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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
侍女のメリッサ
17/79

3-5.メイドは仕事を開始する

 おやつを終え、次に洗濯である。

 メリッサは家中の衣類、布類を抱えて川辺で黙々と一人で洗濯を行う。生地により洗い方を工夫しながら丁寧でありながら機敏な動作で次々と処理していく。


「お洗濯とは暢気ね」


 メリッサの背後から声がした。

 声の主はメイドだ。メリッサ同様、長いワンピースに白いエプロンをかけた姿をしている。

 振り返らず、メリッサは洗濯を続けている。


「子供たちは?」

「家でお茶をしています」


 背後の声からの問いかけに対し、メリッサは答える。


「そう。あの村には子供二人だけしかいないの?」

「はい、どうやらそのようです」


 メリッサの後ろに立つメイドは訝しんだ。眉を顰め、ポケットから懐中時計を取り出し蓋を開く。

 文字盤の上で3本の針がロゥの家へと向いていた。


「あんな子供が巨大な魔力を持っているのかしら? まあ、いいか。私たちはご主人様の言う通りにすればいいんだし。ねえ、メリッサあなたもそう思うでしょ?」


 饒舌に話すメイドは彼女から気の利いた返事が返ってくるとは思っていない。

 メイドはメリッサが寡黙であることは誰よりも知っている。

 その証拠にメイドはメリッサからの返事やリアクションがある前に次の言葉を口にする。


「ねえ、メリッサ。あなた、子供だからって気が引けてるんじゃないの?」


 いたずらをする子供のような表情でメイドはメリッサの背中に話しかける。

 メイドは距離を詰め、メリッサの耳元で嬲るように言う。


「今更何考えてるのかしら。虫が良すぎるでしょ? 子供も老人も冒険者も騎士も貴族も関係ないの。私たちは命令された通り、殺せばいいのよ」


 さらにメイドは近づき、メリッサを後ろから抱きしめる。

 手を背中につけ、ゆっくりと這わせる。徐々に手は腋をすり抜け、胸へと移動する。メリッサは表情を変えず、自分の体を蹂躙する手を眺める。

 乳房を鷲掴みにされ、熱く湿ったメイドの吐息が耳元にかかる。


「あなたも楽しみなさいよ。いつもつまらなそうな顔しているのは絶対損なのだから」


 絡みつくメイドの言葉と体にメリッサは抵抗をしない。


「あの子供たちを殺しなさい」


 メイドが言った瞬間、音がした。渇いた木を手折るような音だ。

 二人が音のした方向を見るとアネモネが立っている。


「アネモネ様……」

「あらあら」


 メリッサは驚き目を見開いた。一方、メイドの方は困ったような風に口元に手を当てるが、目は笑っている。


「これはもうしょうがないわよね?」


 メイドがつぶやくとメリッサから離れた。そして、向き直る。敵意を含んだ視線を送るアネモネへと。


「殺す、とはどういうことでしょうか?」


 アネモネが言うと風もなく真っ赤な花弁が舞う。

 家にいるはずのアネモネの登場と見たこともない大きな魔力を感じメリッサは動くことができないでいた。


「あら、その歳で魔術が使えるのね」


 メイドは感嘆する。

 溢れるような笑みでアネモネを見る。突き刺す殺意も漏れ出す魔力も気にした様子もない。


「博士もこれなら気にいること間違いないわ」

「何を訳のわからない事を……、質問に答えてください」


 アネモネは踏み出す。二人のメイドとの距離を躊躇なく縮めていく。赤い花弁は数を増し、彼女の軌跡をなぞる。


「でも、残念ね。ここが水辺でなく、私たちに気づかれることがなければその花びらの魔法がどんなものか知ることができたのに」


 残念、という言葉を使ってはいるがメイドの表情は笑顔だった。絶対的優位を得ているが故に獲物を前にして嗜虐的な思想に耽っていた。


「っ!?」


 アネモネが異変に気付いた。自分の意志とは裏腹に歩みが止まる。

 地に足が縛り付けられている感覚。足元を見ると彼女の足が氷によって地面と一体化していた。


「氷!」

「ご名答」


 メイドが楽しそうに答える。いたずらが成功した子供の様に無邪気で、捕食者が獲物をいたぶる様に残忍な声だった。


「言ったでしょう。水辺でなければって」


 口元を歪めて笑うメイドにあらん限りの敵意を向けてアネモネが睨む。手をかざし、赤い花弁を前方へ飛翔させようと試みるがメイドの前には透明な氷の壁が出来上がっていく。


「言ったでしょう。気づかれなければって」


 赤い花弁は氷を通過することはなく、むなしく氷の壁に張り付くだけだった。

 そうしている内にアネモネの足元の氷は彼女の腰まで急速に這い上がって来る。すでに足の感覚はなくなり、無事である上半身には痛みに近い凍えが襲う。


「う、っく!?」


 吐く吐息が白くなった。

 アネモネだけではなく、彼女の周りの温度まで下がっているのだ。

 薄れていく意識の中、彼女は目の前で佇むメイドを見つめる。余裕に満ちた笑みを浮かべるメイドを一時も逸らすことなく直視していた。


「はい、おしまい。いひひひひ」


 アネモネの全身が氷に覆われるとメイドは楽しそうに告げる。錆びたゼンマイのような笑い声を漏らし愉快そうに笑った。

 手にした洗濯物を見つめ、俯いているメリッサは耐えるように下唇を噛む。


「あらあら、またそんな顔して。ダメよ割り切らないと」


 メリッサの二の腕を掴み彼女を無理やり立ち上がらせ、メイドはメリッサの頬を両手で包み、彼女と視線を合わせた。


「あの男の子はあなたが殺しなさい」

「私は……」

「今みたいに私は手伝わない。あなたが殺しなさい」

「……はい」


 力なくメリッサは頷いた。諦めたような表情をして洗濯物、ロゥのシャツを手から落としてしまった。

 その表情にメイドは満足げにほほ笑んだ。



 メリッサが帰るとロゥは家でお茶の片づけをしていた。


「あれ? アネモネ見なかった?」


 戻ってきたのが彼女一人なことにロゥは首をかしげる。

 メリッサは横に振った。


「いいえ、お見掛けしませんでした」

「そっかー、何か聞きたいことがあるからってメリッサお姉さんのところに向かったんだけど入れ違いになっちゃったのかな」

「そうですか。こちらから探しに行くとまた入れ違いになるかもしれませんし、洗濯物を干しながら待とうと思います」

「それなら僕も手伝うよ。ちょうど暇だったし」


 メリッサは断ろうとしたが、思いとどまる。できるだけ一緒に行動した方が「都合がいい」と判断したのだ。


「お願いします」


 家の外にある物干し場。2本の木の幹に縄を括り付け簡易的な物干し竿としている。

 縄も木も丈夫で重たい洗濯物を吊るすのにはもってこいだった。


「はい、メリッサお姉さん」


 ロゥが籠から洗濯物を取り出し、メリッサが吊るしていく。彼の身長では洗濯物を干すのが難しいため、分担作業だ。


「普段、お二人の時はどのように洗濯物を干しているのですか?」

「窓の縁にかけたりしてるよ」

「なるほど。だから大量に洗濯ができなかったのですね」

「うん、普段着るものだけ洗濯していたんだ」


 すべて干し終え、ロゥは籠を持ち家へと戻ろうとしている。

 両手はふさがり、メリッサに対し警戒をしていない。無防備に背中を彼女へ向けている。

 今なら簡単に殺せる。メリッサはそうわかっていながら行動に移せない。

 首を絞めて殺す。石で頭を殴って殺す。腹をナイフで刺して殺す。

 どうすれば苦しめずに殺せるか。幾多の方法が脳裏をよぎる。

 彼女はロゥをいかに苦しませずに殺せるかを考えるが、ためらいが生まれてどれも実行できなかった。


「はい、時間切れー」


 陽気な声が聞こえる。

 まさか、と思い振り向くとメリッサと同じメイド服を着た女が鏡を抱えて立っている。

 メリッサとの最大の違いは表情。軽薄な笑みを浮かべたそのメイドは弦を引いた弓の様に口を歪めている。


「あれ、もしかしてメリッサお姉さんの知り合い?」

「正解よ、坊や」


 ロゥの問いかけに笑うメイドが答える。

 メリッサは額に汗を浮かべ、困惑していた。


「……この場は私に一任して頂けるのでは」

「埒が明かないんだもの。洗濯物なんて干しちゃって。全部干すまで待っただけでも譲歩したと思うわよ」


 話を理解できないロゥはメリッサと笑うメイドを交互に見ながら、きょとんとしている。


「それは」

「言い訳はだめよメリッサ。ほらご主人様もご立腹よ」


 笑うメイドは鏡を掲げた。

 その鏡に映るのは対面にいるメリッサではなく老人だ。険しい顔を浮かべ、しわがれた声で話し始める。


「感情が取り除かれていると思っていたが表面化していないだけのようだな。帰ったら一度調査を行うとしよう

 さて、時間が惜しい。『最優先事項』」

「お待ちください! もう少しお時間を」


 老人の声を遮ろうとするも、メリッサはしっかりとその声を耳にしてしまう。


「『その子供を殺せ』」


 一度大きく目を見開き、すぐに固く閉ざした。彼女の体は自分の意志とは裏腹にロゥへと近づく。

 ぎこちない動作、虚ろな瞳。まるで人形のような姿だった。


「お姉さん?」


 突然現れたもう一人のメイド、鏡に映る老人、彼らとメリッサの会話に置いてきぼりを食らっていたロゥは事態を呑み込めないまま近づいてくる彼女へ視線を移した。

 メリッサの手がロゥの眼前に来る。手のひらを彼に見せるような姿勢だ。


「逃げ…………」


 直後、彼女の手のひらから爆炎が広がり、あたり一帯を爆風が撫でた。

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