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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
貴族のトロワ
33/79

5-6.殺し屋の来訪

◇◆◇お知らせ◇◆◇

7月中に1章〜4章のサブタイトルとあらすじを変更しました。

本文の修正は行ってませんので、これまでのお話に変化はありません。

これからも本作品をよろしくお願いします。

 トロワ一行が拠点へやってきた翌日。ロゥたちに換算すると7日目。

 トロワは昨日仕掛けた罠が気になりヘンディを連れ、森に入っていた。


「この辺りにはキツネがいるらしいの。私、生きたキツネは初めて見るのよ」

「そういえば、うちの領地にはいませんからねぇ」


 たわいもない会話をしながら森林浴ついでに罠を仕掛けた場所まで歩いていると頭上から影が落ちた。


「下がってください」


 ヘンディはトロワの前に出て、即座に剣を抜く。


「おや」


 木の上から落下してきたのは長身の男だった。背丈にあった長いコートに身を包み、優しそうな印象を受ける壮年の男性だった。


「え?」


 男はヘンディを意に介さず、その後ろにいるトロワへ視線を向け微笑んだ。彼女は突然の出来事に体も思考も硬直する。


「何者だ?」


 ヘンディの問いにシトロンは答えず、視線はトロワへ向かったままだ。

 笑みを浮かべたまま嬉しそうに口を開いた。


「見つけましたよ、トロワ=トラジェスティンさん」

「っ!?」


 トロワは息を飲み、無意識に一歩後ずさる。一方、ヘンディの表情が見る見るうちに険しくなった。


「貴様、何者だ!」

「おお、名乗っていませんでしたね。殺し屋のシトロン=バーフィと申します。以後お見知りおき」

「お嬢様、走りますよ!」


 ヘンディがトロワの手を多少強引に引っ張り、その場を一目散に走り出す。

 後ろを見ればシトロンと名乗った男が唖然とした表情でその場に佇んでいるのが視界の端に映った。


「(なんだあいつは!)」


 すぐに2人の後を追うシトロン。森で動きにくそうな格好に反して彼は早かった。

 このままでは追いつかれることを察し、ヘンディは魔力を練る。


「我は剣を捧げ身を捧げ信念を捧げるもの…………お嬢様、頭はそれよりあげないでください!」

「ええ!」

「騎士の誇りを受けよ! 『ライト・レイ』!」


 ヘンディが魔力を指へと集中させ、それに指向性をもたせて放出した。

 光の矢がシトロンに目掛け、風を切りながら直進する。


「おお、これは痛そうだ」


 シトロンは前方からの光の矢を受けるため、足を止めざるを得ない。腕を十字に構え衝撃に備える。

 光の矢は彼の腕にあたり、後ろへと仰け反った。異常なまでの強靭な足腰による踏ん張りでぬかるんだ地面が大いに凹む。

 その光景を目にし、ヘンディは驚愕する。


「な、生身で受け切っただと!?」


 ヘンディの狙いとしては致命傷もしくはすぐに動けない怪我を負わすのが理想だった。

 しかし、予想は大いに狂う。攻撃を受けたシトロンは盾も鎧もなしにヘンディの魔術を耐えてしまったのだ。


「できれば私の話を聞いて頂きたいのですが、どうでしょうか?」


 シトロンは笑う。街中で見れば優しそうな表情だが、この場でヘンディからしたら悪魔のように不気味なものだった。


「行きますよ、お嬢様!」

「……ええ!」


 踵を返し先を急ぐ2人。


「あ、待ってください」


 そのあとをシトロンが再び追った。

 ヘンディは考える。2人で逃げている以上、足は向こうの方が早い。何か手を打たなければ追いつかれるのは明白だった。


「(二手に分かれ僕が足止め、お嬢様は拠点へ走る……のはダメだな。相手の手の内が不明な点と他に追っ手がいた場合は詰む。

 設置型の魔術は成功率は低いし、さっきみたいな攻撃魔術もまた受け止められてしまうか可能性がある。

 見た所、前衛タイプだから魔術による搦め手がなさそうなのが救いだな)」


 ヘンディは魔力を鎧へ流し込んだ。すると詠唱もなしに鎧から複数の光源が現れ、彼の側を漂う。


「ほう、術式が仕込まれた鎧ですか。なかなか良いものをお持ちですね」


 シトロンが感心したように鎧について考察するがヘンディは無視する。


「『ライト・レイ』!」

「おっと」


 無詠唱で放たれた光の槍を再び受け止められる。

 幾分かの距離は稼げたが微々たるものだった


「(やはり同じ手はダメか。そろそろ対策を取られそうだな……。

 決めるなら次の手で決めないとまずい。2回とも防御したということは肉体活性系か防御の能力だろうか?

 普通、常時発動型は燃費が悪いから馬鹿げているんだけど、この少ないヒントの中から原理を導き出すのは無理だから仮にそうだとしよう。

 その点を踏まえて、これならどうだ?)」

「考え事ですか? できれば話を聞いて欲しいのですが」


 シトロンはすぐそこまで、ヘンディの表情がしっかり見える近くまで迫っていた。

 しかし、ヘンディはあえてこの距離までシトロンを近寄らせた。近ければ近いほど効果が期待できる魔術を構築し、彼をおびき寄せた。


「『サン・ライト』!」

「おや」


 まばゆい光がシトロンを包み込む。この光に攻撃性はなく、ただ眼に焼きつくような強烈な光により網膜が順応不能に陥り、視界の把握が不能となった。


「よし!」


 シトロンの完全に足が止まった。その隙に2人は拠点まで一気に駆け抜けた。


「追手が! 追手が来ました!」


 血相を変えたヘンディの言葉に拠点にいた面々に緊張が走る。

 トロワは後継者問題から身内に命を狙われ、この森まで逃れてきた。その事情はこの場にいる全員が知っている。

 そして、今の言葉で拠点にいる全ての者が彼の言葉の意味を理解ができた。


「トロワ嬢たちはテントに入っているんだ。各位、警戒態勢・中の持ち場へ移動!」


 ロザリアの号令により拠点内の人間は迅速に行動した。


「ロゥくんたちもテントにいるんだ。一応、巻き込まれないようにトロワ嬢たちとは別のテントでね」

「わかった」


 ロゥは素直に頷き、アネモネとメリッサを伴いテントへ移動する。

 ちょうどロゥたちがテントへと姿を消した後、トロワたちが戻ってきた方角から一人の長身の男が現れた。

 柔和な笑みを浮かべ、長いコートに身を包んでいる。荷物は使い古したカバンを一つ肩にかけているだけ、と森には不釣り合いな格好であった。


「こんにちは」


 街角のあいさつのように陽気な口調がかえってこの場では不気味に映る。


「あの男できるぞ」


 彼を見て、ヴァルサガは隣にいるロザリアに聞こえる程度の音量でつぶやいた。

 ロザリアは視線を男の方へ向けつつ、ヴァルサガの言葉に首肯する。


「一人のようですね」

「相当の自信家なのだろうよ」


 ロザリアは歩み出た。

 彼もこの場の責任者が彼女だと雰囲気で察し、視線を向ける。


「何者だ」

「殺し屋のシトロン=バーフィと申します」

「殺し屋が何の用だ」

「殺し屋ですから、ターゲットを殺しに来ました」

「そのターゲットは誰だ?」

「んー機密情報なので教えられませんねぇ」


 ロザリアは目の前で笑っている長身の男に対し、率直に言葉を投げかける。


「では、質問を変えよう。貴殿の目的はトロワ=トラジェスティンの暗殺か?」


 彼女の言葉にシトロンは一瞬、ほんの一瞬だけ表情を変えた。顎に手を当て、元に戻した表情でロザリアをじっと見つめる。


「トロワさんの事情をご存じなのですね」

「ああ、本人から伺った」

「はぁ、なるほど。まあ、箱入りのお嬢様ですからね、かけ引きや嘘を付くことができないのでしょうねぇ」


 困った、という感情が手に取るようにわかった。先ほどまでの人をけむに巻くような態度から一変した。

 シトロンの様子にロザリアは首をかしげる。


「貴様はトラジェスティン家からの刺客ではないのか? 殺し屋なのだろう?」


 こうなったら話してもいいですかね、とつぶやきシトロンは彼女へ向き直る。


「私の雇い主はトラジェスティンの人間ですよ。ですが、トロワさんの命を狙っている側ではありません」

「なに?」

「私はトロワさんの擁護派から依頼を受けました。内容は……」


 そこでいったん区切る。

 彼の表情は硬かった。笑顔がなくなり、声色も重くなる。


「トロワさんの命を狙う者の暗殺です」

「…………一枚岩でない、ということか」


 ロザリアの言葉にシトロンは頷く。


「現当主には2人の子供がおり、トロワさんともう1人、彼女の兄がいます。

 普通なら長男が継げばいいのですが勘当されているんですよ。おかげでトロワさんが継がなければいけないのですが、そこに待ったをかける人々が現れました」

「それがトロワ嬢の命を狙っている派閥だと?」

「ええ、トラジェスティン家は男尊女卑の意識がかなり強いんですよ」


 男尊女卑という言葉にロザリアは眉間にしわを寄せ、離れた場所で聞いていたヴァルサガは呆れた様子でため息をついた。


「また随分古臭い考えだな」


 ロザリアはヴァルサガの心中を代弁する。

 現代の貴族は血統継承こそ主流になっているが、女性が家を継ぐこと自体は珍しくなくなってきている。

 過去、魔族との大戦より以前、人間同士での戦争で家主が亡くなった家は多くあった。その傾きかけた家を支え、存続させたのは多くは女性貴族たちだった。

 当時、社交場では男の価値を示すための装飾品などと揶揄されていた彼女らは家を存続するため政治的な手腕を振るい、領地と領民を守るため民衆へと呼びかけ時には一緒に汗を流した。

 その姿を見た多くの人間は女性でも家を継ぎ領地を守っていける、と認識を新ため女性の地位向上へとつながり今では男尊女卑を謳う人間は珍しくなっていた。


「トラジェスティンは長い歴史がありますからね。そう言った風習も根強い……と、ここまでが長男派が装っている表向きの事情です」

「まだ何かあるのか。トロワ嬢の命を狙っている時点ですでに逮捕沙汰の内容だ」

「長男派が対立関係にあった貴族と手を結んでしまいました」

「…………それは本当か?」


 貴族は血統を何よりも誇りとしている。他家との婚姻は勢力を広げる、という意味では貴族という仕組みが出来上がってきてから行われていた。

 しかし、この場合は違う。血統こそ残るが、残るのは血だけである。培われてきた文化も風習も何もかもが失われ、他者の手に渡る。

 いわゆる乗っ取りだ。

 国が定めた貴族という地位を勝手に譲渡することはできない。もちろん、乗っ取りは以ての外だ。

 一つの血統が国の管理していないところで勢力を拡大した場合、貴族のバランスが崩れ国を脅かす存在になりかねない。

 敵対貴族は内乱罪、トラジェスティン家は共謀罪となり最悪血縁者全てが処刑される。


「長男派は2つのパターンの計画を用意しました」


 シトロンが人差し指をあげた。


「1つ目はトロワさんを跡継ぎにし、その敵対関係にある貴族の嫡男と婚姻を行わせて内側からじっくり乗っ取る方法です。

 この方法のメリットは外に情報が洩れにくく、国が介入する可能性が低い点が挙げられます。

 長男派は取り込まれても優遇される約束を取り付けています。

 如何に男尊女卑の考えが根強くとも自分たちの利益を優先した結果、この折衷案が第1候補となった模様ですね」


 一拍溜め、彼は2本目の指を上げる。


「そして、2つ目。

 婚姻の締結に失敗した場合、トロワさんを暗殺して長男を跡継ぎにせざるを得ないようにする方法。

 勘当されるような放蕩息子ですからね、収めたとたんに民衆の反感を買い、最終的にトラジェスティン家は衰退するでしょう。

 潰れそうな寸前で敵対貴族が手を差し伸べ、婚姻関係を結び掌握するのがこの場合の目的ですね。

 1つ目の方法に比べ時間がかかりすぎる点とトロワさんを暗殺するリスクという2つのデメリットが発生します」


 シトロンの話を終え、静聴していたロザリアの表情は硬い。


「今、そのどちらの手段を取ろうとしている?」

「2つ目です」


 最悪の状況だ。

 このままではトロワどころかトロワ派の人間全てが危険であり、加えてお家騒動の余波が多くの領民に及び死者が出る。


「まず貴様の立場を証明することはできるのか」

「はい。まず私はトラジェスティン家のトロワさん派から依頼を受けています。その証拠にトラジェスティン家の押印がある契約書とトロワさんの人相書きを持たされております」


 懐から2枚の紙を取り出した。

 1枚は羊皮紙であり、トラジェスティン家の押印がされている。もう片方は安い紙にトロワの似顔絵が描かれていた。


「長男派の思惑を証明できるものは?」

「この森に来る途中に冒険者風の者に何名か遭遇、襲撃を受けました。

 全員がこの敵対貴族からギルドを通さずに直接この森への調査依頼書を持っていました」


 そう言って懐から出したのはギルドでも普及している依頼受領書だった。

 本来、ギルドの押印がある場所には例の敵対貴族の印がされている。


「…………わかった。貴殿の言葉をすべて鵜呑みにするわけではないが、事態は当初の想定よりも大きい。

 証拠をここから一番近い騎士団南東支部へ持ち込み、トラジェスティン家と敵対貴族に調査を派遣し事態の収拾に努めよう。

 念のため、貴様は我々がいない場でのトロワ嬢への接触は禁止だ」

「十分です」

「少し待っていろ、トロワ嬢たちを呼んでくる」


 ロザリアがテントへ行くと、そこはもの家の空だった。


「どうなっている!」


 近くにいた騎士もテントの中を確認し驚愕した。


「確かにテントに入っていくのを確認しました。3人とも顔すら出していませんでした!」

「っく! シトロンを警戒して拠点を離れたか」


 それと同時にシトロンがいる方から騎士の声が聞こえる。


「おいコラ! 動くな! 動くなって言ってるだろう!」


 騎士達に剣を突きつけられたシトロンが歩み寄っていた。騎士達の警告を無視し、ロザリアに声が届く距離まで歩み寄る。


「これまマズイですねぇ」

「貴様、待っていろと言ったはずだぞ」

「そういうわけにもいかなくなりました。トロワさんが危険です」

「なに?」

「私がどうしてこの広い森でここにたどり着けたと思います?」

「何の話だ」

「これが森のあちこちに落ちていました」


 シトロンはポケットの中から小さな石を取り出した。青く澄んだ石片が魔力を微量に持ち、薄く輝いている。


「これは暗殺者なんかが味方だけわかるように自分の通った道に落としていく石なんですよ。専用の索敵魔術を使えばくっきりと軌跡が見える品物です」

「つまり、これを撒いた人間がこの拠点にいると?」

「ええ、私は最初トロワさんと護衛達を尾行している人間がいて、仲間を呼び暗殺を実行するものだと思っていましたがどうやら違うようですねぇ。

 私がここへやってきたタイミングでの逃亡ということは尾行ではなく同行していたんですねぇ」

「同行ということは、…………護衛がトロワ嬢の命を狙っている、と」

「森に入ってここまで人に出会っていませんし、何より物的証拠はありますからねぇ」


 手の中の青い石を転がし音がなる。


「ロゥくん!」

「なに?」


 ロザリアの呼びかけに答え、ロゥは別のテントから顔だけ覗かせる。


「トロワ嬢がいなくなった」

「うん、聞こえてた」

「においで追えるか?」

「できるよ」

「よし、我々は後から追う。全速力で彼女の元に行って身柄を確保してくれ!」

「はーい!」


 テントから飛び出ると、彼は跳躍する。黒い魔力を足に纏い本来の俊敏さに加え木を足場にした立体的な動きを可能にした。

 森を木々を縫うように移動し、あっという間に拠点から見えなくなった。

 その光景を見て、シトロンは感心したように呟いた。


「おお、これはすごいですねぇ」


 ロザリアは振り返り、騎士達へ告げる。


「3班、5班は私に続け! 1班と2班は周囲の警備と捜索、他のものは拠点で待機!」

「「「はい」」」

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