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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
騎士のロザリア
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1-2.騎士の事情

 ロザリアは少年が持ってきたお粥を食べ終え、一息ついたところで頭を下げた。


「すまない。早とちりをしたようだ」

「あ、うん。平気だよ」


 少年は食器を片付けながら、気にした様子もなく笑った。


「そう言ってもらえると助かるよ。君は…………ああ、自己紹介がまだだったな。私は帝国白銀しろがね騎士団所属のロザリア=アーミー少尉というものだ」

「僕はロゥ。苗字はない、ただのロゥだよ」

「ロゥくん、私をここまで運んでくれた上に傷の手当までしてもらってありがとう。この恩は騎士の誇りにかけて必ず返すよ」


 食後のお茶を二人で飲みながら、ロザリアがなぜ森で行き倒れていたかロゥが尋ねた。


「お姉さんは何で森で倒れていたの?」

「ふむ、そうだな。私は国の命によりこの森の調査に来たのだが不慣れな土地で隊の全員が疲弊していたところに魔物に襲われてしまったんだ」

「ここら辺には人を襲うような魔物はいないから、川向うから来たってこと?」

「ああ、そうだ。魔物との戦闘で私は崖から足を踏み外して川に落ちてしまったからな」

「あの重い鎧でよく川を渡れたね」


 部屋の隅に置かれたロザリアの鎧に目を向ける。鎧は兜も含めて全身を覆うことのできる立派なものだ。

 現在はロゥの手によって水気を拭き取り、綺麗な状態となっている。


「命からがらだったよ」


 ロザリアは苦虫をかみつぶした表情になる。

 鎧はすべて装着すると体重が倍になることもあるほど重いため、森の中ではぬかるみや茂みによって足場が安定せず、水の中では重さによって沈んでしまう。

 そのため、森での活動は布製の衣服で肌の露出を最小限に抑えて荷物は極力減らすのがベターだ。

 ロゥがそのことを言うとさらに彼女は肩を落とし自嘲気味に話す。


「恥ずかしながら森での調査というものの勝手がわからなくてな。わからないなら万全の装備で挑んだのが完全に裏目に出てしまったんだ」

「万全の準備?」

「戦争に行けそうな装備と食料を積んで馬車で来たんだ。それで重たい鎧姿のまま森に入ったら歩きにくい上に湿度が高いせいで暑く、体力の消耗が激しくてな。疲労困憊の状態で大型の魔物に遭遇してしまい、私は隊と離れてしまったというわけだ。

 せっかく町の警備や民間人同士のトラブル対応以外の任務に付けたというのにこんなことで躓き隊のみんなを危険に晒すとは一生の不覚だ」


 ロザリアはいつの間にか独り言を口にしはじめ、ロゥはどんどん落ち込んでいく彼女を不思議そうに眺めている。


「はぁ…………」


 とうとう大きなため息を吐き、盛大に肩を落とした彼女を見かねてロゥは声をかけた。

 昔母親から落ち込んでいる人を見かけたら笑顔で励ましなさい、という言葉を思い出しロザリアの肩を小さい手でポンポンと叩いた。


「よくわからないけど、ドンマイ!」



 ロザリアは崖から落ちて負った怪我よりも、長時間川に浸かっていたことによる低体温症による衰弱の方が深刻だった。

 外傷には傷薬を塗り、包帯を巻いて対処し、冷えた身体は暖かい寝床と栄養のつく食べ物を摂ることでどうにか快復に向かっている。

 病気で横になって暇を持て余すのは都に住んでいても森で遭難しても同じだった。


「お姉さんは森の外から来たんでしょ?」


 ロゥがベッドの脇で椅子に腰掛け、ロザリアに話しかけてきた。

 目覚めたばかりのロザリアにとって話し相手というのはありがたい存在であった。


「ああ、ここから馬で10日ほどの場所に都がある」


 都と言う言葉にロゥが興味深そうな顔をする。


「僕ね、生まれてからずっと森に住んでいるから、森の外がどうなっているのか知らないんだ」

「そうか、森の外はちょっと前までは戦争をしていたんだが、今はもう平和になっているよ」


 10年続いた魔族と人間との戦争は数年前に集結した。

 各国が協力し、共通の敵であった魔王の討伐により人間側の勝利に終わったのだ。

 ただし戦争の後遺症として、多くの失職者が出たことに加え、これからの人口増加による食糧、住居の不足など多くの問題を国は抱えていた。

 そのため、ロザリアは広大過ぎて手つかずだった未開の地、つまりロゥの住んでいる森を開発するべく派遣されたのだった。


「騎士の人はみんなこの森に来るの?」

「いや、そんなことはない。普段は街の警護や要人護衛、あとは街の近くで発生した魔物の討伐をして平和を維持しているんだ。私みたいに地方へ派遣されたりするのは珍しいケースだな」


 ロザリアの任務は滞在できそうな場所を見つけ拠点を設置すること、それに加え森の先行調査だ。

 拠点として運用できるようになった後に後発の調査隊が合流し、本格的に開発を進めるスケジュールを立てていた。


「しかし、魔物のレベルが思ったより高かったのには驚いた。ダンジョンの深部にいる魔物や特殊な土地に住む固有の種族以外で我々が遅れを取ることになるとは思わなかった」


 眉間にしわを寄せ、難しい顔になる。

 彼女たちの部隊は訓練を積んだ人間だ。戦争がまだ行われていた時から戦争に参加するべく厳しい訓練を受け、それに耐え抜いた。

 そしてロザリアは戦争が終結し、平和が訪れても鍛錬をやめず、日々の任務を真面目にこなしてきた。

 その姿勢に彼女の部下達は感嘆し、ともに協力し合える優秀な部隊になり今回の任務へと参集されたのだった。


「次、勝てばいいんじゃない?」


 ふとロゥが悔しそうな顔をしているロザリアへと言葉を投げかけた。

 彼女はロゥへと顔を向けた。


「負けちゃった理由はさっきお姉さん言ってたでしょ? だったら次はきっと大丈夫だよ」

「そう、だろうか?」

「あの剣」


 部屋の隅に置かれた彼女の愛剣を指さす。


「お姉さん、ここに運び込んでからもずっとあの剣を離さなかったんだよ。頑張って剣を手から離したらね、手のひらが堅かったんだ。あの手ってすごい頑張った証拠でしょ?

 頑張った人は失敗しても諦めないで何度でも挑戦できる人だってお母さんが言ってたよ。お姉さんはすごい人だから次は絶対勝てると思うな」


 純粋な言葉だった。

 子供故の表も裏もない、まっすぐな言葉にロザリアは訓練をしていた頃を思い出す。

 ひたむきに、愚直とも言えるほどただひたすら己の努力がいつか報われること、人のためになることを夢見て剣を振っていた頃を思い出した。


「そうだな。次、出会ったら私の剣の錆にしてくれよう」


 さっぱりした顔でロザリアが笑った。



 ロザリアが森の中にあるロゥの家で目覚めてから5日が経った。

 彼女の怪我はだいぶ良くなり、全身に巻かれていた包帯なくなり、今では外に出て剣を振り、なまった体を動かしている。


「てやぁ! はぁ!」


 気合いと共に踏み込みと斬撃を繰り出し、風を切る音が辺りに響く。

 女性にも関わらず力強い剣撃に加え、女性の体特有のしなやかさを十分に生かした滑らかな動きだった。


「すごいすごーい!」


 傍で見ているロゥも初めて見る騎士の剣舞に見取れ、感嘆の声を漏らすほどだ。


「ふぅ……、こんなものだが満足してもらえたかな?」


 剣舞を終え、刀身を鞘に納めながらロザリアは汗を拭った。

 ロゥは満足いった表情で拍手をする。


「かっこよかったよー!」


 この5日の間でロゥは都の話や騎士の話にとても興味を持った。

 森の中しか知らない少年は見たことのない風景を思い描きながら目を輝かせていたのだ。

 朝食の時に騎士の話をしている中で訓練について触れると、ロゥが見たいと言ったのでリハビリがてらロザリアは剣舞を行ったのだ。


「体はだいぶ良くなったみたいだね」

「少し鈍ってしまったが良好だな。これもロゥくんのおかげだな」


 ロザリアの傷は順調に癒え、感染症や後遺症もなかった。

 この森で採れる果物や野草は都で売っているものよりも大きく、味が濃いため栄養価がとてもよいものではないかとロザリアは感じていた。


「この様子なら明日にでも出発できそうだよ」

「もっと居てもよかったのに」


 ロゥは残念そうにつぶやく。そんな彼の表情を見て、ロザリアは申し訳なさそうに眉を下げた。


「すまないな、ロゥくん。そろそろ本隊と合流しないと撤退してしまうからな」

「うん、わかってる。ごめんね、我がまま言って」


 ロゥの耳がしなだれ、表情と同じように元気がないのが一目瞭然だった。ロザリアは小さな頭に手を置き、優しく撫でた。


「大丈夫、また会えるよ」

「うん、えへへ」


 頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細める。それに加え、垂れていた耳もぴくぴくと動いた。

 そのしぐさは子犬を連想させた。

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