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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
侍女のメリッサ
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3-4.メイドがやってきた

「アネモネ、ここなんて読むの?」


 ロゥは隣に座るアネモネに本を見せた。

 彼女は十分に見える位置にいたが限界までロゥへと近づき、本に書かれている文字を目でなぞる。


「これは侍女、メイドって意味だよロゥくん」

「メイドさんかぁ」

「ロゥくん、メイドさんは見たことないの?」

「うん、小さい村だからみんな忙しくてメイドとかお手伝いさんとかやっている人いなかったなぁ。僕はお母さんが忙しい時は隣のおじいちゃんに預けられていたし。

 アネモネの村にはいたの?」

「いたよ。でも、この本みたいに王宮に仕えるメイドとかじゃなくて、村のおばさんやお姉さんが村長の家とか忙しい人の家にたまにお手伝いしに行く感じだったけど」

「へぇ、いいなぁ」

「ロゥくん、メイドさん見たい?」

「うん。本だけだと何か想像しにくいし」

「ふぅん、そう、ふぅん」


 アネモネがロゥの家に来てから文字を習い、本を一緒に読むのが日課になっていた。

 最初こそ1ページを読むのも苦労したが、今では難しい言葉や習っていない単語が出ない限りはロゥ一人で読めた。

 二人で森で糧を探し、本を読み、明日のことについて話す穏やか一日を過ごす。

 一人ではできなかった日常。孤独では考えなかった日々。ロゥとアネモネは森で生きる。

 そこに一人の来訪者が現れた。


「ん?」


 ぴくり、とロゥの耳が跳ねた。


「どうしたの?」

「誰か来た」


 扉の方を見つめるロゥ。それに倣うようにアネモネも扉を見た。

 すぐに木製の扉が数回叩かれる。


「ごめんくださいまし」


 女性の声だ。抑揚の少ない綺麗な声が聞こえた。決して大きくない声だが不思議と透き通ってロゥとアネモネには届いく。

 森の奥地に佇むロゥの家に来客、この珍しい事態に二人は顔を見合わせた。


「ちょっと見てくるね」


 持っていた本を置き、ロゥは扉へと近寄る。


「はーい」


 扉を開けると20代ほどの若い女性が立っていた。

 深緑のワンピースと白いエプロンをかけ、肌の露出が顔と手だけの清廉としたものだ。


「私、ライヘンバッハ家に仕えるメイドのメリッサと申します。このたびこの森に当主と共に地質調査へと訪れたのですが」

「メイドさんだ!」


 ロゥは驚きで声を上げた。メイドのメリッサは面食らったように口を閉じてしまう。


「どうぞ! 上がって上がって」


 メイドの手を引き家へと招き入れた。目を輝かせ、ロゥは嬉しそうにアネモネに振り返る。


「アネモネ、メイドさんだよ!」

「め、メイドさん?」


 この人里外れた場所にメイドがいる事態にアネモネは驚きを隠せないでいたが、ロゥは気にした様子もなくメイドを椅子に座らせお茶の準備を始めてしまった。

 お茶を差し出され、メリッサは困惑気味の顔でカップを見つめる。扉を開けたときにしていたクールな表情はどこかへ行き、完全に幼い少年の好奇心にペースを崩されていた。


「メイドのお姉さんはどうしてうちに来たの?」

「……そうでした」


 ハッとしたようにメイドが我に返り、自身の身の上を離し始める。


「私は主と共に森へ地質調査を行いに参りました。その過程で魔物と遭遇してしまい、一行と逸れてしまいました」

「どこかで聞いた話ですね」


 アネモネは自分にしか聞こえない声でつぶやく。脳裏には先日訪れた騎士のロザリアを思い浮かべていた。


「こちらには道をお尋ねしたく伺いました」

「どこで逸れたの?」

「この近辺です」

「だったらここにいた方がいいんじゃないかな? 森の中は目印になるような場所はないから、動かないで一緒に来た人がここを見つけるまで待ってた方がいいよ」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」


 ロゥの提案にメリッサは頭を下げる。


「ただで置いて頂く訳には参りませんので、家事の方は私にお任せください」


 こうしてロゥの家にメイドがやってきた。



 自給自足ができるとは言え、ロゥとアネモネはまだ子供だ。

 専門家とも言えるメリッサからすれば掃除や洗濯が満足にできているとは言い難い状況だった。

 瞬く間に家中の埃は駆逐され、色あせていた家具は新品同様の輝きを放ち、散乱していた物は兵隊のように整列していた。

 彼女の無駄のない動きで掃除を行っていく姿を見て、ロゥとアネモネは劇でも見ているかのような錯覚に陥った。


「うわぁ、すごく綺麗になったー」

「あっという間に終わっちゃったね」


 ロゥとアネモネが感嘆している。

 額に汗すらかかず、メリッサは仕事を終えた充実感に包まれていた。


「やりがいのある仕事でした」


 この時ばかりは無表情な彼女の顔にもわかりやすく喜びの想いが表れている。


「はい! 僕も何かお手伝いしたい!」


 彼女の働きぶりに触発され、ロゥがメリッサへ提案する。

 しかし、これには困った。上位の人間に仕事を手伝わせる、というのはメイドとしてはタブーであるが、彼の純粋な好意に対し無下に断るのは気が引けた。

 メリッサがどのようにして断ろうかと思案しているとロゥは無邪気な顔で彼女のエプロンを引っ張る。


「ねえねえ、メリッサお姉さん。僕にもできるお仕事ない?」

「そうですね……」


 その瞳を見ていると彼女の良心にチクチクを罪悪感が芽生え、断ることができなくなってしまう。

 少し考えを巡らせると掃除をしている際に見つけた「珍しいもの」を思い出した。


「ありました」

「ほんと? なになに?」


 台所の隅で埃を被っていた「珍しいもの」に視線を送り、メリッサはロゥに提案を出す。


「みんなでパンを焼きましょう」



 石臼は一昔前は一般の家庭にも普及していた。

 自分の家で小麦を挽き、その小麦粉を作りパンやパスタなどを作っていたのだ。

 都市部では近年、流通が進化し状態が良い小麦粉を安価で購入できるようになり自宅で小麦を引く習慣はなくなった。

 しかし、ロゥたちのように都市部から離れた場所に住むものは今も自宅で小麦を挽いていた。


「群生麦と呼ばれる野生の麦があります。大粒で風味が強く、手入れをせずとも立派な実を結ぶので開拓地などで栽培されています」


 ロゥたち3人は村からすぐ近くの森に来ていた。

 そこは木々に周囲を囲まれていながら陽の光が差し込んでいる。ちょっとした広場ほどの空間だがしっかりとした稲穂が揺らいでいた。


「ロゥ様のお家にたどり着く前に目にしておりました。それほど量はありませんが3人で食べるには十分ですね」


 メリッサは家から持ち出したナイフで稲穂を刈り取り、縄で縛った。


「お姉さんは物知りだね」

「メイドのたしなみです」


 ロゥは目を輝かせメリッサを尊敬するが、彼女は謙遜するばかりであった。

 家に戻り、収穫した麦を石臼を使い粉砕していく。その手際は一切の無駄がなく、瞬く間に小麦粉が出来上がっていった。


「メリッサさん。こちらは準備できました」

「こっちも!」


 アネモネはテーブルの上から物をどかし広いスペースを確保した。ロゥは水、大きなボウル、塩などパンを焼くのに必要な道具・材料を揃えた。


「お二人ともお手伝いありがとうございます。こちらも小麦粉の用意ができました」


 今回は時間がないので表皮、胚芽、胚乳を分けず全粒粉にし、無発酵パンを作る。


「まず小麦粉と水、塩を入れて混ぜます。水はすべて入れず、3回に分けてゆっくり混ぜていきます」


 粉が水気を帯び、ペースト状になる。それをメリッサはなれた手つきで混ぜていく。


「この工程は力がいりますので、みんなで交代しながらやりましょう。ロゥ様、次お願いします」

「はーい!」


 小さな手で必死に生地を練っていく。タイミングを見計らい、メリッサはアネモネに指示を出した。


「アネモネ様、ここで少しお水を入れましょう」

「はい」


 ロゥが手を止め、水が注がれる。慎重に少しずつ水を入れていく。


「これくらいで良いでしょう」

「よーし!」


 再びロゥが生地をこね始める。その後は3人で交代しながら進め、最終的に耳たぶほどの弾力になった。


「では少し生地を休めましょう。その間にお片付けとかまどの準備です」

「はーい」「はい」


 常備しておいた薪に火打石で火を熾し、かまどの上に鉄板を敷く。しばらく経ち水滴を鉄板に落とすとジュッと音と共に水滴が踊り蒸発した。

 休ませた生地を取り出し、千切って小さな団子をいくつも作り、麺棒を使い平らに伸ばしていく。


「では、焼きましょう」


 油は使わず、熱した鉄板の上に伸ばした生地を置いた。

 片面に焦げ目がついたらヘラを使いひっくり返し、両面にしっかりと焼く。

 香ばしい匂いが漂い、食欲を掻き立てた。


「いい匂い」

「おなか減ってきたね」


 ロゥとアネモネもメリッサを見様見真似で生地を焼いていく。少し焦げ目がつきすぎたものがあったがご愛嬌の範囲に収まった。

 平べったい円形のパンの出来上がりだ。


「ぺったんこだ」

「膨らんでないパンは初めて」

「ロティ、地域によってはチャパティと言って西の方ではよく食べられています」


 新鮮な果物やジャムを付け、紅茶のお供に最適だった。


「召し上がってください。私は後片付けをしてまいります」

「メリッサお姉さんも一緒に食べよ」


 ロゥはメリッサのスカートを引っ張り、彼女を止めた。


「ですが……」


 メイドは主人や目上の人間と食事をとらない。

 ロゥの家にいる以上はメリッサはロゥのメイドとして部をわきまえるつもりだった。


「3人で作ったんだから一緒に食べよ、ね? ね?」

「そうですよ。ご一緒にいただきましょう」


 アネモネも手伝い、二人の子供に懇願されメリッサはとうとう折れた。


「わかりました。3人でお茶にしましょう」

「わーい」


 嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるロゥを見て、少しだけメリッサは顔を綻ばせた。

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