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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
貴族のトロワ
32/79

5-5.1日が終わり

◇◆◇お知らせ◇◆◇

7月中にサブタイトルとあらすじの部分を変更します。詳細は活動報告をご参照ください。

※今までの話は本文は変更しません。

「ポップ!」


 トロワは拠点へと戻った。

 彼女はいの一番にポップの元へと駆け寄り、興奮冷めやまぬ感じだ。


「お嬢様?」


 ポップは近付いて来たトロワの手に血がついていることに瞠目した。


「そ、その血は一体……!」

「これは鹿の血よ! 聞いてあのねすごかったの!」


 トロワの口調は普段よりも力強いものだった。顔も赤く高揚し、息も荒い。


「お嬢様、如何なされましたか? なにか興奮気味のように見受けられますが……」

「私、初めて狩りをして動物を捕まえたの! 最後のとどめも刺したのよ!」


 彼女の後ろにはロゥが自分よりも大きな鹿を担いでいる姿が目に留まった。

 鹿の喉元は赤く染まり、その血がトロワの手を汚した血だとわかる。


「あんな大きな鹿を……」

「ロゥくんがすごい速さだったの。まるで風みたいに! 鹿の頭をパーンと叩いて、そのあと私がとどめを刺して、それでね」


 まるで初めて劇を見に行った子供のように頬を朱色に染め、泡を飛ばすようにまくし立てる。

 よほどうれしいのが伝わりポップは自分のことのように笑みを浮かべ、トロワの汚れた手を握る。


「お嬢様、ご立派ですわ」


 2人で喜びを分かち合っていると、メリッサも様子を見に来た。


「大物が取れましたね」


 ロゥは地面に鹿を置いた。さっきまで生きていただけあり、毛並みも肉質も新鮮そのものだ。


「足りる?」

「はい。今日はご馳走をご用意できそうです」

「やったー!」


 そして、メリッサは鹿の解体までそつなくこなす。

 肉が新鮮なうちに皮を剥ぎ、頭を外し、内臓の類は寄生虫が怖いので別の容器に取り分け、肉をブロックごとに切り分けていく。

 あっという間に鹿は食材へと姿を変え、木のテーブルの上に鎮座する。

 作業を見ていた騎士たちが舌を巻いている。その中の一人が思わず声を漏らした。


「いやーなんでもできるんっスね」

「メイドの嗜みです」


 血まみれになった前掛けと無表情で無機質な話し方をするメリッサが合わさりホラーテイストがにじみ出ている。


「よーし、できた!」


 ロゥは小さなナイフで鹿の皮に付いた肉と脂を削ぎ、皮を鞣す。

 肉片が皮に残っているとそこから腐敗し皮をダメにするため、丁寧な作業を要求する。


「うまいもんだな」


 騎士の一人がロゥの鞣しを見て褒めた。満更でもなさそうにロゥは笑う。


「村でおじいちゃんたちが鹿を獲ってきたらいつもお手伝いしてたんだ」

「ほう、俺の村も鹿を獲ってたけどここまで上手いのはいなかったなぁ」


 鹿の解体を終え、後始末をしているとヴァルサガたちが帰還した。


「ロゥくーん」


 アネモネはロゥの姿を見つけると真っ先に駆け寄った。


「おかえり、アネモネ」

「ただいまー」


 嬉しそうにアネモネはロゥの隣へ座る。

 続けてヴァルサガがやってくる。彼女は手に持っていた袋をテーブルに放り投げた。


「なにこれ?」


 ロゥは袋の中身が気になりヴァルサガへ視線を向ける。若干、袋の端に血がにじんでいる。


「魔物の耳だ。猿の魔物は討伐証明部位が耳だからな」

「……うわ」


 耳と聞いて、触ろうとしていたロゥは咄嗟に手を引っ込める。

 彼女はハルバードを置き、瓶の中から水をすくい喉を鳴らしながら飲み干した。


「ふぅ、ここ最近小物の相手ばかりで腕が鈍りそうだ」

「私としてはその方がありがたいですが」


 ヴァルサガの言い分にロザリアは苦笑する。

 部隊を預かる者としては事が大きくならないほうが良い、というまっとうな感性だったが武人のヴァルサガには物足りない戦闘だった。


「この前のロックハウンドみたいなのがいたら教えろ。私が駆除する」

「そうします」


 すでにヴァルサガの傷は完治していた。他の騎士たちも同様でグリーンエイプとの戦闘で負った傷はアネモネの魔術によって残らず癒されている。


「ただいま帰りました」


 ヘンディの声が響き、トロワとポップが出迎える。他にも1日の仕事を終え、外に出ていた者が次々と拠点へ戻る。

 全員が戻るころにはメリッサとポップが腕によりをかけ、鹿の肉を使った夕食が用意されていた。

 メニューは串焼き、ソテー、鹿肉が入ったスープだ。


「肉だ!」

「肉、肉、肉」

「酒が欲しくなりますねぇ」

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 騎士たちからの評判は食べる前から上々だ。残念なことに見張り役の者は長い溜息をしながら持ち場へと歩いて行った。


「おいひい(美味しい)」


 トロワは熱々の串焼きを頬張り、口元を脂まみれにした。

 決して上品とは言えないが、屋敷にいたら知ることのできなかった味に夢中にかぶりつく。


「こんなにおいひい(美味しい)、ご飯ははじめへね(初めてね)」

「初めての狩りでしたものね。きっと一生忘れることのないお味になるでしょうね」


 隣に座るポップが自分のことのように喜び、笑顔を作る。



 夜になり、床に就くとロゥやアネモネはすぐに寝息を立て始めた。

 同じテントにはトロワとポップも横になっている。ヘンディはもう1つの男だらけのむさ苦しいテントで寝ていた。


「くしゅん」


 トロワが可愛らしいくしゃみをした。

 日が落ちると森の気温は急に下がり、野営に慣れていない彼女には毛布一枚では少々足りず身を震わせている。


「お嬢様、大丈夫ですか? 私の毛布を使ってください」

「だめよ。それではポップが風邪を引いてしまうわ」


 ポップは毛布を受け取ってくれないトロワに困った顔をしていると、隣に寝ていたヴァルサガが体を起こす。

 おもむろにロゥを片手で持ち上げ、寝ている彼をトロワへ押し付けた。


「これでも抱いて寝ろ。毛布よりは暖かい」

「……いいのでしょうか?」


 ロゥをまるで湯たんぽとして扱うことに逡巡するトロワ。


「やせ我慢して倒れられるよりはマシだ」


 それだけ言うとヴァルサガは毛布に包まった。

 明日謝ろうと決め、トロワはロゥを毛布に納まるように体を抱きしめる。

 子供の体温は高く彼女の冷えた体をゆっくりと温めていく。


「あったかい」


 小声でそうつぶやくと1日の疲労が睡魔となって襲い掛かり、彼女はすぐに寝息を立て始めた。

 翌朝。アネモネは予想外の事態に愕然とテントの中で立ち尽くす。


「目が覚めたら隣にいたはずのロゥくんがトロワさんと一緒に毛布で包まってる!」


 謎の説明口調だった。彼女は相当混乱している。


「しかも、む、胸に顔を……」


 トロワはロゥの頭を抱きかかえるようにしており、彼はトロワの胸に顔を押しつけるような姿勢になっている。

 アネモネは自分の発展途上のモノとトロワの豊満なモノを見比べ、得も言われぬ敗北感に襲われる。


「…………」


 無意識のうちに魔力で花びらを生成されていく。彼女の足元は赤い花弁が幾重にも積み重なっていく。

 その量が増えていくにつれ、アネモネの中に一つの感情が芽生える。


「(いっそ一思いに…………暗殺されたことにすれば…………別に羨ましいわけじゃない…………)」

「失礼します」

「ひゃ!?」


 テントの垂れ幕が開かれ彼女は肩を震わせた。


「あ、メリッサさんでしたか」


 ばつが悪そうにメリッサから視線を外す。


「如何なさいましたか?」

「い、いえ、何でも。それで何か御用ですか?」

「ああ、そうでした。朝食の用意ができましたので呼びにまいりました」

「わかりました。2人を起こしてすぐ行きます」


 要件を済まし、テントから出ようとした時にメリッサはアネモネの足元に大量の花びらがあることに気が付く。そして、次にロゥとトロワが抱き合って寝ている光景を目にした。


「…………」

「…………」


 アネモネとメリッサはお互いに無言になる。

 すべてを察したメリッサはいつもの無表情のままアネモネを見据え、口を開いた。


「これからです」

「何がですか!」

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