5-7.あなたの意思で
◇◆◇お知らせ◇◆◇
7月中に1章〜4章のサブタイトルとあらすじを変更しました。
本文の修正は行ってませんので、これまでのお話に変化はありません。
これからも本作品をよろしくお願いします。
3人は拠点からだいぶ離れた場所へとやってきた。追っ手の気配はない。
「ヘンディ、いきなりどうしたの?」
トロワは額に張り付いた髪の毛を指で剥がし、ヘンディに状況説明を求めた。
ヘンディが機会を図り拠点から2人を連れて出たのだ。
「すみません」
「………ヘンディ? どうしたの? 何だか様子がヘンよ?」
「いえ、何も」
いつもと雰囲気の違う彼にトロワは違和感を覚えた。それは幼い頃からずっと一緒に過ごしていた仲だからこそわかる些細なものだ。
「ヘンディ?」
トロワは彼に肩を揺さぶり、声を強くして呼びかけた。
「え、あれ?」
ヘンディがハッとした様子で周囲を見渡す。
「僕は…………?」
「どうしたのヘンディ? なにがあったの?」
「なぜか、あの場を一刻も早く離れなくてはいけない気がしました…………でも、テントに入ったあたりから頭がぼんやりして」
「落ち着いてヘンディ。ひとまず拠点に戻るのはどうかしら。
あの男の人が刺客だとしてもロザリアさんがうまくやってくれると思うわ。私たちが拠点を黙って抜け出して事態がややこしくなる可能性だってあるし」
トロワはポップの方へ向き直る。
「ポップもそれでいいかしら?」
「いえ、拠点へ戻るのはやめておきましょう」
「え、どうして?」
彼女の意見にトロワは首をかしげた。
ポップは手のひらを2人に見せるように両手を広げた。手には魔術の構築式が記されている。
「えっ」
トロワは気づいたが時すでに遅く、ポップから溢れた魔力は術式を展開してしまった。
「『アパラクシア・ムーブメント』」
ポップの詠唱が終えるとトロワとヘンディは体を動かせなくなった。
いや、正確には移動ができない。手や顔の表情を動かすことは可能だが、どうしても足が言うことを聞かない。
「ポップ、あなた、それ……魔術…………?」
「はい、お嬢様。その通りです」
唖然とするトロワの問いにポップはいつも通りの態度で接する。
「ぽ、ポップ、そうか君が……!」
「そうよ、ヘンディ。あなたさっき『あの場を離れなくてはいけない気がした』と言ったわね。
アレね、私の魔術なの。あなたがこの森に行く提案をしたのも拠点を抜け出したのも私の魔術によるものなのよ、驚いた?」
「まんまといっぱい食わされたのか…………」
ヘンディが憎々しい目つきで見るがポップは気にせず、すっきりした表情だった。
「ああ、ようやく言えたわ。秘密の種明かしってどうしてこんなに気持ちがいいのかしら。
御免なさいね。さっさと目的を果たしてしまうのが一番効率的でいいのだけれど、どうしても言っておきたくて。
これは私のエゴ、2人は訳も分からず死んだ方が幸せだったのに余計な苦しみを与えてしまったわ」
ポップは饒舌にまくし立てた。せき止められていた水が下流へ流れるかの如く言葉を紡いで言った。
語り終えた彼女には一種の達成感にも似た気持ちが芽生えていた。
「さあ、ヘンディ。その剣でお嬢様を殺しなさい。これはあなたの意思よ」
ポップは魔術を展開し、指先に淡い光が宿りヘンディを貫いた。
「う、っく…………!?」
ヘンディは顔を歪め、苦悶に満ちた吐息をこぼす。
「やめろ、よせ! く、うぉぉぉぉ!?」
ポップの魔術による思考干渉が行われ、心を侵食されている。それに贖い全身が痙攣し、頭を激しく揺さぶる。
「はぁ…………はぁ…………」
ヘンディは身体中から汗を吹き出し、焦点の定まらない瞳でトロワを見つめている。
「お嬢様…………死んでください」
その様子にポップ満足げに頷いた。
ヘンディは剣を構えトロワを見据える。
「やめて、ヘンディ!」
「動くと狙いがズレます。せめてもの情けです、綺麗な姿で殺して差し上げます」
ヘンディが刃を彼女へ突き出した瞬間、彼の握る剣を黒い腕が掴んだ。
「なに…………!」
「見つけたよ」
ヘンディは黒い腕の持ち主、ロゥの姿に驚愕した。
「ロゥくん……!」
「これって、ヘンディお兄さんが悪者でいいんだよね?」
「ち、違うの! ヘンディは」
「そうだよ」
ヘンディは認める。いつものように爽やかな笑顔でロゥに向かって頷いた。
「僕がお嬢様を殺そうとした。僕の意思で!」
ヘンディの周囲に魔力が生まれる。魔力は体内で生成し、術式を持って体外へと放出するのが基本だ。だが、彼の鎧は自動で魔力を感知し術式へ展開する。
いくつもの光る球体がヘンディの周りで浮遊し、魔術の種となる。
「『ライト・レイ』」
光源の一つが槍となりロゥへと射出される。詠唱を不要とした早業だった。
「うわっ!」
狙われたロゥは魔力を体の全面で広げ、容易く光の槍を凌いだ。
しかし、ヘンディは追撃の手を緩めることはしない。
「消えてなくなれ! 『ライト・レイン』!」
宙に浮かぶ光源の全てが槍となり、絶え間なくロゥたちへ襲いかかる。その景色はまるで光の雨のようだった。
「トロワお姉さん!」
腕を伸ばし彼女を掴むとロゥはその場を思い切り殴りつけた。拳が生んだ衝撃は彼ら2人の体を空中へ運ぶ。
真横を光の雨が通り過ぎ、後方にあった立派な樹木に大きな穴を開ける。支えを失った木々は音を立てて地面へ崩れていった。
「剣を掲げよ、御旗のもとに決起せよ。『ソーディアン・ライト』」
ヘンディの詠唱に答えるように彼の持つ剣が光を灯す。刀身は光により大きく膨張し、振るうたびに残光を帯びた。
ロゥは地面へと着地し、トロワを離す。彼女に隠れているように告げるとヘンディの方へと向き直る。
「いくぞ」
「いくよ」
2人が同時に前進した。
ヘンディが光剣を横に薙いだ。リーチを増した光の刃はロゥの魔力の鎧を削っていく。しかし、ロゥは足を緩めることはなく自分の射程まで進む。
「ふん!」
魔力の生成、形状の抑制、暴発の手順を一瞬でこなし、突き出した拳が圧倒的な破壊力を生む。
額の汗を滴らせながら、ヘンディは間一髪のところでロゥの魔力拳を躱す。まるで大砲のような空気の震えを間近で感じ表情が強張る。
ヘンディは一歩踏み込みロゥへ向かって剣を振り下ろし、対するロゥはの刃を咄嗟に左腕を巨大化させ受け止めた。
右腕は攻撃、左腕は防御を行い攻防一体を表していた。
だが、ヘンディはそこに隙を見つける。膨張させた右腕はすぐに次の行動へは移せず、左手も光剣を掴んでいる。
つまり、ロゥは次の一手を防げない。
「『ライト・レイン』!」
ヘンディの鎧は魔力を吸い上げ光の槍を生んだ。
先ほどよりも至近距離でなおかつ防御の術を奪われたロゥに光の槍は殺到する。
しかし、ロゥは攻撃が命中する前に纏っている黒い魔力を一気に膨張させた。
「っく!?」
彼の全身から濁流のように溢れた黒い魔力は光の槍を防ぎ、近くにいたヘンディを押し飛ばす。
どうにか受け身をとり、ヘンディは地面を転がる。立ち上がりロゥのいた場所を確認すると黒い魔力がドーム状になり彼を覆い隠していた。
「…………そりゃ反則だろ」
攻撃と防御のリズム、勝負所、勝敗が決まる空気、人が死ぬ気配、生死を掛けた戦いの中で感じ取れる様々な情報。彼の中で蓄積された経験から確実に今の攻撃は確実に仕留められるものだと思っていた。
だが、ロゥはその状況を魔力を溢れさせることで光の槍を防ぐ。技量というものを無視し、力業・物量によって不利な状況をねじ伏せた。
「この森にはこんな化け物がうじゃうじゃいるのか?」
黒い魔力で作られたドームが徐々に小さくなり、中からロゥが姿を現す。その姿は先ほどまでとは変わり、右腕と背中に魔力を纏った姿だった。背中からは彼の身長ほどもある尻尾が伸び、黒い魔獣を彷彿させる姿だ。
「よっと」
尻尾を地面にたたきつけ、推進力を生む。地面は陥没し、その破壊力はロゥを前へと推し進めた。
「な!?」
一瞬で距離を詰められ、ヘンディは対応に遅れる。
「それ!」
「う、ぐぉお!?」
軽く小突くようにロゥは魔力を纏った右腕でヘンディを狙う。ヘンディは剣の腹で受け止めるも、巨大な龍に押しつぶされたような圧力に全身から悲鳴が上がる。
「えい! えい!」
立て続けに繰り出される拳にヘンディは防戦一方になる。隙か少ない代わりに威力が小さいジャブはロゥの魔力によって驚異の威力へと昇華していた。攻撃を防御するたびに剣に纏った光の粒子が剝がれていく。
「お兄さん、降参して」
「……ごめん被る! 『ライト・レイ』!」
鎧から光の槍が放たれロゥの頭部を狙うも尻尾によって迎撃される。
魔術を放ったことで生まれた隙にロゥはヘンディの胸倉を掴んだ。プレートアーマーが布のようにひしゃげ、ロゥの怪力によってそのまま投げ飛ばされる。
「う!? がは!?」
背中から地面に落ち、肺の空気がなくなる。痛みと苦しみが意識を刈り取ろうとするが、彼の鍛えられた肉体はそれに耐える。しかし、体を強く打ったことで全身は動かず青空を木々が囲む頭上を眺めることになった。
「勝負ありだね」
ロゥの声が聞こえた。ずいぶん遠くに投げられたらしく、ヘンディのもとへ歩む足音は遠い。
「もうすぐロザリアお姉さんたちも来ると思うから、大人しく捕まってよ」
慈悲の言葉にヘンディは笑った。
「ふふ、甘いな。いいかい、ロゥくん。人間っていうのは追いつめられた時が一番危ないんだよ」
すでに魔力がなくなり光が消えた剣を杖代わりに立ち上がる。もう剣を握る力も残っていない。心身ともに消耗しきっていた。
だが、ヘンディは薄っすらと笑みを浮かべる。不敵な様子にロゥは再び構えを取った。
「『フォトン・ブレイカー』」
ヘンディの詠唱により破損していた鎧が光る。彼の魔力を吸い、鎧に内蔵された術式が魔術を整形している。
ロゥは目の前で発動しようとしている魔術、正確には魔力の流れに覚えがあった。メリッサが最後に発動しようとしていた魔術だ。
「自爆!?」
「はは、少し違うな! 僕の魔力をすべて使った攻撃だよ! まさに奥の手ってやつさ!」
ヘンディの前方に魔法陣が浮かび上がる。彼の全魔力がそこに注がれ、光の粒子となり放たれた。濁流のように荒れ狂う光の柱はロゥの視界を真っ白に染め、破壊の足音を立てながら眼前へ迫った。
「おじちゃん直伝! 『パイル……』」
ロゥは構えた右腕に魔力を集める。
限界まで滞留した魔力を一気に膨張させ、指向性を持たせて拳に乗せる。
「『バンカー』!」
螺旋状に放出された黒の魔力が光の柱とぶつかった。
黒と白の魔力がせめぎ合うが、一瞬の均衡を経て黒い魔力、ロゥの放った螺旋状の魔力が光の柱を打ち砕いた。
立てないほどの衝撃が生まれ、余波が周囲へ広がった。
「うぅ……、すごい……!」
木の陰で戦いの行く末を見ていたトロワは思わず目をつむり襲い掛かる突風や小石から必死で身を守る。
彼女が目を開けると、閉じる前の光景から一変していた。ヘンディがいた場所は地面が露出し、その周囲の木々は刈り取られた稲穂のように横たわっていた。
「ふう……」
ロゥは息を吐き出し魔力を霧散さえる。戦いの終わりを感じ取りトロワは彼のもとへ歩み寄った。
木々は倒れ、地面はえぐれていた。狭かった空も広がり、どれほどの威力だったかを物語っている光景だった。
「終わったの……?」
「うん」
「へ、ヘンディは……?」
ロゥは答えず、指さした。
彼の魔術の直撃は間逃れ、ヘンディは着弾時の衝撃により遠くに飛ばされていた。
「ヘンディ!」
彼女はヘンディの元へと駆け寄る。
全身に怪我を負い、魔力のほとんどを失ったことで土色の顔をしていたが、彼は微かにだがまだ息はあった。
「お、お嬢様……」
「正気に戻ったのね」
涙を浮かべながらトロワはヘンディの体を抱きかかえる。
「…………殺してください。…………僕があなたを傷つける前に」
「嫌よ! 生きて! 私を守るって言ったじゃない!」
「ふふ、こんな時までお優しいのですね…………」
ヘンディは気を失った。
魔力の枯渇によって衰弱し、生命の危機に身体が強制的に抑制をかけたのだ。
トロワは大粒の涙を零しながら、彼の体を抱きかかえていた。
 




