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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
侍女のメリッサ
18/79

3-6.お気に入りだったのになぁ

 魔力は燃料、術式は炉、燃料を炉にくべることで魔術という火が現れる。

 メリッサが発現させた魔術は周囲の可燃物質を凝縮し着火することで爆発を生む高度なものだ。

 急速な熱膨張により熱、光、圧力が耳をつんざく音と共にロゥへと襲い掛かった。

 彼は爆炎に巻き込まれ、さらに後方へと吹き飛ばされた。体が木に激突し、幹がへし折れるが停止することはなく森の奥へと消えてしまう。

 茫然自失となったメリッサは彼が消えた森の方をただ見つめるだけだった。


「すごーい。あの子供、バラバラになっちゃったんじゃない?」


 芝居がかった声だ。それがさらにメリッサの胸へと突き刺さる。


「ほーら、楽しまなきゃ。あなたは才能があるの。炎の才能がね」


 メイドは笑いながらメリッサの頬を撫でる。放心しているメリッサに言い聞かせるように、ねっとりした声で囁く。


「考えないで。あなたはただ言われたとおりにやればいいの。そうしたら、いつの間にか楽しくなっている。次はどうすればもっとうまくいく、とか次第にあなた自身が考え出すの。だから、今は何も考えないでただ行動しなさい」


 ゆっくりと思考が停止していく感覚に陥る。それは眠る間際のまどろみに似ていた。

 自分の考えとは裏腹に目の前の光景は変化していく様は夢だと思いたかった。

 心が現実を拒もうとしていた時、森の奥から音がした。大きなものが木々を押しのけ這いずるような音だ。

 その音は徐々に大きくなり、ゆっくりとメリッサやメイドの方へと近づいてくる。


「……あらあら」


 メイドの笑みが消えた。


「痛たた……」


 黒い塊が森の中から現れた。

 獣のような巨大な腕が折れた木を払いのけ、顔と胴体が一体になった真っ黒なアメーバのような本体が森の地面を抉りながら進行している。

 ロゥは半身を黒い魔力に飲み込まれていた。生身の部分は左半分で、右側は異形の形へと変貌していた。


「残念、遊んでいられないようね」


 メイドは名残惜しそうにメリッサから離れ、ロゥへと対峙する。

 黒い魔力が収縮し、いつもの姿へと戻る。


「そっちのお姉さん、なんだか悪い人だね」


 子供の直感でロゥはメイドの敵意を感じ取った。

 メイドは否定せず、嗜虐的な笑みを浮かべる。


「うふ、子供は正直でいいですね。思ったことをすぐ口にしてしまう」

「メリッサお姉さんになにしたの?」

「あらあら、今のは彼女が自分で」

「嘘」


 ロゥはメイドの言葉を遮り、見透かすように見つめる。


「根拠なんてないけど、嘘でしょ。本当は何したの?」

「ふう、こちらとしてはあなたの魔力が欲しいのですが、暴れられても面倒なので殺して持って帰ろうと思います。あの女の子のようにね」

「アネモネのことか!」


 先に動いたのはロゥだ。

 右腕に魔力を巻き付け、横なぎに払う。メイドは迫りくるロゥの手を搔い潜り、自分の射程へと踏み込んだ。


「『フローズン・ガーデン』」


 メイドの周囲が急速に冷えていく。彼女の周りには霜ができ、通る場所が白い色で浸食されていく。


「さあ、行きますよ! 『アイスピック』!」


 冷気を一点に凝縮し、氷の結晶を生成。魔術により生まれた氷はロゥへ向かって今なお膨張する。

 鋭い氷の槍が彼の細い胴体へ目がけて進むが、ロゥは胴体にも黒い魔力を纏うことで直撃のダメージを大きく軽減させた。


「なるほど、そうやってメリッサの爆破を防いだのね。咄嗟にそこまでのことができるなんて楽しめそうだわ!」


 メイドは笑いながら魔力を練る。

 お互いに一定の距離を保ちながら巨大な腕による打撃と魔術を打ち合う。


「『フリーズ・ジェイル』!」


 メイドの手のひらから白い球体状の魔力が放出され、ロゥは黒い魔力を解放しその場から離れた。

 白い球体がロゥの横を通り過ぎ、木にぶつかると瞬時に氷によって包まれた。凍てつくような冷気が余波で吹き、ロゥの髪を揺らして行った。


「あらら、なんで叩き落さずによけちゃったの?」

「他のとは何か違う感じがした」

「うんうん、正解よ」


 何度目かの攻撃の応酬。一進一退の攻防により周囲の地面はロゥによって抉られ、メイドによって凍らされていた。


「楽しいけれど、埒が明かないわね。メリッサも混ざりなさい」


 二人のメイドがロゥの前に立つ。笑うメイドとは対照的にメリッサの表情は暗い。


「メリッサお姉さんはやりたくなさそうだよ」

「彼女もそのうち楽しくなると思うの。だからお相手よろしくね、僕?」


 メイドが生成した氷塊が地面から発生し、ロゥはその場を離れるがメリッサが距離を詰める。


「お姉さん!」


 ロゥはメリッサへ話しかけるが彼女の反応はない。

 二人のメイドは一気に勝負を決めようと先ほどよりも接近し魔術を放つ。


「『フレイム・ピラー』」


 短い詠唱で火柱が生まれる。

 炎に飲み込まれる寸前でロゥは腕に魔力を纏い、近くの木を叩き自分の位置をずらす。直後、さきほどまで自分がいた場所に炎の柱が通り過ぎた。

 炎の熱はすさまじく、ロゥの肌を照り付け、目や肺が乾燥し痛みを伴うほどだった。


「『アイスピック』!」


 炎とは反対方向から氷の槍が飛来する。魔力を広げ、腕から胴体まで覆い肉体への直撃を防いだ。


「まだまだ!」


 途絶えることのない攻撃の連鎖にロゥは防御や回避に専念し、防戦一方となっていた。

 しかし、転機が訪れる。一瞬、メイド二人の攻撃が止まる。

 交互に攻撃をすることで術後硬直の隙を隠していたが、とうとう二人同時に術後硬直に見舞われる。

 ロゥはそのタイミングで攻勢に出た。


「それ!」


 魔力を纏った腕で自分の足元を殴り、真上へと跳躍する。人の背丈よりも高く、森に生える木々をも軽々と越えた。

 空高くに飛び上がり、全身を魔力で覆う。今までは防御のために魔力を広げてきたが、今回は攻撃に利用する。

 落下の勢いと魔力を込めた渾身の一撃をロゥは合えて彼女たちではなく、地面へ叩きつけた。


「っ!?」

「……!」


 クレーターができるほどの衝撃が近くにいた彼女たちにも襲い掛かる。

 地面が揺れ、抉られた土が土石流の様に跳ねた。

 予想外の攻撃と想定を超える破壊力に二人は身動きが取れなくなり、大きな隙を晒すことになる。


「飛んでけー!」


 ロゥはその好機を見過ごさなかった。黒く透き通った魔力を纏い、猛々しく巨大な腕がメイドに迫る。

 笑っていたメイドは笑みを消し、恐怖におののき足がすくんだ。

 骨を砕く音が体中から響き、なおも勢いが消えない。その威力はすさまじく、木の背を超えてロゥからは姿が見えなくなるほど吹き飛ばされた。


「さてと」


 ロゥはメリッサと対峙する。彼女は未だ戦闘態勢を解かずにいた。


「まだやるの?」

「…………」


 無言の肯定。

 もしかしたら意思の疎通ができていないのかもしれない。実際のことはロゥにはわからないが、彼の中には一つの結論を出していた。


「メリッサお姉さんには悪いけど、動けなくするね。それから色々話して貰うから」


 ロゥは彼女にそう宣言し構えた。



 メイドは森のどこかで起き上がった。

 常に浮かべている軽薄な笑みは消え、鬼の形相に血を滴らす。


「あの、ガキ! あのガキ! あの糞ガキがあ!」


 脳から分泌された興奮物質が全身の痛みを麻痺させ、怒りと憎悪の感情が彼女を突き動かしていた。


「殺してやる殺してやる殺してやるぅ!」


 怨嗟の声を吐きながらゆっくりと移動する。


「XXXを切り落としてXXにぶち込んでXXを擦り付けてやる」


 ロゥの攻撃は非常に強力だ。メイドはその威力を目の当たりにし、それを人間の身で受ければどうなることか想像がつく。

 しかし、自分はそうなっていない。

 クレーターを作るほどの攻撃を受け、彼女はまだ生きている。彼が手加減をした、と気づき更なる怒りを生んでいた。


「……!」


 ギリリ、と歯がなる。

 完全にしてやられた上に手心まで加えられたメイドのはらわたは煮えくり返り、その怒りは無意識に目元がピクピクと痙攣するほど顔に現れていた。

 メイドは森の中をロゥの家に向かいまっすぐ移動する。

 藪を蹴散らし、目障りな枝を払いのける。服が汚れることを気にせず、ただひたすら前へと進む。頭の中にあるのは獣人の少年に対する怒りのみだった。

 怒りは視野を狭くする。

 足が何かに引っかかるが、気にも留めず振り払おうとするが逆に足首を捕まれ前進を阻まれてしまう。


「チッ!」


 苛立ち気に足元を見るとメイドは目を見開いた。


「な!」


 メイドの足を掴んでいるのは死体のような人間だった。人間だったもの、という方が近いかもしれない。

 肉は裂かれて骨をむき出しにした肉の塊が血を流しながら地面を這いずっていた。

 人と呼ぶにはあまりにも悲惨な姿だ。生きていることが軌跡と呼べるような有様だ。

 そんな化け物が骨と骨にまとわりつくように残った筋肉と神経がむき出しの腕でしっかりと掴んで離さない。見た目とは裏腹に指が食い込むほどの力だ。


「なん」


 なんだ? と言おうとした。その時、肉塊の顔と思しき部分が笑ったように見える。

 そして、メイドの足は吹き飛んだ。


「ぎゃぁあああああ!?」


 血と肉の破片が飛び散り、太もものあたりが内側からはじけ飛んだ。

 想像を絶する痛みにメイドは絶叫し、地面をのたうち回る。


「う、あ? ああああ!?」


 言葉にできない痛みにうめくことしかできない。鼓動が早くなり汗が噴き出る。目からは涙、口の端からはよだれを零しながら意識が遠のいていた。

 しかし、あまりの痛みが絶え間なく襲い、気絶という脳の防衛すら行われなかった。


「いだいだいだいだい!」


 血の噴き出るところを抑えようとするが手から伝わるのは生暖かい血液と感触。本来あるべき足がいくら触っても見当たらない。

 その足は目の前にいる亡者のような化け物が持っており、そいつは足を遠くへと捨ててしまう。


「そ、あ、なん……」


 メイドはパニックに陥りまともな思考ができなくなった。

 近づいてくる亡者から逃れようと足を動かすが片方がなくなり、思ったように逃げられない。


「くる、来るな……!」


 魔術を行使しようとするも、普段通りに魔力を練ることができず発動に手間を取ってしまい亡者が触れられる位置へと来てしまう。


「ああ、もご……!?」


 亡者はメイドの髪を掴み、空いた片手を彼女の口の中に突っ込んだ。


「おえ……!?」


 血の味が口に広がり、鼻腔には鉄のような臭いが伝わる。思わずえづいてしまう。必死に抵抗するが無駄に終わる。

 髪の毛を引っ張られ、メイドは亡者の方に顔を向けさせられた。

 つぶれた眼球らしき白い物体が眼窩から覗いている。皮膚がズタズタに裂かれた顔面は嫌悪感を抱くほど醜悪なものだった。

 恐怖のあまり失禁し、奥歯ががちがちと震えるがそのたびに口の中にある亡者の手が当たり気持ちが悪かった。


「んんん!」


 やめて、そう叫ぶが言葉にならない。

 亡者はメイドのそんな懇願も気にすることなく、髪の毛を掴んでいた手を離し、自分の顔をその手で撫でた。


「んー!?」


 亡者は手を顔から離し、その顔を再びメイドへ見せた。

 彼女は目を見開き驚愕する。


「ふふ、先ほどはどうも。偶然ですね、こんなところで」


 亡者の顔は氷漬けにしたアネモネだった。

 顔の半分はまだ滅茶苦茶で、体もズタボロのまま。どうして生きているのかわからないほど損傷している。

 にも関わらず目の前の少女は薄っすらと笑っている。


「とても痛かったんですよ? あの氷から出るの」


 瓶のような固い容器に炭酸を入れて冷凍すると容器が破裂することがある。

 それは中身が凍る際に膨張し、瓶の容量をオーバーすることで力の逃げ場がなくなり瓶がその力によって壊れてしまうのだ。

 アネモネはそれと同じことをやってのけた。

 彼女は魔力を赤い花弁状に形成することができる。赤い花弁は川辺でメイドの氷の壁に行く手を遮られたところ、質量が存在する物質である。

 氷漬けにされ、身動きが取れなくなった狭い空間の中でその赤い花弁を生成し続けた。

 何枚も何枚も生成し続けた結果、氷よりも先に華奢な彼女の体の方が耐え切れなくなっていく。

 万力で挟まれたように圧迫され、それでもアネモネはやめなかった。

 予め再生魔術をかけることで死ぬような怪我でも一命を取り留めることができたのだ。

 しかし、それは死ぬことで逃れることができる死ぬほどの痛みを彼女はすべて受け入れなければいけなかった。骨をつぶされ、神経はズタズタになり、筋肉が千切れ、内臓が破裂する痛みをその身に受けていた。

 大の大人が一回でも耐えることができない痛みを感じながらも彼女は発狂することなかった。

 それはアネモネが決めた自分へのルール。そのルールが彼女を突き動かしていた。


「私の命はロゥくんのために使います」


 冷たい目でメイドを見据える。

 メイドは命乞いをしようにも口は塞がれ、逃げようにも足を失っている。

 涙と鼻水で顔を汚し、一切の抵抗を行えず死に直面し絶望した。


「あなた達なんかにあげるわけにはいかないんです。だから、死んじゃえ」


 頭が破裂した。脳漿が、眼球が、頭蓋が、歯が、頭のすべてが粉々に吹き飛び血の匂いが充満する。

 メイドは下顎に綺麗に並ぶ歯とだらんと力なく垂れる舌だけを残し絶命していた。


「ロゥくんに手を出そうとする虫けらなんて死んで当然」


 アネモネはメイドの死体に吐き捨てると、糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。


「はぁ、さすがにまだ歩けないみたいね」


 彼女の体はまだ体の修復が追いついていない。

 それに加え、氷の中で大量の花弁を生成、同時に致死量の傷を治癒し続けた結果、魔力の大量消費で虚脱感に襲われた。


「少し休まなくちゃ」


 その場に腰を下ろし、目の前に横たわるメイドだった肉塊を眺める。

 どこに捨てようかと考え、アネモネは川の近くだということを思い出した。


「川に捨てればいいか」


 ここからアネモネが氷漬けにされた川辺は近い。だからこそ瀕死の重傷を負っているアネモネが這って移動できたのだ。運よくメイドがここを通過したことでアネモネは不意を衝くことに成功した。

 そして、アネモネの関心はメイドから離れ、自分の身にまとうぼろ雑巾のような衣服に注がれる。

 内側から骨が飛び出たときに空いた穴、泥と血で変色してしまった場所などお世辞にも人の着る服とは思えない状態になっていた。


「……お気に入りだったのになぁ」


 至極残念そうにアネモネは天を仰いだ。

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