4-5.vsロックハウンド
「お前たち」
ヴァルサガが二人に声をかけた。
威風堂々たる姿を見て、近くの団員たちに緊張が走る。
「あ、ヴァルサガお姉さん」
怖いものなしの子供、ロゥは騎士たちが恐れを抱くヴァルサガに対してもお姉さん付けだった。
周りにいる騎士たちは自分のことではないにも関わらず肝が冷える。
「薪割り終わりました」
「ナースのお仕事も終わりました」
「ああ、よくやった」
手を上げて仕事が終わったことを報告するとヴァルサガは頷き、二人に労いの言葉をかける。
自分にも他人にも厳しいと評判のヴァルサガだったが、さすがの子供に対しては優しく接するのだと周りの騎士たちは安心した。
「次は魔物討伐だついてこい」
安心した矢先、とんでもない発言に騎士たちの顔色は真っ青になった。
しかし、彼らの心配はよそにロゥとアネモネは楽しそうに了承する。
「はーい」「はい」
早速、森に足を運ぼうとしているヴァルサガたちに近くにいた騎士の一人が意を決して声をかけた。
彼は人一倍子供が好きであり、今年に入ってから息子が生まれたパパ騎士であった。
「ちゅ、中尉!」
「なんだ?」
蛇に睨まれた蛙の如く、騎士はヴァルサガの視線に足を竦ませた。
しかし、彼は己の正義を信じ、彼女に進言する。
「こ、子供に魔物討伐は、さすがに、その、危ない、ような、気が、しなくもなくないような気がするのですが」
「こいつらの能力を見てその発言か?」
「あ、そ、その……」
最初の威勢から、彼女のたった一言で狼狽する。
「ロゥは魔力で固めた剛腕がお前の剣よりも強い。アネモネは詠唱なしでの治癒ができ一刻の猶予がない時には有効だ。まだ何かあるか?」
「か、彼らの、意志を」
「お前たち魔物討伐は不服か?」
「平気だよ」「大丈夫です」
ロゥとアネモネは異口同音の答えを示した。
「結論、問題ない。以上だ」
騎士の横を通り過ぎ、森へと3人は進んでいった。
顔を地面に向けている騎士に近くの仲間たちは近寄り背中を摩り、励ましの言葉をかける。
「お前よくやったよ」
「すげーよ、俺なら言えねー」
その光景を眺めていたメリッサは肩を落とす団員へ近づきハンカチを差し出した。
「ハンカチはご入用ですか?」
「……メイドさん」
傷心の身に沁みる心遣いにその場の騎士たちからの株が急上昇するメリッサであった。
☆
「この先の岩場にロックハウンドが住み着いている。巡回中の数名が襲撃を受け、撤退する羽目になった」
幸い怪我人はいなかった、とヴァルサガは付け加える。
「放置しておくと被害が増える。早急に討伐し、ここらの安全を再び確保する」
「ロックハウンドってどんな魔物なの?」
「岩場を縄張りにする犬っころだ。皮膚の一部が岩のように固く、体重がほかのハウンド系と比べて重いため一撃が強力になる。しかし、重い反面俊敏さは減っている」
普通ならな、と最後に彼女は加えた。
ロゥとアネモネがその意味を知るのは岩場に着いてからだった。
大きな岩の陰から標的であるロックハウンドを覗いてみると二人の想定した以上の巨体だった。
「おっきいね」
「堅そう」
ロックハウンドを見たロゥとアネモネの感想だった。
敵の索敵に引っかからないギリギリの距離で3人は身を隠す。
「ユニークだな」
「ゆにーく?」
ロゥが聞きなれない言葉に首を傾げる。
「突然変異だ。その種の特色に合わせ、様々な変異を見せる。アレは巨大化と言ったところか」
「ハウンド系は群れを作るって本で読んだことがあるんですけど、他の仲間はいないみたいですね」
「ユニークにも色々あってな、本来ならしない行動を起こす場合がある。おおよそ、あの岩場は誰にも渡さん、という意思表示だろう。目立つ場所に座ってるのがいい証拠だ」
「作戦は考えているのですか?」
「正面突破だ」
アネモネの問いに即答する。
「群れていないのは好都合だ。私とロゥで攻撃を仕掛け、アネモネはどちらかが負傷した場合サポートだ」
「わかりやすいね!」
「はい」
岩場で休んでいた巨大なロックハウンドは漏れ出す気配に気づき、すぐさま戦闘態勢に入った。
ロックハウンドの視線の先には岩場の陰から出てきたロゥとヴァルサガが映る。
「私が先行する。お前は少し離れた位置でヤツの動きを観察しろ。チャンスがあったら仕留めて構わん」
「わかった」
「こういう時は「了解」だ」
「りょーかい!」
ヴァルサガは一歩踏み出す。地面が陥没するほどの踏み込みはあっという間にロックハウンドとの距離を縮める。
「ぐるるるるるるる!」
うねりを上げ、ロックハウンドは迎撃に入る。
人を丸呑みできる巨体から放たれた前脚を使った薙ぎ払い。質量に加え、鋭利な爪による必殺の一撃をヴァルサガは巧みな足さばきで危な気なく回避、反撃する。
「『回嵐刃』」
ハルバードの切っ先を向け、魔力を帯びた刃を放出する。放たれた刃は竜巻のように回転しロックハウンドの硬い皮膚を切り裂いた。
「ぐるる!?」
しかし、致命傷にはならずロックハウンドはヴァルサガを危険な存在と判断し、距離を保つ。
詰め寄ろうとするヴァルサガだが、ロックハウンドは自分の足元の地面を抉り彼女へと礫を打つ。
投擲機で発射されたような礫をヴァルサガはつまらなさそう見つめ、なおも歩を進める。
「『葉払』」
眼前に迫る礫をハルバードの刃の腹ですべて叩き落す。
大人の男が両手で持つのがやっとの重量を誇るハルバードを軽々と扱っていた。
「『処断』」
振り下ろした剣筋は魔力で延長され、ロックハウンドに加え地面にも深々と切り裂いた。
ロックハウンドの土色だった毛並みは血に染まり、息も絶え絶えになっている。
数度の攻防ですでに勝敗は決していた。
「がああああ!」
咆哮。高周波による一瞬の足止めだった。
ヴァルサガは敵の攻撃に備え、腰を落とし迎え撃とうとするがロックハウンドは彼女の意に反して踵を返した。
「ッチ」
敵の逃亡に苛立ちを感じ舌打ちする。
ロックハウンドが向かった先にはロゥ、その後ろにはアネモネが控えている。
「よっと!」
接近してくる敵に対しロゥは巨大化した腕を振り下ろす。しかし、ロックハウンドは機敏に動き、体一個分横へ移動することで攻撃を回避する。
ロゥは振り下ろした手で地面を掴み、しっかりと地面とつながる。その腕を軸に体を回転させ、もう片方空いている手で横なぎのラリアットを放ちロックハウンドを殴り飛ばした。
「ぉぉぉおおおおん!?」
巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられ転がるが致命傷までは及ばない。
すぐに体制を立て直し別方向へ逃げようとするが、ロックハウンドの体に影がかぶさる。
「『雨竜陣』」
上空からの叩き込まれた一撃によってロックハウンドの体にはハルバードが突き刺さり、地面に縫い付けられた。
巨大な穴を体に開けられ、ロックハウンドは体を痙攣させた後に絶命する。
「勝ったー!」
「私いりませんでしたね」
離れた場所でガッツポーズをするロゥ、反対にアネモネは戦闘に参加できなかったことにがっかりしていた。
「二人ともご苦労。尻尾だけ取ったら後は埋めて終わりだ」
「尻尾ですか?」
「討伐証明だ。魔物を倒したことを報告する際に体の一部が必要になる」
死肉には魔物が群がり、更なる脅威をおびき寄せてしまう可能性があるため、埋めるか燃やすことになっている。
スコップ代わりにロゥの巨大な腕で地面を掘り、死体の臭いがわからなくなる深さに埋葬した。
ヴァルサガは最後にハルバードの石突でロックハウンドを埋めた場所を2回ほど叩いた。
「それは?」
「弔いだ。私は戦いに殉じた者にはささやかにだが弔うことにしている」
「とむらい……」
「常に戦いに身を置く私が唯一できる方法がコレだ」
それを聞くとロゥとアネモネは拳で2回、ロックハウンドの埋葬された場所を叩いた。
「こう?」
「ああ、十分だ。さて、戻るか」
☆
「どうでしたか?」
夜、ロザリアとヴァルサガは夜の見張りをするためたき火のそばに腰を下ろしていた。
「ロゥのことか」
「はい。強かったでしょう?」
「威力は申し分ない。だが、粗削りだな魔力の使い方がなっとらん」
「これは手厳しい」
自分にも他人にも厳しいことで有名なヴァルサガの感想としては上場の評価であった。
そこのことを知るロザリアはどこか嬉しそうだった。
「少し鍛えるか」
「まだ子供なのでお手柔らかにお願いしますよ?」
「それは当人次第だ。それと、お前は人の心配をしている場合か?」
「と申しますと?」
ヴァルサガはロザリアを見つめ不敵に口元を歪める。笑みを浮かべた彼女にロザリアの背筋に冷や汗が流れた。
「少佐のところと食事会の件だ。忘れたとは言わせんぞ」
「………………有効でしたか」
「まあ、ロゥに免じて半分だけでいいだろう」
「半分ですか?」
「ひらひらのドレスで食事会という話をただ食事会に参加するだけで許してやる」
ひらひらのドレスを着た自分が食事会に参加している光景を脳裏に浮かべ、間一髪でその未来は回避できたことに安堵する。
もし、そのような未来がやって来るかと思うと想像でも嫌な汗が出てくる。
「彼に感謝しなくてはいけませんね」
「そうだな」