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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
侍女のメリッサ
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3-2.騎士団南東支部

 騎士団南東支部は街の中央に位置し、建造物としては一番の大きさを誇る。

 ロザリアは定例報告会に参集され、森での調査を一時中断し街に戻ってきていた。

 上層階は街を一望でき、街並みを見下ろしながら廊下を歩いていると後ろから呼び止められる。


「少尉ー!」


 振り返ってみると小柄な少女が大量の紙束を持ちおぼつかない足取りで近づいてきた。

 彼女の名はプラム。南東支部では事務を担当しているロザリアの後輩だ。


「おはようございます!」

「おはよう、プラム」


 プラムは元気良く挨拶をする。小柄ではあるが元気に満ち溢れた活気良い少女だ。


「それは今日使う資料かい?」

「はい!」

「どれ、半分持とう」

「いえ、そんな! 少尉のお手間を煩わせるわけにはいけません!」


 元気良く拒否。

 あまりにもきっぱりと断られ、差し出そうとしていた手が宙を泳ぐ。


「そ、そうかい?」

「はい! こんな雑用は私にやらせてください!」


 しかし、プラムの持つ紙束が横から伸びてきた手によってさらわれてしまう。


「あ」


 滑らかな動作で手に持っていた物が失われ呆けた表情になったプラムだが、手の主を目で追うとすぐさま表情を引き締めた。


「ヴァルサガ中尉!」


 黒い鎧に身を包んだ女性が軽々と片手で紙束を持っていた。

 ヴァルサガと呼ばれた女性はプラム同様の小柄だが、鍛えられた肉体、鋭い眼光、多くの傷が付いた鎧が歴戦の勇士であることを物語っている。


「いつから事務局の男共は女に力仕事を押し付けるようになったのだ」


 厳しい言葉がヴァルサガから発せられる。


「ヴァルサガ中尉、私が持ちますよ」


 ロザリアが手を差し出すがヴァルサガは一瞥して首を横に振る。


「私の振るうハルバードに比べたら髪の毛ほどの重さもありはしない。このまま私が運ぶ」


 それだけ言うとヴァルサガは会議室へと歩を進めた。

 ロザリアとプラムはお互いに顔を合わせ苦笑した後、ヴァルサガに続いた。

 会議室にはすでに数名が着席し、定例報告会が始まるのを粛々と待っている。

 プラムは一瞬、会議室の重い空気を感じ怯んでしまうがヴァルサガとロザリアはこともなく入室する。


「ほれ、少佐殿。今日使う資料だ」


 一番手前の席にいた年配の男性にヴァルサガは資料を渡す。一部ではなく全部渡した。


「ああ、ありがとう。中尉、なんだか部数が多い気がするのだけど?」

「少佐殿、まさかここの支部の男性陣はか弱い女性騎士に雑用を押し付けるような騎士道に背くような方々なのですか?」

「はは、これは気づかなかったよ。君たちは座ってゆっくりしていないさい」


 しれっとした態度でヴァルサガが言うと、少佐と呼ばれた男性は人の良さそうな笑顔で書類を持ち会議室内の席へと一部ずつ丁寧におき始めた。


「か弱い?」


 誰かが零した言葉を無視しつつヴァルサガは自分の席へと着いた。

 ロザリアも続いてヴァルサガの隣へと着席する。

 新米であり階級が一番下のプラムはこっそりと部屋の隅にある書記用の小さな席に行こうとするがヴァルサガが呼び止める。


「プラム、お前もこちらに来い」

「ええ! 私は書記なのでこっちの隅っこで十分です」

「今日の出席者はここの席より少ない。それとも私の隣は嫌か?」

「め、め、め、滅相もありません! し、失礼します!」


 慌ててヴァルサガの隣まで駆け寄り、席へと着いた。


「おやおや、女性が並んで座ると華がありますね」


 少佐が資料を配りながら微笑む。


「蝶よ花と、持て囃すのも結構ですが棘や毒がございますよ」


 ヴァルサガはのたまうが少佐は嫌味を一滴たりとも含まず笑う。


「はは、良いではないですか。少し危険な花の方が男も燃えるというものです」

「そうおっしゃって頂けるとありがたいのですが、いかんせん当騎士団には花に寄ろうとしない男ばかりでして」

「それはいけませんねぇ。今度、うちの男性陣との食事会でも開きましょう」

「楽しみにしています」


 表情は一切変えずヴァルサガは頭を下げた。

 そのやりとりを見ていた他の男たちがやめてくれ、と言いたそうな顔になった。


「さて、資料も配り終えましたし始めますか」


 定刻通り参加者が揃い、少佐が上座にて定例報告会の開始を告げた。


「現在、ここ南東支部にて任務に就いている各隊長たちはご足労ありがとうございます。これより今着任中の任務とその進捗、問題点を周知して頂きます。

 まずはロザリア少尉からしてもらいましょうかね。それからヴァルサガ中尉、プラム伍長と時計回りに行きましょう」


 少佐が目で促し、ロザリアはそれに頷く。

 各自が資料に目を通しながらロザリアの報告を聞きいる。


「はい。ロザリア中尉であります。

 任務はこの都から南に10日ほど行った森で開拓作業の先行隊です。

 進捗としては拠点を設営、隊員たちは現在もローテーションを組み、調査、警邏を行っています。私もこのあとすぐに現地へ移動します。

 問題点は調査の遅れ、それと特殊な魔物を発見です。遅れに関しては増員を申請、それと魔物の生態に詳しい外部機関からの協力も仰ぐ予定です。以上となります」

「ありがとう。質問などはありますか?」

「では、私が」


 少佐がロザリア以外の出席者に意見を伺い、すぐさま一人の中年男性が手を挙げた。


「どうぞ、ゾルフ中尉」

「調査が遅れている原因は何かな? 増員で解決する問題か?」


 ゾルフと呼ばれた恰幅の良い男は椅子の背に預けながらロザリアへと質問を投げつけた。

 その眼光は鋭い。じっくりとロザリアの心情を読もうとしている。

 組織に所属している人間は他者の行動に敏感だ。

 自分の身を守るため、自分の利益を得るため、誰に味方するか敵対するか、損得を含んだ考えを持ち行動に移る。

 ゾルフと言う男はより機敏にそう言った感情に反応する。


「はい、調査の遅れは先ほど合わせて申し上げた特殊な魔物の発見にも関係しています。

 私たちは調査中に魔物の集団と遭遇し、一時期私が隊から分断される事態になってしまいました。

 当初の予定では3名のグループでの調査や警邏のローテーションを組んでいましたが、1グループ4名での編成が的確と判断し増員を要請しました」

「ふむ」


 ゾルフはロザリアの返答に納得し、追求はしなかった。

 代わりにヴァルサガが口を開いた。


「特殊な魔物とは?」

「首を切り落としたにも関わらず行動不能にならなかったミノタウロスを発見しました」


 ロザリアの言葉で会議室にざわめきが起きた。


「ユニークモンスターか?」

「森にのみ生息する魔物の可能性は?」

「魔族の敗残兵が森に潜伏し魔術で操作していることは考えられないか?」

「大戦中はあの付近では戦闘は起きてないはずだ」


 室内に憶測が飛び交い収集がつかなくなる。


「ごほん」


 少佐の咳払いにより参加者が声をひそめる。


「ロザリア少尉。あとで全体周知として言うつもりでしたが私からもあの森に関する情報を得ました」

「情報ですか?」

「はい。国は騎士団以外にもギルドへと依頼を出し、少数ですがあの森に冒険者や傭兵を送っています」

「私の方にもその話は届いています」

「そのうち複数のパーティが消息を絶ちました」

「なっ……」


 今度はざわめきすら起きず、静寂が訪れる。全員が緊張した面持ちで少佐の言葉を待つ。


「申請を受けていた増員は人選を行っている最中です。現場のロザリア少尉の意見を踏まえますのでこのあと時間をください」

「……わかりました」

「ひとまずロザリア少尉の報告は以上ということで次にヴァルサガ中尉の、ヴァルサガ中尉?」


 ヴァルサガの様子に少佐が違和感を感じ声に出てしまった。

 注目を集める彼女は周りのことを気にもせず笑みを浮かべていた。


「……うわ」


 誰かが思わず声を漏らす。

 普段表情を変えないヴァルサガが笑っていた。それも獰猛な笑顔でだ。

 捕食者が獲物を見つけたような猛々しく犬歯をむき出しにした顔にあたりの人間は慄く。


「それは面白いなロザリア少尉。その打ち合わせ、私も同席させてもらうぞ」


 恐ろしい笑みを浮かべながら発せられた言葉にロザリアは目を剥いた。


「は? 中尉の任務はどうされるのですか?」

「問題ない。先日、街に潜伏中だった反教皇派の不穏分子が大規模テロを計画していたが建物ごと粉砕してやった」

「建物ごとですか……」

「任務明けは長期休暇でも取って西の方にでも猛者を探しに行こうと思っていたが休暇申請を取り下げねばならんな」


 彼女は嬉しそうに語る。

 ヴァルサガ=アレクセイ。29歳の女性、黒金騎士団所属の階級は中尉。

 元傭兵であり、傭兵時代の二つ名は「狂戦士のヴァルサガ」と呼ばれていた。

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