4-3.狂戦士
朝。
朝食をとった後3人はメリッサ手製の地図を眺めていた。
紙の上に鉛筆で大まかにロゥの家を中心とした森の地形が書かれている。
ロゥの家の四方は川で囲まれており、東側に流れる川を渡った。そのまままっすぐ東へ進むと太陽の光が遮断されるほどの背の高い木が群生した場所になり通過したことになる。
「仮に昨日通った場所を「くらやみの森」としましょう。私たちはくらやみの森を抜けたここに位置します」
地図上で現在地を示す。
「今日はどこに向かうんですか?」
「おおよそ騎士団の拠点がありそうな場所は5か所です。順番にこれらを回って行こうかと思います」
地図には丸が5つ書いてある。
「ロゥくん、どこから行く?」
「んーと、ここ!」
アネモネの問いに直感で即答する。そこにはメリッサのメモ書きで「巨大杉」と書かれていた。
巨大杉は城のようにそびえている。
外周を回るだけで1時間かかるほど大きい。周りには草木がなく、あたり一帯の栄養を独占していた。
その巨大杉の足元に帝国軍の旗を掲げ、騎士団は拠点を構える。
「ロザリアお姉さーん」
ロゥが元気に声をあげ、手を振りながら拠点へと小走りに近づいて行った。
「一発であたりを引きましたね」
「脱帽するばかりです」
騎士団拠点はオレンジ色のテントを複数連結して作られている。
テントと言っても1人2人が寝泊まりするような簡易的なものではなく、軍用の大きなものだ。骨組みがしっかりしており、夜露や風を遮断するには十分だった。
団員の就寝用テントが2つ、会議用に1つ、備品管理用に1つの計4つが横並びになっている。
「ロゥくん?」
会議用のテントからロザリアが顔を出し、満面の笑みを浮かべるロゥと対面する。
「久しぶり。遊びに来たよー」
「よく、ここがわかったね。魔物に襲われなかったかい?」
「大丈夫ー、1匹もいなかったよ」
再会を喜ぶ2人。アネモネが次に挨拶をする。
「お久しぶりです、騎士様」
上品に頭を下げ、ロザリアも倣い胸に手を当ててお辞儀をする。
「久しぶりだね、アネモネ。そちらのメイドさんは?」
「お初にお目にかかります。私は少し前よりロゥ様とアネモネ様に支えるメリッサと申します。以後お見知り置きを」
「私は白金騎士団所属、ロザリア=アーミー少尉だ。こちらこそよろしく」
ロザリアはテントから出て、外に置かれているウッドテーブルを指さす。
「立ち話というのもなんだ。座ってくれ、お茶でも出すよ」
木を輪切りにした簡単な椅子に腰掛ける。
「最近立て込んでいてね。散らかっていてすまない」
ウッドテーブルの周りには荷解きしていない、新しい木箱が積み上げられていた。その散らかりようにメイドであるメリッサは掃除がしたくて内心落ち着かなかった。
「それにしても、森でメイドを見ることになるとは思わなかったよ」
お茶を飲みながら、ロザリアは愉快そうに笑う。
メリッサは彼女があまり驚いた素振りを見せていないことを意外に思った。
「あまり驚かれないのですね」
「ああ、ロゥくんに出会ったらその程度では驚かなくなってしまったよ。不思議には思っているが」
ロザリアは横目で紅茶に砂糖をたくさん入れるロゥを見ながら語る。
「こんな森で一人で暮らし、強力な魔術を使え、少し見ない間にガールフレンドを作っているところを見れば多少のことは平気になるさ」
ガールフレンドと言われ、アネモネは照れて頬を赤くするが満更ではなさそうだ。
「そういうものですか」
「ああ。もし何か困ったことがあれば騎士団を頼ってくれ。国境から外れてしまっているができる限り力になろう」
「ありがとうございます。実はお力をお借りしたく本日は伺いました」
これまでの経緯をメリッサは語る。
彼女はロゥやアネモネに話した掻い摘んだものではなく、事の全容を詳細に話した。
ロザリアは話を聞き、話が進むにつれて表情を険しくする。
「その博士はロゥくんとアネモネを狙っており、例のミノタウロスを作った人物でもあるということか」
「おそらくロザリア様が出会ったミノタウロスは逃走した個体ですね。私たちも行方を捜していたのですが、すでに討伐されていたとは思いもよりませんでした」
ロザリアは顎に手を当て思案する。
「ふむ……、証拠がないので検挙することはできないが、君たちの身柄を保護することはできるよ。
私が紹介状を書き住居の手配する。次の資材搬入が近々あるから、その業者について都に行くといい」
「ほんと、お姉さん?」
「ああ、この森の住民が現れた際は立ち退きを願う代わりに住まいや仕事を提供することになっているからな。私個人としても、ロゥくんには魔物が出る森よりも安全な都で暮らして欲しい」
「ありがとう、お姉さん!」
ロゥたちは都へ行くことに決め、次の資材搬入日までは騎士団拠点に滞在することになった。
メリッサは置いてもらう代わりに騎士団の身の回りを世話することを買って出た。
「これは、……言葉もないな」
ロザリアは見違えた騎士団拠点を眺め、言葉を失う。
メリッサが一騎当千の手腕で散らかっていた物資を片づけ、洗濯、食事などを終わらせてしまったのだ。
「その反応僕たちもやったよ」
「驚きますよね」
ロゥとアネモネもメリッサ同様、自分たちにできる範囲で仕事を見つけては働いていた。
手始めに薪を拾いだ。騎士団員8名とロゥたち3名を賄う量を拾いに何度も森と拠点を往復することになる。
この辺りは騎士団が掃討したため、魔物が現れることはなく、安全に薪を集めることができる。
「ロゥ様、アネモネ様。もうすぐお食事の準備ができますので、手を洗ってきてください」
「「はーい」」
本日は騎士団が仕留めた鹿肉を使ったソテー、野草とキノコを入れたスープ、保存期間がもうすぐに迫っているパンだった。
匂いにつられたかのように巡回警邏中だった騎士団員も帰還する。
「うへーいい匂い」
「うまそー」
口々に食欲をそそる匂いに感想を漏らす。
今までは固い保存用の燻製肉や固いパン、自分らで作った大雑把な男飯中心だった彼らにはご馳走だった。
「戻ったぞ」
一人他の騎士団と違う鎧を着こみ、ハルバードを肩にかけた女性、ヴァルサガ=アレクセイ中尉が先頭を歩く。
ロゥやアネモネ、メリッサを一瞥するとロザリアに顔を向けた。
「事情は食事の後にでも」
「そうだな。まずは腹を満たすか」
大所帯での食事は賑やかだった。
脂の乗った鹿肉は豚や牛よりも臭味が強い反面、香草を使うことで野性味の溢れる味へと昇華する。
うまい、という感想から始まり都での酒や行きつけの店での好物へ話が移り、近くに座っている連中と話題に花を咲かせている。
しかし、いくら魔物を掃討しているとはいえ、警戒を怠るわけにはいかずクジで負けた騎士団員1名は腹を空かせながら見張りをしていた。
「くそー、腹減ったぁ」
連日、燻製肉とパンという残念な食事が続き、珍しくご馳走が出た日に限り貧乏くじを引いてしまった自分の境遇に肩を落とす。
できるだけ匂いをかがずに、楽し気な声を聴かないように警備をしていると裾を引っ張られた。
振り返り目を剥く。
そこには森に不釣り合いなメイドがそこに立ち、警備中の騎士団にサンドイッチを差し出した。
「お仕事疲れ様です。よろしければ、どうぞ」
すぐに男の興味はサンドイッチへと移る。
鹿肉の切れ端をパンに挟んだもので、警備中の片手間に食べるには最適の形だった。
「マジっすか!」
騎士団員は喜んでサンドイッチを頬張り、口の中に広がる肉の香りと旨みに表情を弛緩させた。
「うめー!」
「私はこれで。お勤め頑張ってください」
「はい、ありがとご……」
ねぎらいの言葉に気を良くし、お礼を言おうとするが言葉に詰まった。
森に珍しいメイド姿、空腹時に出された食事に気を取られていて騎士団員はメリッサの顔をこの時ようやくしっかりと見た。
整った目鼻立ちにクールな表情、都でも珍しいブルネットの髪は森の木漏れ日で艶やかに輝いている。
控えめに言っても美人であった。
「失礼します」
騎士団員に一礼し、メリッサは食事の場に戻っていった。
口に含んだ肉を噛むのも忘れ、しばらく騎士団員は惚けていた。
ようやく気を持ち直すと彼は無意識に言葉を口する。
「……良い」
騎士団員の間でひそかなメイドブームが巻き起こる切っ掛けだった。
食事を終え、ロザリアから簡単に経緯を説明し、3人の紹介となった。
「と、言うわけで私の友人のロゥくん、アネモネ、メリッサだ。次の資材搬入便までの間だが仲良くやってくれ」
「よろしくー」
「よろしくお願いします」
「身の回りのお世話はお任せくださいませ」
各々に挨拶を済ませ、団員たちもうまい食事と華やかさが増すことに歓迎ムードだった。
子供好きの団員にロゥはウケが良かった。珍しい獣人の耳は子供の姿と相まって庇護欲を掻き立てる。
「耳だ。犬耳」
「ぴくぴく動くぞ」
「可愛い」
「癒されるぜ」
団員たちのおもちゃにされているロゥを見たロザリアが騎士団に忠告をする。
「ロゥくんはミノタウロスを一撃で倒せるから怒らせないようにな」
一拍の間を置き、団員たちは声を上げて笑った。
「隊長、いくら何でもそれは」
「冗談とか言うんですね、意外です」
「腹いてー!」
団員達が笑う中、ロザリアはロゥに耳打ちし、彼は了承するかのように大きく頷いた。
ロゥは近くにあった大岩に向かい歩を進め、腕に魔力を纏い間髪入れずに振り下ろす。
人の背丈ほどもあった大岩は巨大な破壊音と共に粉々に砕け散り、土埃が止むころには誰も笑い声を出している人間はいなかった。
「「「…………」」」
笑っていたものは目を剥いて今起きた衝撃的瞬間を理解できずに硬直している。
「ど、どうしたんですか!?」
見張りをしていた団員が慌てて駆けつける。
硬直した仲間、ついさっきまで大岩があったが木端微塵になっていること、この2つの事態に混乱を隠せない。
「え? え? 何なに? どういうことですか? え? なに? 隊長? みんな?」
女性陣は全員が別々の反応をしていた。
ロザリアは想定通りの光景に腕を組みながら頷く。
アネモネはそっとほくそ笑む。
メリッサは相変わらずクールに無表情のまま上品に佇む。
そして、一人集団から離れて座っていたヴァルサガは笑みを浮かべる。その顔は猛獣が獲物を見つけた表情に酷似していた。