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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
狂戦士のヴァルサガ
24/79

4-4.私にしかできないこと

 ロゥたちが拠点へ来て2日目。

 朝、ロゥは宿泊用のテントで目を覚ます。2つある宿泊用テントのうち1つはロザリアとヴァルサガの2人でしか使用しておらず、スペースがかなり余っていたためロゥたち3人はそこで就寝した。

 ロゥの左隣にはアネモネが寄り添うように寝息を立て、右側にいたはずのメリッサはすでに起床したのかいなくなっていた。

 重たい目を擦っているとテントの垂れ幕が開き、朝日が差し込む。


「起きろ。我が騎士団の規律には働かざる者即腹を切るべし、というものがある。子供とてここにいる間は働いてもらうぞ」

「ヴァルサガ中尉、腹を切るのではなく食うべからずです」

「食わねば死ぬ。長い間苦しむくらいならさっさと死んでもらった方がこちらとて楽だ」


 ヴァルサガの後ろにいたロザリアが困り顔になった。


「うん、お手伝いするよ」


 ロゥはまだ半分閉じている目をしているが起き上がり、はにかんだ。

 彼の返事に満足したヴァルサガは頷く。


「よし、ではお前たち2人で水を汲んで来い」


 巨大杉の近くには沢が流れており、生活用水として使用している。

 幅が狭く、子供でも飛び越えられるほどしかない。しかし、水の色は澄み、あたりに群生した薬草や花が良い環境だと証明している。


「ふんんん! お、も、いぃぃぃ!」


 顔を真っ赤にし、力の限りバケツを持ち上げるアネモネ。

 大きなバケツに目一杯の水が入り、大人でも苦労する重さだ。

 ロゥは魔力を纏った手で拠点にあったバケツ全てに水を入れ軽々と持ち上げる。


「アネモネ、僕がそれ持つよ?」

「せ、せめて1つだけでも……! 何か役に立たないと……! あ!」


 重さに気を取られ、足元がお留守になり転倒しそうになるが、すかさずロゥが魔力の手で彼女の体ごと包み込む。


「大丈夫?」

「うん、……でも私、役に立ててないよね」

「力仕事は僕に任せてよ。アネモネはメリッサお姉さんの手伝いの方がいいんじゃない?」

「……私が入るより、メリッサさん1人で仕事した方が効率いい気がするなぁ」


 アネモネは自分の無力さに打ちひしがれていた。

 ロゥと暮らすようになってから、分担作業で家事を試みているが本職のメリッサが来てからは彼女の領分となってしまっている。

 力仕事は能力の特性上、ロゥが1人で何人分も働くことができる。

 以前は文字を教えることでアネモネはギブアンドテイクを保つことができたが、今では最初の頃のように何もできない自分に落胆する。


「……私も何か役に立ちたい」


 独り言ちながらフラつく足取りでバケツを運んだ。

 ロゥは元気のない彼女の後ろ姿を不思議そうに眺めていた。



「ってことがあったんだ」


 ロゥは拠点に戻り、キャンプ用のかまどで調理をしているメリッサに水汲みの一件を話した。

 話をしながら、メリッサの隣で薪割りをしている。

 薪割り用の手斧を使わず、魔力で覆った巨大な手で果物の皮を剥くようなに木を縦に四分割して薪にしている。

 時折通りかかる騎士団員たちはロゥの薪を割る光景にギョッと驚いていた。


「難しい問題ですね。特に、ここでの仕事は普段の生活にはないものばかりですし」

「薪だってこんな量僕たちだけだったら必要ないもんね」


 ロゥは人の背丈ほどまで積み上がった薪に視線を向けた。

 細い枝から四等分にされた木片が頭の上まで、用途によって使い分けられる様々な薪が積み重なっている。


「集団で森に拠点を構え、食事、就寝、騎士としての仕事を全て恙無く行うにはそれだけやることが増え、専門的な物事も増えていきます」

「メリッサお姉さんは普通になんでもやってるよね」

「私はメイドとして如何なる状況でも主人を世話するのが勤めです。そのために修練を重ねて参りました。

 こういった場面では日頃から訓練をするか、もしくは何かに秀でた能力を持っているかしない限りは役に立つことは難しいでしょう」


 前者はメリッサ自身、後者はロゥを示している。

 普通の少女であるアネモネがすぐに役に立てそうなことはメリッサには思い浮かばなかった。


「何かに秀でた能力……あるじゃん。アネモネだけができること」


 何かを閃き、ロゥが嬉しそうにメリッサへ視線を送る。

 彼女はまだ理解できず、首を傾げた。


「あのねあのね」


 今思いついたことを彼女に打ち明けた。



「アネモネ様」


 テントの中を掃除していたアネモネにメリッサは声をかけた。

 寝袋を外に干し、テントの垂れ幕を上げて換気を良くし、箒で塵を外に掃き出したところだった。


「メリッサさん? もう食事の用意は終わったんですか?」

「はい」

「こちらも終わりました。まあ、簡単な掃除だったのですぐでしたけど」


 元気のない様子でアネモネはテントから出て来た。


「次は何か仕事ってありますか? 私のできそうなもので……」


 言葉尻が弱くなった彼女の言葉にメリッサは首を縦に振る。


「はい、ございます」

「そうですよね、私なんかじゃ役に立てそうなことなんて……え? あるんですか!」

「アネモネ様しかできないことです」


 その言葉に目を輝かせ、アネモネはメリッサへ詰め寄った。


「ほ、本当ですか?」

「はい。まずはこちらをどうぞ」


 メリッサから手渡されたのは服だった。


「? 服なら今朝着替えたばかりですけど」

「これは仕事着です」

「しごとぎ?」

「はい、ひとまずこれに着替えてください。私の方で着付けのお手伝いをします」

「え? わわ!?」


 メリッサはアネモネの手を引いてたった今掃除を終えたテントに入り、垂れ幕を下ろす。


「ロゥくん!」


 ロゥはひたすら巻き割りをしていると、後ろから声をかけられ振り返る。

 そこにはメリッサ同様、ワンピースに白いエプロンをかけたアネモネの姿があった。ワンピースの色は薄い青であり、清潔感が感じられる。


「どう? どう? メイドさんだよ」


 スカートの端を摘み、下品にはならないようにくるりと一回転。

 裾の長いスカートがふわりと広がった。


「可愛いよアネモネ」

「へへ、そう? 可愛いかな?」

「可愛い可愛い!」


 頬を赤く染め、嬉しそうにはにかんだ。先ほどまでの暗かった表情はどこかへ行ってしまった。


「私の予備を急いで直したのですが、丈が丁度良さそうですね」

「はい。ありがとうございます。私はこれでナースさん、というものをすればいいんですよね?」

「はい。負傷者の手当てをお願いします。ロザリア様へ話は通してありますので」

「わかりました」


 やる気に満ちた顔でアネモネはこぶしを握る。

 彼女に与えられた役割は能力を活かした治療だ。

 物資の少ない長期滞在は一回の怪我で命に関わる。

 日々、騎士の面々は注意を払っているが慣れない環境は不意の事故を生みやすい。仕事に支障が出るような怪我は貴重な物資を使い治療するが、我慢できるものは個人の胸の内に秘め黙殺してしまう。

 大きな怪我はもちろん、そうした今までは放置せざるを得ない怪我をアネモネは治療することができるのだ。


「お嬢ちゃんが看護師さんかい?」


 騎士団の一人が足を引きずってやってきた。

 ロザリアが団員に話を流布し、噂を聞きつけた一人がやってきたのだ。


「さっきの巡回中に木の根っこで足を取られてな。歩けないほどじゃないんだけど足首を捻っちまったんだけど、治せるかい?」


 靴を脱ぎ、アネモネに差し出された足は赤く腫れあがり筋肉が炎症しているのがわかる。

 アネモネは幹部に触れてすぐに離した。


「はい、治りました」

「え? もう?」


 あまりにも早く、あっさりとした処置に呆けた声を出す。

 団員は自分の足首を見ると元の肌色になっていることに気が付き、立ち上がって足の様子を探った。


「ほ、ほんとだ! 痛くない!」

「また怪我したら来てくださいね」

「ありがとな、お嬢ちゃん!」


 可愛らしい少女に笑顔で見送られ、調子のよくなった足と相まって団員はスキップでもしそうな気分だった。

 その彼から話を聞いた団員たちはアネモネの元へ訪れ治療を受ける。


「訓練の時にできたたんこぶがまだ治らねーんだ」

「転んだ時に鼻血が出てから違和感が残ってな」

「火を熾したときに焼けどしちゃった」


 あっという間にアネモネの前には列ができ、怪我を治癒しすると団員たちは上機嫌に任務へと戻っていく。


「やったねアネモネ!」


 巻き割を終えたロゥがアネモネの様子を見に来ていた。


「あ、ロゥくん。見てた? 私、お仕事ちゃんとできたよ」

「すごいよアネモネ!」


 二人で喜びを分かち合う。互いの手を握り、嬉しそうに何度も上下に振る光景は騎士たちには微笑ましく見ていた。

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