああ、コレ渡しておきますね」


 シトロンは懐から一枚のカードを取り出し、ロザリアへと渡した。


「それは、名刺か」


 そこには『殺し屋シトロン=バーフィ。殺しから護衛まで荒事を請け負います』と大きく書かれ、下の列には連絡先があった。

 ロザリアは眉間に皴を寄せ、頭痛を覚える。


「…………騎士に殺し屋が名刺を堂々と渡す輩がいるとはな」

「ここで会ったのも何かの縁ですし、何かあったら呼んでください。3割引きで請け負いますよ」


 虫も殺さなそうな気のいい男性という感じで話すが内容は物騒極まりなかった。


「紹介状があるから不問としているが、殺し屋は依頼を受けた時点で現行犯逮捕ができるんだぞ」

「表向き『発見及び保護』って書かれていますからね。おかげで私はまだ逮捕されなくて済みましたね」

「まったく、ここまで大っぴらな殺し屋は私は今まで見たことがない」

「皆さんこっそり仕事をしますからねぇ。私は色んな方と出会えたりお話したりするのが好きなので真似できませんねえ」


 酒瓶を傾け、まだ半分以上残っていた酒を飲みほした。しかし、彼の顔に変化はなくいつも通り柔和な表情をその顔に張り付かせたままだった。

 テントでは横になっているヘンディにトロワが料理を届けていた。


「すみません、お嬢様」

「いいのよ」


 ヘンディは体を起こし、トロワが持ってきた皿を受け取る。魔力をほとんど使い果した影響は残っているが現在は何かに掴まって歩ける程度には回復していた。

 ただし、護衛としての役目は果たせないためトロワはシトロンに任せ、彼は拠点に残ることになっていた。


「このお肉ね、またロゥくんが獲ってきてくれたの。今度の獲物も大きくて、あの黒い腕で抱えて山から下りて来たのよ。それから」

「お嬢様」


 トロワは彼の看病をしている間、横になりっぱなしで退屈をしている彼のために、森での話を聞かせていた。

 今回もまた、彼女は今日起きたことを楽しそうに語っていたが、ヘンディはまじめな顔で彼女を見据えている。


「どうしたの?」

「申し訳ありません。急な話ですがしばらくお暇をください」


 ヘンディは頭を下げた。床に付くほど深く。くすんだ金色の髪が垂れ、彼の顔を陰で覆う。


「どうして? あれは操られたからでしょう? 貴方に罪はないわ、もう過ぎたことよ」

「…………安全でしょうか」

「え?」

「本当にポップの魔術はなくなり、お嬢様は安全でしょうか。僕には自信がありません。まだ彼女の魔力が残っていて、再びお嬢様を傷つけてしまうのではないか、と思うのです」

「ヘンディ……」

「それに僕は負けました。殺し屋の男に、ロゥくんに」


 シトロンとの戦いはヘンディが主力としている光魔術が生身の状態で防がれていた。もし、1対1の戦いになった場合、おそらく自分は負けていただろう、と予測している。

 ロゥとの戦いに関しては完敗だった。ヘンディの攻撃力以上の防御力、圧倒的な魔力量を屈指した攻撃力は彼は勝利の光景を想像することすらできなかった。

 1日に2度負け、あまつさえ守りたいと思っていた人を殺しそうになり、信頼していたパートナーとも呼ぶべき人間に裏切られた。失意のどん底にいる彼は自分が許せなかった。自分の弱さ未熟さ甘さの結果がこの有様なのだと感じていた。


「お嬢様をお守りできるだけの力と彼女にかけられた魔術の解除をしたら必ず戻ります。すみません、どうか、どうかお許しください」

「……シトロン、顔を上げて」


 彼は言われたとおりにする。

 目に映ったのは森に入る前から変貌したトロワの顔があった。白く傷一つない美しかった顔には汗と泥が付き、髪はこの生活で痛みせっかくの金糸のような髪は汚れている。

 ナイフとフォークよりも重たいものを持ったことのなかった手には雑事によってできたマメや切り傷が生まれていた。

 身を隠すため、今まで来ていた上質な服とは打って変わり、庶民の古着に森での汚れが目立つ。

 湯あみもしていない。寝る場所も地面に布を敷いたようなテントだ。命だって狙われた。

 しかし、彼女の瞳には強い意志が芽生え、本物の貴族へなろうとしていた。

 ヘンディは息を飲む。


「(僕は一体、いつから気づかなかったのだろうか)」


 ずっと妹のように想っていたトロワは立派になり、一人前の貴族になろうとしていた。

 足元のことばかり見ていた自分を恥じる。


「行きなさい、ヘンディ。あなたが納得するまでトラジェスティン家の門を潜るのを許しません」

「……はい」


 毅然とした言葉に思わずかしずいた。


「でも、絶対に私のもとへ帰ってきて。もう誰かを失うなんて嫌」

「……はい。お約束します」


 貴族の少女と敗戦の剣士は一つの約束をした。2人にとって一生消えない約束を結んだのだった。

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