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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
騎士のロザリア
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1-3.再会の約束と再戦の相手

 出発の日。

 仕度を終えたロザリアが振り返った。

 目の前にはロゥ、そしてこの1週間を過ごした彼の家がある。

 まだ日が顔を出し切っていない早朝。ようやく森に光が差し込んで来た時間にロザリアは発つことにした。


「それじゃあ、世話になったなロゥくん」


 ロザリアは手を彼の頭に置き、優しく撫でた。


「えへへ、僕も久しぶりに人と話せて楽しかったよ。それよりも送っていかなくていいの?」

「ああ、川岸まではここ数日で行ったことだし、迷うこともないだろう。川を渡ってからは魔物が出るから、私一人の方がいい」


 ロゥは最初、森の入口付近まで送ることを提案したがロザリアはそれを遠慮した。

 理由としては、川を渡った先では魔物が生息しており、行きはともかく帰りはロゥ一人になってしまい、まだ年端も行かない子供を魔物が住んでいる地域で一人にするのは騎士としてロザリアは許さなかったからだ。


「もうちょっとお姉さんと一緒にいたかったんだけどなぁ」

「大丈夫だよ。私はこの森に調査をしに来たんだ。またここにも寄らせてもらうさ」

「約束だよ?」

「ああ」


 再開の約束を結び、ロザリアは出発した。



 ロザリアは順調に森を進んでいた。

 木の根や背の低い植物が歩くのを邪魔するが、この数日で彼女もだいぶ慣れを感じ歩く速度は緩やかだが一定を保っていた。

 鎧を装備しているが荷物は最低限のものだけを持ち、食料は現地調達をする予定のため比較的身軽だ。

 歩いて拠点としている地まで歩くだけだったら1日ほどで済むとロザリアは予測している。


「ん?」


 森を進むと奇妙な光景に出くわす。それはこの森に多く生息する小動物であるウサギだった。

 ウサギは警戒心が強いため人の気配を感じると姿を消し、危険が去るまで隠れているのだ。

 しかし、今彼女の前には数羽のウサギが確認できた。

 ウサギはロザリアのことを気にもせずに横を通り過ぎていった。普段では絶対にありえない行為だ。


「この先に何かあるのか?」


 ロザリアは警戒しつつ慎重に進み、すぐに異変に気付く。


「(血の匂いだ)」


 森の湿った空気に混ざり、血の匂いがする。それもちょっとやそっとではない。

 むせ返るほど濃い血の匂いが辺りに充満していた。


「(川はまだ渡っていない。魔物が出てくるはずは……)」


 木の陰から周囲を索敵してから移動、という手順を繰り返し慎重に森を進んでいく。

 そして、この血の匂いの原因となる場所にたどり着いた。

 そこはちょうど木や植物が生えておらず、森の中にできた小さな広場のような場所だった。

 血の海が広がり、ひどい匂いがした。


「(鹿が食われている……)」


 人間大もありそうな鹿が腹から食い破られ、絶命していた。

 そしてなおもその鹿を食い続けているのはロザリアの見覚えのある魔物だった。


「(あいつは……!?)」


 それに気づいた瞬間、魔物も彼女に気が付いた。


『ごぉおぉぉぉぉおぉおおぉおおおおおおぉぉおおぉぉぉおおお!』


 雄たけびが森に広がり、周囲の木々から一斉に鳥が羽ばたく。

 ロザリアもその声量に堪らず耳を抑え、顔をしかめた。


「ぐっ!?」


 巨大な体躯から発せられた雄たけびは周囲の生き物の動きを鈍らせる。

 雄々しく鋭い角は一撃で木々を粉砕し、その獰猛な瞳は生物を殺すことに何のためらいも感じさせない。

 腕は一振りで人間をなぎ倒し、走れば馬とも並ぶ。

 牛の頭に人間のような体。

 ロザリアが森で戦い遅れをとってしまった敵。

 彼女同様に川へと落ち、こちら側に迷い込んできた魔物。

 その魔物の名前は、


「…………ミノタウロス!」



 一方、ロゥはロザリアを見送った後、もう一度ベッドで横になっていた。

 彼女がいた時であれば一緒に剣の鍛錬の真似事を行ったり、木のみや野草を採りに行っている時間であるが一人になった寂しさを紛らわせるために体を丸めて床に就いていた。

 家の周りは静かに時が流れ、ときどき風に揺れた枝葉がこすれる音や鳥のさえずりが聞こえてくるだけだ。

 ゆったりとした時間の流れの中、ロゥは再び眠りにつこうとした。

 その時だった。


「ん?」


 突如、ロゥは全身のバネを使い、ベッドから飛び起きた。

 耳を懸命に動かし、周囲の情報を得ようとしている。


「(どこかからすごい音がした…………獣の叫び声に似てるけど違う。もっと大きくて悪い奴だ)」


 人間では聞こえないような小さな音を拾い、理性とはかけ離れた直感、野生の感で音の原因を感じ取った。

 そして、すぐに家から出てロザリアが進んでいった方を見据える。


「(お姉さん……!)」


 ロゥは森へと駆け出した。



 ロザリアは劣勢を喫していた。

 ミノタウロスは全身を筋肉の鎧で包み、攻守ともに優れた魔物だ。

 本来なら単独での戦闘は避け、複数人での討伐を行うのがセオリーになっている。

 実際、約1週間前に彼女が戦闘を行った際は仲間との連携で数匹のミノタウロスを倒している。


『ごおおおお!』


 力任せの大ぶりの攻撃が木に直撃する。木の幹が悲鳴を上げ、木片が飛び散る。細い古木ならへし折れてしまうことだろう。

 大ぶりの攻撃で隙が生まれ、彼女は木の陰から身を乗り出し、鋭い一閃を与える。


「たあぁ!」


 剣先がミノタウロスへと命中するが数滴の血を滴らせるだけで終わってしまう。

 逆上しているミノタウロスは怯むことなく次の攻撃を繰り出そうと腕を振り上げた。

 攻撃の気配を察知し、ロザリアは木に身を隠す。

 風を震わせながら叩き付けられたミノタウロスの腕が樹木を揺らす。


「(くそ、これではきりがない)」


 致命傷を与えることができずにいる現状を彼女は歯がゆく思っていた。

 現状を打破するためには威力のある攻撃を与える必要があるが、それでは今度は彼女が決定的な隙を産む。

 一撃でも受けると詰みとなる紙一重の状況だ。そんなリスクが大きすぎる選択は普通に考えてできるわけがない。

 ロザリアは防戦を繰り返しながらわずかに攻撃を行い、ミノタウロスの消耗を待つ持久戦を余儀なくされていた。


「(しかし、逃げるわけにはいかない)」


 ロザリアは決意する。命を落としてでもこのミノタウロスを倒す、と。

 この森にはロゥがいる。

 見ず知らずの人間である彼女をただ純粋な善意によって助けた心優しい少年の顔を思い浮かべた。


「(こいつを連れて来てしまったのは私だ。ロゥくんに危険が及ぶことは絶対にあってはならない!)」


 彼女の強い決意が通じたのか、ミノタウロスは自身の大ぶりの攻撃が災いし転倒した。

 凹凸のある地面が湿気でぬかるんでいた状態でのテレフォンパンチ。重量のあるミノタウロスが転ぶだけの条件はそろっていた。

 耐えに耐えた絶好の好機、ロザリアが攻勢に転じた。


「《ラピッド・スピアー》!!」


 魔力のこもった鋭い突きを見舞う。

 いくら鍛えているとはいえ女性であるロザリアの腕力はそれほど高くない。しかし、魔力を込めたスキルならば話は変わってくる。

 本人の資質によって魔力の純度は変わってくる。

 100年に1人の逸材と言われるほどの魔力量、本人の生まれながらにして備えていた剣技の才能、才能におぼれずにひたすら鍛錬を重ねた愚直なまでの真面目さ、そのすべてが彼女が最年少少尉と呼ばれる要因だった。


『ごぁおあおぁあぁおぉぉぉ!?』


 ミノタウロスの頭部へ必殺の一撃が入った。

 肉をえぐり、骨は削れ、左の眼球を完全に潰せた。そして、さらに追撃を加える。


「《クアドラプル・スラッシュ》!!」


 魔力を込めた四連撃、素早い剣速でダメージを蓄積していく。

 その攻撃を腕で体を抱くようにしてミノタウロスは防御した。全身に裂傷が生まれ、血が噴き出るが致命傷までには至らなかった。

 それを確認するとロザリアはステップを踏み、後退する。直後、彼女が立っていた場所にミノタウロスの剛腕が通過する。

 彼女は冷静に対処する。「好機と思い攻め急ぐことで逆襲を受け命を落とな」と、訓練兵時代に教官から何度も教えられたことだった。


「(お前を倒せるなら、いつまででも付き合おう。だが、必ず勝たせてもらうぞ)」


 木の影に隠れ、ミノタウロスの攻撃から身を守る。

 背中を預けている巨木から轟音が響き、彼女の体にもその振動の余波が伝わってくる。

 そしてまたミノタウロスは大ぶりの攻撃を行い、体勢を崩す。

 視界が半分になり、ダメージも蓄積されている状態だ。

 好機が訪れる機会も増え、彼女は優勢になっていった。


「たあぁ!」


 剣を持つ手に力を入れ、剣先をミノタウロスへ突きつける。

 しかし、ミノタウロスは彼女の想定を裏切った。のど笛を切り裂くハズだった刃を自らの左腕を犠牲にし、防御に加えロザリアの攻撃の手段を奪ったのだ。

 丸太のような腕に深々と剣が突き刺さるが筋肉を締め付けて強固に拘束されてしまったのだ。


『ごぉおお!!』


 好機を得たミノタウロスが右腕を振り上げ、彼女へと振り下ろした。

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