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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
貴族のトロワ
29/79

5-2.はじめての狩り

◇◆◇お知らせ◇◆◇

7月中にサブタイトルとあらすじの部分を変更します。詳細は活動報告をご参照ください。

※今までの話は本文は変更しません。

 ロゥたちの時と同じようにトロワ、ポップ、ヘンディは朝食後に挨拶を済ませた。


「いやー、うまい! こんな辺鄙な森でこんなにうまい食事にありつけるなんて思いもよりませんでしたよ!」


 ヘンディがやや大袈裟に食事の感想を口にする。

 彼ら3人は出された食事を夢中で胃に収め、よほど空腹だったことが伺えた。


「森に入って3回夜を越したんですけど、水も食事も満足に見つけられなくて餓死するところだったんですよね」


 過ぎてしまえば何のことはない、とした風にヘンディは森での出来事を語った。


「私が持ってきた保存食がなければ餓死は確実でした」


 ポップがヘンディへ非難がましい視線を向けると、両手を合わせた彼は低姿勢になった。


「いやー、本当助かったよポップ」

「あなたが森に行こうと言ったのに何の用意もしていないのは驚いたわ」

「いやー、本当に感謝していますポップさん」


 ポップが人差し指を上げた。


「貸し1つね」

「はい、ツケといてください」


 低姿勢だったヘンディは器用にそのまま頭を下げ、彼女に合わせて指を1本立てた。


「食った分は働け。貴様はこれから私の班と警邏だ」

「わかってますよ! 任せてください!」


 すでに準備を終えたヴァルサガがハルバードを抱えやってきた。ヘンディも腰に差した剣を叩き、彼女に連れられ席を立った。


「お嬢様、ポップ。しばしのお別れだ!」


 テーブルに残っていた彼女たちにウインクをしてヘンディは去って行った。


「それじゃあ、僕たちも行こうか」

「よ、よろしくお願いします!」


 ロゥも椅子から立ち自分の仕事を始めようとトロワを見た。

 彼に対し、トロワは頭を下げた。


「じゃあ、トロワお姉さんと一緒に食料を採って来るね」


 騎士団では遠征の時に日持ちの良い携帯食料を持参している。

 森の調査任務も例外なく、携帯食料を持ってきてはいる。しかし、長い間滞在すると味気ない携帯食料に不満を覚える者は多く出ている。

 ロザリアも隊長という立場の手前、文句は口に出さないが辟易していた。

 なので、最近では狩りしたり、森に自生しているものを採集している。ロゥたちが訪れた日に振舞われた鹿肉はそうした狩りで得られたものだ。

 しかし、成功率は高くない。騎士たちは市街での活動を主に訓練しているので森でのサバイバルはほとんど素人、というのが原因だ。

 そこで森で生活し、なおかつ一人で生きてきたロゥに食料の調達を依頼し、そのサポートをトロワに任せるという案をロザリアは出した。


「頼んだぞ。そろそろ皆、硬いパンや粘土みたいな栄養食に飽きてきてね」


 肩をすくめ困っている、とアピールする。


「何か欲しいものとかある?」

「そうだな、鹿がいればありがたい。男所帯で肉は喜ばれるからな」

「わかったー」


 森に入り、ロゥは獲物のいそうなポイントに向かう。


「ロザリアお姉さんの話だと鹿とかうさぎがよく見つかるんだって」


 周囲を見渡すが視界は緑一色。獲物の姿はなく、ロゥは耳で探すも結果は変わらない。


「まだ拠点に近いから動物はここら辺にはいないみたいだね」

「ロゥくんは森に住んでいたんでしょ?」

「うん。生まれた時からね」

「アネモネちゃんやメリッサさんと一緒に暮らしてるの?」

「前まではお母さんと村に住んでたんだ。でも、みんな死んじゃった。アネモネやメリッサお姉さんたちと一緒に暮らすようになったのは最近だよ」


 トロワの目には、この獣人の少年はまるで彼女が暮らしてきた世界とは違う世界に生きているように映った。

 住んでいる場所、食べているもの、これまで生きてきた過程があまりに彼女が知っているものと違ったからだ。


「…………そう、ロゥくんは…………強いんだね」


 ようやくそれだけ搾り出すことができた。


「そうかな?」

「……そうだよ、私みたいな世間知らずはお母様や屋敷の人たちが死んでしまったら生きていられないわ」

「じゃあ、僕が教えてあげる!」

「え、教えてくれるの?」

「うん」

「…………ありがとう!」


 俄然やる気になったトロワは張り切って目の前にある木の根を跨いで先へと進んだ。

 2人が拠点を出て時にはまだ登りきっていなかった太陽が頂点へ達したあたりにロゥは周囲を伺いトロワに声をかけた。


「だいぶ拠点から離れたから獲物になりそうな動物がいると思う。ここからはゆっくり、静かに進もう」

「ええ」


 注意深く周囲を索敵し、狩りの手がかりになりそうなものを探す。


「あった」


 ロゥは腰を屈め、地面の土を払う。表面の土を払うと周りの土と色の違う粘土質な物体が現れた。


「これは?」

「うXち」

「………………………………」


 トロワは努めて冷静に装ったつもりだが顔の筋肉が引きつった。


「これは狐だね」

「…………どうしてわかるの?」

「ほら、中に白くて短い毛がたくさんあるでしょ? これはネズミの毛なんだ。森でネズミを食べてこの大きさのうxちをするのは狐なんだよ」


 近くに落ちていた枝で粘土質の物体を突き、内容物を見やすくしていくロゥの姿にトロワは言葉を失う。


「狐は夜行性で警戒心が強いから罠を作ろう。トロワお姉さん、手伝って?」

「あ、うん、わかったわ」


 あまり粘土質の物体を見ないようにトロワは頷く。

 まず、2人で近くは木の皮を剥がし、均等の幅のものを何枚も用意した。

 それをロゥは器用に編み、筒を作った。トロワは彼から教わりながら一緒に何個か似たような筒を作っていく。

 筒は人の腕が2本ほど入る太さで、長さは肘から指先くらいがすっぽり入った。


「これは?」

「これは餌入れ。狐が頭を突っ込んでそこにある餌を食べるんだ」


 木の皮で作られた餌入れを蔦で近くの木の幹に固定する。ちょっとやそっとでは外れないように入念に蔦を巻いた。


「そしてこの中に餌を入れるよ。狐は雑食だからなんでもいいんだけど、ちょうど好物の油の実があったから潰して入れよう」

「油の実?」

「動物の油やその匂いに似てるから油の実って言うんだって。昔、村のお爺さんに聞いたんだ。狐は肉食寄りの雑食だからこれが好きなんだよ」


 油の実を適度に砕き放り込む。


「これで狐が捕まえられるの? 餌だけ食べられちゃいそうだよ」

「大丈夫。この木の皮はね小さな棘がたくさん生えてて、狐の毛にすごく引っかかるんだよ。狐が餌入れに顔を突っ込むと抜けなくなるようにする仕組みだね」

「なるほど、これなら放って置けるからおっけか回す苦労もしなくていいね」

「うん。すぐに捕まえられるものでもないから、また明日様子を見に来よう」


 作った餌入れの分、罠を貼ってその場は終わりにした。


「じゃあ、もうちょっと周りを見てみようか」

「うん」


 それから2人は獲物の気配を探しながら森を探索したが目欲しい成果を上げることはできなかった。


「んー、今日は日が悪いのかな。狩りは諦めてキノコや果物を集めて終わりにしようか」

「そうね、もう足腰が痺れちゃったわ」

「寝る前にマッサージした方が…………ん」


 帰路につこうとすると、ロゥの耳が小刻みに動いた。穏やかだった表情は引き締まり、目が鼻が耳が肌が周囲の情報を得ようと全神経を用いた。

 トロワは事情を察し、口を閉じる。


「あっちだ」


 声を潜め、中腰で移動する。

 できるだけ早く、しかし、足音を立てないように注意しながら森を進んだ。

 沢にたどり着き、周囲は水の流れる音が広がっている。


「いた」


 沢を見下ろすような場所で身を潜め、観察していると1頭の鹿が水を飲んでいた。

 近くには仲間は見当たらない。


「鹿だ。ちょっと遠いな」

「私にできることないかな?」

「じゃあ、囮をやってもらいたいな。僕はこれから回り込むから、合図を出したら大きな音を立てて鹿に見つかって欲しいんだ」

「わかった。合図はどうする?」

「あ、そうだった。音出せないし、色のついた手ぬぐいとか持ってきてないからなぁ」

「じゃあ、逆にしましょ。私が回り込んでみる。そして、大きな音を立てるから、ロゥくんは鹿を捕まえて?」

「大丈夫? だいぶ歩きにくいよ?」

「任せて」


 目を見ながらトロワは言った。ロゥも目を見て頷いた。


「わかった、任せる。頑張ってね。タイミングはお姉さんがとっていいから」

「うん。それじゃあ、いってきます」


 トロワが森へ消え、ロゥは魔力を薄く生成し、体へ纏った。いつでも飛び出せるように体を折りたたみ、飛び出せるように身構える。


「し、鹿さん!」


 しばらくして鹿を挟んでロゥとは反対側からトロワの声がした。


「えーっと、食べちゃいますよ!」


 トロワの声があたりに響く。鹿はトロワの方を一回見るが、気にした様子もなく再び水を飲み始めた。

 それに困惑したトロワは泣きそうな顔で鹿と周辺に視線を彷徨わせ、近くにあった木の枝を拾う。

 まだ葉がついており、長さも十分な大きな枝だった。


「えい! えい!」


 枝を振り回しながら鹿へと近づく。バサバサと葉が擦れ合う音を鳴らし近づいていくが、鹿は逃げるどころか逆に敵意を含んだ視線を彼女へ向けた。


「え?」


 鹿が角を彼女の方に向け、今にも突進しそうな体制に入った。これは完全に想定外だ。


「あわわわわ!!」


 完全に意識がトロワに行った瞬間、ロゥは飛び出した。足に纏った魔力を圧縮し、膨張する勢いを利用した推進力を利用しあっという間に距離を詰める。

 鹿がロゥに気づいた時には遅く、彼は魔力を纏った手で鹿の横面を軽く叩いた。


「よっと」


 ロゥは身軽に着地し、纏っていた魔力を霧散させる。

 彼の足元には脳震盪を起こし横たわっている無傷の鹿があった。


「つ、捕まえたの?」

「トロワお姉さんが囮になってくれたおかげだよ。あとは最後にとどめを刺すだけ」


 足を痙攣させている鹿を見下ろし、ロゥはロザリアから預かったナイフを取り出した。

 肉厚の刃は騎士団御用達の鍛冶屋が専属で作っているものだ。そこらの冒険者が持っている装備とは段違いな切れ味を持っている。


「せっかくだから、トロワお姉さんやってみる?」

「……え」

「仕留めるまでが狩りだよ。やり方は教えるから」


 ロゥに差し出されたナイフを見つめ、トロワは無意識に唾をのんだ。

 目の前にあるナイフは普段目にしている刃物とは一線を画す。なぜなら、それは自分がこれから命を奪うために使う道具だったからだ。

 彼女の人生の中で刃物を握った回数は数えられるほどしかない。箱入り娘として大事に育てられ、そういった物から意図的に遠ざけられていたのだ。


「わかったわ、やる」


 震える手でナイフを掴む。


「じゃあ、僕が頭を押さえているからこの首筋を切って。思いっきりやってあげた方が苦しまないからね」


 返事も忘れ、ナイフの刃を鹿の首に当てる。

 そして、彼女は一思いに、力の限り、腕を動かした。

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