4-幕間.今日は1人だけ
「よう、坊主」
ロゥは夢を見ていた。
真っ黒な空間で獣人の大男が腕を組み、愉快そうに彼を見下ろす。
「あ、獣王のおじちゃん。久しぶり!」
獣王。かつて最強を求め己を究めつづけた流浪の魔王。
その伝承は各地に残り、黒龍の討伐、永久氷土の破壊、古代の叡智オートマタの破壊など逸話に枚挙がない。
「今日は魔王のおじさんは?」
「中々タイミングが合わなくてのう。今回はワシだけだ」
顎の下の髭を撫でながら獣王は首を捻る。
「本当なら毎日でもお前さんの稽古を見てやりたいところだが、波長が合わんとこうして出て来れんのは難儀だのう」
ロゥには彼の言葉を理解することはできず、首を傾げる。
「まあ、瑣末なことだ。今日はお前さんに必殺技を授けに参ったのだ」
気を取り直し、獣王は口元に笑みを作ると牙を見せ笑う。
無邪気な子供のように話す彼の言葉にロゥは目を輝かせた。
「必殺技! かっこいい!」
「そうだろう、そうだろう。ガハハハ!」
大小2人の子供が必殺技という言葉に夢を馳せる。
「あのヴァルサガという嬢ちゃんには感謝しなければならんな。魔力操作を坊主に仕込んだのは手間が省けたわい。
ワシが教えるのは次のステップ、術式の構築だ」
「じゅつしき?」
「うむ。お前の使う巨大な腕は純粋な魔力を目に見えるレベルの量を体内から取り出した力技に過ぎん。
あの嬢ちゃんとの稽古で魔力操作を覚えたことにより、より器用なことができるようになったが本来魔力は燃料だ。薪で人を殴っていることに変わりはない。
魔力の本来の使い方は術式を用意し、その式にあった魔術を発言させることにある。これによって坊主の拳は必殺技のとなる」
自分の拳を見せ、ロゥの前に突き出した。巨大な体躯が作り上げた拳はロゥの顔ほどもでかい。
生涯をかけて磨き上げた力の象徴だ。
「おお、すごい! 必殺技!」
「幸い、坊主はワシの技と相性が良さそうだからのう。これからそのうちの1つ伝授してやろう」
「はーい!」
魔術の基礎どころか概念すらもわかっていないロゥが術式の習得に費やす時間は未知数だった。
獣王は気長に教えることを想定していたが、子供の柔軟な頭は大人の想像を遥かに超える時がある。
「ほう、もう大方ができたとはな」
「えへへ」
ロゥは腕に魔力を纏う。その形状は初期の巨大なものやヴァルサガとの訓練で得た最小限のサイズのものとは少し違う。
術式を組み込むことで腕だけではなく、背中と臀部にかけて魔力で多くことになった。
右腕の魔力は巨大化した時のように爪が鋭い形状だがサイズは大人の腕ほどしかない。腰のあたりからはしなやかな長い尻尾が伸びていた。
全体的に獣のような、戦闘向きの形態だ。
「わー尻尾だ!」
自在に動く尻尾に気を良くし、犬のように左右に振り回す。
「『擬獣化』という肉体強化系の魔術だ。ワシや坊主のような獣人に相性が特に良い」
人に獣の特性が合わさった獣人は五感など体の器官が通常の人間よりも優れている。例えばロゥは犬の特性である聴力、嗅覚、俊敏性を持つ。
「最終段階では全身を変化させる。ワシも習得に何十年も費やした高度な魔術だがな。
初回で腕と尾を形成できただけでも十分な成果といえよう」
獣王は上機嫌でたてがみを撫でた。
「嬢ちゃんとの稽古で覚えた圧縮による溜め、その腕なら術式を通すことで効率よく行える。
もし実戦で試せそうなら使ってみると良いだろう」
「ありがとう、おじちゃん!」
「まあ、試せる機会はそうそうないと思うがのう」
満足そうな顔をする獣王だが、1つ不満を漏らした。
「どう言うこと?」
「坊主、お主の魔力はマルコから力を継承した時に変化した。魔王は闇を司り、その属性の頂点に君臨する。
するとな、魔物はお前を畏れるのだ」
「魔物が?」
「そうだ。魔物の起源は初代魔王が作り出したとされる。故に魔王の力を継承した者は魔物から畏れられ避けられる。
坊主も心当たりがあるのではないか?」
森での探索を思い出す。
アネモネと彼女の故郷に行く道のり、騎士団の拠点へと移動した道のり、その2つともが魔物と出くわしていない。
「言われてみればそうかも」
しかし、例外はあった。
「でも、ミノタウロスとかロックハウンドは逃げなかったよ?」
「人の手が加わった魔物と突然変異の魔物だからな。例外だのう。
他にも知能が高く誇り高いドラゴンなんかも例外に入るのう。ワシは一時期、手合わせの相手がいなくてドラゴンばかり狩っておったわ」
獣王は歯を見せて愉快そうに笑う。
「しかし、相手がいないからと言って鍛錬を怠ってはいかんぞ。
いついかなる時でも実戦に入れる心構えと準備をしておくのが戦いに身を置く者だ」
「はーい!」