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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
貴族のトロワ
31/79

5-4.また私いらなかったですね

◇◆◇お知らせ◇◆◇

7月中にサブタイトルとあらすじの部分を変更します。詳細は活動報告をご参照ください。

※今までの話は本文は変更しません。

 アネモネは警邏隊と共に森に足を踏み入れていた。

 服装は動きやすいように元から着ていたものに戻し、ナース服はしまってきた。


「どうして私が魔物の討伐に行かないといけないんでしょうか」


 小声でぼやいていると、先頭を歩いていたヴァルサガが振り返る。


「けが人を全員治して暇していただろう?」

「それはそうですけど、戦うならロゥくんとかいた方がよくないですか?」


 本音はロゥがいないのでやる気が出ないだけだった。逆にロゥがいるのなら魔物討伐だろうが魔王討伐でさえ辞さないのがアネモネの心情だった。


「あいつは薪割り、水汲み、狩りまでしているからな。十分働いていてその上魔物の討伐までやらせてしまったら団員たちの給料を減らして、あいつに払わなければならん」


 そりゃないっすよー、と騎士の誰かがわざとらしく声を上げ周囲が笑いに包まれる。

 現在、拠点周辺に現れた魔物の群を討伐しに隊が編成されていた。

 右翼編隊をロザリア、左翼編隊をヴァルサガが指揮をとり、各編隊には3名ずつ騎士が組み込まれている。アネモネはヴァルサガの左翼編隊に後方支援員として招集されたのだ。

 ちなみにヘンディは多少魔法の心得があり、遊撃としてロザリアの右翼編隊に参加していた。

 各編隊5名、総勢10名の討伐隊とこの前のロックハウンドよりも大掛かりとなっている。アネモネはその要因を出発前に聞き、思い出す。


「グリーンエイプっていうお猿さんの魔物でしたっけ?」

「そうだ。奴らは集団で行動し、各個体によって長所が違う。腕が長く遠くから攻撃する奴、腕力が強い奴、移動が速い奴など種族内のでの統一感が薄い」

「まるで人間みたいですね」

「所詮は統率の取れていない烏合の衆だ。獣の域からは出んな。

 しかし、各個体がそれぞれ持つ個性は非常に厄介だ。相性如何では手出しができずに撤退という羽目になる。

 だから、得意の武器や能力が異なるように編成し、最善を尽くすためにお前が呼ばれた」

「場合によって今回はけが人が出そうだから回復要因が欲しかったんですね」

「そうなる」


 騎士団は標準装備として剣と槍が支給される。ただし、個人で用意した武器は団に認可されたものなら任務中に使用することが叶う。

 通常の警邏では統制をとるためヴァルサガ以外の面々は剣を腰に下げていたが、今回は特殊な状況なので団員たちはそれぞれが得意としている武器を持っていた。

 特にヴァルサガ率いる左翼編隊の面々の武器は全員が違い、ハルバード、槍、両手剣、片手剣と盾、という感じだった。アネモネは非戦闘員なので手には何も持っていない。


「えーっと、ロザリアさんの右翼は索敵と陽動、遊撃がメインですよね。今頃見つけられているのでしょうか」

「ああ、おそらくロザリア隊が誘導してこちらと挟み撃ちをすることになる。お前は安全圏で隠れて居ろ」

「はい」


 ちょうどその時、進行方向から甲高い音が聞こえた。

 空を見上げると白い煙が揺れロザリアたちが合図を出したことがわかる。


「戦闘態勢」


 ヴァルサガを先頭にし、彼女の左右と後ろに他の3名が付いた。

 アネモネは言われた通り木の陰から騎士たちの戦いを見守ることにした。


「(まあ、私が『攻撃用の能力』を使えば相手の個性に合わせるとかしなくてもいいんでしょうけど)」


 自分の能力はロゥのためにある。そう思って憚らない彼女はわざわざ他人に能力を教える気も提供する気もなかった。

 拠点での治療行為は彼女なりの妥協だ。ロゥの身の安全を確保するため騎士団に頼る代わりに他人へ回復能力を提供する、というものだ。

 役に立てないことに落ち込んでいたのもロゥの顔をつぶすのが嫌だったからだ。

 彼女はロゥを中心に回っている。他の人間は二の次、その中には自分すら含まれているほどだ。

 そして、何より彼女は大人を使用していない。彼女の心に根差した大人への疑心の念は深く、その心を照らすロゥへの信頼と愛情は誰よりも強いのだ。


「(でも、ロゥくんのためなので、どんな重症でも治してあげます。生きているならね)」


 木の上からグリーンエイプの集団が現れ、ヴァルサガたちは戦闘を開始した。

 敵の数は6体。


「くきゃああああ!」


 グリーンエイプたちは犬歯を抜き出しに威嚇しているが、それで怯む騎士団ではなかった。

 先陣を切ったのはヴァルサガだ。


「ぬん!」


 ハルバードを横一線に振り払い、周囲の落ち葉や枝葉がその風圧で舞い上がる。

 威嚇など無駄。こちらは真っ向から戦うつもりだ、とグリーンエイプたちへ言葉を使わない意思を示した。

 飛びかかろうとしていたグリーンエイプたちはヴァルサガの危険性を察し、正面からの攻撃を早々にやめた。

 非常に腕の長い個体が遠方から石ころを彼女に向かい投げつける。長くしなやかな腕から放られたものは回転が加えられており殺傷力が上がっているだけでなく、飛来中に軌道が変化する。


「石ころを投げるのは流行っているのか?」


 『葉払はばらい』によって難なく接近する石ころをいなし、反撃に出ようとするが別のグリーンエイプが横から飛びかかる。

 体が大きく、発達した筋肉を纏ったグリーンエイプが岩を抱えながら彼女へ突進してくる。盾のように上半身を隠し、ヴァルサガをその岩で押しつぶさんとする。


「『一光閃いっこうせん』」


 ハルバードの持ち手を真ん中から石突にスライドし、剣士3人分のリーチを有する高速の突きだ。巨体のグリーンエイプが持つ岩を砕き、身を守るものがなくなりその全貌が露わになる。


「む!」


 岩を失う巨体のグリーンエイプ、その胴体には人間の赤ん坊と変わらない体躯、微小なグリーンエイプがしがみ付いていた。


「ぶうぅぅぅ!」


 小さなグリーンエイプは口から緑色の霧を撒き散らす。

 ヴァルサガはその場を飛び退き、直撃を避ける。

 しかし……。


「……ちっ」


 彼女の視界に異変が起きた。霧の一部が顔の一部に付着し、それが目に刺激を与え片目を奪われた。涙が溢れ、目を開こうとすると体が抵抗し強制的に閉じる。

 一瞬、開いてみると光を感じることができたため、失明はしていないのを確認できたが複数の相手には非常に不利な状況だった。

 腕の長いグリーンエイプは好機と捉え、すかさず石ころを投擲する。視界を半分失ったヴァルサガはその攻撃の対応に遅れた。


「ぐ……」


 額に衝撃。頭が大きく揺れ、1テンポ遅れて石ころが命中したことを自覚する。

 さらに巨体と微小のコンビが距離を詰める。


「くけけけ」「きゃきゃきゃ」


 巨体のグリーンエイプは大ぶりなテレフォンパンチで彼女の頭を潰そうとする。辛くも無事な方の目でその攻撃を見切る。

 しかし、微小のグリーンエイプが動物の骨で作ったナイフを尻尾で持ち、巨体のテレフォンパンチを避けたヴァルサガの死角に骨のナイフを突き立てた。

 防御をすり抜け、彼女は腕で急所を守りナイフは容赦無く肉を切り裂いた。赤い鮮血が地面に飛び散る。


「誰か中尉の援護に!」

「無理だ、こっちも手強い!」


 他の騎士達も他のグリーンエイプを相手にしていた。

 グリーンエイプ達はヴァルサガが一番の脅威だと見抜き3対1で相手取り、残りの3体で騎士3人を足止めする。

 相性の良い相手を対応しようとすると邪魔が入り、お互いが決定打に欠け、戦いは拮抗した。


「全員、目の前の相手を優先しろ!」


 ヴァルサガは巨体のグリーンエイプから距離を取り、木の幹を壁にして投擲を防ぎながら騎士達に告げた。


「ロザリア達もおそらく同じ状況だ、増援は期待できん! 死にたくなければ考えろ! 思考を巡らせ、常に最善手を導き出せ!」


 視界を半分奪われ、1対3の劣勢にも関わらず彼女は戦意を失っていない。戦いに身を置き、幾度もの命のやり取りを繰り返してきた彼女にとってこの程度は窮地でも何でもなかった。


「猿にしては知恵を使ったようだが所詮畜生は畜生ということをわからせてやろう! ほら、お返しだ!」


 ハルバードを構え、後方に向かって投げつけた。

 常人を超えた膂力によって放たれたハルバードは彼女の死角から石ころを投擲しようとしていた腕長のグリーンエイプに吸い込まれる。


「ぐええええええ!?」


 ヴァルサガは木の陰に隠れることでグリーンエイプが投擲する方向を限定させ罠に嵌めたのだ。

 目論見通りハルバードは獲物の喉笛を貫き、グリーンエイプは力なく木から落下する。

 これで1対2となる。


「くけ!」「きゃーきゃーきゃー!」


 仲間をやられ巨体と微小のグリーンエイプのコンビが目を血走らせヴァルサガへ迫る。

 巨体から放たれたテレフォンパンチを掻い潜り、微小の方が振り回すナイフを素手で掴む。彼女の手には骨のナイフが食い込み血を滴らせるが気にも留めない。


「きゃきゃ!?」

「攻撃のパターンが同じだ!」


 巨体の体に張り付いていた微小の体を引っ張り引き剥がす。


「ほーら、いい子だ!」

「ぐえ……」


 赤ん坊ほどの大きさしかない微小のグリーンエイプは抱きかかえられ、締め付ける彼女の腕力に抗えず敢え無く首の骨を折られた。


「くけえええ!」


 巨体のグリーンエイプはますます激昂しテレフォンパンチを繰り出す。

 しかし、援護を失った大ぶりの攻撃は脅威ではない。

 彼女は拳を構え、懐に潜り、拳を突き出す。的確にグリーンエイプの顔を捉え、ふた周りも大きい巨体を一発でフラつかせるほどだった。

 彼女の拳には皮膚の感触、骨が折れる手応え、肉を潰す反動が伝わる。


「どうしたエテ公!」


 それからヴァルサガは何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も殴る。倒れすことすら許さない連続攻撃だ。


「あ……うー……」


 顔面から血を溢れさせ、原型をとどめなくなった巨体のグリーンエイプは膝をつき、地面に突っ伏す。とどめと言わんばかりに、彼女は頭を踏み潰した。


「ふん、所詮この程度か」


 額の血を拭い、ヴァルサガは次の獲物を求め仲間の加勢に向かった。


「(倒しちゃった。あの不利な状況から勝てるのね)」


 一連の戦いを見守っていたアネモネは戦況が騎士達の方へと傾いたの目にする。

 また自分の出番がないことに嘆息するがわざわざ面倒な戦いに参加しなくて済んだので良しとした。

 そんなことを思っていると、彼女のすぐ近くの茂みから音が鳴る。


「あ」


 思わず声が出た。

 血まみれの魔物が殺気をあらわに立っている。

 長い手を活かし遠方から石を投げてヴァルサガを苦しめていたグリーンエイプである。ヴァルサガに撃墜された後、こっそりと回り込んでいたのだ。

 手にはハルバードが握られており、格好の獲物を前に歩み出す。


「(傍から見たらピンチなんでしょうけど)」


 アネモネは腰を浮かせ『攻撃用の能力』を使おうとした。

 十分な時間的猶予。それに加え予め自分に回復をかけ、致命傷を負っても即座に復活できる備えまである。

 敵が射程に入りかけた時、いよいよ魔術を展開しようとしたタイミングで閃光がグリーンエイプの頭部を粉砕した。


「…………」


 閃光が来た方を向くと、数名の人影。別動隊として動いていた右翼編隊の面々が見えた。

 その先頭にはヘンディの姿がある。彼の周りは幾つもの光る粒子が漂い、先ほどの閃光もこれが元になっていることが分かった。


「やあ、危なかったね! もう安心だよ」


 颯爽と現れ、二枚目の顔でアネモネへ微笑みかける。しかし、行き場を失った魔術と戦意を抱えたアネモネは微妙な表情だ。

 一応、体面的には彼に救われたので会釈程度に頭を下げる。


「どうもです」

「ふふ、良いってことさ。すぐに戦いも終わるからね、隠れてて」


 ウインクを残し、彼はヴァルサガたちが戦う場へと駆ける。その後ろからロザリアたちが後を追った。

 お預けを食らったアネモネの手持無沙汰感は増し、近くに落ちていたハルバードを届けようと拾おうとする。


「…………おも」


 子供であることを抜きにしてもハルバードは重かった。

 やることがなくなり、とうとう彼女は空を仰いだ。


「はぁ……。早くロゥくんに会いたい」

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