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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
侍女のメリッサ
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3-7.炎の申し子

 メリッサは火の魔術を使用する。炎は熱と光を生み、爆発は衝撃と音が生じる。

 一度体感すると骨の髄までその魔術の威力が記憶される。紅蓮の色をその目にすれば肉を溶かすほどの高温を思い出し、空気が震えれば手足が吹き飛ぶ衝撃を脳裏によぎらせる。

 魔術の威力も脅威だが、その威力を脳に擦り付け戦意を喪失させるのが本当の意味で脅威だ。


「たああ!」


 ロゥはそんな火の魔術を真っ向から受け止める。

 空気が震えるほどの爆発から生まれた炎が視界を紅に染める。体の前面を膨大な魔力で覆い、熱と衝撃を受け止め本体へのダメージをなくす。

 火中へと歩を進み、拳を彼女にめがけて振り下ろした。

 寸でのところでメリッサは身を翻す。

 彼女の魔術に引けを取らない轟音を発しながら地面は陥没する。


「……!」


 火系統の魔術は必殺の威力を持つ。火は全てを奪い、何ものでも平等に灰へと変えてしまう。

 あまつさえ、その火を応用して破壊的な効率を上昇させたのが爆破の魔術だ。

 人の身で受ければ命を容易く奪えるだろう。対策として防御という選択肢はないに等しい。その防御ごと焼き払われてしまうからだ。

 しかし、ロゥは規格外の魔力量を使うことで防御し、彼女の魔術の優位性を失わせていた。


「『スタン・ショット』」


 拳ほどの小さな魔力を放出、ロゥに着弾する前に自ら爆発する。


「うわ!?」


 彼女が繰り出したのは威力がない魔術だった。その目的は殺傷ではなく、生じた凄まじい光と音で視力と聴力を一時的に奪うことだ。

 間近でもろに光と音を受け、ロゥは五感の二つを奪われた。


「『フレイム……」

「そこ!」


 メリッサは追撃を行おうとするもロゥは優れた嗅覚でメリッサの位置を把握していた。追撃が来る前に彼女がいると思われる方に巨大化させた手を突き出す。


「……っ!?」


 指の一本が彼女を捉え、強引に手繰り寄せた。

 巨大な手に包む形で彼女を拘束し、メリッサは強固に閉じられた手の中で身じろぎすら封じられた。しばらく抵抗を試みたがロゥの視力と聴覚が回復する頃には大人しくなっていた。


「さあ、お姉さん。どういうことか説明してよ」


 ロゥの言葉には敵意が含まれていない。むしろ手に込める力を調節し彼女を苦しめないように気遣うくらいだ。

 メリッサは抵抗をせず無気力な表情でロゥを見つめていた。


「お姉さん、僕の声聞こえる?」


 話しかけるが反応がない。


「お姉さん?」

「無駄だ」


 いつの間にか一枚の鏡が浮かんでいた。

 ロゥの視線の高さに合わせ、鏡に映る老人が話しかけた。


「そいつは自意識を押さえ込み強制的に私が使役している。声はおろか、私の命令以外は何も受け付けん」


 ロゥは鏡の老人を睨みつける。


「メリッサお姉さんを元に戻して」

「調整の影響で人格に問題があるとは言え、被験体の中では優秀だったのだが致し方ない」

「ちょっと! 僕の話聞いてるの!」

「『自爆しろ』」

「な」


 メリッサは魔力の行使を始める。術式を用いた魔術の発動ではなく、術式にあてがう前、生命エネルギーを魔力に転換する肯定を繰り返していた。

 体内に生成できる魔力には限界があり、その量が魔術の威力や精度へ関係する。

 しかし、燃料となる魔力は人体にとっては異物だ。その作り出した魔力を体内に停滞させ続けることは危険である。

 魔力を体内に蓄積し続ければいずれは体が破裂する。収納容量を超えたダムに水を入れ続け、水門が決壊し下流へ甚大な水害が生まれるのに似ている。


「お姉さんやめて!」


 ロゥの声は届かない。

 生成される魔力が増えるにつれ、メリッサの体に反動が生まれる。口、鼻、耳からは血が吹き出し、体温が異常なまでに上昇、蒸気のような余剰魔力が目に見える形で体外へと放出される。


「そやつには術式が埋め込まれていてな。魔力の過剰生成で体が破裂する際にその威力を何倍にも増幅する。お前の馬鹿げた魔力で防いでも重傷は間逃れん」


 金属が擦れるような不快な笑い声がロゥの耳に届いた。



 ロゥはメリッサを離す。腕を覆っていた魔力も解放する。


「逃げるのか? 正しい判断だが、そやつはどこまでも追ってくるぞ」


 愉快そうな老人の言葉にロゥは耳を貸さない。

 彼女は逃がすまいとロゥの腕を掴む。彼の細腕に指が食い込むがロゥは無抵抗だ。

 逃げるどころか自分からメリッサへとさらに近づき、両腕を彼女の首へ回し顔を抱き寄せる。


「逃げないよ」


 異常なほど上がったメリッサの体温が頬から伝わってくる。彼女の中から灼熱の溶岩の如く胎動する魔力がロゥにも感じ取れた。


「お姉さん、その魔力僕にちょうだい」


 淡い光がメリッサの体から溢れ、ロゥへと流れ込んだ。


「ぐ……」


 彼女は呻き、鏡の老人はその光景に目を見開く。


「メリッサの魔力を吸い取る気か」


 膨張し続ける魔力がロゥの中へと移動していく。

 許容量を超え人体に悪影響が及ぶほどの大量の魔力をその小さな体で受け止めた。

 魔力を奪われたことにより過剰魔力の蒸気が消え、反動もなくなる。


「おえ……」


 体内の魔力が空になったのと同時に彼女は口から真っ黒な物体を吐き出した。

 黒く、禍々しいそれはメリッサの体内に組み込まれていた術式、魔力の根源にあたるものだ。

 ロゥが以前見かけた頭のないミノタウロスが纏った魔力にそっくりであった。


「お姉さん、大丈夫?」


 黒い魔力を吐き出し、メリッサの体から力が抜けた。

 ロゥに覆いかぶさるが、どうにか彼は自分より大きいメリッサを受け止める。


「よかった生きてる」


 弱々しく息をしているメリッサを確認し、彼女を優しく抱き留める。


「信じられん。メリッサの魔力をすべて奪ったにもかかわらず無事だとは」

「お爺さん、もう黙ってて」


 ロゥは老人の映る鏡を一切見ず、怒気を孕んだ声でつぶやいた。

 そして、魔力で黒い腕を形成する。


「これは思ってもいない収穫だ」


 一人で狂ったように笑う老人。ロゥは腕を振り上げ、老人の映る鏡に影が差す。


「小僧。また会おう。今度はワシ自ら赴こう」

「やだ」


 腕を振り下ろし、鏡が割れる音が森に響いた。



 メリッサが目を覚ましたのはその日の深夜だった。


「(ここは)」


 見慣れない天井。自分が横たわっているのは木製のベッド、壁も木でできている。

 ようやくここが獣人の少年ロゥの家であることに気が付いた。


「……っ」


 体を動かそうとしてもピクリとも動かなかった。

 全身を襲う虚脱、息をするのもだるい程だ。


「目が覚めました?」


 暗闇から出てきたのはこの家に住む少女アネモネだ。

 彼女は寝間着姿で手にランタンを持っていた。


「あ、ね、……」


 声を絞り出しがうまく発声ができない。

 アネモネはそんな彼女を気にした風もなく、近くの椅子に腰かけた。手に持ったランタンは壁にかけ、アネモネとメリッサはお互いに顔が照らされる。


「傷の方は私が治しておきました。でも、死ぬ直前まで魔力を使ったって聞いたのでしばらくは動けないと思いますよ」


 淡々とした口調で幼い少女は告げる。さらに表情を一切変えずに口を開く。


「ここへは殺そうかなって思って来たんです」


 ベッドの縁に腕を置き、顔をメリッサへと近づける。息がかかる距離で内緒話をする時みたいに小声でつぶやく。


「ロゥくんを殺そうとして生きてるなんて虫がいいんじゃないですか?」


 その姿は可憐な少女に不釣り合いなほど残忍だ。

 しかし、メリッサは殺されるとするなら当然だろう、と考える。

 無関係な彼女たちを殺そうとした。報いは受け入れるべきだ、と。


「でも、やめました」


 元の口調に戻り、アネモネはベッドから一歩下がる。


「ロゥくんが、メリッサお姉さんは操られただけで悪くないって、言っていたので私はそれに従います。ええ、従いますとも」


 つまらなそうに少女は語った。

 嫉妬。年相応の女の子が抱く感情を吐露した。冷酷さを見せたと思えば子供の様に無垢なところがある。

 彼女の人生になにがあったのかはメリッサは知らない。一つだけはっきりとわかることは彼女がロゥをどんなものよりも大切に思っていることだった。


「だから生きるならロゥくんのために生きてください。それが無理ならもう二度と現れないでください。もし、また私たちに何かするなら殺します」


 アネモネはランタンを持ち部屋を後にする。

 扉で一度振り返る。


「おやすみなさい」


 扉が閉まりランタンの光は見えなくなり、足音が遠ざかり部屋にはメリッサだけになる。

 瞼を閉じてもランタンの光がしばらく張り付いていた。

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