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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
貴族のトロワ
28/79

5-1.モンブラン

◇◆◇お知らせ◇◆◇

7月中にサブタイトルとあらすじの部分を変更します。詳細は活動報告をご参照ください。

※今までの話は本文は変更しません。

 帝国の南に位置する大きな街。

 メインストリートには大きなバザールが開かれ、たくさんの人と物が溢れかえった活気のある街だった。

 人の多さに比例して犯罪率が増えるが、この街には騎士団の支部が存在し国内でも安全な街として知られている。


「んふふ、いいですねぇ」


 メインストリートから離れた静かな喫茶店に一人の男が席につく。長いコートを身に纏った長身の男であった。顔には皺が刻まれ、壮年であることがわかる。

 彼の目の前には店の看板商品である「モンブラン」が置かれ、上機嫌な容姿で男はフォークを手にしている。


「仕事の前にここのモンブランを頂けるとは神に感謝しなければいけません」


 胸に手を当て、敬虔な使徒として信仰する神へ祈りを捧げる。

 一口目をフォークで切り分け口に運ぶ。


「いいですねぇ」


 上質な砂糖をふんだんに使い、栗の甘みとともに口に広がった。

 ほんのりとした栗の香ばしさが一層のこと甘みを引き立てるが決してくどくない。


「おや?」


 二口目をコーヒーと共に流し込んだところでテーブルの端に小さな人影を見つけた。5歳くらいの小さな男の子だ。


「どうしたんだい?」


 柔和な笑みを浮かべ、壮年の男は話しかけた。

 男の声に反応はせず、指を口に咥えモンブランを夢中で見つめていた。


「ああ、よかったら君もどうだい? ここのモンブランは絶品だよ」

「いいの?」

「もちろんさ。主は「分け与えよ」と聖書に記しているんだ」


 男の子を椅子に座らせ、モンブランを差し出した。

 目の前のモンブランに目を輝かせ、男の子は頬張った。口元をクリームで汚しながら甘味に幼い顔を綻ばせる。


「おいしー!」

「それは良かった」


 男もつられて笑みを浮かべた。


「はい、おじちゃん」


 男の子が最後の一口、栗の乗ったクリームの部分を差し出す。


「いいのかい? 一番おいしいところだよ」

「うん。ここはおじちゃんのだお」


 子供ながらの心遣いに壮年の男はさらに顔の皴を深くし、喜んだ。


「ありがとう。うん、おいしいね!」


 二人で笑い合うと男の子が道の方に視線を向ける。


「あ、ママだ」

「マーク!」


 お互い同時に気づき、母親と思われる女性が小走りで近づいてきた。


「もー! どこ行ってたの!」

「おじちゃんともんぶらん食べてた」

「すみません、うちの子が……」


 壮年の男は首を横に振る。


「私こそ彼にティータイムのお供をして貰いましたのでどうかお気にせず」

「ありがとうございます。ほら、マークもお礼言いなさい」

「おじちゃん、ありがとう! もんぶらんおいしかった」

「どういたしまして。気を付けてお帰りなさい」


 何度も母親は頭を下げながらメインストリートの方へ消えていった。姿が見えなくなるまで手を振ると男は席を立ちあがる。


「さて、素敵な出会いもあったことですし、仕事に向かうとしますか」


 小さな友人ができた喜びを表情に出しながら、懐から一枚の人相書きを取り出した。

 そこにはここらを治める貴族の娘の顔が描かれており、裏にはいくつかの特徴が羅列してあった。

 壮年の男、殺し屋シトロン=バーフィはターゲットの元へ向かった。



 ヴァルサガとの初稽古から2日経ち、つまりロゥたちが拠点へやってきて6日目。

 お互いに休憩時間が重ならず、今日まで稽古ができずにいた。ロゥは嬉々として岩場へと進み、ヴァルサガもその後ろを歩く。


「ししょー、今日は新しい必殺技を見せてあげるね!」

「そういうのは黙って奇襲で使え」

「えー、急に使って倒しちゃったらびっくりしてもらえないじゃん」

「……ほう」


 挑発と取れる発言にヴァルサガは笑みを作る。手には刃を布で包み殺傷能力を下げた槍を持っていた。ロゥとの模擬戦で武器を破壊されたのを考慮し用意したものだ。

 勝ったからと言って彼女は油断しない。戦いに命をかけ、人生を賭している彼女は格下も格上も関係なく、万全の備えを怠らないのだ。

 言い換えると彼女も稽古を楽しみにしていた、ということだった。


「必殺技とやらを用意しているのなら、先に模擬戦から始めるか」

「もちろん!」


 ロゥは素早く戦闘態勢に入る。『擬獣化』は使用せず、最小限の魔力を体に纏った状態だ。

 ここぞという時にお披露目するため最初は温存する。作戦と呼ぶか怪しいが、ロゥはこの日のために考えてきていた。


「準備いいよ!」

「では、いくぞ」

「す、すみません!」


 突然、第三者の声が2人に浴びせられた。2人は戦闘態勢のまま、声のした方へ体を向ける。


 声の主はフードを目深に被った人物だった


「あの、お取込み中すみません」


 声は男だ。彼の後ろには同じようにフードを被った人物が2人いる。

 ロゥたちの位置では後ろの2人の性別まではわからない。


「水を分けて貰えませんか?」


 歩くのもやっとの風でフードの男は近寄ってきた。

 ロゥは無警戒でフードの男に腰に掛けていた水筒を渡す。


「はい、お水」

「……あ、ありがとう!」


 フードの男は水筒を受け取り、後ろにいた2人へと差し出した。


「お嬢様、ゆっくり飲んでください」


 お嬢様と呼ばれた3人の中で一番小さな者はほとんど力が入らず、他の2人に支えられてやっとの思いで水を飲む。

 続けて他の2人も水を飲む。相当喉が渇いていたようで、3人共喉を鳴らしながら水を飲んでいた。

 あっという間に水筒は空になった。


「ありがとう、助かったよ」


 フードの男が水筒を返し、頭を下げる。そして、フードを外しその相貌を露わにした。

 少しくすんだ色の肩までかかる長髪、目鼻立ちが通った二枚目な男だった。


「私の方からもお礼を言わせてください」


 後ろの方にいた2人もフードを取り、ロゥへと近づいた。

 ブロンドの髪をした少女とブルネットの女性だった。ブロンドの髪をした少女は気品のある佇まいをしており、アネモネやメリッサは高貴な生まれであるのを予想できた。


「ありがとう、えーっと」

「ロゥだよ」

「ロゥくん、ありがとう。私はトロワ……よ」


 トロワと名乗った少女は逡巡し、言葉を詰まらせた。

 それに対しロゥは気づいた様子もなく、よろしくね、っと彼女に笑顔を向けた。


「ぼくの名はヘンディ、いやー助かったよ」

「ポップと申します。お水、ありがとうございました」


 トロワに続き、二人の男女も名乗る。ヘンディはフランクに、ポップは丁寧な態度で礼を述べた。


「あっちはヴァルサガお姉さんだよ」


 ロゥに紹介されたヴァルサガは黙って3人を見ていた。楽しみを取り上げられた子供の様に不機嫌な表情だ。ただし、子供といっても猛獣の類だ。

 その食い殺されそうそうな視線に3人は委縮する。


「つ、つかぬ事を聞くんだけど、な、なんで騎士様がいらっしゃるのかな?」


 ヘンディはヴァルサガ本人ではなく、話しやすいロゥに問いかけた。できるだけ彼女の方を見ないようにしている。


「森の調査をするためだよ。開拓するから調査してるんだって」

「な、なるほどねぇ」


 納得した様子でヘンディは一人頷く。横目でヴァルサガを盗み見ると変わらずヘンディたちを睨んでいたのですぐに視線を逸らした。


「ヘンディお兄さんたちはどうして森にいたの?」

「いやー、命を狙われててねー」


 妙に軽いノリで告げたヘンディにポップは顔を顰めた。


「……ヘンディ」

「わかってるよ、でも、助けてもらって隠し事までするのはトラジェスティン家に仕えるものとしてはナンセンスだろう?」

「いいのよ、ポップ。あなたが心配してくれるのは分かるけど、ヘンディの言う通りだと思うの」


 トロワは改めてロゥたちへ向き直る。

 内心、ヴァルサガの視線に震えながらも気丈にも声を発する。


「私の名前はトロワ=トラジェスティン。近くの領地を治める貴族の娘です。私は現在、一族の跡継ぎ問題で命を狙われています。どうかしばらくの間、匿っていただきたいのです」

「ふん。貴族の内輪もめか。よくある話だな」


 ヴァルサガは3人から興味をなくし、肩をすくめた。

 ようやく睨むのを止めてくれた彼女のに対し、ヘンディも眉尻を下げ苦笑する。


「まさか、自分が当事者になるなんて思ってもいませんでしたよー」

「これで妾の隠し子が登場したら万全だな」

「そーなんですよ、娯楽に飢えた貴族たちにはもってこいのゴシップです」


 軽口を叩きながらヘンディは大まかなお家騒動をまるで他人事のように話した。

 飄々とした今の態度が本来の彼の性格のようだ。


「貴族のそういった話に騎士団が介入することはできん。越権行為になってしまう。

 せいぜい森の開拓に現地民の協力を得たとして、しばらくここで騒動が収まるのを待つことだけだな」

「いやいや、追い出されずに見て見ぬふりして貰えれば御の字です。最初は3人で森の中でサバイバル覚悟でしたので」

「その分きっちり働いてもらうぞ。貴様らは何ができる?」

「僕は剣に多少の覚えがありますよ」

「なら警邏のローテーションに組み入れよう」

「私はメイドをしておりましたので家事ならお任せください」

「うちにも1人メイドがいるから、そいつを手伝え」

「はい、畏まりました」

「私は、その……」


 申し訳なさそうにトロワは肩を落とした。


「貴族の箱入り娘に何も期待していない」


 ヴァルサガの辛辣な言葉にさらに小さくなるトロワだった。まだ稽古を中断されたのを根に持っていた。


「まあまあ、お嬢様は歌がお上手なんですよ! 疲れた騎士様たちにお聞きいただくというのはいかがですか?」

「いらん」

「ですよねー」

「ああ、では、これならどうだ」


 ヴァルサガは一つの案を救いの手として提示する。


「わ、わかりました! は、初めてですが頑張ります!」


 やる気を見せる彼女。

 トロワのリアクションとは裏腹にポップとヘンディは少々難色を示した。


「んー、でもなぁ。お嬢様にそんなことさせるわけには……」

「では、お前が二人分働くか? 24時間警邏をするなら別にそこの小娘はずっと寝てても構わんぞ」

「い、いや、さすがに……それは……体が持ちませんね……」


 ヴァルサガの代案にヘンディは口を閉ざす。


「大丈夫です! 私だって皆さんのお役に立てるなら頑張ります!」


 トロワは二人に対し、力強く言った。彼女の懸命な姿に2人は納得せざるを得なかった。


「話がまとまったら拠点へ行くぞ。そこで責任者に私が話を通す」

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