3-3.再会
見渡せど見渡せど森は彼方まで続き、前後左右の視界いっぱいに緑が広がる。
メイドは行儀よく手を前で合わせ、背中をピンと伸ばし美しい姿勢で立っている。
彼女の目の前には鏡がある。
壁に付いているわけでもなく、脚立があるわけでもない。鏡は魔術により宙に浮き、映し出されるのはメイドではなく一人の老人だった。
しわがれた声が鏡から響く。
「残りの「ストック」はいくつだ?」
「前回で最後です」
「では、次はお前自ら行け。こちらで追加分は用意しておく」
「かしこまりました」
彼女はポケットから懐中時計を取り出し、蓋を開ける。
盤上には長針と短針、そして秒針が正確に時間を示している。その懐中時計にメイドは魔力を注ぐ。
すると今まで時間を刻んでいた針たちが勢い良く回りだす。何周も盤上を周回し、ゆっくりと針は止まった。
表情の薄いメイドが目を見開いたがすぐに元の表情へと戻る。
「見つけました。すべての針が同じ方向を示しています」
その報告に鏡に映る老人は顔に大きくしわを刻む。
喜びに満ちたその表情をメイドに向け、歯をむき出した。
「くくく」
搾り出すような笑い声だ。
懐中時計は魔力を注ぐことで強力な魔力を探し出す仕組みになっている。
針が大まかな方向を示すが、すべての針が重なりまったく同じ方向を指したことはメイドの経験上今までになかった。
これは非常に大きな魔力の反応が存在することに他ならない。
「行け」
老人の声にメイドはかしずく。
☆
「最近、森で変わったことはないかい?」
ロザリアは紅茶のカップを手に何気なく聞いた。
「うん? 特にないよ」
向かいに座る獣人の少年、ロゥは同じようにカップを持ち、ロザリアが持ってきたスコーンにジャムをふんだんに付けて頬張り、紅茶で流し込んだ。
ジャムもロザリアが持ってきた品だ。
「特にない、か…………」
ロザリアがそう言うと、視線を横に動かす。
「もうロゥくんほっぺに付いているよ」
視線の先の少女はロゥの頬に付いたジャムを指で拭い、自分の口へと運ぶ。
嗜めるような言葉だがその口調は嬉しそうだ。甲斐甲斐しく世話を焼くのがこの上ない喜びだという顔をしている。
「ありがと」
「どういたしまして」
アネモネ。
最近この村にやってきた少女だとロゥは説明していた。
ロザリアが去ってから今日再びやってくるまでの間にこの少女はやってきたことになる。
「えっとアネモネだったね。君は最近この村に来たのかい?」
「はい、騎士様。少し前よりロゥくんと暮らしています」
アネモネは丁寧な口調で答えた。
まだ子供にも関わらず、ちゃんとした受け答えができることにロザリアは関心する。
「この村に来る前に何か森で異変はなかったかい? たとえば、知らない人を見かけたり、森で死者が出た、とか」
「いいえ、何もありませんでしたわ」
「そうか、ありがとう」
ロザリアの質問に対しアネモネは笑顔で即答し、その言葉に特に疑いを持たずにロザリアは彼女から視線を外した。
「ロザリアお姉さんの方はあの後どうだった?」
「ああ、私は街に一度戻っていたよ。報告をするためにね」
「怪我の方は? 大丈夫だった?」
「ああ、すぐに手当てを受けれたのが幸いしあの後すぐに回復したよ」
「そっか、良かった!」
嬉しそうに笑うロゥを見てロザリアは笑い返す。
「これもロゥくんがあの時ミノタウロスを倒してくれたおかげだな。いったいどこで習ったんだい? あんなすごい魔法」
「森で倒れていたおじさんに教えてもらったの」
「おじさん?」
「うん。黒い鎧を着てたおじさんですごい怪我をしていたんだ」
「そのおじさんは今は?」
「傷が原因で死んじゃったよ。ロザリアお姉さんよりもだいぶ前だね」
ふむ、と言葉を漏らし顎に手を当てロザリアが難しい顔をした。
不思議に思いロゥは首を傾げる。
「どうしたのお姉さん?」
「ああ、すまない」
「何かあったの?」
国は森を開拓するため様々な手段を講じている。
まずは騎士による調査。
これは国が表立って森の開拓に着手したことを国民へ示すための意味が強い。混乱気味だった国内の治安良好化、世論を味方につけることを主な目的としている。
現在のロザリアの任務がこれに当たる。
「今この森には私たち騎士以外にも冒険者や傭兵といった職業の人間が来ているんだ」
「冒険者と傭兵かぁ。この前読んだ本にも出てきたよ」
次に冒険者や傭兵などによる調査および問題の解消だ。
森の開拓には多くの問題がある。大きなものとしては情報の不足、人手不足、高い危険性が挙げられる。
過去に何度か研究として森を調査したことがあるが、地形や動植物の生態など森に関する情報は圧倒的に不足し、国は冒険者や傭兵をギルド経由で依頼を出している。
冒険者や傭兵に依頼するのは人手不足が原因だ。
騎士は国の防衛、治安の維持、有事の際の戦闘を行うため、森の開拓だけにマンパワーを割くことが難しい。
ロザリアは増員の要請を行っているが人員の選抜、その抜けた穴の補填、限られた予算での準備など即座に対応ができない状況に置かれている。組織の運営上避けては通れないしがらみであった。
そのため騎士が首の回らない状況にある今は冒険者や傭兵に金銭を対価に情報収集および発見された脅威の排除を依頼している。
ただし冒険者たちは実力によってランクが分かれており、任務遂行能力には各パーティによってバラツキがある。収集された情報の精度がどれほど保証できるか不安定というリスクを抱えている。
簡単に言うと優秀なパーティの情報なら信用に値するが駆け出しや素行に難があるようなパーティからの情報はどこまで信用するか線引きが難しい、という話だ。
このように精度が重要な情報収集は騎士団の任務なのだが人手不足により冒険者や傭兵に依頼という、苦肉の策を取っている。
「その連中が何人か行方不明になったらしいんだ」
「行方不明?」
「ああ、この森に調査や魔物の討伐をしに来ているんだが帰ってこないそうだ」
「んー、僕はロザリアお姉さんやアネモネ以外の人には会ってないな」
「何か変わったことがあったら私に教えてくれ。定期的に来るようにする」
「うん、わかった」
☆
「それじゃあ、また来るよ」
ロザリアは地竜と呼ばれる小型の竜に跨った。前回の反省から、森を移動するために都から調達してきたのだ。
地竜は家畜の一種で乗用、運搬などに用いられる。
大きさは馬よりもひと回り大きく、険しい山道や足場の不安定な岩場など馬では走れない場所を移動するのに適している。鋭い眼光と獰猛な牙や爪を持っているが非常におとなしく危害を加えない限り温厚だ。
竜の一種だけあり肉が好物でうさぎや鳩を好んで食べるが雑食のため木の実なども食べる。
「ばいばい」
「またお越しください騎士様」
ロゥとアネモネは川辺まで見送りに来ていた。
「それ!」
ロザリアの掛け声に従い、地竜は川へと足を踏み入れた。
馬よりも背の位置が高いためロザリアは水に触れることはなく、強靭な脚部により地竜はロザリアを乗せていても川に足を取られることがない。
難なく川を渡り、最後にロゥとアネモネに手を振り森の中へ入った。しばらくは木の根や背の低い植物が茂る地面だ。
「あれがお前の言っていた少年か?」
頭上から声がする。
地竜に跨ったロザリアよりも高い木の上からヴァルサガが見下ろしていた。
手には彼女の身長ほどの鉄の武器、ハルバードが握られている。
「ヴァルサガ中尉、どうでしたか?」
ロザリアは森に戻り、はじめに世話になったロゥの元を訪れることにした。
彼女の指揮下に入るという条件で森への動向が許可されたヴァルサガは森の散策がてら現地民のロゥを見に来ていた。接触するわけではなく遠くから眺めるという方法だが。
異常なほど視力の良いヴァルサガは遠くからロゥとアネモネを観察していた。
「ふん、脅威とは程遠いな。魔物が跋扈する森にあのような子供だけの村があるなど目隠しをして竜を殺すくらいの奇跡だ。
運良くこのあたりには魔物の気配がないが、普通なら1日も持たん。早く移住の手筈を進めなければ無用な血が流れることになる」
「お優しいのですね」
ロザリアの言葉にヴァルサガは彼女を睨む。
「私は強者との戦いをしたいだけだ。それに対し懸念点は取り除く、至極まっとうなことだ」
「はは、そうですか。では、我々も任務遂行を急ぎませんと」
「ふん」
ヴァルサガは面白くなさそうに鼻を鳴らすと、足場にしていた木から降りる。
人の身長を有に越えた高さから地面へ着地し、ぬかるんだ土が盛大に飛び散った。
「拠点へと戻るぞ」
「わかりました」
ヴァルサガは身につけた鎧とハルバードの重さを気にすることなく森を駆け、ロザリアも地竜でそれを追いかけた。
馬と同等の速度で走る地竜に平然とヴァルサガは並走する。
「あのロゥという少年は将来中尉が気に入りそうな強者になるかもしれませんよ」
「理由は?」
「件のミノタウロスを倒したのは彼です」
「つまらんな」
言葉通り、つまらなさそうな顔でヴァルサガは言った。
「お前も冗談を言うのだと驚いたが面白味に欠ける。それにミノタウロスを倒したのはお前だと報告書にあったぞ」
「彼が倒したと書いたら精密検査に回されていましたよ。脳の」
「お前が嘘を言うとは思ってはいないが何かの間違いだろう。負傷による判断力の低下や幻覚など色々考えられる」
「まあ、実際見て頂くのが早いと思います。
荒削りですが魔術の一種を扱えるらしく強力な一撃を放つことができるようです」
そこでようやくヴァルサガはロザリアを見た。
「ほう、まだ言うか? なら見てやろう。だが、もしもお前の言う通りでなかった場合はヒラヒラのドレスで少佐の企画する食事会に出席してもらおう」
「あれ本気だったのですね……」
「無論だ」
真面目に語るヴァルサガにロザリアは苦笑をかみ殺す。
「現地民がいるとなると移住の受け入れをとっとと進めねばなるまい」
「そうですね、いつまでもあそこに住むのはよろしくないでしょう」
森の開拓任務の一端には街を作り移住を呼びかけ人手を集める作業がある。
森から得た資材・資源を運ぶ者、それに値段をつけて得る者、住居を作る者、魔物を狩る者など仕事に事欠かない。働き手は多いほど良い。
それに以外に森の現地民がいた場合は開拓のために立ち退きを要請する可能性がある。彼らに住居を提供し、仕事を斡旋するのも任務の一環だ。
ロザリアはロゥやアネモネには国民となり安全な街で暮らして欲しいと思っていた。
「しかし、あの少年らの移住云々の話は我らの任務が進まなければどうしようもない。明日より私もお前の隊に参画し任務に就く。まずはここいらの魔物を根こそぎ立つ」
「承知しました」
それから二人は約1日をかけて森を駆け抜け、拠点にたどり着いた。
何気に今回で5万文字になりました。
この時点で文庫半分……、1冊分の分量ってすごい多いですよね。
引き続き頑張ります。