4-6.vsヴァルサガ
ロックハウンドの討伐をした翌日、つまりロゥたちが拠点にやってきて3日目。
早朝にヴァルサガはロゥを昨日と同じ岩場に呼び出した。
2人以外に人影はおらず、魔物の気配もない。
「今日からお前に稽古をつける」
「けいこ?」
「そうだ。お前は強大な魔力を持っているが使い方が全然なっていない。将来、我が国の利益に繋がりそうな人材が埋もれているのは見過ごせんからな。早朝やお互いに空き時間が出来た時にでも私が稽古をつける」
将来しのぎを削り合うような強敵の育成が本音だったがおくびにも出さず、大義名分を掲げた。
「ヴァルサガお姉さんは先生なの?」
「先生ではない、師匠と呼べ」
「ししょー!」
「よし、ではまずあの腕を出してみろ」
言われた通り、ロゥは魔力を込め両腕を巨大化させた。
吸い込まれそうなほど黒い魔力が木の幹よりも太く、獣の爪よりも猛々しい手が現れた。
「まずその腕をさらに進化させる」
「はい!」
ヴァルサガは足元の土をおもむろに抉り、両手ですくい上げた。
「これを見ろ。これはなんだ?」
「土!」
「そうだ、ただの土だ。私が指を動かせば零れ落ち、腕を振れば投げることができる。言うなればお前の腕はこの土と同じ状態にある」
「その土と?」
「そうだ。腕の形をしてはいるが純粋な魔力だけの塊。この土を腕の形にしたのと一緒だ」
そう言うと、手に持った土を両手で圧迫し、団子状に押し固めた。
「見ろ。土を圧縮したことで同じ量だが体積が少なくなった。この状態ならば指を1、2本動かしただけでは手からこぼれず、投げれば遠く飛ぶようになった」
「おおー! つまり、僕の腕もその土みたいに圧縮すれば同じ威力だけど小さくて動きやすくなるってこと?」
「その通りだ。
魔力は何もしないだけでは体から流れ出る気体のようなものだ。お前の腕は尋常でない量で形を保ってはいるが、言ってしまえばそれだけだ。
効率的ではない。お前がもっとも効率よく、合理的に魔力を操作できるならそれだけで魔術に匹敵するほどの威力を得ることができる。
なので今日から魔力の圧縮を練習する。理解したか?」
「はーい!」
魔力の操作は魔術の応用へつながる。
例えば火の玉を作り出す魔術を行使するにあたり1000の魔力を必要とした場合、100の魔力で実行すれば本来は攻撃用の魔術であろうと松明に火を灯す役割へと変わる。
強弱以外には火の玉を生成する1000の魔力を分散し、400、300、300と分割することで複数のやや小さい火の玉が出来上がる。
同じ術式を用いても魔力の操作を調整することで無数の結果が現れる。
ただし、魔力の操作は正しい術式、的確な魔力を生成することができ、十分にその魔術を理解しているのが前提だ。
ロゥは理論以前に感覚で魔力を操作し、なおかつ魔術ですらないため難易度は圧倒的に高い。
「うわっ」
巨大化した腕を縮小しようとするも均等に圧縮をかけることができなかった。
その結果、腕の一部が不自然に盛り上がりロゥはバランスを崩してひっくり返った。
「難しいなぁ」
「反復あるのみだ」
ヴァルサガは近くの岩に座りロゥの訓練を見守る中、手には森で拾った木の棒とナイフがあった。
木の棒は長く、よほど大きな木の一部だったのがうかがえる。
彼女はそれにナイフを入れ、表面を削り均一の太さにしている。
「うわっ」
「もう一度」
ロゥの訓練はゆっくりであるが進んだ。
使用する魔力を少量にし、徐々に増やしていく工夫を行うことにより腕の形成が段々上手くいくようになった。
「使う魔力を少なくしたら上手くいったよ」
彼の腕には黒い魔力が纏わり付いている。
肘から指先にかけて魔力を装着し、ロゥの本来の腕の大きさ程度の形状を維持できていた。
「そこの岩を殴ってみろ」
ヴァルサガが示した先には彼女の身長よりも大きな岩が鎮座している。大男が槌を使ってもひびすら入れることが叶わなそうな大岩だった。
ロゥは魔力を装着した腕を引き、腰を落として力一杯踏み込んだ。
「えいや!」
繰り出された正拳は岩へと吸い込まれ、破壊音とともに表面が砕け散った。
しかし、表面だけだ。彼が予想した完全な破壊には至らなかった。
「うーん、やっぱ使う魔力が少ないと威力が落ちるなぁ」
今のロゥは普段使用している魔力の3分の1まで抑えた状態だった。
「何回やっても半分くらいになると形が崩れちゃうんだよね」
「では、趣旨を変えよう。
今の状態で殴りつつ拳が岩に触れそうになったらいつもの魔力量まで増やしてみろ。
限界まで我慢しろ。途中で小さい状態にが保てなくなっても腕の形状だけは維持だ」
「はい、ししょー!」
再び構えを取り、さきほど同様の正拳を突き出した。
そして、腕が伸びきり岩に触れそうになるタイミングで魔力を増やす。
案の定、腕に纏っていた魔力は形を保てなくなりそうになるが無理矢理膨張するのを押さえ込む。
しかし、限界が訪れ腕は膨張する。咄嗟にロゥは腕の形に保ちつつ、溢れ出す魔力の方向を「前」に行くように促した。
腕が岩にめり込み、続けて膨張した魔力が前方へと押し出された。岩は巨大な質量が生まれた衝撃を与えられ耐えきれず崩壊する。
衝撃は岩が砕けるだけでは収まらず、砕けて飛び散った礫が凶器となって周囲四方へと飛来する。その威力は木の幹に穴を開けるほどだ。
「お、おお…………!」
いつもの巨大な腕となってしまったが、普段以上の威力が生まれロゥは驚きに言葉を失った。
「限界まで抑え込んだことで力が貯まり普段よりも威力を増したようだな。ようはデコピンと一緒だ」
ヴァルサガはわかりやすく人差し指と親指を使いデコピンを作る。
人差し指に力を込めるが親指で抑えたことで「溜め」ができ、人差し指だけでは出せない威力が生まれる。
「なるほどー! ししょー! すごい!」
「殴った後はサイズを小さくしろ。身軽になれ」
「はーい」
魔力を抑え、巨大だった腕はロゥの本来のサイズまで小さくなった。
「その状態でも熟練の武闘家の拳よりは強力だ。臨機応変に使い分けろ」
「わかりました!」
「これで完成だと思うな、魔力を抑える訓練は続けろ」
「はーい」
「さてと」
ヴァルサガは手に持っていたハルバードを地面に突き刺し、代わりにロゥが訓練をしている最中に作った木の棒を握る。
長さはハルバードと同じくらいだ。
「?」
ロゥに視線を向け、薄らと笑みを作る。
その視線を浴びるとロゥの耳は小刻みに動き、彼女から距離を置いた。本能で危険と察したのだ。
「これから本格的な稽古だ。ハンデだ、この棒きれで相手してやろう」
獣のような眼光でロゥを捉え、構えを取る。
対峙するロゥも受けて立つため、腰を落とした。その顔は笑っていた。
「負けないよ、ししょー!」
「いくぞ、っは!」
ヴァルサガは地面を蹴り、低い姿勢でロゥへと迫る。ロゥに腕の巨大化を行う時間を与えず、距離を詰めた。
ハルバードの射程圏内に入り、ヴァルサガ最速の攻撃を繰り出す。
「『一光閃』!」
棒を地面と平行になるように構え、投げ込むように突く。棒を持つ部分を手の中でスライドさせ、石突きを握ることでリーチを最大まで伸ばした。
ロゥは選択肢を回避のみしか見出せず、寸でのところで避ける。
「うわ、早い!」
「まだまだ! 『二光閃』!」
棒を引き、その時に持ち手をスライドさせることで再び攻撃する体制に入る。
今度は続けて二連突きを放たれ、ロゥは防戦を強いられた。
「くぅ……!」
圧倒的なリーチ差が生まれ、ヴァルサガは剣士3人分の距離から攻撃を間髪入れずに放つ。
棒きれとは言え、達人級の技は風を切り裂き、その威力を存分に理解させる。
「(一回でも当たったらやばい!)」
構えて、殴り、魔力を膨張させるまでの間にヴァルサガは2回攻撃ができる。
ロゥはその絶望的な状況の中、活路を見いだすため回避に専念する。
「よく避けているがいつまで持つかな!」
ヴァルサガはフェイントを織り交ぜ、ロゥを追い詰める。
岩が多く、足場も悪い場所へと誘導され回避するのが苦しい。
「これで終いだ。『柳虎武連』!」
木の葉が宙を舞うような、軌道が予測できない攻撃が絶え間なく振るわれる。
決定打は避けるがロゥの体には幾つもの打撲痕が植え付けられてた。本物のハルバードなら手足はなくなっているだろう。
しかし、ヴァルサガの猛攻を凌ぎ切った。攻撃の終わり、次の攻撃までの繋ぎの短い時間をロゥは待っていた。
「お返しだ!」
構えて殴る時間はない。そうしている間にヴァルサガは攻撃を可能にしてしまう。
彼女が作り出した刹那の隙を突くためにロゥが選んだ攻撃方法は投擲だった。
攻撃を捌いている間、そこらに転がっている石ころを拾い上げ、手の中に隠していたのだ。それを指で弾き、彼女へと発射した。
「む」
ロゥの強化された指の力で弾き出した小石は人の手から放たれたものとは思えない速度だ。
ほぼノーモーションで繰り出された攻撃にヴァルサガは棒を使い防御で対応するが、ただの木を削ったものに耐久力など皆無に等しく真っ二つに折れた。
「もらったー!」
ロゥは好機と見定め、踏み込んだ。ヴァルサガまでの距離、剣士3人分の間合いを潰し、彼の得意とするリーチまで詰め寄った。
「たぁ!」
「甘いわ!」
ロゥから繰り出された拳をヴァルサガは華麗に払い、カウンターで蹴りを腹に見舞った。
「ぐえ!?」
強烈なキックにより体重の軽いロゥは後方に吹き飛んだ。
岩場を転がり、仰向けに倒れた。ダメージで動けず、青く澄み渡る空を眺めていたらヴァルサガが視界に入った。
「ずるいよ、ししょー。素手でも強いなんて」
「当たり前だ、馬鹿者。次からは格闘術の稽古だな」
「はーい」
ヴァルサガとの初稽古はロゥの黒星で幕を閉じた。
☆
ロゥとヴァルサガが稽古をしている同じ頃、3人の旅人がフードを目深に被り平原を馬で駆けていた。
「あの森にひとまず逃げよう!」
先頭を走っていた男が後ろで二人乗りをしている者たちに声をかけた。
彼らの前方には地平線を覆うほどの広大な森が広がっている。
「森って、何か考えがあるの?」
後ろの馬で手綱を握っている女が聞き返す。
男はよく通る声できっぱりと答えた。
「全然ない!」
「バカか!」
すぐさま後ろの馬で手綱を握る女の罵声が聞こえた。
「お嬢様に野営でもしろっていうの!」
「町は危険だ。こんな田舎の村だっていつ追手が来るかわからないんだ」
「だからって未開拓の森は危険すぎよ!」
「危険は承知さ。でも、相手もまさかあの森に逃げ込んだなんて思わないだろう?
追手を撒ければ森を出て安全な場所へ移動すればいい」
「その森で命を落としたら元も子もないって話をしているのよ!」
「重々承知しているさ。でも、君と僕がいればお嬢様を守れるはずさ!」
力強く答えられ、手綱を握る女は言葉をなくす。
「……こんな時でも前向きなのね」
「なんだって?」
ようやく絞り出した言葉は先ほどまでの覇気がなくなり、馬の駆ける音にかき消されてしまう。
手綱を握る女は難しい顔をするが、後ろに乗る少女が彼女のローブを引っ張った。
「ポップ。ヘンディの言う通り森へ行きましょう」
「お嬢様……」
後ろの馬で手綱を握る女、ポップは少女の言葉に眉尻を下げた。
「だって、ポップとヘンディがいれば安全でしょ?」
少女は前を走る男、ヘンディと同じことを告げた。その迷いのない瞳にポップは一瞬困った顔をするが、意を決した表情に変わった。
「ヘンディ! 森に行くわよ! 死んでもお嬢様を守りなさい!」
「もちろんさ! ポップ、君のことも命を賭して守るよ!」
「うるさい! いいから前向いて走りなさい!」
ヘンディはキザに笑い、彼を睨みつけているポップ。
相性が悪いようで、実際は息の合う二人を見て嬉しそうに少女ははにかんだ。そして、二人には決して悟らせないが羨ましくもあった。
「(……私もいつか二人の様に信頼し合えるお方に出会えるのかしら)」
3人は最果ての森へと進路を決めた。